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第19話:王女帰国(1)

 サルヴァ王子の義妹となる予定のアルベルティーナ王女の母国ベルヴァースでは、サルヴァ王子への非難の声がますます高まっていた。


「どうにか謝礼金の減額をお願いできますまいか」


 ベルヴァース王国の臣下達が幾らランリエルからの使者デスデーリに訴えてもデスデーリは首を縦には振らず。


「サルヴァ殿下に御判断して頂かなくてはなりません」と本国に使者を出す。


 そして数日後王子からの「減額は認められない」という返事が戻ってくる。

 いたずらに日が過ぎていくだけだった。


 このランリエルの態度をベルヴァースの重臣達が不快に思わないはずが無い。


 確かに帝国軍からベルヴァース王国を救って貰った借りはある。

 しかしだ。その事に乗じて当初の取り決め以上の金額を請求してくるなど理不尽極まりない話だった。


「例えランリエルと戦いになったとしても、この様な要求は受けるべきではない!」


 ついにはそう叫び声を上げる過激な者まで現れた。

 勿論ここまで過激な者は極少数だ。大部分の重臣、特に政策の中枢に近ければ近いほど、ランリエルと戦うなど非現実的と認識している。


 しかし、だからこそ内心の不満は燻りつつも日増しにその熱は温度を上げていった。


 財務を預かる者達は必死で予算編成を行い何度も歳出の計算を行ったが、どうしても予算が足りない。


 国民に対して増税を行い、さらに帝国軍侵略とその後の戦いで受けた損失の補填を先送りにする、という事を行ったと想定して予算を計算しても、まだサルヴァ王子の要求額には達しないのだ。これを解決するには「国民への更なる増税」である。


 だが、王子からの要求額を満たす金額まで増税を計算した財務官達は青くなった。


「無理だ! この様な税金を掛けえれば間違いなく民衆は叛乱を起こす!」


「ランリエルのおかげで帝国から救われたといっても、ランリエルの所為で叛乱が起きては元も子も無いではないか!」


「是が非でもサルヴァ王子の要求は減額して貰わなくては……」


 しかし、いくら減額を訴えても王子には聞き入られない。八方ふさがりだった。


 この八方ふさがりの状況を打破すべく、九方向目を模索しはじめる者達が現れ始めた。いっその事カルデイと組みランリエルに対抗しようというのだ。


「帝国は確かに攻めてきた。だが、王子の様に戦いの報酬として金銭を要求する事に比べたら、いっそ正々堂々としていると言うものではないか!」


 特に軍部にはそう考える者が数多く居た。

 しかもその要求する金銭が、当初取り決めた金額以上というなら尚更だった。


 そしてこの様な者達の声をカルデイの息が掛かった者が耳にした。


 3国の長い歴史の中で、他の2国から移り住む者達はどの国にも数多くいる。その移り住んできた者の中に、密偵の様な働きをする者が紛れ込んでいても取り締まる事は困難だった。


「どうやらベルヴァースとランリエルの関係がさらに悪化しているようですな」


「うむ。ランリエルのサルヴァ王子はベルヴァースからの減額要求をまったく無視しているとか」


「だが、それは我わらにとっては好都合。共にランリエルに対抗すればその様な法外な金は払わなくてすむ。そうベルヴァースに打診するのだ」


「しかしサルヴァ王子も馬鹿な事を欲をかいたばかりに……。ある程度の減額を認めてやっていれば良かったものを」


「確かに……」


 こうして帝国の文官達は、今こそベルヴァースとの国交を回復するべきである。と結論付けた。


 そしてその為にもと、アルベルティーナ王女を帰国させる事が決定したのだった。


 その事を王女に伝えるのは、またしてもバレンの役目である。気の進まない役目だが、12歳の少女が苦手だから変わってくれとは言えず、バレンは王女を軟禁している部屋へと向かい、前回と同じく侍女のエリーカに案内され王女に目通りした。


