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第6話:仕組まれた猛攻(1)

「将軍。アルソン城を攻めていたカステッド家のエドスト・カステッド伯爵が戦死なされました」


「そうか……」


 ベルヴァース軍の陣営の天幕で、サンデルからの報告を受けたグレヴィは短く呟いた。


 ベルヴァース王国のカルデイ占領地まで進軍した連合軍は、すぐさま帝国軍が占領し立て篭もる城、砦に猛攻撃を開始した。その攻撃の中心となり苛烈に攻め立てているのはベルヴァース軍である。


 戦果のほとんどはベルヴァース軍が挙げていたが、それに比例する様に損害もほとんどをベルヴァース軍が引き受け、夥しい死傷者を出していた。


 ベルヴァースを帝国軍から救う戦いの為ベルヴァース軍が矢面に立つのは当然といえるが、これにはさらに現実的な理由があった。先の軍議にてグレヴィに自らの思惑を悟られたと感じたサルヴァ王子が、一計を講じたのだ。


 王子は、ランリエル王都に避難するベルヴァースのトシュテット王に使者を送りこう進言させた。


「この度の帝国の侵略により多くのベルヴァースの領土が敵に占領され、その領主も数多く討ち死になされました。その中には跡を継ぐべき跡取りの居ない者。また不幸にも跡取りともども討ち死になされた御家もございましょう。その様な家は不幸ながら家名が断絶となってしまいます。特にベルヴァースでも名門のハンブース公爵家やダルベリ家なども、御家名を継ぐべき方も無く討ち死になされたとか。この様な名門の家名を残す為にも帝国から領地を取り戻した者に、その土地の領主の家名とその土地を領する権利をお与えになると国王陛下から御勅命すれば如何で御座いましょう。さすればベルヴァース軍の士気も高まり帝国軍など瞬く間に追い払われる事でしょう」


 使者からの口上を聞いたトシュテット王は、なるほどとは思ったが気にかかる事があった。


 我が国の軍勢が帝国軍の不当な占領から領土を取り返す場合は良いが、ランリエル軍が帝国軍を追い払った場合はどうなるのであろうか? ランリエルの領土となるのは困るどころの話ではない。


 トシュテット王も一国の主であるとはいえ現在はランリエル王国に保護されている身である。その助けが無いと領土回復がままならない事は分かっている。トシュテット王が十分に言葉を選びながら心配事を使者に伝えると、使者は笑いながら答えた。


「いえいえ、陛下。ご心配あらせられるな、まさかランリエル軍が開放したからランリエルの領土などとは申しません。ランリエル軍が開放した御領地はベルヴァース王家の直轄地となさるという事ではどうでしょうか?」


 使者の言葉に無邪気に喜んだトシュテット王はすぐに勅命を出そうと応じ、その後ランリエル、ベルヴァース両国の臣下により詳細を協議し、次の事が取り決められた。


・領土を取り戻した者にその土地と家名を継承する権利を与える。

・ランリエル軍が領地を取り戻した場合はその領土は王家の直轄領とするが、その領土に見合った戦費(という名目の謝礼)をベルヴァースからランリエルへ提供する。

・土地の領主、または継ぐべき跡取りが居る場合に他の者が領地を取り戻したならば、領主は相応の代価を取り戻した者に支払う。


 その結果が、ベルヴァース軍による無謀とも言える猛攻撃だった。


 家名の低い貴族は名門の家名と領地の為に、大貴族はさらなる領地の為に、そしてカルデイに領地を占領された貴族は、他者に取り返され代価を支払うなど真っ平と、目の色を変えて帝国軍に襲い掛かるのだ。


 グレヴィ将軍も国王からベルヴァース軍の指揮を命じられているとはいえ、その内情は国王直属の兵は半数にも満たない。大半は貴族の軍勢の集合体である。餌をちらつかされ理性を失った貴族達を抑えきる事ができなかったのだ。


「おぬしはどう見る?」


 天幕内に備えられた椅子に座りテーブルに肘を載せたグレヴィは、傍らに立つサンデルを一瞥して意見を求めた。


「間違いなくサルヴァ王子はこうなる事を。貴族達が領地を得る為、血眼になって敵に攻撃を仕掛ける様になる事を見越して陛下に進言したので御座いましょう」


「……で。あろうの」


 グレヴィもこの状況はサルヴァ王子に踊らされているだけと看破していた。だが、かといって援軍の将であり一国の王子である彼を詰問する訳にもいかない。


 そもそも領地を取り戻した者に与えるという勅命を発したのはベルヴァース国王なのである。その結果王子にそそのかされた訳でもなく、貴族達は「勝手に」突撃を繰り返しているに過ぎない。王子をどう詰問するというのか。


 だが損害が出続けるのを、手をこまねいて傍観している訳には行かない。なにか打開策を打たねばならない。


「いっその事、このまま帝国軍に打撃を与えてベルヴァース軍だけで占領地を取り戻す事は……。あ、いえ、さすがに難しいですね」


「うむ。確かに局地的には帝国軍を圧してはおるが占領地全体を考えればの」


 グレヴィは白い顎鬚を玩び始めた。それが思案している時のグレヴィの癖である事を知っているサンデルは、グレヴィが口を開くのを静かに待ち続ける。


 いかにベルヴァース軍が猛攻撃を行い帝国軍に甚大な被害を与えているとはいえ、単独で帝国軍に勝てるはずも無い。


 この戦いに参加しているベルヴァース軍は帝国軍の5分の1。双方が同程度の被害を受け続けたなら、先に地上から消え去るのはベルヴァース軍なのだ。


 しかも現実は要塞に篭って戦う帝国軍よりベルヴァース軍の損害の方が多い。ベルヴァース軍の優勢は損害を度外視しての攻勢の結果でしかない。


 ランリエル軍の支援を受けなければ帝国軍を追い払うのは不可能。だがランリエル軍の指揮を執るサルヴァ王子に短期決戦の意思が無いと思われる以上、現時点でのランリエル軍の積極的な協力など夢のまた夢だった。


「ランリエル軍にも戦闘に参加せざるを得ない状況を作る必要がある様じゃの」


 グレヴィとサンデルは、その対策について協議に入った。


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