第12話:武辺の騎士
戦勝の宴から数日後、ランリエルでは一部の高官や諸将のみを集めて極秘の会議が行われた。
しかも余程その内容が機密なのか会議に先立ち、サルヴァ王子からこう宣言されたのだった。
「もしこの会議の内容が外部に洩れた場合、洩らしたのが誰であろうが、この場にいる者全員を処罰する。その覚悟が無い者は早々に退出する様に」
この宣言に出席者達は互いに顔を見合わせた。
自分が洩らしたのでなくとも洩れれば処罰されるとなるとさすがに躊躇する。だが王子はさらに言い添えた。
「ただし、それほど重要な会議に、なぜ各々方をお招きしたのかを考えて頂きたい」
この言葉に出席者達の動揺は収まった。
国家の大事を語るに足りる人物と見込んだといわれて、それを辞退する事などできようはずが無い。参加者達も覚悟を決め王子に視線を集中させる。
王子は満足げに頷き、その国家の大事を発表した。
「今回の我々のベルヴァース救援の勝利により帝国軍は大きな痛手を負っている。我が軍はその余勢を駆ってカルデイ帝都ダエンへと攻め寄せる」
この計画を聞いた者はみな驚きの表情を隠せず、ある者は自分の聞き間違えではないかと「今、王子は何を言ったのか?」と隣に座る者に問いかけるほどだった。
「各々方が驚くのは無理も無い。今までも何度も失敗をしているカルデイ帝国への侵攻だ。しかしその点については私に考えがある。心配はない」
だが心配はないと言われた所で、そんなに簡単な事なら今までの英雄達も失敗してはいまい。
出席者の半分ほどは未だ表情が硬い。王子自信も出席者達が納得しかねているのを、内心仕方が無いと考えながら眺めていた。むしろ簡単だと思う方が浅はかと言える。
だがそこへカルデイ帝国侵攻に賛成の声があがった。
「サルヴァ王子にかかれば帝国軍などものの数ではありません。是非私に先陣を仰せください」
するとその声に続いて「いや私にこそ先陣を」「いえいえ私に」と次々に声があがる。そしてその声は出席者の半数ほどにも増えた。
カルデイ侵攻に懐疑的な者が半数、賛成の者が半数。実はこの状況は王子が計画していたものだった。
始めから会議の出席者を現実的で状況判断に優れた者と、サルヴァ王子に対して妄信的に忠実な者とを半々になる様に選抜していたのだ。
その半々の者達は、さまざまな意見を交わした。
「いくらサルヴァ王子でも歴代の名将や王達が幾度も失敗に終わったカルデイ帝国侵攻は難しいのでは? 今回も帝国軍がベルヴァース侵略に失敗したばかりではないか」
「帝国軍が侵略に失敗しその軍勢は痛手を受けている。今だからこそ可能なのだ」
「かつてドラゴネ王も帝国軍を壊滅させた。しかし、国の滅亡ともなると帝国の民衆が義勇兵となり倒しても倒しても敵軍が沸いて出てくるのだ」
王子に「妄信的に」好意的な信奉者達は今回の作戦を指示し、現実的な者達は作戦に難色を示す。
だが結局、王子と軍議の半数の賛成により帝国侵攻作戦は可決され、王子の信奉者達は満足げにその決定を受け入れたが、現実主義者達は不満げだった。
だがもし王子がそれぞれの者に本音で語りかけたとするならば、現実主義者には「俺もお前と同意見だ」と言い、自分の信奉者には「もっと現実を見ろ」と言っただろう。
次期国王と目されるサルヴァ王子が会議で一番の発言力を持つのは当然だったが、それでも出席者の過半以上から反対されては、王子といえども自分の案を通す事はできない。
自分の信奉者を会議に出席させたのは、会議での味方を増やす事が目的だった。
では現実主義者などはじめから出席させなければ会議は反対者も無く進むだろうと思われるが、計画においてサルヴァ王子ですら見落としている箇所があるかも知れない。
その様な箇所を指摘して貰うには、王子の作戦を盲目的に信じない者の参加が必要なのだったのだ。
こうしてカルデイ出兵が決定し、細部においては王子ですら気付かなかった幾つかの問題点が指摘されその対策も講じられた。王子はこの結果に満足し、会議は終了した。
会議の後、自室へと向かう廊下の途中でサルヴァ王子はある騎士を見かけた。
友人らしき者と、サルヴァ王子の作戦は常に素晴らしく王子の指示に従えば勝利は間違いない、などと話している。
確か武術の大会で上位に入るという武勇の者のはずだが……。
顔は見かけた事があるはずとかろうじて覚えていたが、王子には名前が思い出せない。
戦術、戦略家を自認するサルヴァ王子は、武術の勇者よりも自分と同じく知略に優れた者を好んだ。
確かにこの者と自分が剣で戦えばこの者が勝つだろう。しかしお互い千人の兵を率いて戦えば勝つのは間違いなく自分だ。
興味を覚えたサルヴァ王子はその騎士に話しかけた。
するとその騎士は尊敬するサルヴァ王子に話しかけられ緊張に身を固めさせながら名乗った。王子はその騎士の名を聞いた瞬間に忘れ、さらに話しかけた。
「おぬし、剣の腕は中々のものらしいな」
すると、その騎士は目を輝かせ益々身を固くする。
「王子のお目に留まっているとは光栄で御座います」
少しこの者をからかってやるか。
王子は心の中で皮肉に微笑んだ。
「貴公の武名は聞いている。一芸に秀でた者は他の事にも通じると言う。軍略においてもさぞや見事なのであろうな」
実際武芸の達人が、鍛錬で培った冷静さや状況判断の的確さで一軍を率いても見事な働きをする事も多々ある。
だが、この者の先ほどの物言いではそれは望めないと分かっていて王子はわざと問いかけたのだ。だがこの騎士は、どこか神経が切れているのか王子の皮肉に平然と返答した。
「いえ私は剣を振るうしか能が無い人間です。軍略は王子に従えば間違いありません」
ここまで素直に言われると、さすがの王子も気を抜かれた。
「……あ。ああ、そうか。では次の戦いでもよろしく頼む」
王子は言葉を濁した様な無難な返答を返す事しか出来ず、そしてその場に背を向けた。
「は! 勿論で御座います!」
騎士の言葉を背に受けながら、王子は騎士に聞こえない様に小さく舌打ちをした。なぜかこの騎士に負けた様な気分になったのだった。