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第2話:ランリエル軍出陣(1)

 サルヴァ王子は軍部の執務室で、副官ルキノから帝国軍によるベルヴァース王都陥落についての調査報告を受けていた。


 どの様にして他国に察知されずに大軍を整える事が出来たかまではまだ不明だが、ベルヴァース王都が帝国軍に落とされたのは間違いないと確認された。


「その様な大軍をどうやって集めたというのか……」


「申し訳御座いません。調査は続けてはいるのですが未だその部分に関しては不明です」


 調査が至らぬ事に無念そうに頭を下げる副官の頭の天辺に視線を向けながら、敵の手の内が分からないというのは不快なものだな。と、王子は内心舌打ちをした。


 だが、国力を超えての動員はさすがに出来まい。まさかベルヴァースに大軍を差し向けながら我が国にも突如軍勢を向ける事は不可能のはず。

 帝国がどの様な手妻を使ったかの調査は続けさせるとして、今は帝国軍を撃破する事に集中すべきか。そう判断した王子は、改めて副官に問いかける。


「軍勢の準備は順調か?」


 王子の言葉に今まで俯いていた副官は顔を上げ、答えた。


「は! 騎兵2万3千。歩兵5万5千。王都の防衛に2万5千を除いたランリエル軍の全軍です!」


 今ままでの暗い表情を忘れたか様な覇気ある副官の言葉に、王子は苦笑を隠せなかった。


 だが……。と王子も改めて自分を思うと副官の言葉に心躍るのを感じていた。近年では3国間でも大規模な戦闘は無かった為、王子もこれほどの軍勢を率いるは初めてなのだ。


 俺もルキノの事は笑えぬか。そう思うと副官に向けていた苦笑を今度は己に向けた。


 そして副官の興奮は止まらない。


「これほどの規模の出兵は、先々代のドラゴネ陛下が帝国に出兵して以来です」

 と、ランリエル軍で語り継がれる伝説の名将の名を出し、それに伍する快挙に興奮の色を隠せない。


 だがルキノの興奮に王子は同調しなかった。


「ドラゴネ王か……」

 と、王子の呟きは小さく、不快そうに表情を歪めたのだった。


 ランリエルは先々代の国王ドラゴネ王の時代に大規模なカルデイ遠征を行った。ドラゴネ王はなんとカルデイ皇帝を討ち取り、カルデイ帝都をも占領したのだ。類を見ない大戦果にドラゴネ王の名声は轟いた。


 だが、皇帝を討ち取られたとはいえ帝国も歴史ある国。皇族の血が流れる貴族には事欠かず、体に流れる血をたてに「皇帝の意思を受け継ぐ」と称したカルデイ新皇帝が「乱立」した。


 結局ドラゴネ王は、新皇帝連合とそれを支持する民衆のゲリラ戦に悩まされ、皇帝を討ち取り帝都を占領してから3年後に帝国から撤退した。


 ドラゴネ王はカルデイ併呑まで後一歩というところまで達成し、国内では伝説の名将と呼ばれているのだった。


 だがサルヴァ王子にはドラゴネ王の偉業に価値を見出せなかった。


「私はドラゴネ王の様な失敗はせん」と王子は伝説の名将を破棄捨てたのだ。


「殿下!?」

 自分が仕える上官の思いも寄らぬ言葉に忠実な副官は驚きの声を上げた。

 まさか気がふれたのか? と瞬時に考え、さらにその考えも不敬であると瞬時に頭から振り払い、改めて口を開く。


「ですが、帝国を滅亡寸前にまで追い詰めたドラゴネ王の軍略は、大いに参考にすべきです」


「失敗を手本にしてどうするか!!」


 激した王子に副官は息を飲み目を見開いて立ち尽くす。


「後一歩まで行ったからどうだというのか! 軍事には成功か失敗しかなく、成功まで後一歩の失敗に何の価値がある! 3年もの間戦った挙句の撤退など、戦費の浪費でしかないではないか!」


 一気にまくし立てた王子だったが、副官が口も開けなくなっているのに気付き我に返る。思わず感情をあらわにした事を恥じたのか、副官から背を向けた王子は弁解するかの様に口を開いた。


