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第5話:帝国の謀将(2)

 カルデイ帝国を後にしたギリスは数十名の護衛に守られ、数日後にはベルヴァース王都エルンシェへとたどり着いた。


 ギリスは王都の前まで来ると一旦そこで止まりベルヴァース王都を眺めた。


 ベルヴァース王都エルンシェはカルデイ帝都ダエンと形状が類似していた。


 長年交流があり文化も近い国同士が他国からの侵略に備えようという同じ思想で建設したのだから当然と言えば当然と言える。


 勿論、王都内のそれぞれの国王が鎮座する王城は各国趣向を凝らしているが、王都をぐるりと囲む城壁にまで趣向を凝らす必要を感じなかったのだった。


 違うと言えば近くで採れる石の色がそれぞれ違い、帝都ダエンの外壁は白と言っていいほどの薄い灰色なのだが、王都エルンシェの外壁は赤みを帯びていた。


 ちなみにランリエル王都フォルキアの外壁の色はダエンの外壁の色と似ている。つまりランリエル王都とカルデイ帝都は色も形も似ているという事になる。さすがに双方に何度も訪れた事がある者が見れば違いは分かるが、それでもやはり似ていた。


 だがそれも過去の話だ。何世代か前のランリエル国王が似ていると言われる事を嫌がり王都の壁に等間隔に牡牛を模ったランリエル王家の紋章を掘らせた事により、今では見間違える者は居ない。


 わざわざ壁に紋章を彫らせるなど馬鹿馬鹿しいと言う者も居るが、かつてダエンを出発しフォルキアへと目指した旅人が、フォルキアを目前にして道を間違えてダエンに戻ってしまったと考えて引き返し、本当にダエンに戻ってしまった。

 という笑い話があった事を思えば民にとってはありがたい話なのだろう。


 ギリスは改めて馬の腹を蹴り王都へと向かった。王都に近づくにつれてその城壁の高さが再認識される。まともに攻めていたとすれば、どれほどの損害が出たか計り知れない。いや、そもそも落せていたかどうか。


 今回このエルンシェを容易く落せた事は僥倖と言っていいだろう。だがそれも最終的に手放してしまっては何の意味もない。


 門を潜りさらに王城に進んだギリスは、すぐにヘルバンが私室として使用している王城の一室でヘルバンと対面した。その部屋は他国からのベルヴァースへの来客用に作られた部屋だった。


 ヘルバンには王族が使用する部屋を自分の私室にする事も可能だったが、王族の部屋を使うなど傲慢な、という無用の批判を避ける為である。


 それに実際、戦場では敷物もなく地面に寝る事もあるヘルバンには「屋根があるだけ上等」だったのだ。


 ヘルバンと顔を合わせた瞬間ギリスは、相変わらず全身ちぐはぐな武具に身を固めるヘルバンの姿に思わず吹き出しそうになった。しかし何とか我慢した。


 軍ではヘルバンの事をよく思わない人間は、彼の事を「道化のヘルバン」と陰口を叩いている。無論、ギリスはその様な陰口を叩きはしない。心の中で嘲笑するだけだ。


 しかし何度見ても鳴れぬものだな。笑いを我慢せねばならぬ方の身にもなって欲しいものだ。ギリスはそう考えたが、勿論その様な事をおくびにも出さず、ヘルバンと丁寧に挨拶を交わす。


「よく来てくれた」

 ヘルバンがそう言いながら差し出した右手をギリスも右手で握り返しながら、愛妻家であるというヘルバンの事をさらに考えていた。


 勇者が身に着けていた鎧ともなれば手に入れたいと考える者は多く、当然ながら高価だ。それをヘルバンは数多く購入し、その一部ずつを身に着けている。その為、大変な出費となる。


 収入のほとんどをそれらの購入に当てているヘルバン家の家計は火の車で、大国カルデイの将軍にも関わらずその家庭は質素な生活をしているという噂だった。愛妻家と言っても所詮自身の武具の購入を優先させるのか。ギリスはそう考えていた。


 挨拶を交わした二人は、早速今後の検討に入った。


 ヘルバンは腕組みし、3国の要所、拠点を著した地図を見下ろした。

「放っている偵察からの報告では、ランリエル、ベルヴァース連合軍は、一丸となってこの王都と帝国本土を結ぶ我らの占領地を目指しているらしい」


「我らを本国から孤立させる作戦と言う訳ですかな」


「そうだ。そうなれば長期戦となりこちらにとって都合が良い……はずだが、おぬしはどう見る?」


「はい。現時点での敵の動きからすると、将軍のお考えで間違いはないと思われます」


 そして少し考えてからギリスは言い添えた。


「しかし、ならば敵も長期戦を望んでいるという事になります。敵には敵なりの長期戦に持ち込みたい理由があるのでしょう。その理由を見極めませんとこちらにとって有利なつもりが、逆に敵の掌で踊っているという可能性もあります」


 こちらの思惑だけで考えても意味は無いのである。


「確かに、敵には敵の思惑があるか……」


 ヘルバンも厳しい表情で呟いたが、すぐに気を取り直した様に口を開く。


「とにかくおぬしが来てくれたのは心強い。ではおぬしには敵に取っての長期戦を望む理由とやらを探って貰いたい。必要な人員と物資、金は好きに使ってくれ」


「心得ました。御信任ありがとうございます」

 ギリスはそう言うと一礼した。


 その後はヘルバンは副官を呼寄せ、その副官からギリスは細々とした事の伝達を受けた。参謀として遠征軍の現状を把握しておく必要がある。


 そしてそれも終ると、ギリスは「失礼します」と退室の挨拶を行いその場を後にした。ギリスは割り当てられた自室へと向かう廊下を歩きながら、敵の意図についてさらに思案を重ねていた。


 実際、自国が占領されている状態のベルヴァース軍に戦いを長引かせたい理由は無いだろう。


 では、ランリエル軍には長期戦に持ち込みたい理由があるか? ランリエルも自国の益にならない他国への援軍など短期間で片付けたい筈だ。


 だが、両国のどちらかに必ず長期戦に持ち込みたい理由があるはず。と断定すればどうか? 長期戦はこちらも望むところだ。


 だが、「敵にとってより望む形」の長期戦は避けねばならない。それは今後の戦いが「誰にとって」望む形に進むかによって分かるだろう。


 早く尻尾をつかみたいものだ。こちらの首が飛ぶ時に気付いても遅すぎるのだから。


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