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そして、その日の夜は、町をあげての祭りになった。
広場では、楽隊が出て、夜通し踊ったり歌ったり、大人達は酒を飲み、カップルは語り合い、それ以外は喋ったり飲み食いしたりととにかく楽しむ。
歌と踊りを生活の一部にしているセーセレティー精霊国だけあって、篝火に照らされる広場では踊る者が多い。
今は時期的に夏の初めくらいらしいが、一年中熱帯気候であるセーセレティー精霊国では春に採れた恵みを感謝し、この時期に収穫祭があるのだという。
何故か知らないが、皆、花を一輪飾るらしく、修太もポンチョの胸元に白い花をピンでとめていた。
広場で無料提供されているジュースや食べ物を食べながら、見るともなしに広場の篝火と、その向こうで踊る人々を眺める。
男女率が高い。
もしかしたらここに町娘のカレンと来ていたのかもしれないと思うと、少し不思議な気がした。
「ほら、ケイ! 行きましょ! だいじょーぶよ、簡単だから!」
「でも、踊るってそんな。俺、盆踊りも苦手で……」
「女の私が誘ってるんだから、男のケイはつべこべ言わないで乗る! いーい!?」
「分かったから怒らないでくれって……」
おおっ、ピアスが啓介を引っ張って、踊りの列に参戦したよ。
啓介は及び腰だが、ピアスと手を繋いでの踊りに真っ赤になっている。
「お幸せにな~」
良かったな、啓介。お兄さんは嬉しいよ。
ただ、踊りが下手で格好悪いってことは目を瞑っておこう。そのうち慣れるだろ。
「何を呟いているのだ、貴様は」
「おわっ!」
会場の隅っこ、石造りのベンチにいた修太は、いつの間にか隣にフランジェスカが立っているのに驚いた。
「お、おまっ、いつからそこに!」
「貴様が鼻歌を歌いながらここで食事し始めた時からいたが」
「えっ」
いただろうか。
骨付き肉、美味そうだな~としか考えていなかったので、思い出せない。
収穫祭は姉月が満月の日に行われるのが慣例なので、今日はフランジェスカは夜でも人間の姿だ。いつもの白マント姿をまじまじと見上げつつ、まあいいかと修太は手元に視線を戻した。
フランジェスカもまた、修太が覚えているかどうかはどうでも良かったのか、違うことを話しかけてくる。
「ここは果実酒が美味いな。だが、ワインが無いのが残念だ」
「ふーん? 俺は酒を飲んだことなんかねえから、よく分からねーよ。ケテケテ鳥が美味いってことは分かる」
にやりとして、骨付き肉にかじりつく。ハーブ焼き、美味い。
昼間にも食べていたが、夜に食べてもおいしい。
「貴様、ほんとに食べてばかりだな。よく入るものだ」
「食は人生の醍醐味だよな~。それに俺、祭りは好きだし、楽しいよ」
「祭り好きなら参戦してきたらどうだ?」
くいっと顎で踊りの輪を示すフランジェスカ。
「いや、参加するんじゃなくてさ、楽しそうにしてるのを、遠目に見てるのが好きなんだ」
騒がしいのや人混みは苦手だから、屋台でめぼしいものを買うと、離れた場所に行って、祭りに興じる人々を眺めながら食べるのだ。友達と行った時も、待ち合わせ場所を決めて、大抵そうしていた。
「変わった奴だな」
肩をすくめるフランジェスカ。
「つか、あんたもお相手いないのか。寂しい奴だな」
修太が意地悪く言うのに、フランジェスカは鼻を鳴らす。
「その台詞、そっくりそのまま返すぞ」
その言葉には、曖昧に笑って返す。ほんとはいたんだと返すのも、ちょっと悔しい気がした。
「あ、そーだ。これやるよ」
胸につけていた花を、フランジェスカに渡す。
「…………」
受け取りはしたものの、何故か黙り込むフランジェスカ。
「こういうのは女が好きだろ? 俺はいらねえ」
「……意味を知っているのか?」
