第18話:夢見る第三王子
その日、ランリエル王国では軍事会議が行われていた。当然カルデイ帝国侵攻作戦についてである。
とはいえ、基本的な作戦はすでにサルヴァ王子により決定している。
今回の会議は出陣する軍勢の規模や基本行動の説明、そして各隊の隊長や補給の担当者などの発表などだった。
勿論作戦に対して懸念があれば発言する様にと申し渡してあるので、諸将も多いに発言した。
そして副官のルキノや時には王子自身がそれに対して答えた。その中に次の様な質問を投げかける者が居た。
「この作戦ではベルヴァース軍にも出陣を要請し、ベルヴァース王国側から帝国に攻め込ませるとなっておりますが、ベルヴァースはこの要請を受けますでしょうか?」
現在ベルヴァースでは王子からの要求によりランリエルへの心象は悪化している。到底援軍要請には応じまい。そうでなくとも、ランリエルに帝国が征服されてしまってはベルヴァースにとっても死活問題なのだ。
質問した武将が懸念に思うのも当然だった。
だが王子は唇の片方の端を吊り上げた皮肉な笑みを湛えた。
「勿論要請は受けよう。ベルヴァースは要請を断る訳には行くまい。ベルヴァースはランリエルに大きな借りを作る「予定」だからな」
王子の言葉にその武将は首を傾げた。いや他の諸将達も同じだった。
ランリエルはベルヴァース王国を帝国軍から救い、その為ベルヴァースはランリエルに借りが「有る」のではないのか?
もっともその借りがあっても援軍要請に答えるとも思われぬが。
しかもサルヴァ王子は、借りを作る「予定」という。それはどういう事であろうか?
「おぬし達が不思議に思うのも当然だ。なにちょっとした小細工をしたのだ」
諸将の反応に王子は満足し、王子はその小細工の種明かしを始めた。
王子自身回りくどい言い様であるとは感じていたが、時には演出というものが必要なのだ。配下の者達には自分の能力を示し続けなくてはならない。
その後サルヴァ王子の説明に諸将は改めて信頼を篤くし、会議は王子の満足のうちに終了した。
会議の後、廊下を歩くサルヴァ王子を呼び止める者が居た。
「兄上!」とサルヴァ王子を呼び止めたのは、サルヴァ王子の弟のルージ王子だった。
母親であるマリセラ王妃似で黒髪黒眼のサルヴァ王子と違い、父親似のルージ王子は父のクレックス王と同じ金髪碧眼だった。
ルージ王子は、クレックス王とマリセラ王妃との間の5人の子の内の4番目の三男で、年齢は今年14歳になったばかり。
ちなみに5人の子とは、長男がサルヴァ王子、長女がチェレーゼ王女、次男がサマルティ王子、そして三男のルージ王子、最後に次女のソフィア王女である。
「どうしたルージ。なに用か?」
「はい。実は兄上が先日の戦勝の宴の際に、私とベルヴァース王国のアルベルティーナ王女との結婚をトシュテット国王陛下に申し入れたと聞きまして……」
ルージ王子の言葉にサルヴァ王子は笑った。サルヴァ王子ですらすでに忘れていたのだが、あの時の発言を本気に受け取りわざわざルージ王子に伝えた者が居たのだ。
「なるほど、そう言えばそう言う話もあったな」
と、その時の事を思い出し、面白がって笑うサルヴァ王子だったが、次の弟の発言には驚いた。
「で、私はいつアルベルティーナ王女と結婚する事になるのでしょうか?」
なに! こいつは、本気でアルベルティーナ王女と結婚する気なのか!?
