第6話:仕組まれた猛攻(2)
連合軍の猛攻は帝国軍にとっても予想外のものだった。
確かに他国に国を攻められ国土を占領されていれば憎悪も沸くであろうし、愛国心も刺激されるであろう。とはいえ、この損害を無視した猛攻はあまりにも過ぎている。
連合軍の攻撃が始まると瞬く間に数箇所の城と砦が落とされたのだ。
その後すぐこの事態に危機を感じた帝国軍本隊から5千の増援があり、戦力を増強した占領地軍はそれ以後は持ちこたえている。だが連合軍の猛攻は止まらない。
前線からの報告を受けたギリスは、状況を徹底的に調査する様に命じた。
「この猛攻を仕掛けている軍勢はランリエルか? それともベルヴァースか? すぐに調査せよ。それにその戦いぶりについてもだ」
そして数日後、調査結果がもたらされた。その調査結果とは次の様なものだった。
・攻撃を仕掛ける敵軍の旗印を見ると攻撃はベルヴァース軍がほとんどである。
・ベルヴァース軍同士にも関わらず諸隊が上手く連携されていない。それどころか、むしろお互い足を引っ張り合っているかにまで見える。
・その結果無謀ともいえる攻撃も重なり、ベルヴァース軍の被害は甚大である。
この報告を受けたギリスは「ベルヴァース軍にはランリエル軍に先駆け、さらに同国のベルヴァース軍同士をも出し抜き、損害を度外視してでも武勲を立てる理由がある」とその内容を整理、考察した。
我が軍が憎くて攻撃するならば味方を出し抜く必要は無い。味方を出し抜くならそれは武勲が目当てであるはずだ。
そしてさらに重ねて調査を命じた。
「連合軍において立てた武勲に対してどの様な恩賞が約束されているのか。さらにベルヴァース軍が猛攻を行っている時、ランリエル軍は何をしているのか。徹底的に調査せよ」
だがギリスはすでに以前の自らへの問いかけ「誰にとってより望む形で戦が行われているか」という問題の解答を得たと考えていた。後は報告による裏付けだけだった。
今回の戦いで重要な地点は3箇所。
第一にこのベルヴァース王都エルンシェ。
次に王都と帝国を結ぶ占領地。
そして帝国のランリエル側国境。
ベルヴァース側国境を考慮に入れる必要はない。ベルヴァースから帝国に入るには占領地を落とさねばならず、占領地を守る事と国境を守る事は同義語であるからだ。
現在連合軍は占領地にのみ攻撃を集中させている。王都は強固。ランリエル側国境も簡単には突破は出来まい。
占領地を攻めるのは当然ともいえるが、現在の所王都から占領地への援軍の派遣は容易だ。ゆえに占領地も守るに易くなっている。
占領地を狙うなら狙うで本来なら増援を防ごうとするはずだ。その時は増援を阻もうとする敵に対してこちらも出陣する必要があり、ある程度の野戦は覚悟していた。だが敵は増援が来るままに任せている。
そして大損害を出しているベルヴァースの奴らが好き好んで我々の増援を招き入れている訳ではあるまい。ならばこの状況を作り出しているのは……。
数日後、武勲を立てた場合の恩賞とランリエル軍の動向についての調査報告を受け取ったギリスはヘルバン将軍の部屋を訪れた。
そして部屋に通されるとすぐに本題に入る。
「将軍。我が軍を掌で踊らそうとしているのがランリエル軍かベルヴァース軍かのどちらかが分かりました。ランリエルが我が軍を、正確には我が軍とベルヴァース軍を手玉に取ろうとしている様です」
「我が軍はともかく、ベルヴァース軍まで手玉に取るとはどういう事だ?」
驚くヘルバンにギリスは、報告内容とその報告内容から導かれた結果を説明した。
「ランリエル軍を率いるサルヴァ王子は、ベルヴァース軍の領主に我が軍が占領している土地を取り返せば取り返した者にその土地を与える。という勅命を出す様にと、ベルヴァース国王に進言した様です。その結果がベルヴァース軍の我が軍への猛攻です。さらにベルヴァース軍の猛攻のすえ、とどめにランリエル軍の攻撃があれば砦や城を落とせるという状況でもランリエル軍は戦闘に参加せず、その為に陥落を免れた事もあるという報告もあります」
ギリスは語り一息つくと、右の拳で左の掌を叩き結論を述べた。
