表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/47

第17話:帝国の人々

 帝国にもサルヴァ王子がベルヴァースに法外な金額を請求しているという情報は伝わっていた。


 そして王子に対し、ベルヴァースの重臣達が抱いた事と同じ様な感想を持った。つまり、サルヴァ王子は守銭奴であり、戦いを商売にしているという感想である。


 そしてベルヴァースでは王子への不満が高まっている、という事も伝わっていた。


 サルヴァ王子への不満は当然ランリエル王国に対しての不満という事だ。ベルヴァースとランリエルの関係が悪化するのは帝国にとっては好都合だった。


 今こそベルヴァースとの外交関係を修復する時ではないのか!


 帝国の政治を司る文官達はそう声を上げたが、ギリスはこの意見に異議を唱えた。


「あまり事を性急に判断しない方がよろしかろう。ランリエルが帝国に攻め込んでは来ぬと、まだ決まった訳ではない。もう少し様子を見てはどうか」


 だがギリスの意見は文官達に一蹴された。


 ギリスにとって今回の敗戦は皇帝の無理な要求がそもそもの原因と考えていたが、文官達は軍部が無能な為敗戦し国家が危ぶまれている、と事態を認識していた。

 軍部の敗戦のツケを自分達が取らされていると彼らは考えているのだ。


 彼らは敗戦により帝国内で立場が弱くなっている軍部に対して、一丸となって攻勢を掛けた。


「カルデイ帝国、ベルヴァース両国の外交関係修復の問題は、われわれ文官の役目である。軍部が口を出す事では無い」


 彼らはそう主張してこの問題から軍部を排除したのだ。


 そしてアルベルティーナ王女の身柄についても、今までは軍部が捕えたという事でギリスが管理していたが「王女の身柄は、多分に両国の外交関係に対して重要である」として、これからは文官達が管理すべきと主張し、実際に取り上げてしまったのだった。


