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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国編
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 2



「今日で迷宮に潜り始めて一週間になるわけだが、どんな感じだ?」


 修太の簡潔な問いに、啓介はフォークに刺した揚げ物を口に運ぶのをやめ、うーんと首を傾げた。


「四十階層まで行ったけど、これ以上は日帰りは厳しそうだな。慣れた道をダッシュで通過しても厳しかった。二層ごとに一層直通の脱出ポートがあるからいいけどな。はは、ほんと、ダンジョンもののゲームみたいだよ、ここ」


 そして、途中で宝石オブジェクトを拾い、七色集めて、途中のレリーフにはめたらレアアイテムが入った宝箱が見つかることだとか、うっかり落とし穴にはまって下の層に進んだりとか、食虫植物と追いかけっこして面白かったとか(追いかけたのは啓介の方らしい。んなアホな)。まあ、出てくる出てくる。変な話のオンパレードだ。


「あと、ゴブリンの群れに襲われた時は笑っちゃったなあ。小さいおっさんがぞろぞろ来るんだぜ? もう、お腹痛くて死にそうだった」


 くすくす笑う啓介。

 そんなところで笑い死には間抜けすぎるからやめとけよ。

 ふぅと息をつき、ピアスが思い出した様子で憤然と言う。


「そうよ、もう。小さいおっさん、小さいおっさんうるさいから、私まで笑えてきちゃって」

「緊張感がないって、ピアスに肘鉄食らっちゃった」


 へへへ。打撃を受けたはずなのに、どこか嬉しそうに笑う啓介。うん、あれだな、恋は盲目ってやつだ。分かりやすい。


「我は何が笑えるのか未だに分からんのだがな」


 大皿にのった山盛りのステーキを着実に減らしつつ、青年姿のサーシャリオンが、短い黒髪を揺らして不思議そうに言う。モンスターの癖して食事のマナーも習得済みらしく、優雅にすら見える食器使いだ。でも食べるのは速い。


「フランとグレイは?」

「グレイは笑わなかったけど、フランさんは、倒し終わった後に発作が出たみたいだったよ?」

「ケイ殿、言わなくていい!」


 後ろの席にいたフランジェスカが、すかさず振り向いて抗議した。


「まあ小さいおっさんのことはいいとして、じゃあ泊り込みで行くのか?」


「そうだね。二百階層に早いとこ着かないといけないし。百階層までは割りと楽らしいんだけど、そこから難易度が増すらしいから、とりあえずは百階層突破が目標かな」


「ケイ殿は、不意打ちさえなければ大丈夫だろう。ピアス殿は戦闘力は若干不安だが……、トラップの解除が得意なのでありがたい存在ともいえる。まあ、サーシャがいるのだから、どうとでもなるだろうな」


 フランジェスカが冷静に評価し、ピアスも同意した。


「む。しかし派手に魔法を使えぬからな、ちと厄介だ。本気を出すと、ダンジョンが消し飛ぶやもしれぬしな」


 しれっとサーシャリオンが問題発言をした。


「いっそのこと、全部氷漬けにした方が楽なのだがなあ。別の人間も巻き込んでしまうし……」

「うん。やめとこうな、サーシャ」


 修太は口を出し、サーシャリオンがこれ以上、暴走しないように止めた。

 戦闘力については不安はないのだが、別の意味で不安になってくるメンツである。



      *



「それにしても、シューター君て黒狼族と仲良いわよね。気が合うのかしら」


 夕食後、啓介が照明代わりに光の魔法を使ってくれたので、その光の下で、約束を守ってグレイに文字教習をしていた修太は、きょとんと目を瞬いた。そりゃあ、師匠がするなら自分達もとシークやトリトラまで押しかけてきて、不思議なことになってはいるが……。


