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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
パスリル王国編
96/340

 2



 王城は、見る者が見れば、まるで王冠やバースデーケーキのようだった。

 白い大理石や白い煉瓦で建てられた城の屋根は青く、尖塔が蒼穹(そうきゅう)を剣のように幾本も貫き、光を反射して輝いている。


 パスリル王国の王都は、白亜の城を北に据え、その下に広がる広大な都だ。

 城下町の家々は、木組みと煉瓦造りで、白い漆喰(しっくい)壁が目に眩しい。屋根瓦は青く、白と青のコントラストが美しい町並みである。


 道は灰色の石で舗装され、司教と共に乗せられた馬車がガロガロと車輪の音を立てながら進んでいく。

 窓から美しい町並みを眩しげに見つめる啓介を、ウィルドと名乗った白教の司教もまた神々しいものを見るような目で見ている。


「ダンジョン最深部の仕掛けで、セーセレティーからここまで飛ばされたとは。災難でございましたな、ケイ様」


 一通り事情――勿論、当たり障りの無い範囲で、だ――を話し、落ち着いたところであったので、啓介は見とれている場合ではなかったと慌ててウィルドに視線を戻す。白い法衣はごてごてしていて、花の意匠を施した銀細工がところどころについているが、それほど派手には見えず、神聖な神官に相応しい落ち着いた衣装に見えた。やや大げさにも見えなくもないが。


「あはは、まあ、そうですが……。あの、ところでどうして俺達を大聖堂に?」


「滅多と見られない白銀であらせられますから、丁寧に対応するのは当然の摂理。王都に現れたのも、聖女レーナ様のお導きでしょうから」

「俺はそんな大層な人間じゃ……。目の色が銀色なだけですから……」


 控え目に訴えてみるが、きっと無駄だろうなと啓介は思った。一途に信じている異様な空気を感じるのだ。


「異国ではそうかもしれませぬが、我が国では〈白〉を粗末に扱うのは罪。その尊き浄化の力は、我が国の誇りなのでございます!」


 白髪が混じる青みがかった茶色の髪と水色の目をしたウィルドは拳を握って力説する。初老の司教の熱烈さに、啓介は微苦笑を浮かべた。

 隣ではピアスも困惑気味に苦笑している。


「更には、その美しき佇まい! 聖女レーナ様の思し召しに相違ありませぬ! 天の君が使わされたのでしょう」


 気付けば天の御使い扱いだ。

 何でこんなことにと、かゆくなる台詞の乱舞に啓介は苦笑を深める。だが、自分の目の色が〈白〉における最上級格であった為に、ピアスやフランジェスカもまた客扱いをしてくれているのには助かる。


 やがて大聖堂に着いた。

 白い大理石と、青銀色に輝く見たことの無い金属での意匠、大きな花窓にはステンドグラスが燦然と輝く。


 促されるままにウィルドに続いて中に入ると、入口から少し中に入ったところに、女性の像があった。これが聖女レーナだろうか。緩やかにウェーブをえがく膝まである長い髪と、美しい面立ちをした女性像は、慈愛の微笑みを浮かべ、入ってきたものを出迎えるように両腕を広げている。


 しかしそこは素通りされ、大聖堂の奥、廊下を幾つも通った先に通された。すれ違う神官達に次々にお辞儀され、祈られた啓介は胃が痛くなってきた。


(気持ち悪いし怖いからやめてくれないかな……)


 祈るのは本気でやめて欲しい。


「アナベル猊下(げいか)がお待ちでいらっしゃいます」

「ええと、どなたなんですか?」

「ああ、そうでしたね。アナベル大司教様は、白教の一番トップにあらせられるお方で、あなた様と同じく白銀でいらっしゃいます」


 いきなりトップと面談!?


