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第21話:逢瀬

 アルベルティーナ王女もベルヴァースに帰国し、年も明けさらに一月も過ぎていた。


 カルデイ帝国ではギリスがやっと捕虜の身代金についてランリエル軍と帝国の役人との間で折り合いがつく金額まで交渉し終え、戦死した兵士を補填する為の新兵の招集も各村々へ配分が決定し、ギリスはやれやれと一息ついていた。


 ギリスは久しぶりに休暇を取り妻のルシアと出かける事にした。どこへ出かけるかは妻には言わず、馬の前に妻を乗せ自分は後ろから手綱を操る。


 殆ど屋敷から出る事の無かったルシアは馬に乗るといっても馬車にしか乗った事がなく、必死でギリスにしがみ付き、ギリスは片手でルシアを抱き寄せもう片方の腕で器用に手綱を操った。


 ギリスが馬の足を止めたのは草原と小さな川、そして林があるといった何の変哲も無いところだった。


 ルシアはギリスの手で馬から下ろされると、どうしてこんなところに自分を連れてきたのだろうと不思議がり、辺りをきょろきょろと見渡し、ギリスはその妻の疑問に答えるべく口を開いた。


「ここは俺が子供の頃に、よく遊んだ場所だ」


 ギリスが一々あの木によく登っただの、あの川で水遊びをしただのといった話をするたびに、ルシアは目を輝かせ微笑んだ。


 ギリスは、最近になってようやくルシアがどうすれば喜ぶか分かった気がした。ギリスが彼女に対して何かしてやろうと考えて行動した時に、彼女は嬉しそうに微笑むのだ。


 どこに行きたいか、何が欲しいかをルシアに問うても彼女が喜ばないのは当たり前だった。ギリスが彼女の為に何も考えていないからだった。


 彼女の為にと思ってする事を素直に喜ぶ彼女をギリスは愛おしいと思う様になっていた。そしてルシアも、夫が自分の事を考えてくれている事に幸せを感じていた。


 そう、まさにルシアが以前から言っていた「貴方がして下さる事ならばどの様な事でも」だったのだ。


 ギリスはルシアの言葉に耳を傾けていなかった事を悔いた。どれほどの時間を無駄にしていたのか。だがギリスは、これからそれを取り戻すつもりだった。


 まだまだ春は先とはいえ、すでに蕾みを開かせた花もある。ルシアが数本の花を摘み、それをより合わせて何かを作ろうとしているのを見てギリスが話しかけた。


「何をしているのだ?」


「花で王冠を作ろうとしているのですが……上手く行かなくて」

 確かにルシアの手にある数本の花は上手く寄り合わず、すぐに散けてしまう様だった。


「少し意外だな……お前は花を生けるのは得意だったはずだが?」


「生け花は出来るのです。でも子供がする様な……、この様な遊びは……」

 そう言いながらルシアはギリスに目を向けたが、その表情は少し悲しげだった。


 ずっと邸宅で家庭教師から婦女子教育を受けていた彼女は、正式な生け花は出来ても、子供の遊びであるお花の王冠作りは出来ないのだ。


 それでも何とか花をより合わせ王冠を作ろうとしているルシアを、ギリスはしばらく眺めていたが、意を決した様にルシアの後ろの回るとルシアの背後から手を伸ばしルシアの手を取った。


「貸してみるがいい。こうやるのだ」


 ギリスはルシアの手に自分の手を重ねて、器用にも花をより合わせ王冠を作り始めた。カルデイでも名のある武将である夫がこの様な事を出来るとは思ってもいなかったルシアは、驚いて自分の背から顔をだしているギリスをまじまじと見つめた。


 ギリスはルシアに目線を合わせず、少し赤面しながら言い訳をする様に口を開いた。


「お前と結婚した時にお前も会っているはずだが、俺には妹が居てな。その妹が小さい頃よく花の王冠が欲しいと俺にねだったのだ。何度も作らされているうちに手が覚えてしまっていた様だ。最後に作ったのは20年以上も前なのに、意外と出来るものだな」


 ギリスは、自分の手で花の王冠を作るのではなく、ルシアの手を操って花の王冠を作るという器用な事をしている。


「妹さんにも……こうやって作り方を教えて差し上げたのですか?」


 この問いかけにギリスはルシアと目を合わさず「まあな」と答える。


 そしてしばらくするとルシアの手に花の王冠が完成していた。今まで背後からギリスに抱きしめられている様に座っていたルシアは、くるりと体の向きを変えると正面からギリスと向き合った。