ルージ王子は、兄が自分と隣国ベルヴァースのアルベルティーナ王女との結婚を申し入れたと聞き、早速自分の結婚相手という王女の姿が見たいと王女の肖像画を手に入れる為、方々に手配した。
だが隣国の王女の肖像画などランリエルで簡単に手に入る訳は無い。
王妃というならともかく王女の肖像画となるとよほど個人的に親しくなければ所持する事はない。
だがベルヴァース王国の王女と個人的に親しいランリエル貴族など、そうは居ないのだ。しかし意外なところから入手する事が出来た。
アルベルティーナ王女を捕えた帝国軍は、万一王女が逃げた時にすぐに捕えられる様にと王女の肖像画を作成し街道や国境の警備隊に配っていた。
その王女の肖像画の一枚をランリエル軍が手に入れる事に成功していたのだ。
そしてアルベルティーナ王女の肖像画を一目見た瞬間、ルージ王子は王女の美貌に心を奪われた。だが肖像画とは実物より良く描かれている事が多い。
「アルベルティーナ王女御本人も、この肖像画の様にお美しいのだろうか?」
ルージ王子の疑問に、肖像画を差し出した者は胸を反らせた。
「この肖像画はアルベルティーナ王女が自ら望んで描かせた物ではありません。万一王女が逃げた場合を考え帝国軍が描かせた物です。つまり、アルベルティーナ王女本人と見間違えない様に、限りなく実物の王女に似せて描いているはずです!」
この確信ありげな返答に、ルージ王子は胸の前で手を組み神に感謝する様に喜んだ。
隣国の1人娘の王女と結婚し隣国の王位を継ぐ。
三男として生まれ自国の王位に就く事など夢にも望めない境遇の者としては、これ以上の望ましい結婚は無い。
しかもその1人娘の王女がこれほどの美少女で有るとは、なんという幸運だろう。
ルージ王子は、金髪碧眼の自分と同じく金髪碧眼アルベルティーナ王女の2人が並ぶ姿を思い浮かべ、これ以上似合いの2人は無いだろうと自画自賛し有頂天になった。
アルベルティーナ王女の肖像画を部屋に飾り、この愛らしい唇からはどの様に美しい言葉が紡ぎ出されるのだろう。
結婚すれば毎日小鳥が囀る様な美しい音色で我が名を呼んでくれるに違いない。と夢想し、アルベルティーナ王女との結婚の日を待ちわびた。
だが一向に具体的な話が伝わってこない。
自分と王女との結婚の話を持ち出したのは兄のサルヴァ王子と聞いている。そして遂に我慢しきれず、その兄に聞きに来たのだ。
さすがのサルヴァ王子も、弟の様子を見てまずい事になったと思った。
アルベルティーナ王女と弟のルージ王子を結婚させろと言ったのは、あの場限りの発言。言ってしまえばトシュテット王への嫌がらせの為だけの発言だったのだ。
まさか弟の耳に入り、その上弟が結婚に乗り気になるとは予想だにしていなかったのである。
しかしサルヴァ王子にとっても可愛い弟の事だ。弟が望むのであればかなえてやりたくも有る。とはいえ兄弟の情で政略を見誤る様なサルヴァ王子でもない。
現実的にも、もしルージ王子とアルベルティーナ王女との結婚が実現すれば、ランリエルに取って計り知れない利益をもたらす。
過去にも3国間の王族同士の結婚は行われて来た。
だがそれらは全て、王位継承順位が低い王女を他国の王子に嫁がせる。というものだ。1人娘の王女を他国の王子に嫁がせる。という事が行われた事はない。
その様な事をすれば大事な1人娘を自国の王妃にする事が出来なくなるか、他国の王子を自国の国王として迎えるかのどちらかになってしまう。その様な事を望んでする国王は、今まで3国のどこにも居なかったのだ。
勿論どうしても可愛い一人娘の夫に臣下の子弟から選ぶなど我慢できない。娘の夫には同じ王族しか認めないという国王も存在した。
その様な場合は、3国以外の遠く離れた国の王族の子弟を迎え入れてきたのである。
ベルヴァースにアルベルティーナ王女とルージ王子との結婚を申し込めば断られる可能性は高い。いや確実に断られる。
そして、その事から両国の外交関係が悪化する事も考えられる。
ベルヴァースにカルデイ帝国攻めの援軍を頼もうとしている今は時期がまずい。話を切り出すならもう少し後が良いだろう。
では時期が後ならばアルベルティーナ王女との結婚にベルヴァース国王は応じるだろうか? 本来なら時期がいつであろうと断られる話である。
しかしランリエル王国が3国間の力関係で圧倒的に優位な立場になった時にならばどうか? サルヴァ王子は、いずれはその「ランリエルが圧倒的に優位な立場」を作り出すつもりだった。
「何、今はベルヴァースを帝国から救う戦いが終わった所だし、そもそもそのアルベルティーナ王女すら帝国に捕えられたままだからな。全ては王女がベルヴァースに帰国してからの話だ」
「本当で御座いますか!」
自分の言葉に喜ぶ弟に、他者を冷笑する癖のある王子も思わず素直に微笑み返す。
「ああ、勿論だ。といっても他にも色々と片付けねばならぬ事も多い。アルベルティーナ王女が帰国してすぐ。という訳にも行くまいが、いずれはな」
「はい!」
薔薇色の人生が広がるルージ王子の顔は喜びに輝いた。