第10話:決戦(2)
ギリスがランリエル軍を突破しているころ、撤退するヘルバン将軍とモランド将軍の部隊は、ランリエル、ベルヴァース連合軍に捕捉されていた。
カルデイ国境へ急ぐヘルバン将軍の騎兵部隊は、前方に待ち構えるサルヴァ王子の騎兵隊を発見したのだ。
「見破られていたか!」
ヘルバン将軍は舌打ちし吐き捨てると全軍突撃せよと命じ、ヘルバンの騎兵は王子の騎兵へと突撃する。
だが余裕を持って到着していた王子は突撃を防ぐ為の柵を張り巡らし待ち構え、ヘルバンの突撃を防いだ。
ヘルバンは全ての突撃が跳ね返されると突破を諦め、後続のモランド将軍の部隊と合流した。だがギリスの軍勢が到着していない。
「ギリスは役目を果たしたか……」
ヘルバンはギリス率いる殿が壊滅したと思い、その死を悼んだ。
そしてその頃には連合軍も後続の部隊が到着した。兵力は帝国軍4万2千に対し連合軍8万6千。
ヘルバンは敵軍を眺めた。
すでに日は高く昇り、ヘルバンの右腕で数十年前にドラゴネ王との戦いで武名をあげた勇者が身に付けていたという籠手が銀色に輝き、左腕からはそれよりもさらに古い時代に活躍した勇者の赤銅の籠手が鈍く光った。
「敵は多数だ。守りを固めて敵が攻め疲れた時に反撃に移る」
ヘルバンは銀色の籠手をふり、全軍に各隊円陣を組ませ本陣の周りを固める様に命じた。
帝国軍の各部隊が円陣を組む様をサルヴァ王子も自軍から遠望していた。
「敵は守りを固めたか。まあ当然だな」
王子は配下のジェレリ・ララディ将軍を第一陣として先鋒に、ギラルデ・ムウリ将軍を第二陣として攻撃を開始した。
ララディ将軍は猛将として名高い。そしてムウリ将軍はその落ち着いた指揮をサルヴァ王子に信頼されていた。
だがヘルバンは策略においてはギリスに劣ったが、実戦においては確かに帝国軍一の名将だった。各部隊に組ませた円陣は猛将ララディの第一陣の猛攻に頑強に耐えた。
そして第一陣の攻撃が限界となり隊列が崩れた、その一瞬の隙を逃さず帝国軍は攻勢に転じる。
「蹴散らせ!」
第一陣はヘルバンの反撃を防ぐ事ができず追いたてられ、多くの者が討たれて敗走寸前となった。
だがランリエル軍がその状況を見過ごすわけが無い。
「ララディを救援せよ!」
王子の命の元連合軍第二陣が突撃を開始し、帝国軍と第一陣の間に割り込んだ。
しかしヘルバンは敵の第一陣を深追いせず、すぐにまた円陣を組み守りを固め、第二陣のムウリ将軍に付け入る隙を与えない。
ヘルバンの指揮の見事さに連合軍は攻め倦んだが、連合軍も手をこまねいている訳にはいかない。数は連合軍が2倍を超えるのである。
「折角こちらは敵より多いのだ。数が多いなりの戦いをさせて貰おうか」
サルヴァ王子の指示の元、連合軍の各部隊が再編成された。帝国軍の円陣に同規模の連合軍の部隊をそれぞれに対峙させたのだ。
ただしその中の敵の1部隊に対してのみ、数倍の軍勢をぶつけ苛烈に攻めさせた。
いかに防御力に優れた円陣でも、数倍の敵に対しては守りきるのは困難だ。
盾を並べる帝国軍の隊列に連合軍から日が翳るほどの大量の矢が降り注ぎ、とても帝国軍から矢を打ち返す余裕など無い。さしもの帝国円陣も隊列が崩れだした。
「敵の横腹を突け!」
ヘルバンの指令により各円陣の中央に位置する帝国本陣から援軍が派遣され、円陣を攻撃する連合軍の側面に突撃する。
連合軍はこの援軍と激しい戦いを演じたが、側面を攻撃され不利な体制の連合軍はついに後退した。だが帝国の援軍も優勢に戦ったとはいえ多勢に無勢だ。少なからぬ損害を受けた。
そして連合軍は体勢を立て直すと、再度円陣に対して攻撃を開始する。先ほどと同じ様に帝国の円陣が崩れだすと援軍が派遣され連合軍と激戦を行う。そして連合軍の後退である。それが何度も繰り返された。
「やつらの狙いは、円陣自体よりそれを救援する援軍の方か……」
ヘルバンはサルヴァ王子の意図を看破した。