「たまたまじゃないか?」


 うん、たまたまだと思う。


「えー? だって、黒狼族って個を尊ぶでしょう? 大勢といるのって好まないって聞いたことあるんだけど。違うの?」


 勇敢にも、ピアスは正々堂々グレイに問うた。

 てゆか、ピアス。暇だからって男性陣の部屋にたむろしてんなよ。しかもちゃっかり横に椅子持ってきて、一緒に勉強とか……。

 風呂上りなのか花の甘い香りがして落ち着かない修太である。出来ることなら出てって欲しいくらいだ。異性として気がなくても、ドキッとするには充分である。何せ極上がつく美少女っぷりなのだから。


「その通りだ。師匠と弟子や、仲の良い者がペアを組んでいることもあるが、それ以外はあまり群れたりはせん。まあ、集落にいる時は別だが」


 そうだな。エンラやリンレイも二人で行動していたし、目の前のシークやトリトラもそうだ。まあ、会った黒狼族の絶対数が少ないので、参考にしていいのかは不明だが。


「そういや、灰狼族? とかいうのって、まだ会ったことないけど。そっちはどうなんだ?」


「あれ? ギルドにいたけど見なかった? 狼が立って歩いてるみたいな人達。あの人達は、種族としては結束が固いけど、どっちかというと、一生仕えるに値する相手を探して旅してるから、一人が多いかな? 主人を持つ人なら大勢でいることもあるけど」


 ピアスが首を僅かに傾げ、考えながら言った。

 狼が二足歩行? 見た覚えはない。


「見てねえな。ふーん、探してみるよ。あと会ってないのはドワーフかな?」

「ドワーフなら、鍛冶屋に行けばいつでも会えるよ? 今度ナイフ研ぎに行く時、一緒に連れてってあげよっか?」

「そん時は啓介も一緒に頼む。たぶん、はしゃぎまくってうるさいけど」


 そう答えたところで、ちょうど扉を開けて入ってきた啓介が、面白そうににやりとした。


「ええ? 何、俺の悪口?」

「ちげーよ、ドワーフの話」

「今度、鍛冶屋に一緒に行こうって話よ」


 すかさずピアスも口を出す。


「行く行く! 俺の剣も手入れに出さないといけないし、明日にでも行こう。予備の武器も見ておきたいし。――あれ? 皆で勉強会?」


 テーブルに固まっている光景に、啓介は目を丸くする。


「まあな。文字の教習所だ」

「俺も教えよっか?」

「んじゃそっち座れ。お前、教えるの下手だけど、文字くらいならいけるだろ」


 修太が言うと、トリトラが意外そうな顔をした。


「彼、教えるの下手なの? なんでもさらっとこなしてそうだけど」


「トリトラ、天才っていうのは、凡人がどうして出来ないのかが分からないんだよ。何でも当たり前に出来るから。あれだ。どうやって呼吸してるのか? って訊くようなもんだ。改めて言われるとよく分からねえだろ? というわけで、俺はこいつのノートは当てにしてたけど、こいつから教わるのは諦めてた。だってよ、こうなってこうなるからこうなるんだけど? とか言われても分からねえだろ」


