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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国編
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 4



「よっ、暇してんのな」

「シーク……」

 ガタンと音がして、本から顔を上げて見つけた顔に、修太は反射的に顔をしかめた。

「お前、その反応、めちゃくちゃ失礼」

「……お前、うるさいから」

 理由を簡潔に述べ、また視線を本に落とす。ここの歴史はなかなか面白い。

 文面に視線を固定しつつ、ぼそりと問う。

「なんかボロボロじゃね? ダンジョン、そんなにきつかったのか?」

 シークの白い髪や黒い服のあちこちに砂埃がついている上に、額は()れ、手にも包帯を巻いている。

「ちげーよ。昼間に師匠に稽古つけて貰って、それでな」

「相変わらず容赦や加減の文字がないよね、師匠……」

 またガタンという音がして、シークの隣りにトリトラが座った。

「投げ飛ばされて、近くの水路に突っ込むわ、畑に穴あけるわ。分かってたけど、あちこち打ち身だらけだ」

「うん。分かってたけどね、こうなるの。師匠も、稽古付けてって頼んだら不思議そうにしてたし」

「二年経ったんだから、少しくらいまともにやりあえるかと思ったんだけどなあ」

「間合いに入ったら、気付いた時には吹っ飛ばされてるもんねえ。動作が見えないってどういうこと」

 溜息混じりに言い合う二人。グレイの戦闘センスは流石らしい。

 まあ、それくらいなくては、砂漠の悪魔(デザート・サーペント)なんて大蛇を一人で相手したりしないだろう。砂漠での旅を思い出し、修太は、勝負を挑む勇気がある少年二人の無謀さを思った。

 しばらくぼやいていたが、トリトラがどこからか羊皮紙と羽ペンとインク壺を取り出した。前も酒瓶を取り出していたのを不思議に思って問うと、腰に引っかけているポーチの中に、紐で繋がっている小さな保存袋を百ばかり折りたたんで入れていると教えてくれた。ポーチ内に手を突っ込んで、紐を丸ごと掴んで、取り出したい物を想像すれば出てくるようだ。

 見せて貰うと、小指くらいの小さな袋に、赤い糸で魔法陣が刺繍されていて、それが麻紐で幾つも縛られていた。前にピアスが言っていた、冒険者は持っているのが基本という道具だ。値は張るが便利が良いので、トリトラやシークは金が貯まる度に買っていたらしい。セーセレティー精霊国の冒険者ギルドなら、どこでも売っているとのことだ。

「ねえねえ、暇なら文字教えてよ。文字。ほら、絵本もあるよ」

 今日は仲間は誰も帰って来ないから、読書して夕飯時にでも帰ろうかと思っていたのに、これだ。基本的に待合室のテーブルは、冒険者や修太みたいに帰りを待つ人が使う物らしいが、修太がバイトを始めたので、隅っこなら自由に使っていいと大人達は言ってくれていた。急に代筆のバイトが入った時に呼べるから便利らしい。たぶん、こっちの意見の方を優先してるんだと思う。

「おい、見てみろよ。ほら、これだけ書けるようになったんだぞ!」

 シークも羊皮紙を取り出して、目の前でさらさらと覚えた文字を書きだした。本、インク、紙、ギルド、朝、夜、おはよう、お姫様、王子様。統一性の無い単語が並ぶ。最後の単語は、たぶん、絵本から覚えたんだろう。