「だいたい、今回の戦いはドラゴネ王の時と違い帝国を攻めるのではなく、帝国を迎撃する戦いだ。参考にしても仕方があるまい」


 現在でも軍部で高い支持を得ているドラゴネ王を非難するのは得策ではなかった。


「確かに……」


 ルキノもどこまで王子の真意を察しているのかは疑問だが、取り合えず上官の言を是とし、引き下がる。


 その後副官と上官は微妙な気まずさを持ったまま、補給など後方支援の準備、さらに幕僚や出陣する各隊の諸将についての打ち合わせを行った。



 そして出陣の準備がすべて整い、出陣前夜、サルヴァ王子は父である現国王のクレックス王とその王妃マリセラに晩餐に招待された。


 初陣の子供でもあるまいし出陣の前に親子で食事とは……。苦笑を禁じえない王子だったが、父王の事は彼なりに尊敬はしていた。


 クレックス王は国家の運営について政治、軍事においてすべて適任者を選びそれに任せる方針を取っている。


 この様な場合ともすれば臣下の専横を許す事になるが、クレックス王は自身の政治、軍事の才能を母親の胎内に置き忘れた代わりに、信頼すべきにたる者を見抜く目を与えられて生まれてきたのだった。


 だが、信頼する適任者に政務、軍務を任すといえば確かに聞こえは良い。実際国王としては優れた判断だろう。しかしその実、自身は無為に日々を過ごすという事であり、覇気に溢れるサルヴァ王子にしてみれば、何の為に生きているか分からない生き方だった。


 俺には真似できぬな……。と王子は考えていたのだこれは何も馬鹿にしている訳ではなく、父王の精神的な余裕がなせる業と王子は認識していたのである。


 だが、こういうとクレックス王が老成した人物かと思われるが、実はまだ40代にもなってはいない。39歳になったばかりである。つまりサルヴァ王子が産まれたのは、クレックス王が13歳の時という事になる。


 そしてそれには例のドラゴネ王が大きくかかわっていた。


 ドラゴネ王は帝国で3年間戦い、その3年間で帝国は荒れ果てたが、その間出兵を続けたランリエルの財政も破綻した。


 その財政危機に王家は、領内に港を持ちその利益で国内屈指の資産家と名高いファルト公爵家から金銭的、能力的な援助を申し入れた。だが、公爵は条件をつけた。


 既に王妃がいるドラゴネ王や他国から王女を妃に迎える事になっているその王子は諦め、ドラゴネ王の孫に自分の孫娘を嫁がせる事を申し入れたのだ。


 そしてドラゴネ王はやむを得ずと、その条件を受け入れた。


 しかもすでに高齢だった公爵は、自分の命のある内に公爵家の血が流れる王子の誕生を見たいと、当時12歳のクレックスに対し、出産に適した19歳という年齢の孫娘を嫁がせたのだった。


 王都で国を挙げての盛大な結婚式が行われた後2人きりになると、夫婦の営みの為用意された金銀細工が施された寝具の縁に、12歳の金髪碧眼の少年が落ち着きなくちょこんと座る。その横に19歳の黒髪黒瞳の成人女性が座り微笑みかけた。


「怖いのですか?」

「怖くなど無い!」


 年齢差による格の違いにクレックスは強がって対抗したが、その日妻になったばかりのマリセラにとって幼い夫の反応は、あまりにも想定通りだった。


「本当ですか?」

 笑いながら繰り返し問いかけるマリセラに、ついクレックスはカッとなった。

「怖くないと言っているだろ!」


 少年はそう叫び美しい成人女性を組み敷いた。もっとも組み敷かれた方は余裕の笑みを浮かべていたのだが。


 だが、こうなっては王子も後戻りは出来ない。その後、婚礼後一年を待たずしてサルヴァが生まれ、クレックス王子は13歳にして父親となったのである。


 そしてこの時90歳を超えていた公爵は、その出産を見届ける様にしてサルヴァ王子誕生の数日後に老衰で逝去した。


 マリセラに手玉に取られたクレックス王子だったが、幸いな事にマリセラも、このあっさりと自分の虜となった王子の事を可愛いいと感じたらしく、クレックス王子を演技抜きに愛でる様になっていた。


 現在、国王と王妃の夫婦仲は良好である。

 マリセラ王妃は長男のサルヴァ王子を筆頭に長女のチェレーゼ王女などを次々と出産し、国王夫妻はサルヴァ王子を含め3人の王子と2人の王女を授かっている。


 サルヴァ王子が国王でもないにもかかわらず後宮を構えている。その理由は戦好きの王子が子を為す前に戦死する事を国王と王妃が恐れたと言う事もあるが、クレックス王が王妃以外の女性に手を出さず、代々のランリエル国王が使用していた後宮が使われずにいたという事も大きかった。


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