「勉強ってのはなんかややこしいんだな?」


 シークが不思議そうに言った。

 四人掛けのテーブルだが、シークやトリトラが椅子を持ってきたので、まだ一席余っている。啓介は残っている席に座ると、それぞれの手元を覗き込んだ。


「って、そうよ。黒狼族と仲良いよねって話だったのに、だいぶ反れちゃったじゃない」


 ピアスがぷうと頬を膨らませて、軽くにらんできた。そんな仕草をしても可愛いって何事。

 まあ修太は可愛いとか綺麗とか思うだけで、啓介みたいに惚れたりはしていないが。

 ピアスの問いには、トリトラがやや興奮気味に答える。


「この子、迷惑そうにしてる割に、話は聞いてくれてるからさ。話やすいんだよね。だってシークの支離滅裂な話も聞いてるんだよ!? すごくないですか、師匠!」


「……それはすごい」

「ひでぇ! トリトラも師匠もひでぇ!」


 ぎゃんと吠えるシーク。うん、うるさい。

 修太はトリトラの意見に全面的に同意する。


「確かにそいつの話は、飛んだり跳ねたり分かりにくいことこの上なかったな。馬鹿だということだけは分かった」

「お前もなにげにひでぇこと言ってんじゃねえよ!」


 テーブルを叩き、シークが吠える。


「いやぁ、小さいのに賢いよねえ。ねえ、もういっそ僕の弟になればいいよ!」


 トリトラがやたら目をキラキラさせて言うのに、にがっという顔で返せば、残念そうに肩を落とした。


「あーあ。振られちゃった。やっぱシークのせいだと思うんだよね」

「待て。今の会話のどこに俺のせいになるとこがあったよ!?」


 理不尽な話に、シークが眉をピクつかせている。


「うるせーぞ、お前ら。あと、そこの文字、間違ってる。そこは丸じゃなくて、こう」


 常用語は、アルファベットのような感じの文字で、それを組み合わせて使う。まず文字の一覧を羊皮紙に書き出して、別紙に身の回りの単語を中心に書いて、教科書代わりにした。

 それで、今しているのは、まずは文字一覧の書き取りである。自分で持っていれば、いつでも練習出来るからだ。


「これ終わったら、絵本でも読むか。書店に行くかな……」


 元々、簡単な文字は読めるグレイはすぐに飲み込んだし、シークやトリトラは文字はさっぱりだったらしいが、若さのせいか飲み込みが早い。


「お前らも明日、一緒に来いよ。店の看板とか、そういうのを読むと覚えやすいからな」


 英単語は、店の看板や道路標識の案内板を見ていると読みやすかったので、修太は経験からそう言った。身近な物に書かれている内容が分かると面白く感じるものだ。


「行く行く!」

「もちろん行くぞ!」


 トリトラの方が飲み込みが良い分、負けず嫌いなシークもやる気満々だ。


「なんか……見た目の歳はこっちが上なのに、シューター君の方がお兄さんに見えるのは気のせいかしら。やっぱ近所のお兄さんに見える気がする」


 目をこしこしこすりつつ、ピアスが疑うように言う。


「大丈夫だよ、ピアス。俺にもそう見えるから」


 啓介が笑い交じりに言う。

 ……おい、横で好き勝手言ってんじゃねえぞ、そこ。




 そんなわけで、翌日は買い物をして回ることになった。

 羊皮紙とペンを持参し、鍛冶屋に行けば、そこのトンカチの絵の下に書かれた鍛冶屋の文字を教え、書店に行けば、やはり看板に描かれた本の絵の下に書かれた文字を教える。絵と一緒に書くように言うと、シークやトリトラは面白がっていた。絵を描くということをしたことがなかったらしい。

 不思議な光景に、通行人達は奇異の目を向けてきたが、修太は教えるからには手を抜く気はなかったので、それを一切無視した。


 ドワーフに会えたのは感動した。身長が百十センチくらいで大人なんだそうだ。体は小さいのに、力が強いらしく、筋肉がすごかった。まるで丸太みたいだった。欧米とかにいそうなムキムキで、ムキムキ度が高い人ほど顔もごつかった。でも、不思議と女性のドワーフはスマートな顔立ちをしていた。見かけからしても腕に筋肉はなさそうなのに、ハンマーを振り回していたからすごい。


 鍛冶屋でエルフや灰狼族を見かけた。エルフはどこか浮世離れした美しさを持ち、目は冷たい印象があった。たいていは人間嫌いらしいから、仕方ないそうだ。灰狼族は、二メートルくらいある灰色の狼が二足歩行していた。ちゃんと服も着ているが、靴は履いていなかった。ふかふかしている尻尾に目が釘付けになってしまい、ものすごく引っ張ってみたい衝動に駆られたが耐えた。そんなことをしたらぶん殴られそうな気がしたので。


 灰狼族は、バスタードソードや巨大なモーニングスターや斧を使い、切るというより叩き切るような戦法が得意らしく、身長にあいまってでかい武器を持っているから、よく出入り口に引っかかって戸口を破壊するとかで、店を壊されて怒るドワーフのおっさんと盛大に口喧嘩していたのが印象的だった。