「ランリエル軍、つまりそれを率いるサルヴァ王子の思惑は、ベルヴァース軍と我が軍とを噛み合わせ消耗させ漁夫の利を得る事でしょう」
「なるほど。我が軍の狙いは守りに徹する事によりランリエル軍とベルヴァース軍に消耗を強いる事にあるが、このままでは消耗するのはベルヴァース軍と我が軍ばかりという事だな?」
「はい」
問いかけたヘルバンも答えたギリスも共にその表情は硬い。
まさか味方であるはずのベルヴァース軍にまで損害を強いる策を立てるとは、ヘルバンには思いもよらぬ事だった。
実戦指揮においてはカルデイ一と自負するヘルバンも、この発想にはついて行けない。これはギリスが得意とする分野だろう。
「どうにかしてランリエル軍も戦いに引きずりだす必要があるな。とはいえこちらからランリエル軍に攻撃を仕掛ける訳にもいかん。なにか現状を打開する方法はないか?」
上官の問いに有能な参謀はにやりと笑みを浮かべた。
「一つあるにはあります。ただし本国の国王陛下の許可が必要です」
ギリスはヘルバンにその策を語り、その後、ベルヴァース王都エルンシェとカルデイ帝都ダエンとの間に数日に亘り使者が行きかった。
ある日の朝、今日こそは領地を増やそうと意気込むベルヴァース軍の諸将と、それに比べ覇気の感じられないランリエル軍の諸将に招集が掛かった。
緊急の軍議が開かれるというのだ。両軍の諸将が集まってみると帝国軍からの使者が到着しているという。
その使者は驚くべき内容の申し出を携えて来ていた。帝国軍からの申し出とはなんと「講和を求める」というものだったのだ。
内容を簡潔に纏めると、いわく
「ベルヴァース軍の猛攻により帝国軍の被害は甚大である。その結果帝国軍のベルヴァース王国の占領は不可能とはいえなくとも困難となったと考える。よって講和を申し込む。講和の条件をベルヴァース軍と協議したい」
ランリエル軍を完全に無視した内容である。この内容が両軍の諸将に発表されると、ベルヴァース軍の諸将は喜びに沸いた。
だが、ランリエル軍の諸将はみな顔色が蒼白となり、次にランリエル軍の総司令官であるサルヴァ王子へと視線が集中した。
彼らは王子の「我が軍は消耗を抑える為、戦いはベルヴァース軍に任せる」という方針に従って戦いを控えていたのだ。だが、これでは武人としての面目は丸つぶれである。
しかし、喜びに沸くベルヴァース軍の諸将の中でもグレヴィは1人冷静だった。グレヴィにとってもこの帝国軍からの申し出は望外だった。話が旨過ぎるのだ。
彼はサンデルと共にランリエル軍を矢面に出す為
「国王直属の兵を中心に編成した部隊で敵を挑発し、ベルヴァース軍では手に余る規模の帝国軍をおびき出す事によりランリエル軍を矢面に立たせる」
という策の準備を進めている最中だったのだ。
グレヴィは思案する時の癖である白い顎鬚を玩びながら帝国の思惑について考えた。
今までのベルヴァース軍の無謀な戦いにより帝国軍に3千の被害を与えていたが、ベルヴァースは5千の軍勢を失っている。確かに帝国軍にとっても手痛い打撃となっているとは考えられるが、劣勢という訳ではないのだ。
歴代の誰もがなしえなかった3国統一を目指すにしては諦めが良すぎる。この程度の事で諦めるなら始めから3国統一など目指すまい。
グレヴィは思案に耽っていたが、この時一際大きな笑い声が諸将が集まる部屋中に響いた。他でもないサルヴァ王子の笑い声だった。
「帝国は王都エルンシェを占領するに自国の皇太子まで引っ張り出し、国を挙げての大ペテンを仕掛けた。この様な講和の申し出も苦し紛れのペテンに過ぎぬ。敵が苦しいというなら留めを刺してやるのが親切というものではないか。方々もそう思われよう?」
王子は両軍の諸将を見渡した。こんな所で戦を終わらせる訳には行かない。
サルヴァ王子自身もグレヴィと同じく3国統一を目指したという割には諦めが早すぎるとは感じていたが、今は諸将からの自分への批判をかわす事が先決だ。
それにはある程度の演技が必要だった。帝国軍の申し出を馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばす必要がある。
