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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国編
85/340

 9



 そして次に気付いたら、(ほこり)っぽい床に転がっていた。


「へくしゅ!」


 鼻がむずっとしてくしゃみをすると、横から声をかけられた。


「あ、よかった。起きた……?」

「え? トリトラ?」


 そちらを見ようとして、体が動かないのに気付く。後ろ手に縛られ、足も縛られているせいだ。ろくに身動きが出来ないものの、イモムシみたいに身をひねり、声の方をなんとか向く。

 修太と同じような格好をしたトリトラが、壁に背を預けて座っている。熱のせいだろう、顔は赤いし、呼吸も荒いし、何より目が虚ろだ。


「これ、どういう状況……?」


 具合が心配だが、それより聞くことがあった。


「師匠が動いている件に巻き込まれたっぽいよ。弟子と仲間が一人いれば充分だろうとか何とか言ってた」

「……?」

「おかしいよねー。弟子だからって、足手まといは切り捨てられるのが普通なのに。あ、怖くなった? ごめんね」


 にこっと優しく笑うトリトラ。修太が背筋を凍らせたのに気付いたらしいが、その笑みの方が怖く見える。


「なんか……それって哀しいな」


 正直な感想だ。

 トリトラは僅かに首を傾げる。


「そう? 弱肉強食が普通だから、何とも思わないけど」


 不思議そうに言うのがむしろ不思議である。殺伐としすぎだろう、黒狼族。


「だからどうにかしてここから出ないとねー……」


 トリトラの言葉を横目に聞きながら、修太は改めて周りを見回した。首筋をつりそうになったりして苦労したが、何とか見えた。

 二人はどこかの広い倉庫にいるらしい。屋根の明かりとりから日射しが降り注ぎ、薄暗い倉庫内に光を落としている。使われなくなって相当経つのか、白煉瓦の床のあちこちに埃が沈殿し、壁や木箱には蜘蛛の巣が這っている。

 白い埃の積もった床には、二人分の足跡がある。訪問者が二人だったのを考えると、修太やトリトラは担いで運ばれたのだろうか。


「人さらい四回目なんだけど。これ、何の呪いだよ」


 思わずうめいてしまった。

 それでいて、縄で縛られるのは初めてだ。手首が痛いし、肩も強張っている。


 四回目だし、もう無いかもしれないと希望を抱く。いったい何に巻き込まれているのか知らないが、これだけ具合の悪い者まで連れてくるなんて、あいつらはなんていう鬼畜なんだ。具合が悪化したらどうする気なのかと、自分のことはさておいて、静かな怒りが腹の辺りをゆらりと漂う。


「君も災難だね」

「全くだ」


 力いっぱい同意する。色んな怒りもこめていた。

 深呼吸して自身を落ち着けると、ふといつも側にいる存在がいないのに気付く。


「そういや、コウは?」

「さあ。部屋をうろうろして、どっかに行っちゃって、それっきりだよ」

「ふーん……」


 逃げたのか? うなったり噛みついたりするかと思ったけど、意味が分からん。


「あと、どれくらい寝てた?」

「僕もさっき起きたとこだからね。うーん、日の傾き具合からして、四の鐘くらいかな……?」


 四の鐘……。だいたい正午過ぎくらいか? 一時間近く経ってるのか。



「ウオオ―――ンッ!」



 前触れもなく、狼の遠吠えが響いて、修太はびくりとした。


 ――ボグドガメキグシャッ


 ものすごい音がして、木板を鉄で補強した倉庫の扉がひしゃげて吹っ飛んだ。地面から岩が生え出している。

 その隙間から倉庫へ入り、二メートルくらいの鉄狼姿に戻ったコウが、たったか駆けてくる。


「ウォンウォンヲフッ」


 尻尾をぶんぶか振り、真っ直ぐに駆けてくるコウに、修太は少なからず恐怖を覚える。でかい狼なんだ、当然だろ!


「コウだな? コウで合ってるよな?」


 確認する為に必死で問う。


「オンッ!」


 よし、間違いないようだ。

 修太はほっと体の力を抜く。

 近くまで来たコウは、急に「クウウン」と弱った声で鳴いた。修太の後ろ頭をしきりになめてくる。ピリッとした痛みが走って顔をしかめたものの、意味が分からない。


「おい、何。ちょっ」


 何なの!? 何がしたいわけ、お前!


