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第1話:深夜の急使

「またご出陣で御座いますか?」

 程よく明かりを落とした薄暗い部屋で素肌の上に羽織るガウンを手に取る男に、ベッドの上に横たわる金髪碧眼の女が問いかけた。


 問いかけられた男。ランリエル王国第一王子サルヴァ・アルディナは女に振り向く。

「心配するなセレーナ。出陣するにしても今すぐとはなるまい」


 男の逞しく鍛え上げられた長身に一瞬見とれたセレーナは男がその黒い瞳と口元に苦笑を浮かべているのを認め、自分が裸体を晒しているのに気付き慌ててシーツを引き寄せ身を隠した。


 深夜、サルヴァ王子がその後宮にて寵姫と情事に及んでいる最中、急使が訪れたのだ。


「殿下! 至急お耳に入れたい事が!」

 王子は、そう叫ぶ使者を扉の外に待たせ、

「間の悪い事だ」と組み敷いていた寵姫にも聞こえぬ小さい声で呟き、名残惜しげに寵姫から離れたのだった。


 ガウンを羽織った王子は、伝令が待つ廊下に通じる扉へと歩を進める。


 余程の事でなければ伝令がここまでくる事はないはず……。ならばたとえセレーナにも聞かせる訳には行かないか。

 そう考えた王子は場所を変え、自室に戻って報告を受けるべきと判断したのだ。


 決してこの寵姫を疑っている訳ではない。だが、万一漏れれば「寵姫に大事を話した愚かな王子」と物笑いの種だろう。


「……殿下」

 背後から聞こえた声に王子が振り返ると、セレーナが心配そうな視線を王子に向けていた。


 彼女とてサルヴァ王子がその若さで名将と呼ばれるほどの名声を得ており、ほとんどの戦いに勝利している事は知っている。

 だが、すべての戦いに勝利している訳ではない。セレーナが王子の身を憂えるのも無理は無い。


 そもそも通常国王の為であるはずの後宮を、次期国王でしかないサルヴァ王子が構えている事自体、戦好きな息子が子を残さずに戦死してしまう事を恐れた現国王の配慮によるものなのだ。


「大丈夫だ。心配するな」


「ですが、殿下の身に万一の事があれば……」


 王子は寵姫を安心させる為にあえて不敵な笑みを返した。

「まさか戦いになれば俺が負けるとでも思っているのか?」


「いっいえ。そういう訳ではありません。ですが万一の事がと……」


 慌てて否定しながらも、それでも万一の事と繰り返す寵姫に王子は、やれやれ心配性な。と思いながら寵姫に近寄る。


 そして心配性の寵姫が何か言う前にその開きかけた口を己に口で塞いだ。

 伝令を待たせている事を忘れたかの様にその口付けは暫く続いたが、ようやく離れた王子はセレーナを見詰め言った。

「俺を信用しろ」


 そして改めて寵姫に笑みを残すと、背を向け伝令が待つ廊下へと向かう。

 だが寵姫は王子の背をやはり心配そうに見送ったのだった。


 セレーナの部屋を出た王子はガウンを羽織っただけの姿で大股に後宮の廊下を進み、自室へと向かう。足元は素足である。


 その後ろに扉の外で控えていた伝令の騎士が続く。


 王子の姿は本来滑稽と言っても良いはずだが、堂々たる体躯、そしてそれ以上に自信に満ち溢れた覇気を身に纏っている事により、まるでその姿で闊歩する事が当然かの様な錯覚を騎士に感じさせた。


 王子の自室へと近づくと、扉の両側に直立する兵士が尽かさず扉を開け放つ。


 扉を開けるのが遅れ王子を足止めさせるなど論外であるが、あまりにも早く扉を開け王子がやって来るのを待つのも興ざめと言うものである。


 王子が扉に当たるぎりぎりのところで扉は開き、歩を弱める事無くその扉をくぐる王子に、両端の兵士は自分達の職人技に満足そうに顔を見合わせた。


 そして王子の後に続いて騎士が部屋に入るとすぐさま扉が閉ざされる。


 部屋の主が不在だったにもかかわらず煌々と明かりが照らされている部屋で、ガウン姿の王子の前に騎士は改めて跪き僅かに俯く。


「それで私の耳に入れたい事とは?」


 王子の言葉に騎士は顔を上げる。

「ベルヴァース王都。カルデイ帝国軍により陥落いたしました」


 騎士の言葉に、王子は目を細め鋭い視線を放った。

「なに!?」


 王子のランリエルを組めたその3国は長年争っていた。

 しかしその戦いは数百年、数十世代にもわたり決着が着かず、近年ではお互い他国を征服するなど不可能であろうとそれぞれが認識していた。


 急使とはいえ、精々国境でどちらかの軍の越境問題が発生した程度。そう考えていたが、まさか帝国が本格的な軍事行動を起してくるとは……。

 人間の想像力にも限界があるものだ。と王子は苦笑した。


 しかも隣国の王都が攻め落とされたとなると、我が国も総力を挙げて援軍に向かわなくてはなるまいな……。

 そうしなければベルヴァースを征服し力を増した帝国に、今度は自分達が狙われる事になるのは必然だった。


 一国が一国に攻め滅ぼされそうになると残りの一国は手助けをせざる得ない。この状況が数百年にわたり3国の戦いに終止符を打たせなかったのだ。


 だが援軍として出陣するとしてその前に確認すべき事がある。

「ベルヴァース国王の安否は?」


「ご無事です。先日まで我が国にご滞在していたベルヴァース国王と王妃ですが、国内に入ってすぐに異変を聞き我が国へと引き返しております。近日中に我が国の王都に到着するものと思われます」