「い、いいんですか、いきなり! 怪しい人間だったらどうするんですっ」


 思わずそう言うと、ウィルドはにこやかに答える。


「大丈夫ですよ。もしそうでも、猊下には近付けませんから」


 どういうことかと思ったら、通された部屋を見て理由が分かった。

 まるで謁見室のような部屋に、一段高い位置に、青いビロード張りの銀製の椅子が置いてあり、そこに白い法衣に青いマントを肩にかけた初老の女性が座っていた。三人が通されたのは、そこから十メートルは離れた床の上で、確かに容易に近付ける距離ではない。


「ようこそいらっしゃいました、白銀のお方。王都へ、そして神殿へようこそ。わたくしは、大司教の位を頂いておりますアナベルと申します」


 上品に微笑んだアナベルは、三人に名乗るように言った。

 青みがかった銀の髪と、白銀の目をした女性は、年老いて尚美しい。声も穏やかだ。

 三人の名乗りを聞いたアナベルは、フランジェスカの名乗りの時点で眉を寄せた。


「フランジェスカ・セディン? 一年程前から行方知れずになっている、剣聖(けんせい)フランジェスカですか?」

「御意に」


 左胸に右手を当て、騎士の礼をするフランジェスカ。


(ああ、これで居所(いどころ)がばれた……)


 内心では苦々しい気分である。

 一方、事情を知らないピアスは、目を瞬いてフランジェスカを見た。


「やむにやまれぬ事情がありまして、こちらのケイ殿の護衛をしながら、諸国を渡り歩いておりました」

「まあ、ではこちらに来たのは、本当に聖女様の思し召しに違いありませんね。あなたの信仰心は素晴らしいと見受けます」

「ありがたきお言葉、かたじけなく存じます」


 白教のトップに対面し、直接言葉を交わす(ほまれ)にフランジェスカの胸は熱くなった。だが、同時に、心の隅で焦燥感も湧きおこる。


(まだ昼間だが、この調子で話が長引けばやばいな……)


 アナベルの前でポイズンキャットになどなってしまったら、大司教を害しに来たと思われて、その場で切り捨てられてもおかしくない。冷や汗を流しながら、礼をとる。

 フランジェスカがそう思ったように、啓介もまた冷や冷やしながらアナベルと対面している。


「今日はもうお疲れでしょう。こちらで部屋を用意いたしますから、どうぞゆっくりしていって下さい」


 にこりと微笑むアナベル。啓介が慌てて口を挟む。


「いえ、俺達は城下町の宿で充分ですよ」

「そんなわけには参りませぬ! 白銀を町の宿に泊めたなど、わたくしどもの恥になりますから。どうぞ、ご遠慮なさらず」


 そうして、アナベルは有無を言わさぬような笑みを浮かべた。




 結局、啓介に一室、ピアスとフランジェスカに一室を与えられ、そこに泊まることになった。


(最悪だ……)


 精神的にげっそり疲れ果てた啓介は、夕方、自室から夕日を眺めながら溜息を吐く。


 疲れているだろうからと部屋に料理を用意してくれるらしいのは助かるが、いつまで誤魔化せるものか……。


 寝室と居室が別になっている部屋なので、フランジェスカが疲れたから寝るとでも言って閉じこもってくれれば今日はどうにかなりそうだ。侍女や侍従代わりの神官を付けるという話も、自分で出来るからいいと断ったから、食事時さえクリアすれば問題無いはずだ。


 しかし広い部屋だ。

 居室の扉脇には花が活けられた花瓶が置かれた台があり、扉前には四人掛けのテーブルと椅子が置かれている。更に奥の窓際には長椅子と低いテーブルが置かれ、くつろげるスペースが作られている。しかし居室にあるのはそれだけで、スペースを贅沢に使っている。


 扉を挟んで奥には寝室があり、チェストや白く塗装されたクローゼットがあった。寝室に入って右手の扉を開けると風呂場になっていて、洗面台もそこにあった。

 部屋に案内された際に聞いたことによれば、魔具があるからそこから湯が出るとのことだった。水を通り越して湯が出るらしい。どんな仕組みなんだ。

 とにかく、最上級のもてなしを受けているらしいのは分かる。


「俺、あっちに帰りたい……」


 誰も彼もが啓介に丁寧に接し、神様でも見るみたいに拝みだし、目が合うと顔を赤くするか青くするかのどっちかで、とても居たたまれない。

 冒険者達の気さくな距離の方が好きだ。


(でも、修太が一緒じゃなくて良かった)