「妹さんは、この出来た王冠を貴方に被せてくれたりしたのですか?」


 正面から顔を見据えられ目を逸らす事が出来ないギリスが、気恥ずかしさを感じながらもルシアと目を合わせ、またも「まあな」と答えた。


 ルシアは出来上がった花の王冠を両手で持つと、膝で立ち上がりギリスに近寄った。ギリスの頭に花の王冠を被せ様としているらしい。


 ギリスがルシアのしたい様にさせようと大人しくしていると、ルシアさらにギリスに近寄りギリスの頭に花の王冠を載せた。


 内心いい歳をして花の王冠を被らされるとは、と考えていたギリスだったが、なぜかルシアはギリスに王冠を被せた後もさらに膝でにじり寄った。


 そしてギリスが「どうした?」と口を開こうとしたその直前、ルシアはギリスの唇に自分の唇を重ねたのだった。普段は大人しく貞淑な妻の大胆な行動にギリスが戸惑っていると、ルシアは俯き、上目遣いでギリスを見ながら小さく囁いた。


「こんな事は……妹さんとはしていないのでしょ?」


 ほとんど邸宅から出る事のないルシアの肌は雪の様に白い。その白い肌が、人とはこれほど赤くなるものなのかと思えるほど赤く色付いていた。


 こんなに赤くなるほど恥ずかしいならしなければいい。そうは思ってはいてもルシアにはせずにはいられなかったのだ。


 妻はどうやら自分の妹に嫉妬したらしい。ギリスは、彼女を引き寄せてそして抱きしめた。


 「勿論だ。そしてこんな事も妹とはしていない」

  二人は縺れ合いながら、その場に倒れこんだ。


 ルシアとの一時を過ごした翌日、仕事に励むギリスの執務室に副官が転がり込む様に入ってきた。


 息も絶え絶えに急いできた副官は驚くべき報告を携えていた。帝国、ランリエル国境のランリエル軍が増援されたというのだ。


 ベルヴァース王国から帝国軍が引き上げた後も、カルデイ、ランリエル国境にあるカルデイ砦群の前にはランリエル軍が留まり続け両軍は対峙したままだった。


「せっかく砦の半数を無力化したのであるから帝国軍に易々と再建されるのも口惜しい、戦勝国の権利として、このまま再建せずに現状維持を要請する」

 ランリエル軍はそう主張し、そして牽制の為、国境に軍勢を張り付かせていたのだ。


 しかし、帝国軍にとっても砦群は国境の重要な守り。はいそうですか、という訳にも行かない。とはいえ実力でランリエル軍を排除するといった事も、敵前で砦を構築しなおす事も現状では不可能だった。その為、膠着状態のまま放置されていたのだった。


 そこにさらにサルヴァ王子が率いる軍勢が現れたというだ。


 ギリスはすぐさま副官に幕僚を招集し軍議を開く準備を行う様にと指示をだした。そしてさらに詳細な情報を集めるよう命じた。


 開かれた軍議で発表された情報は次の様なものだった。


・ランリエル軍の兵力は元から国境に張り付いていた軍勢を合わせ、およそ2万。

・ただし、さらにランリエル王都には軍勢が集結し、その軍勢も順次国境に進むと思われる。


 この情報を元に幕僚達は対策の意見を出し合ったが、今回はそう選択肢はない。

 先の戦いでの損害が大きく、さらに現在国境の守りは1万に増員している為帝都ダエンの守りに1万を割くとすれば動員できる兵力は3万5千ほど。


 その3万5千とてかき集めればの話であり、すぐに動かせられるわけではない。

 集まってから国境のランリエル軍2万を討つべく出陣しても、その頃にはランリエル軍は帝国軍のそれを遥かに超えていよう。


 とても決戦など出来る状態ではなく、どう守るかのみが検討された。


 新兵の招集は配分は決定されはしたがまだ実施はされていない。

 今から新兵を集めても訓練が間に合わず使い物にならない。使い物にならない者など居ても邪魔なだけだ。


 恐怖とは伝染する。数を増やす為にろくに訓練もされていない新兵を戦場に送り、もしその新兵が戦闘中に逃げ出せば、他の兵士達も吊られて逃げ出し全軍が崩壊しかねないのだ。


