表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/47

第16話:策謀

 ランリエル王国では極秘にカルデイ帝国侵攻の準備が進められていた。


 もっともまだ軍勢を整えるまでには至っていない。計画段階だった。


「しかし、帝国に提示した身代金は巨額過ぎではないでしょうか?」


 軍部の執務室で副官のルキノがサルヴァ王子に問いかけたが、その顔には気の毒そうな表情が浮かんでいた。帝国に対して。


 副官の問いかけに王子は苦笑で答えた。

「やむを得んだろう。万一帝国がこちらで提示した金額を飲んでしまったら事だ」


「確かに、そうなれば捕虜達を帝国に帰さなくてはなりませんからね」


「ああ、とはいえ交渉を拒否すれば帝国に疑われる。奴らが払えない金額を提示するのは仕方あるまい。だがいずれ捕虜は返してやる。もっとも……」


 ここで言葉を区切った王子は、片眉を吊り上げ改めてルキノに顔に人の悪い笑みを送った。

「その時は、特別にタダで返してやるさ」


 王子の言葉にルキノの顔にも苦笑が浮かぶ。


「それより、幕僚の選出は進んでいるか?」


 今回、サルヴァ王子は帝国侵攻の戦いに対して幕僚を一部改める考えだった。


 先の戦いでめざましい働きをした者は残し、他は盲目的に王子を支持する信奉者達と、現実的な観点から王子にも反対する事のある現実主義者達をそれぞれ幕僚に加えた。


 自分の信奉者達は使いやすい駒として、現実主義者達はよき相談相手として参加させるのだ。

 前回の戦いから続けて幕僚を勤める者には、ララディ将軍やムウリ将軍などが含まれていた。


 前回からの残留組は王子が指示するとして、新たに加える者達について王子が一々調べてはいられない。ルキノに選抜を命じていたのだ。


 特に王子に対しての信奉者に関しては、単なる王子に対してのおべっか使いか、心から王子に心服しているかの見極めが重要だった。


「はい。対象の者の日頃の言動を調査しております。口先だけの者は得てして日頃の勤務も怠惰なものです。殿下を心から支持する者は勤勉な者が多いです。それに武勇に自信のある者も数多く居ります。自身は剣の鍛錬に明け暮れ軍略は殿下頼りという事なのでしょう」


「うむ。なるほどな」

 ルキノの返答に王子は満足げに頷き、そして先日軍議の後であった騎士の事を思い出した。


 あの時はあまりの正面からの素直な言葉に、からかう言葉さえとっさに出なかったが所詮なにも考えていないだけの者だったのだ。と考えた王子は、騎士に負けた様な気になっていた胸のつかえも取れた。


 命令の元、働き蟻の如く忠実に動く者達。軍勢を率いる者にしてみればまさに理想の兵士と言えるだろう。


「となると後はベルヴァースが問題か。帝国にアルベルティーナ王女をベルヴァースに送り返す気配は無いのだな?」


「はい。現在のところその様子はありません」


「そうか……」

 王子は右手で顎を軽くつまみ考え込んだ。


 王子は、ベルヴァースにも作戦への参加を要請しようと考えていた。

 これは単純に戦力の増強という事もあったが、ベルヴァース軍を目の届くところにおいて置く事でその動向を監視する為でもある。


 1国が他の1国を滅ぼせばもう1国も滅ぼされるに違いない、という3国間のもはや信仰ともいえる認識により、いざとなればつい数ヶ月前までは帝国に攻められていた事も忘れベルヴァースが帝国を支援しかねないのだ。


 だがそれにはまず、アルベルティーナ王女が帝国に捕らえられている事を解決する必要があった。


 ベルヴァース国王が冷酷な政治的計算を行う人物であれば、王女が捕らわれていても別の決断をする事も考えられるが、戦勝の宴で見たベルヴァース国王の人柄からはその様なところは見受けられなかった。


 むしろ王女を溺愛していると思われた。


 ベルヴァース軍を帝国侵攻に参戦させる為には、アルベルティーナ王女を帝国から助け出すしかない。


「よし! 一つ帝国まで行って、アルベルティーナ王女を助け出して来い」


「え? その様な事不可能では……」


 だが王子の顔が笑っているの気付き、ルキノの顔にも笑みが零れる。


 敵国に捕らえられている王女を敵国に潜入して助け出すなど、御伽噺でしか有り得ないのだ。


 政治的な交渉で帝国側からベルヴァースへ送り届けさせるしかあるまい。


 しかしここで難しい問題がある。


 ランリエルから王女を送り返すようにと帝国に働きかければ、帝国は容易にランリエルが攻める予定である事。そしてベルヴァースにも援軍を要請するつもりであろう事を察するだろう。


 帝国からベルヴァースへ王女を送り返すならば、両国の国交は多少は正常化するという事になる。その様な事は本来ランリエルに取って望ましい事ではない。


 それにも関わらずランリエルがアルベルティーナ王女返還に動けば、それによってランリエルにも利益がなされるはずという事になる。


 少なくとも警戒はするはずであり、警戒を強めればますます王女をベルヴァースに帰国させる事を逡巡するだろう。


 正面から交渉する事は出来ない。ならば何か詐術を使うしかない。


「ルキノ。デスデーリを呼んでくれ」


 ボルジ・デスデーリはサルヴァ王子は腹心の外交官で、背は王子よりも頭一つは低く容貌も優れている訳ではないが、むしろそれが相手の信頼を勝ち取る事に上手く作用していた。


