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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国編
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 5



 三日ぶりに会って気付いたのだが、何だかあの黒狼族の少年二人――特にトリトラの方が異様に修太に懐いている気がする。

 珍しいこともあるものだ。


 いつも無愛想で、思ったことをはっきり言うタイプだからか、友達がいても少人数で、あとは敬遠しがちだ。だが少し親しくなれば修太の良いところが分かるのか、随分友好的になる。

 なんとなく友達をとられた気がして、少しだけもわっとしてしまうが、啓介はまじまじと三人を観察してみた。


(うーん、シュウはあんま友達いなかったし、いいことなんだろうなあ)


 どちらも性格は悪くなさそうだし、悪意には敏感な修太が迷惑そうにしつつも追い払う真似はしていないので、大丈夫そうである。だが……


「なんだろう。友達じゃなくて、保父と幼稚園児に見えるなあ……」


 思わず口からぽろりと感想が漏れる。

 もちろん、保父が修太で、幼稚園児がシークとトリトラだ。見た目の年齢はシークやトリトラの方が上なのに、落ち着いていて世を遠巻きに見ているような修太は同年代に比べてずっと老成して見えて――それでも実年齢は十七歳なのだが――修太の方がお兄さんに見える。


 たぶん、シークやトリトラが子どもっぽいんだろう。二人は何かあるとすぐに喧嘩しては、喧嘩なのかと疑問に思うような激しいバトルを繰り広げ、またけろっと仲直りしている。暴れるとすっきりするタイプらしい。それでいて周りを巻き込まないように、場所を選んでいる辺りがすごい。外であれを見た啓介は驚いたものだ。しかし、啓介達が不在の三日でそれに慣れたらしく、呆れた様子でそれを眺めているのだから修太もすごい。


 二人は迷宮探索で日々の(かて)を得ているようだが、グレイと再会してからは日帰りでしか潜っていないみたいだ。それでも、一度潜れば一週間くらい余裕で暮らせる金は手に入る。それでも、武器の調整代で額が半分くらいに減ってしまうが。


「……そんな気がしてくるから言うな」


 聞こえていたらしく、修太はにがっという風に顔をしかめた。自室で読んでいた本をパコンと閉じる。


「ホフとヨウチエンジって何だ?」


 言葉から褒め言葉ではないと思ったらしきシークが、じと目で問うてくる。


「なんでもねーよ。……おかえり、啓介、サーシャ。フラン、どうだった?」


 満月以外で側を離れたことがないせいか、修太はフランジェスカのことを気にしていたようで、挨拶してから真っ先にそれを訊いてきた。部屋は別だが、ポイズンキャットでいる間、フランジェスカは修太の側にいることが多い。寝る時も、満月の日以外は修太のベッドの足元に丸まって寝ていて、朝日が出て人間の姿に戻ると、むくっと起き上がって女部屋の方に帰っていく。〈白〉である啓介が、一度、ポイズンキャット時に毒素(クイス)を浄化して部屋を分けてみたが、毒素が漂っているとつい食べてしまうらしく、落ち着かないようですぐにこっちに戻って来たのだ。一瞬、意識が闇に呑まれてしまうのだとか。よく分からない感覚だが、フランジェスカには大事らしい。


 かと言って、サーシャリオンを女部屋に行かせればいいのかというと、男女どっちにも化けられるとはいえ、なんだか微妙だ。主に、ピアスと同じ部屋にさせていいのかという面において。フランジェスカは警戒しつつも気にしない気がする。まあ、本人も、啓介や修太がいる部屋の方がいいと希望するから、男部屋にいてもらっている。


「我の側にいる分は平気なようだったぞ。ダンジョンは人死にが出るから、毒素も多い方だがな。我はおいしく食べてきた。腹はいっぱいだが、人間の料理は美味いから夕飯は食べるぞ」

「そういや、お前もモンスターだったな……。食べてたのか」


 サーシャリオンの返答に、修太がうろん気な顔をした。


「うむ。呼吸するのと同時に喰らうから、傍目にはそうは見えんだろうな。毒素溜まりはケイに浄化させているし、環境もマシになるのではないか?」


 そうなのだ。何かというと浄化してみろと練習させられていた。啓介は薄らと微苦笑を浮かべる。


「モンスター?」

「え? そいつのにおいがモンスターみたいなのって、モンスター退治する冒険者ならよくあることだと思ってたけど、違かったのか?」


 うっかりしていた。

 そういえば、この二人は知らないのだった。


「ああ、我は神竜クロイツェフ=サーシャリオン。暇潰しにこやつらの旅に付き合うている。ちなみに、そこなる犬もモンスターだぞ? 本性は鉄狼(アイアンウルフ)だ」


「「はあ!?」」


 二人は声を上げ、手にしていた羽ペンを放り出し、修太の足元で満足げに寝そべって尻尾をときどきパタッと動かしているコウを見た。


「いや、こいつも冒険者の側にいるからモンスターのにおいがするんじゃねえの!? つか何、あんた、竜って……。えええ」


 シークが盛大に混乱している。


「白教徒にとっ捕まった時に、モンスターの餌にされかけたっつったろ? こいつがその時のモンスターな。闇堕ちしてるのを助けたら懐かれた。本当はでかいんだが、でかいから連れていけないって言ったら、なんか小さくなったんだよな。意味わかんねえだろ」