「帝都ダエンの守りに2万を置き帝都の安全を確保した上で、他の2万5千を王都付近の要塞に配置して守らせ敵が撤退するのを待つ」


「いや全軍を帝都へ集結させるべきだ。兵力を分散させれば敵に各個撃破されよう」


「それでは帝都が包囲され食料の補給が出来ず長期は持たない。帝都への補給の為にも帝都周辺の確保は必要だ」


「ベルヴァース王都を占領した時は食料の消費を抑える為民衆を退去させたではないか。今回も民衆は退去させればよい。そうすれば敵の方こそ先に食料が無くなり撤退しよう」


「それは他国の民であれば行った事。自国の民に対して行えば民衆の反感を買うぞ」


「非常事態にそんな事は言ってはおられん!」


 さまざまな意見が飛び交ったが、ギリスには「それ以前」の事について確認すべき事があった。

「ランリエル側国境に敵が来ているのは分かったが。ベルヴァース側国境はどうなっているのだ。何か報告はないか?」


「いえ……特に動きは無いようです」


「そうか」


 だがそうは答えても、上官の表情に肯定しているとは思えない物が含まれているのに幕僚の1人が気付いた。


「何か心配事でもありますか?」


「うむ。3国の国力が互いに充実している時には、ランリエル軍が我がカルデイを攻めるのにベルヴァース軍が手助けする訳は無い。カルデイが併呑されれば困るのはベルヴァースも同じだからな。だが現在の状況ならランリエル軍はベルヴァースを通り、ベルヴァース側からカルデイへ侵入する事も可能なはずだ。自業自得ではあるが、ベルヴァースはランリエルに助けられた所だ。ベルヴァース側国境も当然防備を固めてはいるが、ランリエル側とは比べ物にならん。半減しているとはいえそれでもベルヴァース側よりは強固なランリエル側国境をなぜわざわざ通ろうとするのだ?」


 ここまで説明されれば幕僚達もなるほどと思い、それぞれ自分の解釈を披露した。


「ランリエル軍は未だ国境に全軍を集結させている訳ではありません。先の戦でランリエル軍はベルヴァース王都エルンシェを攻めると見せかけ、ランリエル側国境を奇襲しました。今度も別働隊をもってベルヴァース側国境を奇襲する考えなのでは?」


「ベルヴァース側から進入するにしても、それでは補給路が長くなります。補給物資を運ぶのにわざわざベルヴァースを経由しなくてはならないのですから、そのため損害を覚悟でランリエル側国境を攻略しようとしているのでは?」


 それぞれの意見に、ギリスもなるほどとそれなりの説得力がある事を認めたが、やはり何かが引っかかる。現時点ではただの感に過ぎないのだが……。


 こうなっては、アルベルティーナ王女をベルヴァースに返したのは明らかに失敗だったと、文官達の失策を責める者も居たが、ギリスは「今それを言っても詮無き事だ」と黙らせた。

 ギリス自身もその者と同じ気持ちだったが、それ故なお更言っても不快感が増すだけだった。


 ギリスは、ランリエル軍がベルヴァース側国境の砦に奇襲をかける可能性があるとして、ベルヴァース側の砦に4千の兵を送り、さらに帝都ダエンからランリエル、ベルヴァース両国境までの地域に対し、それぞれ1千の兵を伏せさた。


「おぬしらの役目は万一敵が国境を突破し帝都に迫った時、奴らの後方をやくしその補給を妨害する事だ。間違っても敵の軍勢とまともに戦わぬ様に。もし敵の補給部隊を狙わず敵本隊に攻撃するべきだ、などという者が居れば、跪いて許しを請うまでその者には食事を与えるな。食う物が無ければ戦にならぬ事を身をもって思い知らせてやれ」


 そして他の軍勢は帝都ダエンに集結させる事にしたのだった。ダエン付近の要塞に兵を分散させるとしても、まだいま少しの時間の余裕はある。


 とりあえず兵力は集中している方がいざという時にも対応が取りやすいだろう。


 だが今回のランリエル軍の侵略はギリスにも意外だった。以前皇帝に説明したとおり一国を併呑する困難さは敵も理解していると考えていたのだ。


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