円陣は防御力に優れるが機動力に劣る。それを補う為ヘルバンは援軍を駆使しているのだ。援軍が無ければ各円陣は数倍の敵に各個撃破されるだろう。
それでも攻められていない他の円陣がまったく手薄ならば各円陣からの救援も可能だろうが、それを防ぐ為連合軍は各円陣にも同規模の軍勢を配置し牽制している。攻められている円陣の救援には、本陣から援軍を出すしかない。
だが両軍が消耗戦を行い援軍と連合軍が同じ様に被害を受け続ければ、最終的には数が多い連合軍が残る。
そして援軍が消滅すれば、残った円陣を料理するのは簡単なのである。
「小賢しい戦い方をするものだ」
ヘルバンは憎々しげに呟いたが、このままではサルヴァ王子の思惑通りに事が進むだろう。対策を打つ必要がある。
連合軍による何度目かの円陣への攻撃が開始された。
何度目かの帝国本陣からの援軍。そして何度目かの連合軍と援軍との激戦。また同じ事が繰り返された。だがその結果は今までとは違った。
帝国の援軍は連合軍を押し返せず、それどころか援軍の方が敗走したのだ。
「やったぞ!」
連合軍の兵士達はついに敵の援軍を撃破したと喜んだ。そして援軍を誘き出す為に攻撃していた円陣の方も、援軍が撤退した事に士気を落としたのか続けて敗走した。
「敵の本陣を突け!」
前線で兵を指揮する各部隊長は勇んで兵士達に命じ、自らも帝国本陣へと突入する。
戦いにおいて敵本陣への突入はほとんど勝利を意味した。本陣が壊滅すれば戦いは負けである。他の部隊は本陣が攻められるとこの戦いに先は無いと、敗走を始めるのだ。
円陣の崩壊により各円陣の中央に位置する帝国本陣への道が開けた今、勝利を確信した前線指揮官達は手柄を立てるべく我先にと帝国本陣へと突入したのだった。
「まずいの……」
この状況を自陣から眺めていたグレヴィは、険しい表情で呟いた。
激戦が行われていた円陣以外の各円陣とそれに対峙している部隊は、結局戦いに参加せず戦況を見守っているだけだった。そしてベルヴァース軍のほとんどはその戦いに参加していない部隊に含まれていた。
本来ベルヴァース軍に損害を押し付け様とするサルヴァ王子ならばベルヴァース軍にこそ矢面に立たせてもよさそうなものだが、こちらの意図通りに動くとは限らないグレヴィ率いるベルヴァース軍を、ここで主力として使う気にはなれなかったのだ。
勿論連合軍として戦う以上ベルヴァース軍がまったく戦わないと言う訳にはいかない、ベルヴァース軍の内2割程度の軍勢のみがグレヴィに率いられ戦闘に参加していた。
そして勇んで帝国本陣に突入した連合軍の前衛部隊は、本陣がもぬけの殻な事に気付いた。
彼らは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。元来た道を振り返ると、敗走したはずの帝国の援軍部隊がいつの間にか体勢を立て直し彼らの退路を断っている。
最後の援軍の出撃の時、ヘルバンを含めた軍幹部全員と予備兵力の全てが援軍と共に出陣し本陣を空としていたのだ。
敵の本陣を突いたはずが敵の中央に閉じ込められたと彼らが悟った瞬間、本陣の周りを取り囲む各円陣から一斉に矢が放たれた。
敵陣のど真ん中で密集する事となった連合軍の前衛部隊の兵士達が次々と倒れる。
「しまった!」
サルヴァ王子が叫んだ。
「全軍突撃! 敵の包囲から前衛部隊を救出せよ!」
だがそれと同時にグレヴィの命令もベルヴァース軍に飛んでいた。
「後退せよ」
ランリエル全軍が突撃し、帝国本陣を囲む様に存在する各円陣に対して一斉攻撃が行われる中、ベルヴァース軍のみが後退を開始した。
それを見たランリエル軍幹部の一人が今にもベルヴァース軍へと切りかからんばかりに激怒し叫んだ。
「奴ら自分らだけ逃げる気か!」
だがサルヴァ王子はその幹部の怒号を聞いた後、はっとした表情をししばらくすると小さく舌打ちした。そして突撃を開始している各部隊に新たな指令がだされた。