「シューター、君、頭を怪我してるから、それを心配してるんじゃない?」

「え? そうなのか?」


 自分の後ろ頭を自分で見るなんて真似は出来ないし、手は縛られているから怪我にも触れない。

 目を白黒させていると、コウが修太の縄にがぶりと噛みついた。がじがじ噛んでかじり始め、時間はかかったものの、上半身を縛っていた縄が切れる。ついで、手首の縄をかじり切ってくれた。


「おお! サンキュー、コウ」

「ウォフッ!」


 コウは嬉しそうに目を細め、一声吠えた。

 修太はコウの頭を撫でてやってから、足を縛っている縄を解く。結び目が固くて指先が痛くなったが、なんとか解いた。そして、トリトラの縄も解く。


「さっすが忠犬。こんなに早く脱出準備が整うとは思わなかったよ」


 手首をさすりながら、トリトラは感心気味に呟く。そして壁に手を当てて立ち上がり、準備運動でもするように、とんとんと裸足の足で床を蹴る。


「寝間着姿で裸足じゃなかったら、仕込み武器あったんだけどな。今度から寝巻きにも仕込もうかな……」


 なるほど。こういう経験を経て、この人達はどんどん戦闘に強くなるわけだな。誘拐されて、そこから学ぶってすごいな。修太も学んだ方がいいのだろうか。でも武器を仕込んでも使い方が分からないんだよな……。

 しばらく体を解していたトリトラは、ふと思いついたようにコウを見下ろした。


「君、一回逃げたのって、その姿になって、あの二人がいないところを狙ってきたの?」

「オン!」


 肯定らしき返事が返る。


(へえ。賢い奴だとは思ってたけど、本気で賢いな)


 修太は称賛を込めてコウを見る。それに気付いたのか、コウは黄橙(おうとう)色の目をキラキラさせた。


「なっ何だこれはっ!」


 和んでいたら、倉庫の入り口の方から大きな声がした。


「くっ。と、とにかく! こっちには人質がっ」

「うるせー!」

「ぶげふっ!」


 戸口を見た瞬間、あの誘拐犯の一人が真横に吹っ飛んでいくのが見えた。

 シークが跳び蹴りをお見舞いしたらしい。


「……ついでに助っ人も呼んできた?」


 トリトラがぽかんとコウを見る。


「ウォン!」


 コウは元気良く吠えた。

 つくづく頭の良い奴だ。



    *



「トリトラ! チビスケ! 大丈夫か!」


 倉庫内に駆けこんできたシークは、真っ直ぐにこちらに駆けてくると、トリトラの顔色を見てのけぞった。


「おわっ! お前、顔真っ赤なのに青いってすげえな! ぐふっ」

「……うるさい。黙って」


 耳元で叫ばれたトリトラは容赦なくシークの脇腹に肘鉄を打ちこんだ。

 怒りたくなる気持ちはよく分かるがひどい。シーク、心配してるのにひどい。修太は床で悶絶しているシークに哀れみの目を向ける。


 床にしゃがみこんでいたシークであるが、トリトラがふらふらと歩いて出口に向かうのを見て文句を言うのはやめ、肩を貸してやった。

 出入り口を塞ぐ岩が邪魔なのでコウに消して貰い、連れだって倉庫を出ると、すぐ右手の地面にがっしりした体躯の男が仰向けに倒れていた。白目をむいている。さっきシークが跳び蹴りをした男だ。


 左目の周りに出来たくっきりした青アザが、パンダみたいになっているので微妙だが、よくよく顔を見ると、やはりどこかで見た顔なような気がする。


「……こいつ、確かザーダとかいう奴じゃなかったっけ?」


 顔がこうであるし、ギルド内で数回見かけた程度であるから自信がなくて、修太はシークを見上げる。


「言われてみると、においが同じかもな!」


 シークも分からなかったようだ。


「こいつ、どうすんの?」

「あ、平気。師匠ー!」

「おう」


 グレイが倉庫群の向こうで手を上げ、こちらに歩いてくる。


「何すか、そいつ」

「俺の狙いその二だ。これで言い逃れは出来まい」


 片手でひょろりとした町人風の男の後ろ襟を掴み、引きずりながらやって来たグレイは、シークの問いにあっさり答える。どこか満足げに見えるような気がするが、修太の気のせいかもしれない。


「いったいどういうこと?」


 修太は目を白黒させて思わず問うたが、すぐに否定する。


「いや、今はいいや。トリトラを連れて帰らないと、悪化しちまう。後から聞かせてくれよ」


 話は後からでも聞けるが、トリトラの具合は今すぐどうにかしないといけない問題だ。


「分かった。巻き込んで悪かったな、二人とも。真昼間に動くとは思わなかったからな……。トリトラ、ゆっくり治せ。シューターも手当てしておけ」


 グレイは短く言うと、もう一人の男の後ろ襟も引っ掴み、ずりずり引きずりながら去っていった。

 何か、とてつもなく怖い光景だ。黒服を着た無表情の殺し屋が、これからターゲットを海に沈めに行くと言われても通じそうなだけに。もっと言うと、スプラッタ映画の犯人みたいな。間違ってもグレイの方が正義には見えない光景だ。


(こわっ)


 想像したらますます怖くなり、修太はぶるりと背筋を震わせるのだった。

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