 とはいえ、まだまだである。

「私も混ぜて欲しいな」

 気付けば、エアが遠慮なく隣りの席に座ってきた。

「あたし、横で軽く食べてるわね。頑張って学びなさいよ、エア」

 ヒルダが偉そうに言い、エアの隣りに座って骨付き肉をかじりだした。美味そうだ。

 見ていたら、お腹がぐうと音を立てた。

「う……」

 つい顔を赤くしてうつむくと、それを見たヒルダがきゃらきゃら笑いだす。

「正直ね、少年!」

「ふふ。私の分だけどあげるよ、シューター君」

「食べ物で釣るなんて卑怯だよっ! 分かった、じゃあ僕はお茶を買ってきてあげる」

 対抗心を燃やしたらしきトリトラが、ギルドを出て行き、すぐに木の実のカップを手にして戻って来た。ギルド前にある飲食店からテイクアウトしてきたらしい。

 この辺りは、中身は食べられないけれど柔らかく、皮が固い赤い実がなるアーシェルークというカッコイイ名前の木が多く生えている。荒野でも育つらしく、テイクアウト用のコップやスープ皿代わりによく使われているのだ。実の中身自体は、ケテケテ鳥の餌になるんだそうだ。ケテケテ鳥は、ケテケテと鳴く真っ黒い羽毛の鳥だ。七面鳥くらいの大きさがあり、この辺で出る鳥肉料理は主にケテケテ鳥だ。レステファルテで隊商の馬車を曳いていたクルクルといい、なんともネーミングセンスが安直である。……分かりやすくていいけど。

 そして、ヒルダが持っている骨付き肉もまた、ケテケテ鳥のハーブ焼きである。

「……いただきます」

 お腹が空いていたので、遠慮なく貰うことにした。

 両手を合わせて呟き、紙袋入りの肉を食べる。茶はポポ茶だ。

「それって何? お祈り?」

 エアが不思議そうに問うのに、口の中の物を飲み込んでから答える。

「俺の故郷の、食事の時の礼儀みたいなもん。食べる前に、食べ物とそれを作ってくれた人に感謝をこめて言うんだ。で、食べ終わると、ごちそうさまって言う。宗教ではないけど、これしないと何か気持ち悪いから」

「へえ、良い風習だね。ここいらじゃ、食前の祈りで、地の精霊と水の精霊に感謝するんだけど、私やヒルダは精霊信仰はしてないからね、特に何もしないかな」

「人それぞれ、好きにすればいいと思う。宗教だってそうだ。信じたいものを信じればいいと思う。ただ、信仰を押し付けるのは良くないから、それさえ気を付けておけばいいかな」

 修太が淡々と返すと、ヒルダがシニカルに口元をひん曲げて笑った。

「へえ、信仰の押し付けか……。はは、今の言葉、白教徒の連中に是非聞かせてやりたいね」

「俺の故郷は、八百万の神様がいるって考えをしててさ。何にでも宿ってるんだ。だから、漠然とした宗教感はあるんだけど、違う土地の宗教を良いところだけ混ぜこぜにしてたりしてて、なんか信仰心に薄いんだよね。無信仰ってわけではないと思うんだけどさ。だから俺、一つの神様を盲目的に信仰するっていうのがよく分からないんだよな」

 その感覚だけは、未だによく分からない。

 でも、なんとなく漠然と、神様みたいな大きな存在はいるんだろうなという気がしている程度。

 エレイスガイアの創造主であるオルファーレンには直に会ったので、いないとは言わないが。

「ちっさいのに小難しいこと考えてんのねえ。そんなんだと、若ハゲになるわよ? 少年」

「げほっ」

 ちょっ、食べてる最中に背中を叩くな!

「……失礼なこと言わないで下さいよ、ヒルダさん」

 咳き込みつつ、茶を飲んで、焼き鳥を食べ終わると両手を合わせて「ごちそうさま」と呟いた。屑を捨てるついでに井戸で手を洗い、戻ってきたら、ここ最近でお定まりになってきた文字教習を始める。

 年上相手でやりづらいところもあるが、元々遠慮なく物を言うところがあるので、気にしない三人は助かる。



 一通り文字を教え、夕飯時になったのでヒルダやエア、ギルド職員に挨拶して宿に帰る。シークやトリトラに挨拶しなかったのは、宿が同じだから一緒に帰ると言うからだ。

 道を歩く修太の横に、パタパタと尻尾を振りながら、コウが歩いている。

(こいつ、疲れないのか……?)