 不幸中の幸いとはこういうのを指すのか。

 げっそりしつつ、早いとこ、この国から出なくてはと、啓介は予定を考え始めた。



     *



「おい、サーシャ。どこに行くんだ? そっち路地裏」


 宿を出て、市場を巡ってあらかた準備を終えるや、まっすぐに路地裏を目指すサーシャリオンに修太は呼びかけた。すると、路地裏に入ってすぐに金髪の青年姿に変わったサーシャリオンが、にこやかに笑った。


「この姿の時はリオンと呼びたまえ、シューター君」


 モノクルを指で摘まみ、にっと笑うサーシャリオン。


「はあ? 新しい遊びか? 口調まで変えて気持ち悪い」

「……ノリが悪い奴だな」


 サーシャリオンはつまらなさそうに溜息を吐く。やれやれと肩を竦め、すたすたと歩いていく青い外套の背に、修太はもう一度呼びかける。


「だからどこ行くんだよ、出口はあっち。サーシャ」


 しかしサーシャリオンは振り返らない。


「サーシャってば、聞いてんのか?」


 もう一度問うが、振り返らない。

 修太は深く息を吐き、額に指先を押し当てて頭痛をこらえながら、観念して呼び名を変える。


「……リオン」

「呼んだかね、シューター君」


 にこっと笑って振り返るサーシャリオン。


「てめえ、こんな時にふざけてんじゃねえぞ?」

「私はいつだって大真面目だよ、シューター君。真剣に取り組んだ方が、楽しいものだ」


 白手袋のはまった手で口元を押さえ、くつくつと笑うサーシャリオン。それはもう絵になるし気品があるが、腹が立つ光景でもある。イラッとしていると、ポンと頭に手が置かれる。

 振り返ると、シークが首を振り、頑張れというように親指を立てた。うぜぇ。


「――で、実際、どこに行く気だ?」


 グレイの問いに、サーシャリオンは周囲を見回す。


「ふむ。この辺でいいだろう。少し下がりなさい」


 言われるまま後ろに後退する。

 サーシャリオンは、パチンと指を鳴らした。


「うわっ、何だこれ……」


 足元に円状の黒い穴が出来た。覗きこむが、自分の影すら見えない程暗い。


「影だよ、シューター君。私が使う分には視覚化する必要はないが、君達が通るとなるとこうしなくてはならないからね。人に見られるのは不味いのでね、ここまでご足労頂いたというわけだ」