「花言葉でもあんの?」
「……いい。分かった。まあ花に罪はないしな、貰っておいてやる」
「うん」
よく分からないが、貰ってくれたのでまあいいか。
そうすると、沈黙が場に下りた。嫌な沈黙ではない。このままこうしていてもいいかなと思えるような沈黙だ。
空に目を向ければ、丸々とした姉月と、半分に欠けた妹月が並んでいる。何度見ても、月が二つあるなんて不思議な光景だ。
「良い夜だな」
「そうだな……」
珍しく肯定を返すと、フランジェスカは修太の右隣に腰を下ろした。
「どこで見ようと、月は等しく我らを照らす……。私はかの月に怯えながら、同時に祝福もされている。不思議なものだ」
月光の呪いを受けながら、満月の日だけは祝福によって呪いが無効化される。なんて不可思議なことだろう。
フランジェスカは白く濁った果実酒入りのグラスを揺らしながら、ぽつりと呟く。
「――なあ。私は戻れると思うか?」
修太は静かにフランジェスカの方を見る。
「その為に頑張ってるんだろ? 弱気になってるのか?」
「ああ、そうだ。私だって人間だからな。時には気も沈む」
酒に酔っているのだろうか。修太はうつむき加減に地面を睨む女剣士の横顔を見つめる。傷のある左頬がほんのりと赤い。やはり酒が回っているのかもしれない。
「呪いが解けたとしても、帰っても居場所がないかもしれない。それを思うとときどき寒い気分になる」
藍色の目を自嘲気味に歪めるフランジェスカ。いつも不遜で自信満々なこの女も、こういう顔をする時があるのだなと意外に思う。
「それでも」
修太は視線を地面に据え、小さく答える。
「それでも、帰れるのなら帰るべきだ。帰れる故郷が、帰れる距離にあるうちに」
フランジェスカはハッとしたように修太を見て、それからゆるゆると頭をうつむけた。
「――すまない」
「いや。こんな返ししか出来なくて悪い」
「いいや。お前に訊くべきことではなかった」
はぁと自己嫌悪でもするかのように息を吐くフランジェスカ。
「……何で俺に訊こうと思ったわけ?」
フランジェスカは沈黙し、やがてゆっくりと答える。
「なんとなくだが、お前なら、何を言っても笑わずに聞いてくれる気がした。私は貴様が嫌いだが、そういうところは信ずるに値すると思っている」
「そりゃ奇遇だな。俺もあんたは嫌いだけど、あんたの真っ直ぐなところは信用出来ると思ってるよ」
おかしな夜だ。
なんでこんなことを互いに告白しあっているんだろう。
修太はおかしくなって笑いを零し、それから付け足す。
「誰だって弱音を吐きたい時はある。フランは色んな目に遭って、でも頑張ってる。たまには口に出した方がいい。溜め込むと身体に悪いから。――ま、俺で良かったら話くらいは聞くよ。アドバイス出来るような経験はないから、そっちは勘弁して欲しいけど」
わざとおちゃらけて笑う。
そしてフランジェスカに視線を戻すと、もう沈み込んではいなかった。
「――ああ、その時は頼ることにする。ありがとう」
藍色の双眸が、まっすぐに修太を見ていた。
ほんと、このまっすぐさは羨ましい。
修太はフランジェスカを眩しげに見て、一つ頷くと、また手元に視線を戻す。
「よし、今日は飲むぞ。酒が美味いからな!」
何やらやる気満々で、無料で配っている酒が置かれている方に歩いていくフランジェスカ。
立ち直るのが早いのは良いが、女として間違っている方にやる気を出している気がする。
「ほどほどにしとけよ」
その背に声をかけてみた修太だが、結局、翌日、フランジェスカは二日酔いで死んだようになっていた。
だから言ったのに。
十五話、終了。
花をあげるのは告白の意味があったりしますが、修太は知りません。フランジェスカは知ってましたが、知らないならまあいいかと受け取りました。