 修太がさらっと横から言った。


「僕らも意味わかんないよ。〈黒〉だからってモンスター従えてんの、初めて見たよ?」


 トリトラは目を白黒させている。


「俺、〈黒〉には一人会った程度だから、他は知らねえ」


 修太がそう答えた時、シークとトリトラが唐突に椅子を鳴らして立ち上がった。びっくりする啓介の前で、扉がノックされる。「入るぞ」というグレイの声に、なるほどと思いながらどうぞと答える。


「師匠! お帰り!」

「お帰りなさい、師匠!」


 扉越しでもグレイと分かるとは、やはりにおいで分かるのだろうか。啓介は感動すら覚え、グレイを見る。グレイは無言で二人を見て、ぼそりと低めでかすれ気味の、しかし良い声で言う。


「……お前らの部屋は、ここじゃなかったはずだがな」


 大人で強くて格好良くて、しかも声も良いなんて羨ましい限りだ。修太が聞いたら

「お前にだけは言われたくねーよ、その台詞」

と言いそうなことを、啓介は頭の中で呟く。


「すいません! 退散します!」

「わざとじゃないです、たまたまです!」


 言外に、迷惑をかけるんじゃないとっとと部屋に帰れと言われた弟子二人は、急いで荷物を纏めると、慌ただしく部屋を出て行った。


「あの二人って、友達っていうより兄弟みたいだなあ」


 啓介の言葉に、グレイは自分のベッドの方に向かいながら答える。


「幼馴染らしいし、家も隣だったそうだからな。そんなものだろう」


 へえ、俺達みたいなものかと、つい修太を見たが、修太はすでに本を開き直して視線を文面に据えていた。


「グレイ、そなた、煙草と酒と香水のにおいが物凄いぞ」


 すれ違い様ににおいがしたが、鼻の良いサーシャリオンには拷問のようなものだったらしい。しかめ面で苦言を口にする。


「酒場に行っていたからな。俺にもきついから、風呂に行ってくる」


 ベッド脇のトランクを開けて着替えを引っ張り出すと、グレイは即座に扉に向かう。


「あ、待って、グレイ。ヨーエって人がギルドまで訪ねてきてたよ? シュウは何か伝言聞いた?」

「いや」

「そ。まあそういうことだから、一応、言っておくな」


 啓介の言葉に、グレイは口を閉じて、思案するように足元を見た。


「……あいつもか。ふん」


 何か気に食わなさそうに鼻を鳴らし、啓介に短く礼を告げてから、部屋を出て行った。

 静かに閉まる扉を見つめ、啓介は目を瞬く。


「あれ? なんで怒ったんだろ。俺、何か悪いこと言った?」


 修太やサーシャリオンを振り返ると、サーシャリオンは窓際の紐に引っかけて干していたタオルを手に取りながら言う。


「なにやら、父親の友人が気に食わないようだな。何があったか知らんが、ふふ、厄介事の香りがするな」


 にやにやと楽しそうに笑みを浮かべていて、それに修太が嫌そうに突っ込む。


「サーシャが言い出すと、本気で嫌な予感がしてくるからやめろ」


 まあ、修太がそう言いたいのも分からなくもない。サーシャリオンは厄介事と聞いても面白そうな顔をするだけで、困ったりしないから。


「俺も賛成。そんなこと言ってたら、本当にそうなりそうだもんな。――さて、と。じゃあサーシャ、グレイが帰ってきたら風呂に行くか」


 風呂場は三人入れるくらいの狭い個室型だ。冒険者によっては湯が黒くなるので、ひどい時は湯を入れ替えるらしい。ただ、啓介は水さえ入っていれば、〈白〉の魔法を使って電磁波で湯に変えられるので、燃料代がかからない。しかもサーシャリオンがいれば、魔法で水を張ってくれて大助かりというわけだ。


 こんなみみっちい使い方をしたことがないと、サーシャリオンには不平を言われるが、電磁波の考え方は知らなかったようで、〈赤〉でもないのに水を湯に変えられることが面白かったようだ。これは、電子レンジの仕組みを応用しただけだ。

 ある意味、知識の大安売りだと思う。


 サーシャリオンが男なのか女なのか性別が無いのか分からないが、男でいる時は男扱いすることにした啓介は、最初こそ気にしていたもののサーシャリオンとも風呂に入るようになった。実を言うと、サーシャリオンは風呂を使ったことがなかったらしい。良いにおいがするからおいしそうと言って石鹸を食べそうになったのを見た瞬間、これは放っておけないと、啓介の世話焼きな性格が表に出てしまっただけである。


「俺も行く。お前らと行くと、湯が綺麗だから」


 修太もいそいそと風呂の準備を始めた。


「三人で行くか。なんか修学旅行みたいで楽しいな!」


 浮かれ気分で言ったら、修太がじと目で返す。


「修学旅行みたいだから肝試しに行こうなんて意見は却下だぞ」


 何で分かったんだ、集団墓地に人魂と火の玉を探しに行こうって言おうとしたのを。

 啓介は心から驚いて、白銀色の目を丸くした。

 異世界にも火の玉が出るのかを検証してみたかった啓介は、幼馴染の先手スキルにおののきつつ、しかしどうやって巻き込もうかと思案する。一人で見ても面白くないし、人が多い方が楽しいと思うのだ。

 本気で悩みだす啓介を、修太が頬を引きつらせて見ていたなど、『お化けツアー、イン異世界』の企画で頭をいっぱいにしていた啓介は気付かなかった。

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