 修太はじと目で紳士の演技をするサーシャリオンを見る。


「その喋り方、どうにかならねえのか、鬱陶しい」

「本当につまらぬ奴だな。これくらい笑って付き合え」


 仕方ないなと言わんばかりに口調を戻すサーシャリオン。


「そんなのに付き合うのは、うちの面子じゃ啓介だけだっつの」

「そうか。ではケイと遊ぶことにしよう。さて、行くぞ。ほら、シューター」

「ん?」


 サーシャリオンが右手を差し出すので、条件反射で右手を出した修太は、すかさず手を掴まれた。


「え」


 浮遊感に背筋が総毛だった時には、穴の向こうで手を振るサーシャリオンが見えた。


「うわぁぁぁっ」


 暗い穴を下へ下へと落ちて行く。

 落下の恐怖に、修太は悲鳴を上げた。




「――はっ」


 息を深く吸って目をばちりと開けると、森の中の地面に倒れているのに気付いた。


「つめたっ」


 雪の積もる地面にうつぶせに倒れていたので、頬に当たった雪が冷たくて、はねるように起き上がる。

 さっきまで亜熱帯地域にいたのに、今度は極寒か。だが気温調節の魔法陣が刺繍されている衣服を着ているので、服から出ている肌に冷たさを感じるくらいだ。


「おお、起きたか? 具合はどうだ?」


 自分の横にあぐらをかいていたサーシャリオンが問い、そこで初めて修太は肩に虚脱感を覚えるのに気付く。


「なんかだるい。魔法を使った後みたいだけど、マシではある」


 そう答えながら横を見ると、コウがお座りして尻尾をパタパタ振っていた。灰色の毛をしているので、雪がとても似合う。


貴色(きしょく)持ちだけあって、シューターもコウも魔力酔いはひどくなさそうだな。こっちの三人は全滅だ」

「え?」


 にやっと親指で横を示すサーシャリオン。その動作を追って横を見た修太は、黒狼族三人が地面に倒れたままうめいているのを見つけてぎょっとした。


「大丈夫か?」


 とりあえず手近にいたトリトラの肩を揺すると、トリトラは死にそうな声を出した。


「ううっ、揺すらないで。吐く。ううう」

「ごめんっ」


 慌てて手を離した。


「花ガメの花粉並みの威力だ……最悪だ……」


 地面にへばりついたまま、グレイもうめいている。

 シークは声もなく撃沈していた。表情が死んでいる。

 三人とも顔色は真っ青で、身動き一つ出来ないらしい。


「これ、どういうことだよ、サーシャ」

「…………」


 この野郎、本気で返事しない気か。


「……リオン」

「魔力酔いだ。影の道は生者にはきつい場所だからな。本来はモンスターの魂が行き来する道だ。そこを無理に通すのだから、影響が出る。濃厚な魔力の海に放り込むようなものだ」


「よく分からんが、それで魔力酔い?」

「そうだな。カラーズは魔力耐性があるが、この三人は魔力を持たないで生まれてきているから、初めてさらされた魔力に体が追いつかんというわけだ」


 そう言うや、サーシャリオンはそれぞれを引っ張って、木陰や低木の影に運ぶ。ぴくりとも動けないらしい三人は、その動作だけで気分が悪くなったのか、それぞれうめき声を漏らす。

 何をしているのだろうと不思議に思って見ていると、修太も物影に引っ張りこまれた。すかさずコウもついてきて、低木の影に伏せる。


「何すんだ」

「しっ、黙っていろ」


 サーシャリオンが口元に指先を当てる仕草をして、黙るように促す。

 修太は眉間に皺を寄せて黙り込んだ。


(何かあるのか?)


 低木の影からこっそり向こう側を覗くと、白い漆喰が塗られた青い瓦屋根の建物が見えた。渡り廊下を移動する人影を見て、修太はがしっとサーシャリオンの上着を掴み、引っ張る。

 そして小声で問う。


「おい、どういうことだよ! お前、白教徒のいるところになんか出さないって言ってたじゃねえか! いないどころか、いすぎだろ!」


 窓越しに見える建物の中など、白い法衣姿の人間がうろうろしている。青みがかった茶色い髪や、水色の髪と、どこか青っぽい色素を髪色に持つ者が多い。

 そういえばフランジェスカの髪も青みがかった黒だった。パスリル王国人の特徴なのかもしれない。


「我も驚いた。三百年前は、この辺に建物なんか無かったのだがなぁ」

「三百年前って、そりゃ建物も建つわ!」


 小声ながら、盛大に突っ込む。


 なんだそのお約束のボケは! ここで披露せんでいいっつの!


「しかし、〈氷雪(ひょうせつ)樹海(じゅかい)〉の入口に神殿を建てるとは、不可思議なことをするものだな。言っておくが、我の知人の氷竜(ひょうりゅう)は、この樹海のボスだぞ?」


「確かに分からねえな。モンスターが嫌いな癖に、何でそんなとこに神殿を?」


 そう首を傾げながら、〈氷雪の樹海〉なんて大層な名で呼ばれているなんて、どれだけ凍りついてる森なんだと周りを見て、固まった。雪が積もっているから白いのかと思っていたが、何もかもが白いのだ。白い木々、白い葉をつけた低木、草むらの草も白い。それに雪が積もったり、氷柱が下がったりしていた。樹氷まである。


 今の時点で、地面に積もる雪は足首が埋まる程度だ。それが微妙な高低差を付けながらずーっと奥へと続いている。

 薄青い影が落ち、時折風が甲高い音を立てて吹きすぎていく様は物寂しい。落ち着いてみると、耳奥がキィンとなるような静けさに包まれていて、ときどきどこかの枝から雪が落ちたような音以外、何も聞こえない。

 雪はそれ程珍しいことではないが、こんな景色の中にいることは珍しい。


「すごいな……。綺麗だ……」


 日射しが氷柱に当たってキラキラと反射し、雪も照り返しがきつい。水晶で出来た宝石箱の中にいるみたいだと考えて、貧困な例えしか出来ない自分にげっそりする。きっとアーヴィン辺りなら回りくどく詩的に表現するのだろうなと思った。


