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第8話:王子の攻勢(1)

 占領地奪回に対し、ランリエル軍も本格的に戦闘に参加した。そしてベルヴァース国王からは、帝国軍からの和睦の申し出は正式に断るとの返答が来た為、サルヴァ王子は改めて軍議を開いた。


「奴らが講和を申し込んできたという事は奴らは窮地に陥っているという事だ! ランリエル本国の予備兵力1万5千も動員し、ベルヴァース王都に篭る敵の本隊を一気に叩く!」


 両軍の諸将を前にしてのサルヴァ王子の宣言に、周囲からどよめきの声が洩れた。


 この急な方針転換にグレヴィも思案する。


 ランリエル軍のみを温存する事を諦めたか……。

 また何か企んでいるかもしれないが、王都攻略は以前には自分も進言した事今更反対する訳にも行かない。精々目を光らせて置くしかあるまい。



 こうしてランリエル本国に連絡し、ランリエル王都フォルキアからも1万5千の兵を動員してベルヴァースへと進撃するように王子は命じた。


 さらにベルヴァース軍は全軍が王都解放戦に参加する事がきまり、この帝国軍の占領地はランリエル軍が2万で牽制する事となった。


 この決定にはランリエル軍の中からも不満が出た。以前のグレヴィの発言を不快に思い今後の戦いはランリエル軍のみで行うと考えている武将が多く居たのだ。


 しかしベルヴァース王都を解放するのに、ベルヴァース軍が参加しない訳にもいかない。


 ベルヴァース軍の中には内心ここに留まり、帝国軍から領地を解放し自らの領土とする事を望んでいる貴族も多くいた。


 だがサルヴァ王子の「愛国者の多いベルヴァース軍に、まさか王都を開放するより自らの領土拡大を優先させる者もいますまい」という発言に、誰もここに残るとは言い出せず、口々に「早く王都を開放し国王陛下にお戻り頂きたいものだ」と、王都攻略軍への参加を承諾したのだった。


 さらに王都の東西南北4箇所の門を攻めるに際して3箇所をランリエル軍が攻め、その代わりベルヴァース軍は一番大きく強固である正門を攻める事と決まった。


 グレヴィはまたベルヴァース軍に消耗を強いる気かと考えたが、ここは仕方が無い。ベルヴァース王都の奪還作戦で、ベルヴァース軍に負担の少ない部署を担当させて欲しいとはさすがに言えない。


 ランリエル王国から1万5千の軍勢がベルヴァース王都へ向かい出陣し、サルヴァ王子が率いるランリエルの軍勢の大半とベルヴァース全軍も王都へと向う。


 ランリエル軍では、これで名誉挽回する事が出来ると諸将がいきり立った。


 王都に立て篭もる敵の本隊を叩く事以上の武勲はないだろう。ランリエル王国から進撃してくる予備兵力とはベルヴァース王都の手前で合流し、その後王都へと向かう手はずである。



 この動きは帝国軍も察知した。


「おぬしの策があたり、ランリエル軍のみ戦力を温存する事が出来なくなった為、短期決戦に方針を切り替えた、と考えてよいか?」


 偵察からの報告を受けたヘルバンが地図を見下ろしながらギリスに問いかけた。


「はい。サルヴァ王子は自軍のみ兵力温存する事は諦めたのでしょう。しかし我が軍の占領地にも、まだ多くの兵を残しています。意外とここに進撃してくる軍勢は囮で、占領地の我が軍の油断を誘い、隙を見て攻略する事が目的とも考えられます」