 勝手にしろと思ったギリスだったが、アルベルティーナ王女の処遇に関してはギリス自身重荷に感じていたのも事実だ。


 過半の腹立たしさと、僅かな清々したという複雑な感情を持ちながら邸宅へと帰ったギリスを、妻のルシアが出迎えた。


 ギリスがルシアに花を贈った一件以来2人の関係は微妙な変化を遂げていた。


 ギリスが買って来た花を抱えて喜び微笑むルシアを美しいと思い、そして見とれたギリスはその後何かにつけて彼女を喜ばそうとした。


 ルシアの美しさを再認識したという訳ではない。今まで自分が見損なっていた彼女の真の姿を垣間見たのだ。


 だがどの様にすれば喜ぶのかとルシアに聞いても芳しい答えは返ってこなかった。


 ルシアはやはりあいも変わらず「貴方がして下さる事ならばどの様な事でも」と言うのだ。だがそう言われても、ギリスにはその「してあげる事」が分からない。


 その為ギリスはルシアと多くの事を話そうとした。


 食後の酒の席でルシアにも軽い酒を進め、積極的に話しかけたのだ。特にルシアの子供の頃の話などを聞き出した。


 ルシアの母は早くに亡くなり、その後は父であるロサリオが雇った乳母や侍女にルシアは育てられた。

ロサリオには、女はあまり外を出歩くものではないという教育方針があり、ルシアを屋敷からあまり外に出さなかったが、物質的には不自由をさせなかった。


 娘に取って必要と思われる物は全て用意した。そして家庭教師もつけられた。しかし学問の家庭教師ではなく、良き妻となる為の婦女子教育の教師だった。


 この様にしてルシアは控え目で良き妻となる様にと育てられ、実際控え目で良き妻に育ったのだった。


「母上はどの様な方だったのだ? お前に似ていたのか?」


「それが……母は私が幼い頃に亡くなったので、よく覚えていないのです。優しい母だった……。とは、おぼろげに覚えているのですが。それに母の肖像画などもなくて……」


 そう言うとルシアは膝に手を置き悲しげに俯いた。


「肖像画もないのか。こう言ってはなんだが、養父上はそういう事に疎かったらしいな」


「はい。そうなのです。母のお墓参りも数年に一度程度で……。母の事を好きでなかったという事ではないと思うのですが……。父はあまりそういう事に気が回らない人でした」


 ルシアは小さくため息を付いた。それは朴訥な父を責めているような。それでいて仕方ない父だ、という娘としての好意的な諦めとも見えた。


「それでは今度、義母上の墓を2人で御参りにいこう」

 ギリスにとっては話の流れでの一言だった。


 だがそのギリスの言葉にルシアは、俯いていた顔を上げギリスを見つめながら「はい」と微笑んだ。


 その微笑みは、ギリスが望んだあの美しく見とれた微笑みだった。



 一方、アルベルティーナ王女はカルデイ帝国の文官バレンの来訪を受けていた。


 ギリスからアルベルティーナ王女の身柄管理の権限を奪った文官達は、その後ギリスを除いてアルベルティーナ王女の扱いについてさらに会議を行っていたのだ。


 そしてその協議の結果、ギリスの意見を考慮した訳ではないが、さすがにすぐには王女をベルヴァースへ帰国させるのは時期尚早という結論になった。


 バレンは文官達の代表として王女の様子伺いに来たのだった。

 今まで軍部に管理を任せていたがその管理が変わったという事を伝えるのと、王女の人となりを観察する為である。


 バレンには娘が居たが、その娘は王女よりも4つ年上の16歳だった。


 王女とはいえ自分の娘より幼い12歳の少女が城を攻め落とされ、さらに無理やり他国に連れられて来られ、どれほど王女が打ちひしがれているのかと王女を気の毒に思い、慰めて差し上げなくてはとバレンは考えていた。


 勿論その裏には、怖い軍部から救い出した優しい文官達という印象を王女に植え付け、王女が帰国した後のベルヴァースとの友好改善に役立てようという計算も働いていた。


 だがアルベルティーナ王女は、バレンが考える様なか弱い少女ではなかった。


 王女の振る舞いについては、世話をする侍女達や護衛などの対応に当たった軍部の者達、そして将来の我が妻を一目見ようとしたファリアス王子など一部の者しか知らなかったのだ。


 エリーカに案内されてきたバレンに王女は早速悪態を付き始めた。王女は金髪碧眼の秀麗な美貌をしかめバレンに指を突きつけて怒鳴ったのだ。


「王族たるわらわをこんな所にいつまで閉じ込めておく気か! 帝国は王族に対する礼儀も弁えぬ不心得者ぞろいか!」


 大声で怒鳴りつける王女の声に、そばに控えるエリーカが耳を塞ぎたくなるのをぐっと我慢した。


 帝国につれて来られて数ヶ月にもなるのに、未だ打ちひしがれてすすり泣く幼い王女を慰める自分。

 その様な光景を思い浮かべてやってきたバレンは、あまりにも想像とは違う状況に数瞬立ちつくし呆然としたが我に返ると慌てて弁明した。


「あ、いえ。勿論、すぐにでもアルベルティーナ様をベルヴァースへとお送りしたいのはやまやまなのですが、ランリエルの方に問題が御座いまして……」


 だがペコペコと頭を下げながら弁明するバレンに、王女の追及は止まらない。王女は一歩ずいっと進んで突き出していた指をバレンの顔にぶつからんばかりに近づけた。


「ランリエルがどうしたというのだ! 私の身柄とランリエルがどう関係ある!」


 バレンはつい顔の近くにまで突きつけられた王女の指を見つめ、瞳を顔の中央に寄らせながら、再度弁明する。

「は。実はランリエルが帝国を攻める可能性があるという者がおりまして」


「だから! それがベルヴァースにどう関係ある!」


「ランリエルがベルヴァースに援軍を求める可能性があり、それを防ぐ為にアルベルティーナ様にはもう暫く帝国に留まって頂いた方が良いと……」


 顔の前まで王女に指を突きつけられ、頭を下げる事もままならないバレンはハンカチを取り出し、王女の指にハンカチが当たらない様に窮屈そうに額の汗を拭った。


「ふん! つまりランリエルに援軍するならわらわを殺すと。我が国を脅迫しようと言うのだな」


 王女は軽蔑した口調で吐き捨て、呆れた様な表情で胸の前で腕を組みバレンより頭2分低い身長ながら精一杯見上げてバレンを睨んだ。


 バレンは無言で汗を拭い続ける。まったく王女の言う通りなのであるが、そうはっきりと言われると返答のしようがない。


「とにかくもう暫くのご辛抱を」

 バレンはそう言い残し、相変わらず睨みつける王女と申し訳なさそうな表情の侍女に見送られながら逃げる様に立ち去った。


 管理が軍部から文官へと変わった事を伝える間も無いまま、ほうほうの体で王女の部屋から逃げ出したバレンは憎々しげに考えた。


 捕らわれの幼い王女ならば不安に打ち震えているべきでないか。まったくなんと可愛げのない王女であろうか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