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第9話:老将の手腕(1)

 帝国国境の防衛軍が半数以上の兵力と砦を失ったとの報告は、すぐにカルデイ帝都ダエンのベネガス皇帝へと伝えられた。


「敵はこのダエンにまで攻め寄せてくるのか?」


 思いもよらぬ事態にベネガス皇帝は狼狽してカルデイ帝国近衛隊隊長のコントレに詰め寄り、コントレは皇帝を宥める為に切々と状況を説明した。


「まだ、国境には半数の砦が健在であり敵もすぐに国境を突破できると言う訳ではありません。また万一敵が帝都へと攻め寄せたとしてもこの帝都に1万の近衛が居る限り敵を一歩も王都へと踏み込ませるものではありません」


 だが皇帝の心配がそう簡単に解消される訳が無く、さりとて帝都に残った者達には良い考えが浮かばない。


「ベルヴァースにいるヘルバンとギリスに対策を講じさせよう。ヘルバンとギリスならば必ず良い対策を立てるだろう」


 結局彼らはヘルバンとギリスに責任を押し付けたのだった。


 とはいえ、責任を押し付けられたヘルバンとギリスもこの事態に頭を悩ませていた。


 敵の目を掻い潜って辿り着いた伝令により帝都と同じく国境防衛軍と砦の半減という報告を受取ったヘルバンとギリスだったが、この状況は想定外過ぎた。


 確かに占領地の抑えして連合軍が残した兵力は多いとは思ったが、まさか力攻めすれば4万の兵力を失うといわれる国境砦群をその兵力で攻め、防衛軍が半減するほどの打撃を与えるとは。


 ギリスは内心「これは負けだな……」と思ったが当然口には出さない。


 しかし内心やり切れないものも感じていた。ここ数十年で最大の戦いに身を投じ、全能を掛けてやり遂げ様と決意していたにも関わらず、自分の手の届かないところの戦いで大勢が決してしまったのだ。


 だが愚痴ばかりも言ってはいられまい。ギリスは、ヘルバンに対し改めて現状を説明した。


「元々の我らの作戦では国境、占領地、そしてこの王都を守りきる事により、敵を消耗させるというものでした。しかし、それはあくまでこの3箇所が守り切れるという前提の話です。国境の砦群は攻略するのに4万の損害が必要と言われ、そしてそれほどの損害を出せばランリエルは我が軍に対抗できなくなります。実行する者は居ないと考えられておりました。ですが現在砦は半減。損害は遥かに少なくて済みます」


「敵は国境を突破すると思うか?」


「我が軍がこの王都に留まっているなら必ず」


「留まっているならだと?」


「はい。結局の所、敵の狙いは兵法の基本である『敵の本拠地を突き。敵を撤退させる』なのです。つまり我が軍を撤退させる為に我が軍の本拠地、つまりカルデイ帝都を攻めようというのですから、我が軍がここに留まっていれば帝都を攻めるでしょう。我が軍が撤退すれば敵は帝都を攻めない。つまり国境を越えようとしません」


「現在考えられる最善の策は?」


「敵がまだこちらが撤退しないであろうと思っているうちに撤退してしまう事です。その方が損害は少なく済みます」


「撤退しかないというのか!」


 ヘルバンは声を荒げ叫んだ。自分の手の届かないところで勝敗が決してしまったのが無念なのはギリスだけではなくヘルバンも同じだった。


 何とか戦況を立て直す方法が無いかと考えていたが、頼みの有能な参謀すら撤退するしかないと言うのか。


「ここで粘っていてもいずれ国境を突破されます。その時に本国が攻撃されるのを無視できない以上、結局撤退せざるを得ません。そして撤退するしかなくなってから撤退すれば、敵は容易に察知し待ち構えているでしょう」


 ヘルバンは机に拳を突きたてながら無念そうに歯軋りした。


「分かった。撤退の準備は任せる……」


 俺が砦群防衛の指揮を執っていれば守りきれていた筈だ……。国境防衛を任されていたサラスを無能という訳ではないが、ヘルバンにはその自負があった。

 それだけにこの状況に納得しかねるものを感じていたのだ。


 ギリスは、無念に歯軋りするヘルバンに向かって無言で一礼し、その場を後にした。


 だがギリスにはヘルバンに進言していない事があった。


 たとえ早めの撤退を行ったとしても、敵はこちらの撤退に気付くだろう。

 始めからこちらを撤退させる為に手の込んだ作戦を立てる相手だ。最後の詰めで、こちらが撤退する時にそれを見逃すという事があるだろうか?