「おぬし、確かバレンとか申したな。今日はなんの用じゃ?」


 バレンが部屋に入ると早速王女が小馬鹿にした口調で話しかけてきた。前回バレンが逃げる様に退室した事で完全にバレンを見下しているのである。


「は。実はアルベルティーナ様をベルヴァースに御帰国頂く事となりましたので、その報告に参りました」


 バレンは、娘よりも年下の少女の自分を軽んじる態度に不快感を募らせながらもその感情を完全に隠し通す事に成功し、伝えるべき言葉を搾り出した。

 だがバレンの忍耐力の限界を試す試練は始まったばかりだった。


 王女は薄ら笑いを浮かべバレンを追及したのだ。


「ほう。それは良い知らせではあるが、わらわを人質にするという汚らわしい話はどこにいったのじゃ? ん?」


「は。実は王女様のお国であるベルヴァース王国とランリエルが、最近不仲であるとの情報がありまして、それで……」


「まて、なぜ我が王国とランリエルが不仲になったのじゃ?」


 王女は手を上げてバレンの言葉を遮った。バレンは話の腰を折られた不快さを押し殺し、改めて口を開いた。


「実は、我がカルデイが占領していたベルヴァースの領地をランリエルが解放した場合には、ベルヴァースから相応の金銭をランリエルに贈る事となっていたそうなのです。ですが、ランリエルのサルヴァ王子から請求された金額は本来取り決められていた金額を遥かに超えているそうなので御座います。その不当な請求に対してベルヴァースが抗議を唱えているのですが、王子はそれをまったく認めないとの事で御座います」


「ほう。サルヴァ王子の噂は色々と聞いているが、その様な詐欺師まがいの守銭奴であったか。我が王国とランリエルが不仲になった理由は分かった。では、わらわを帰国させる事となった理由を早く申せ」


 バレンの顔の前で手をひらつかせ急かす様に言う王女に対し、話を遮ったのは貴女の方でしょう。という言葉をバレンは辛うじて飲み込んだ。


「ですので、今こそカルデイはベルヴァースと国交を回復し友好関係を再構築する機会だとみなの意見が一致いたしまして、それにはまずアルベルティーナ様に御帰国頂くのが一番であると……」


 バレンは言い終えると額の汗を拭った。だがこれからが王女の真骨頂だった。圧倒的に優位な立場になったと判断した王女はバレンに対し、一番不快に思うであろう言葉と言い回しと口調とを選んで問いただし続けたのだ。


「ん? つまり我が王国とランリエルが不仲になったのを幸いに、つい先ほどまで我が王国を攻め、わらわを捕えている事を棚に上げ、我が王国と仲直りをしたいと。そうカルデイは言っているという事か? ん?」


「は。その通りで御座います」


 にやにやと笑いながら小首を傾げ「ん? ん?」と問いかける王女に、バレンは屈辱に耐え、額の汗を拭う仕草で王女から目を逸らして答えたが、その声はかすれていた。


「それで、わらわを帰国させれば国交が回復出来ると、そう申しておるのか? ん?」


「はい。その通りで御座います」


 バレンの肩が屈辱に震える。


「ん? そうなのか? わらわを捕えておきながら、わらわを帰国させる事で国交を回復したいと、そう申しておるのか? どうなのじゃ? ん? ん?」


「その通りで御座います!」


 遂にバレンは声を荒げ、顔色は怒りでどす黒くなっていた。


 エリーカもこの様子をハラハラしながら見守っていた。この男性が怒りの末に、王女様に危害を加えそうになれば自分が王女様を守らなければ、とエリーカは身構えた。


 だが、王女はエリーカの心配など露ほども気付かない様にその顔はニヤついている。


「そうか。そうか。カルデイも我が王国に攻め寄せておいて、その攻めた相手に助けを求めるとは情けない事よの」


 そして王女は、はしたなくも大きく口を開けて笑った。


 憎々しげに笑う王女を絞め殺せればどんなに気が晴れるか。バレンの忍耐力は限界に近づきつつあった。


「まあよい。おぬしの言いたい事は分かった。わらわは我が王国に帰国してやろう。それで良いのであろう?」


 王女はそう言いながら、ニヤニヤと笑いバレンを見つめた。


 バレンは「はい」と短く答え、そして一礼して王女の前から足早に姿を消したのだった。


 王女から一刻も早く離れるべく大股で歩くバレンは、内心もう少しの所で王女を絞め殺すところだった。そうしなくて済んで助かったと胸を撫で下ろしていた。


 バレンが立ち去った室内では、エリーカが安堵のため息を付いていた。


 それを見た王女が「どうしたのじゃ?」とエリーカに問いかけた。


「あのバレンという男性がとても怒っていらっしゃった様ですので、アルベルティーナ様に乱暴を働くのではないかと……」


 だが王女は、エリーカの心配を笑い飛ばした。


 「その様な事はいらぬ心配じゃ。あの男がそろそろ怒りだすであろうと思ったので、からかうのを止めたのじゃ」


 実は王女もバレンの忍耐力が限界に近づいていた事を察していたのだ。


 幸か不幸かヘルバンという虎の尾を踏み、生涯で最高の恐怖を味わった事から、王女は相手にも忍耐限界というものがある事を学習していた。


 そして相手の様子から、その限界に近づいている事を察する観察力を王女は身に付けていたのだ。


 エリーカは、先ほどとは別の意味でため息を付いた。


 この王女様と結婚して生活を共に出来る男性など、この世にいるのかしら……。


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