 ギリスも地図を覗き込みながら答える。


「なるほど。くせ者のサルヴァ王子の事だ。それくらいはやるかも知れんな。さっそく占領地の軍にも油断しない様に通達しよう」


 そしてギリスに目をやって、

「しかし、おぬしを敵にしたくないものだな」

 と笑いかけ称賛した。


 戦術の能力の高さから武勲を重ね帝国一の名将とまで呼ばれているヘルバンであるが、策略という面に疎いのは事実だった。


 だがそれは良き参謀が居れば補える事であり、そしてその良き参謀であるギリスに信頼を置いているのだ。

 その良き参謀はヘルバンの言葉に「ありがとうございます」と一礼し、素直にその称賛を受け入れた。


「この戦いが終わり本国に戻れば、一度おぬしを我が屋敷に招待しよう。妻は料理が得意でな。きっとおぬしの口にも合うだろ」


 屋敷に招待し愛妻の料理を振舞う。ヘルバン将軍はそれが部下を労う一番の方法と思っている。


 以前からその噂を聞いていたギリスは、内心「我が家と違い夫婦仲が良くて、よろしいものだ」と皮肉に考えた。


 勿論表には出さず、先ほどと同じ様に「ありがとうございます」と一礼し「将軍の奥方の料理の腕は軍でも有名です。早く戦いが終るのが楽しみです」と無難に言い添えた。


 それに対してヘルバンは「うむ」と嬉しそうに笑った。


 ギリスはその笑顔に思わず見とれた。


 今まで男の笑顔どころか美しい女性の微笑みにすら心を奪われた事など無かったが、その容姿を形容するに美しいなどいう言葉を使われる事など一切無いであろう無骨なヘルバンの笑顔に確かに見とれたのだった。


 心底嬉しそうに笑うヘルバンをギリスが凝視していると、さすがにヘルバンも不審がった。


「どうしたのだ?」


 ヘルバンの問いに我に返ったギリスは、慌てた様に「あ、いえ。では、失礼します」と彼らしからぬ濁した言葉を残し一礼すると退出した。


 世の夫婦とはあの様なものなのだろうか? いや、ヘルバン将軍の家庭は特別なのだ。ギリスは廊下を足早に歩きながら、そう自分に言い聞かせた。



 ランリエル本国からの増援と合流したランリエル、ベルヴァース連合軍はベルヴァース王都エルンシェへと進み包囲した。


 ベルヴァース王国の王都を攻めるなど、ベルヴァース軍将兵には複雑な心境だったが、まさか攻めぬ訳にも行かない。


 早速打ち合わせどおりにベルヴァース軍が正門である東門を担当し、他の門をランリエル軍が担当しての攻撃が開始され、ヘルバンは冷静に迎え撃った。


「慌てるな。兵力は十分にある。それに食料もな。十分な兵と食料があり落ち着いて隙さえ見せねば、城壁がそう簡単に破られるものか」


 ヘルバンが各門や城壁を守る武将達に激を飛ばすと、武将達も冷静に指揮を執りよく守った。帝国軍は傷付いた兵がいれば新たな兵と交代し、破られそうな箇所があれば援軍を派遣する。まったく隙を見せず連合軍の被害ばかりが増えていく。


「予想通りではあるか……」


 王子は退却の鐘を鳴らさせ軍勢を後退させた。


「警戒を怠るな! いつ敵が攻めてくるかも知れんぞ!」


 連合軍が引くとヘルバンも油断しない様に将兵に伝えたが、野戦になれば数がものをいい劣勢に経たされる事は分かっている。その為帝国軍からの追撃は行わず、こうしてたちまち両軍は膠着状態となった。


 ある日、定期的に行われている軍議が中止されるとの連絡が、ランリエル軍、ベルヴァース軍双方の諸将に伝えられた。


 サルヴァ王子が夏風邪を軽く拗らせたというのだ。軍議といっても戦いは膠着状態が続いており、内容はどうせ事務的な報告のみである。


 諸将も「ああ、さようか」と素直に自らの部隊の陣へと引き上げた。


 だが王子はすでにここには居なかった。前回の軍議の後、僅かな共と帝国軍の占領地に残してきた軍勢に戻っていたのだ。そして到着した日の夜すぐに行動を開始した。


「残す兵は僅かでよい。占領地にいる帝国軍に対し我が軍がまだここにいると思わせさえすれば良いのだ。残る兵士は食事を用意する釜の数は今までと同じだけ炊け。敵から見てよく見える場所で姿を見せつけ、数が多く見える様に擬態せよ」


 そしてサルヴァ王子は、軍勢の中から騎兵のみで構成した部隊を先発させたのだった。


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