  だが出来るだけ多くの兵を本国まで撤退させねばならない。勿論、自分を最優先に……。




「なんじゃと!?」


 サルヴァ王子から国境の砦群の半数を無力化したという報告が入ると、グレヴィは驚きの表情を隠せなかった。王子を一筋縄ではいかない者とは認識していたが、もはや一筋縄どころではない。


 サルヴァ王子と自分を比べたとき、用意周到さにおいてはどうであろうか? 自分に一日の長がある。


 戦いにおいての用心深さは? 劣勢時の粘り強さは? それらも自分に一日の長があるだろう。


 自分と王子を比べた場合、過信ではなく自分が勝っている点は数多くある。だが自分に王子と同じ事が出来るかと問えば、素直に出来ないといわざるを得ない。


 グレヴィは自分を天才などとは思っていない。勿論多少の才はある。でなければ、ベルヴァースの名将とは呼ばれていない。


 だがあくまで自分は、その多少の才がある者が努力すれば到達できる境地にある。王子の境地に辿り着くには努力ではどうにもならないものが必要だった。


 だがこれで戦いの大勢は決した。帝国がこの劣勢を挽回するのは至難の業だ。


 敵将ヘルバンは優れた武将だ。しかも特に守りの戦いに定評がある。


 そのヘルバンが篭るベルヴァース王都エルンシェを攻めても攻略する事は難しい。それゆえに王子はエルンシェを攻撃するのではなく、策を立て国境を攻略したのだ。


 後は帝国本国を突けば、本国救援の為帝国軍は撤退するしか無いだろう。


 だが、本当にそれで終わりであろうか?


 サルヴァ王子がベルヴァースを救う事で満足して戦を終わらせる気であろうか?


 グレヴィは以前、王子の立てたベルヴァース軍を消耗させようという策を看破した。

 単に自軍の消耗を抑える為というには過剰な策略ではなかったか?

 王子にはまだ先の考えがある。グレヴィはそう睨んだ。



 帝国国境ではサルヴァ王子の砦攻めは遅々として進んで居なかった。


 もっともこれは王子の「損害を出さないように」という指示に拠るものだ。サルヴァ王子にも現時点でこの砦群を抜くつもりは無い。


 勿論バリェステの砦の半数を捨てるという思い切った策が無ければ、数箇所の砦を落せていたかもしれないが、砦群を攻め続ける事により心理的にカルデイ帝国を追い詰めるのが目的なのだ。


 そしてその心理的圧迫に早々に根をあげた人物が現れた。ほかでもないカルデイ皇帝である。


 カルデイ皇帝ベネガスは近衛隊隊長コントレに、このままでは敵が国境を越えてやってくる。帝都ダエン防衛の兵力を増やす事は出来ないのか。と訴えた。


 コントレは困惑しながら、言葉を選んで皇帝に現状を説明した。


「国境の兵力は当然動かせません。王都占領軍は敵に包囲されて動く事が出来ず。占領地の軍勢は王都と帝国とを結ぶ重要な戦力。どこにも余裕はありません」


 だが皇帝はコントレの説明の重箱をつつく様に揚げ足を取って食い下がった。


「今の説明ならば占領地の軍勢は動かせるではないか。その軍勢を帝都に戻させよ」


 しまった! と思いながらコントレは血相を変えて再度説明した。


「ですから占領地の軍勢が居なくなれば王都の我が軍が敵中に孤立するのです」


 だが己の保身のみに心を奪われた皇帝の耳に、コントレの言葉は届かない。


「占領地の軍勢はどの程度の数が居るのじゃ?」

「2万2千で御座います」

「では、1万2千を帝都へ戻させ、残りで占領地を防御させよ」

「ですが、それでは占領地の防備がままなりません」


 コントレは何度目となるか分からない冷や汗を流しながら抵抗する。だが皇帝も一歩も引くつもりはない。


「このままではダエンの防御がままならんと言っておるのだ!」


 コントレは言葉を尽くし訴えた。

「皇帝陛下は今回の戦いをヘルバン将軍とギリス参謀にお任せになられました。そのヘルバン将軍とギリス参謀の命令で動いている軍勢に対し、陛下が別の命令をお出しになれば軍は混乱いたします」


 だがその言葉も皇帝の耳には届かず、コントレを怒鳴りつけた。

「おぬしは皇帝と将軍のどちらが偉いと思っておるのだ、ヘルバンやギリスを玉座に就けようと叛乱でも考えておるのか!」


 コントレはもはやこれまで、これ以上反対しても自分が更迭され他の者が皇帝の命令を実行するだけと天を仰いだのだった。


 そして「ヘルバン、ギリスよ。すまん……」と歯軋りしながら、占領地の軍勢1万2千はカルデイ帝都ダエンに退却する様にとの命令書を出したのだった。


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