「そうか……。どうやら最悪の状況は避けられたか」


 ベルヴァース国王が死のうが個人的には何の心痛も感じないが、情勢的には大いに心をおく必要がある。もしその両陛下が帝国軍に捕らえられる、または討たれるという事になっていれば情勢は大きく変わっただろう。


 ベルヴァース貴族達の中にも王家の血を引く者は多く、両陛下が討たれてもその貴族が新国王を名乗り立ち上がる。帝国に対して抵抗をし続け容易には屈しないだろうが、やはり纏まりに欠け混乱に陥る。混乱に乗じ我こそはと、新国王が複数表れる事も予想できる。


 今回支援する立場となる王子にとっても、「どの新国王」に手を貸すかから頭を悩ませねばならないところだった。さすがにそれは面倒。と、王子の声にも安著の響きが感じられた。


「それであの自称帝国軍はどの様にしてベルヴァース王都を落としたというのか?」


 王子は「自称帝国軍」の言葉を侮蔑を込めて発したが、それには理由があった。

 帝国とは本来「異なった民族、国を支配する国家」という意味を持つのだが、王子にしてみれば、カルデイのどこが帝国か! というところだ。


「は。突如帝国の大軍が国境を越えベルヴァースへと進入。そのまま王都へと進撃し瞬く間に陥落させたとの事でございます」


 騎士の説明に王子の口元に皮肉な笑みが浮かんだ。

 こいつは本気で言っているのか? それとも俺の聞き間違いか? 王子は改めて騎士に問いかけたが、その声には存分に嘲りの成分が含まれていた。


「揃えるに相応の準備を要する大軍が突如として現れ、王都までに点在する軍事拠点をすべて素通りし、堅牢な城塞都市である王都をいとも容易く落とした。そう言っているのか?」


 3国のそれぞれの王都は、長年の戦いの教訓から強固な城壁で囲まれた城塞都市と化している。そう簡単に落ちる物では無い筈なのだ。


 王子の言葉に騎士は平伏する様に頭を下げる。

「私も信じられぬ思いですが、確かにベルヴァースからはそう報告を受けてまいりました」

 騎士は自分も信じてはいない事を強調した。自分が無能と見られるのは騎士にとって耐え難い事だった


 王子は胡散臭そうな表情を浮かべた。

「ベルヴァースの奴らが我が国の危機感を煽る為、大げさに報告しているのではないだろうな?」


「その可能性はありますが……」

 騎士は王子の問いに確たる返答が出来ぬ事にさらに平伏したが、王子も騎士から回答を得ようと考えてはいない。


「小国が生き残る為とはいえ、小賢しい限りだな」

 王子は吐き捨てる様に言った。


 3国が合い争うとはいえ、実際は国力が拮抗している訳ではない。ベルヴァースは他の2国と比べれば国力は半分ほどで小国と言って差し支えないほど国力は劣っていた。


 それゆえベルヴァースは生き残りにかけてはなりふり構わず、残り2国のうち一方の攻められれば残る一方にに助けを求め、他の2国が争えば劣勢の側を支援するのだった。


 ベルヴァースが上手く立ち回っている状況であり、王子が不信に考えるのもやむを得ない。

 だが今回の件については王子の偏見だった。王子のいうところの小国は自分達の知りうる限りの事実を伝えていたのだ。

 しかし現時点で、王子がその事を知りえるはずも無い。


「ルキノ!」

 王子が別室に通じる扉に向かって副官の名を叫んだ。


 伝令の騎士と共にこの部屋に入った王子は、副官が別室に入るところを見てはいないが、伝令が王子のところまで通されているならば至急副官も呼ばれているはずだった。


 果たして王子の呼びかけに、すぐさま現れた副官は騎士の斜め前方に進み出た。ガウンのみを羽織った王子の姿に驚くでもなく一礼する。

「お呼びでしょうか。殿下」


「ベルヴァース王都が自称帝国軍に攻め落とされた」


 前置きの無い王子の言葉に副官は目を見開き驚きの表情を作る。

 自分だけ驚かされる事もあるまいと、副官の反応に口元を歪め笑みを浮かべた王子は、副官から騎士へと僅かに顔を向け、そしてまた副官へと戻す。


「詳しくはその者に聞け、そして事の真偽を調査せよ」


「は! かしこまりました」

 王子が怠惰な者を嫌う事を十分に弁えている有能な副官は深々と頭を下げながら、先ず伝令から話を聞き、次に人を集め……と早速段取りを頭の中で描いた。


「では、後は任せた」

 副官の歯切れの良い反応に、満足そうに頷いたサルヴァ王子は扉へと向かった。


 扉の外の兵士達はずっと扉に耳を当て王子の足音でも聞いていたのか、王子が扉に近寄ると即座に扉が開け放たれる。


 そして改めて後宮へと足を向ける。


 忠実な寵姫は言いつけどおり、自分が戻るのを待っているだろう。行ってやる必要があった。


 新たなる戦いを前にして悠長に女のところに行くとは、人に知られれば後ろ指差されるか?


 だがそうは考えながらも、そうしなければあの寵姫は寝ずに朝まで待ちかねない。と、王子は笑みとも苦笑とも取れる表情をその顔に浮かばせ廊下を進んだ。


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