 いつ見ても、ぶんぶん尻尾を振ってテンションが高い。

「お前さ、いっつもフード被ってて疲れねえの? つか、もう暗いしいいんじゃねえか?」

 確かに、シークの言う通り、周囲は薄闇に包まれている。後ろ頭を腕で支えるようにしながら、飄々と歩いているシークを、修太は見上げる。

「パスリル王国の辺境じゃ被ってないと危なかったし、レステファルテじゃ、被ってたけどちょっとした拍子にばれて海賊に誘拐されちまった。その後、官船で魔物避けしてたら、第三王子に目ぇつけられて、危うくあの王子の魔物避けにされちまうとこだったし。これだけで面倒事を避けられるんならそうする」

 修太の返事に、シークは絶句したように固まった。

「おまっ、もしかして、パスリル王国から逃げてきたのか?」

「正確には、クラ森からこっちに来たんだ」

「クラ森?」

 今度はトリトラが訊いてきた。

青空永久地帯(エターナル・ブルー)の真下にある森」

 まあ別に嘘ついても困る内容じゃないしな。修太はあっさり答える。

「東の島国が故郷って言ってなかった?」

「うん。気付いたら啓介とそこにいた。で、フランに殺されかけたけど仲間になって、その後、サーシャに会って、で、レステファルテでピアスとグレイとコウに会ったんだ」

「ちょっ、待て待て待て! 今、さらって言ったけど、なにげに中身がすごくねえか!? 特にあの女剣士の名前当たり!」

「馬鹿だな、シークってば。気付いたら魔の森なんかにいた方がおかしいでしょ!」

「うん。でも、いたんだから仕方ねえじゃん。ま、色々あって、不思議現象を探して旅してるんだ。フランとは和解してるから平気。今は護衛についてくれてる。俺とは仲悪いけど、ケイとは仲良いから問題ない」

 腹が立つだけで問題は無い。腹が立つだけだ。………。

「小さいのに……やけに大人びてると思ったら……」

 トリトラの声が不憫そうな響きを持つ。

「帰らねえの? 人間って家族に固執(こしゅう)すんだろ。遠い所から来てんなら、親が心配するんじゃね?」

 シークがある意味最もな質問をした。

「それは大丈夫だ。俺の親はどっちも死んでる。一年前に事故でな」

 直後、ドコッという音がした。

 振り返ると、路面にシークが顔面から潰れていた。

「ああ、ごめんね。うちの馬鹿が」

 トリトラが爽やかな笑みを浮かべ、地面に沈めたシークの背をぐりぐりと踏みつける。

 とりあえず修太は見なかったことにした。笑顔が怖い。

「でも啓介の家は健在だからな。もう帰れないし、悪いよな……。当の本人が、不思議現象に喜んでるからまだいいけどさ」

「帰らないんじゃなくて、帰れないの?」

「なんか、扉が開くのが三百年後らしくってさ。俺は人間だから無理だな」

「? なんか複雑な条件があるわけ?」

「まあな」

 嘘は言っていないので、トリトラは不思議そうに首をひねりつつも頷いた。

「二人は帰らないのか? マエサ=マナに」

「え? 帰らないよ?」

 更に不思議そうに言われた。何で帰るのか分からないといった風情で。

「一回くらい、顔見せに帰ってやれば?」

「何でそんなめんどくさいことしなきゃいけないんだよ。どうせ追い返されるんだから、帰る必要ないと思うけど」

 なるほど。帰る場所がなくても気にしない、グレイタイプらしい。

「ねえ、シーク?」

「ああ、そうだな。この野郎っ」

「げふっ」

 シークは肯定しつつ、回し蹴りをトリトラに放つ。トリトラは油断していたのか、もろに腹に一撃をくらい、路地裏まで吹っ飛ばされた。バキャン! という、何かが割れる音が響いた。

「ふぅふぅ、ざまぁみろ!」

 鼻息荒く、シークが言い放つ。


「お前ら、俺の後ろで派手に喧嘩するのやめてくれない?」


 つい言ってしまった修太は悪くないと思うんだが、どうだろうか。



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