「我もここはお気に入りの場所だ。たまーに足を運ぶのだよ。ここは寒いから、居心地が良いのでな」


 そうだろうとサーシャリオンが誇らしげにしきりに頷く。

 そこでふと左を見たサーシャリオンは、姿勢を低くする。


「おっと。――かがめ」


 指示に従い、修太も低木の影で頭を低くする。

 ザクザクと雪を踏む足音が二つ、こっちに近付いてくる。


「ここは寒いから、見回りが嫌になるな」

「この森は一年中、雪に覆われてるのだ、仕方ないだろう。――む? なんだ、あの足跡は」


 見回りの者らしい。

 まずいと修太が戦慄した時、サーシャリオンがふっと短く息を吐いた。

 すると突風が吹いて、渦を起こして通り過ぎていき、サーシャリオン達がつけた足跡を残さず消していった。


「ひぇっ、さむぅっ! で、なんだよベイク、足跡って」

「ああ、あそこに。む? 見間違いだったようだ……」

「おい大丈夫かよ、しっかりしろよ!」

「いでっ、いや、すまん」


 若い男が二人で気安い遣り取りをしている。友達だろうか。

 隣でサーシャリオンがにやりとするのを修太はばっちり見た。


(……モノクルつけた美形がこういう笑いをすると、黒く見えるんだな)


 それは知らなかった。


「お前、最近、気を張りすぎなんじゃねえか? 幾ら、最近、神竜様の機嫌が悪いからってさぁ」

「それは気を張って当然だろう! 神竜様の配下までもご乱心になっているのだから。この下にある町に影響が出たらどうする!」


 ベイクと呼ばれた方は真面目な気質らしく、ノリが軽い方にムキになって返している。


「わーってるって。その為に俺らが詰めてんだろー?」

「スタン、貴様、本当にノリが軽いな! 同じ神官兵として嘆かわしい!」


「うるせーうるせー。仕方ねえなあ。今日の夜番、代わってやるよ。お前、ちっと町にでも出て息抜きしてこいや」

「貴様ではないからするわけがなかろう! 断る!」

「てめっ、俺のせっかくの好意をっ!」


 何やらベシバシとど突きあいながら去っていく二人。


(ちゃんと見回りしろよ……)


 呆れながら、だいぶ足音が小さくなったところでサーシャリオンに問いかける。


「神竜様が不機嫌って、サーシャ……じゃなかった、リオン、機嫌悪かったのか?」

「どこがだ、我はこんなに上機嫌だというに。まあ、恐らくは我の知人のことだろうよ。あやつ、いつから神竜になったのだろうな」

「何もかも白い森だし、信仰の対象にでもなってんのかもよ。白い色、好きだろ、この国の奴」

「一理あるな」


 ふむと感心したように頷くサーシャリオン。そして、ちらと背後を振り返る。


「それで、どうだ? そろそろ動けそうか?」

「……くっ、移動だけなら、問題ない」


 さっきまで地面からぴくりとも起き上がれなかったグレイが、ハルバートの柄を杖のようにして、身を起こしていた。柄を握る手はぶるぶる震えているし、顔色も悪い。脂汗を浮かべながらも歯を食いしばって立とうとしている。


 シークやトリトラも地面でもがいているが、身を起こすまでには至らないようで、ばたっとまた地面に戻るのを繰り返している。

 ほとんど無敵のような三人が辛酸をなめていて修太がピンピンしているという、いつもとは逆な光景に修太は目を瞬く。優越感なんてものはなく、普段が普段だけに逆に心配になった。


「そっちの二人は我が肩を貸そう。グレイ、そなたは頑張ることだ。なに、人目につかない場所までの辛抱だ」

「俺が手を貸すよ」


 何とか立ち上がったグレイの右腕の方に回るが、断られる。


「いや、うっかり肩や腕を握り潰しかねんから、それは断る」

「わ、分かった。じゃあトランク持ってる」

「頼む」


 握り潰すって何それ、こわっ。


 どうやら普段は手加減してくれているらしい。

 修太は素直に言う事を聞き、グレイの手荷物であるトランクを両手で抱える。思ったより腕にずっしりきた。


「――しかし、もう歩けるようになるとは。流石だな」


 やや覚束ない足取りではあるが、歩いてついてくるグレイを、右肩にシークを、左肩にトリトラを軽く担いだサーシャリオンが感心気味に見て呟いた。


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