 なまじ如何にも人当たり良さそうで才気走るものを感じさせては、外交官として逆に相手に警戒される。

 そしてその肝は太くどの様な者が相手でも臆する事は無く、外交官として得がたい人物だった。


 現れたデスデーリにサルヴァ王子はあらかじめ用意していた一通の新書を差し出した。


「ベルヴァースに赴き、この新書をベルヴァース国王陛下にお渡ししろ」


 デスデーリは、うやうやしく頭を下げながら王子から新書を受取った。すると王子はさらにもう一通の新書を取り出す。


「そしてこの新書は時が来れば、陛下にお渡しするように」


 デスデーリは、またもや頭を下げながら新書を受け取り王子に問いかけた。


「その「時」とはいつなので御座いましょうか?」


 王子がその「時」を伝えると、

「確かに承りました。ではこれより早速ベルヴァースへと出立いたします」と一礼してデスデーリは王子の元を辞した。


 言葉通りすぐにランリエルを出立したデスデーリはベルヴァースへと向かった。


 数日後ベルヴァース王都エルンシェに辿り着き、早速ルヴァース国王にお目通り願って謁見の間で国王に拝謁したデスデーリは、サルヴァ王子から預かった一通目の親書を差し出した。


 国王はデスデーリから受取った親書の内容を見て我が目を疑った。


 サルヴァ王子からベルヴァース国王への親書とは例の「帝国軍が占領している領地をランリエル軍が取り戻した場合の謝礼の要求」だったのだ。


 勿論謝礼の事自体は国王も承諾しており、謝礼を払う事は当然であると認識していた。だが問題はその金額だった。王子の要求する金額は想定していたよりもはるかに多額だったのだ。


 サルヴァ王子の要求は次の様なものだった。


・今回の戦いでは当初の予定よりも戦費がかさんだ為、ランリエル軍が取り戻した領地については、当初の取り決めより2割増しの金額を請求する。

・ベルヴァース軍が取り戻した領地についても、ランリエル軍の協力があった為に取り返せたのであるから、この領地についても5割の権利を主張する。

・最終決戦後に取り返せた領地については決戦に勝利した結果であるが、連合軍の戦力は大半がランリエル軍のものだったので、この領地については8割の権利を主張する。


 その結果、当初予定していた金額の5倍の額を王子は請求してきたのだ。


 トシュテット王はこの様な多大な金額は払えないとデスデーリに訴えたが「私はサルヴァ殿下から言付かって来ただけであり、私に決定権はありません」と一国の王の訴えをデスデーリは事も無げに突っぱねた。


 トシュテット王は困り果て、サルヴァ王子への返答には重臣達と協議の必要がある、暫くの間王都に滞在する様にとデスデーリを一旦下がらせた。


 これは、デスデーリにとっても予定通りの展開である。

「畏まりました」と一礼し素直に下がった。


 国王はすぐに財務官を筆頭に重臣達を集めて会議を開かせてサルヴァ王子の請求額について協議させたが、当然批判の声が噴出した。


「サルヴァ王子がこの様な守銭奴であったとは!」

「これでは戦争を商売にしている様なものではないか!」

「この様な一方的な請求に従う必要はありませぬ!」


 そして遂には「サルヴァ王子はカルデイ帝国に対しても捕虜の身代金に法外な額を請求していると聞く。金を取る事しか知らぬランリエルより、まだ国を取ろうとしたカルデイの方が可愛げがあると言うものだわ!」と発言する者まで現れた。


 そしてこの発言に軍部の重臣達の多くは頷いた。

 武人である彼らにとって、戦で領地を取り合うのは自然な発想であるが、金を要求するのは彼らの美意識からは遠かったのだ。


 だがこの様な騒ぎの中、ただ1人グレヴィ将軍のみは表情を変えず目を瞑り、髭を弄りながら思案に耽っていた。


 グレヴィの見るところ、いや誰が見てもむちゃな要求である。ならば王子には何か考えがあるのだろう。それを見極める前に騒いでも仕方が無い。


 グレヴィ以外の者達は散々騒ぎ立てたが、一通りサルヴァ王子への批判が出尽くすと現実に向き合わねばならなかった。


「取りあえず、当初の取り決めの2割増しという項目を取り外して貰う様に交渉してみてはどうでしょうか?」

「それでも予定の4倍以上の金額だ」


「いや、ベルヴァース軍が取り戻した領地の権利を、サルヴァ王子が主張してきているのがおかしい」

「それを言うなら帝国軍が撤退した後の領地の権利が」


「いやそう主張したいのはやまやまであるが、それらを全て主張すると当初予定の金額、つまり今回サルヴァ王子が要求してきた金額の5分の1という事になる。さすがに王子がこの金額を飲む訳が無いのではないか」

「当初の取り決め額が当然なのだから、それのどこが悪いか!」


「しかし、現実的にサルヴァ王子からの要求をまったく無視するのは困難なのだ」

「では、それぞれの領地の権利の割合を低くする事を要求しよう」


 そしてその結果、サルヴァ王子からの請求額の5分の2。つまり当初予定の2倍の金額でどうにかならないか? という意見で決定しデルデーリに伝えられた。


 そしてデルデーリは「では早速サルヴァ王子にお伝えしましょう」と答えたが、自身はベルヴァースに留まり、使いの者をランリエル王都フォルキアへと送ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