そこへ、ベルヴァース軍の諸将が並ぶ列から声があがった。
「しかし、本当であればこれで戦が終わりベルヴァースは救われます」
「では、この申し出が本当として帝国軍のいう講和の条件とはいか様なものか。王都まで占領した自称帝国軍が寸土の領地を求めず引き上げると思うか。ベルヴァースは帝国軍が講和の条件として領地を求めたとしてその要求を飲むのか。飲まないのであれば敵に息をつかせる間を与える必要はない」
王子はさらに大きく笑う。
ランリエル軍の諸将の並ぶ列からも「もっともな御意見、今こそ我がランリエル軍も参戦し、敵にとどめを刺しましょう」と声が上がる。
さらに口々に「帝国軍など蹴散らしてくれる」「今こそ我が軍将兵の武勇のほどを見せる時」と勇ましい台詞が続いた。
ここで戦が終わればランリエル騎士の名は地に落ちる。ランリエル軍にとっては戦闘が続いて貰わねば名誉挽回の機会が失われるのである。
そこへ今まで思案に耽っていたグレヴィが、おもむろに口を開いた。
「確かに殿下のおっしゃるとおり、この講和の申し出は帝国の策略である可能性が高いでしょうな。とはいえ戦が終わるという申し出に、我が国の国王陛下にお伺いせず断る事も出来ませぬ。勿論策略であると考えられる事は十分に言い添えますが、国王陛下に御報告し御返答あるまでは、我らとしては攻撃を控えさせて頂きますでの」
グレヴィの言葉にランリエル軍諸将から「では、手をこまねいてわざわざ敵に時間を与えるのか」「それこそ敵の思う壺」と批判の声が次々に上がった。
ここで戦いが終わればベルヴァース騎士のみが喝采を浴びるだろう。ランリエル騎士である彼らにとって是が非でも避けねばならない状況だった。
だが、それに対しグレヴィはぬけぬけと言い放つ。
「いえいえ、ランリエル軍が帝国軍に戦いを挑む分には問題ありますまい。何せこの講和の申し出は「帝国からのベルヴァースへの講和」の申し出ですのでの」
あまりにも無礼ないい草に居並ぶランリエル軍の諸将は屈辱に肩を震わせたが、事実帝国の講和の申し出はベルヴァースに対してのものである。返す言葉がない。
サルヴァ王子は「好きにせよ!」と席を蹴って退席し、ランリエル軍の諸将も口々に「帝国軍など、我らだけで蹴散らしてくれる」「もはやベルヴァース軍の出る幕はあると思いなさるな」と次々と席を立った。
これは奇しくも敵同士であるグレヴィとギリスとの間で、ランリエル軍のみに漁夫の利を得させてなるものか。という意見の一致が生み出した結果だった。
ランリエル軍が長期戦を望むならここで戦いが終わるという申し出をランリエル軍が受ける訳は無い。だが講和を申し込まれたのはベルヴァース軍である。ランリエル軍に講和の申し出を断る権利はない。ギリスはそう考えたのだ。
そして、戦闘の続行を望むならばランリエル軍もベルヴァース軍に劣らず攻撃に参加せざる得なくなる。との策だった。グレヴィはその策を(全てを読みきった訳ではないが)利用しランリエル軍のみに攻撃させ、ベルヴァース軍に休息を与える事に成功したのだった。
そしてグレヴィは、精々陛下からの御返答が来るのを遅らせねばなるまい。と考えた。
ベルヴァース国王への使者は2度途中で戦死(行方不明のためそう判断された)し、3人目の使者が多くの護衛に護られてやっと国王の元へと到着する事になるのだった。
軍議の翌日からランリエル軍による帝国軍への攻撃が開始された。
ランリエル王国軍を表す旗や自らの家名を表す旗が大きく振られ「ランリエル王国の某ここに有り」と大声で叫びながら名誉挽回の為、我先に突撃するのだ。
その光景をサルヴァ王子は憮然とした表情で眺めた。
もう少しベルヴァース軍に消耗して欲しかったが、さすがにこの期に及んでランリエル軍を参戦させぬ訳には行くまい。
この状況でなお参戦させねば、軍内においての俺への信頼は地に落ちるだろう。
もう少しベルヴァース軍に消耗して欲しかったが、そろそろ次の段階へと進める時期か……。王子はそう考えたのだった。