 店を巡った後、昼ご飯は宿ではなく他の飲食所で摂り、その時にもメニューの読み方で単語を教え、実際に料理が運んできて食べることで印象付けさせた。普段は店員に肉料理を適当にとかで頼んでいるらしい。


「黒狼族って、集落で文字教えたりしねえの?」


 根本的な疑問を口にすると、分からなかったのか、シークやトリトラは首を傾げてグレイを見つめた。淡々とグレイが答える。


「族長一家やそこに近しい者は文字を扱えるらしいが、その他の者は生活に使わないから気にしたこともないだろう。俺も、外に出るまで文字がどういうものかは知らなかったからな。父親が簡単に教えてくれるまで、意味が分からなかった」


「やっぱ閉鎖的だとそうなるのかね? 俺らの故郷は、教育を受けさせる義務っていうのがあって、七歳から十五歳までは絶対に学校に通わなくちゃいけないから、たいていの奴は読み書き出来るんだ」


 修太がオムライスもどきを食べながら言うと、シークが行儀悪くスプーンの先を修太に向けた。


「だからお前、弱いんだよ! 俺らはひたすら武術の稽古だもんな。しかも男は成人したら“外”に出なきゃいけないから、そりゃもう必死だったぜ」


「ええ? それじゃあケイが強いのと釣り合わないじゃない」


 ピアスが突っ込みを入れる。うぐと押し黙るシーク。修太はしれっと答えを言う。


「啓介の家は金持ちでさ、護身術として剣術を習ってたから強いんだ」


「最初はそうだったんだけど、途中から面白くなったんだよ。俺、身体動かすの好きだし。あとは、いつか宇宙人と喧嘩しても勝って親交を深められるようにってね!」


 啓介は素晴らしい笑顔で電波なことを言った。


(やっぱこいつ、残念な美形だ……)


 可哀想なものを見る目を修太は啓介に向ける。だいたい、喧嘩すれば親交が深まるなど、少年漫画の中だけの話だろうに。普通は険悪になって終わりだ。


「う、うちゅう? なに?」


 トリトラが目を瞬き、聞き返す。


「あー、いいよ。こっちの話。……自重しとけ、アホ」

「うぐぐ」


 右隣に座る啓介の左脇に、肘を入れる。腹を押さえて突っ伏す啓介。


「食事中だが、話しておくことがあってな。いいか?」


 ふいにグレイが静かな声で話を切り出した。

 皆、きょとんとグレイを見る。話しかけられて返事することはあっても、グレイから話しかけてくることは結構珍しかったのだ。


「一週間だが、もう迷宮に慣れただろう? 俺は別行動をとるから、次からはお前達だけで潜れ」

「……また急だな」


 フォークを皿の上に置き、フランジェスカがちらりと一瞥して言う。


「そうでもない。言わなかっただけで、慣れたら離れるつもりだった。やたらお前達と会うからこの町に戻ることを決めただけで、迷宮に潜る為に来たわけではないからな。四十層まで行けたんだ、もう充分だと判断した」


 それがすごいことなのか修太には判別が付かないが、グレイから見ると充分に慣れたと判断出来ることなんだろう。


「師匠、まさかもうこの町を離れるんですか?」


 恐る恐る問うシーク。


「――いや。しばらくはいる」


 呟くように答えるけれど、それ以上は語る気はないようだった。

 急な離脱宣言に、サーシャリオンを除いた皆は戸惑っていたが、啓介が能天気に返した。


「うん、いいんじゃないかな。グレイの好きにすればいいよ。ここまで付き合ってくれただけ、すごく助かった。ありがとうございました」


 ぺこっと頭を下げる啓介。それで、場に和やかな空気が流れる。


「そうね。確かに、とても助かったわ。ありがとう」

「ダンジョンには不慣れの身、協力感謝する」


 ピアスが笑顔で礼を言えば、フランジェスカも堅苦しく礼を言う。サーシャリオンはマイペースに食事を続けつつ、

「まあ、面白かったぞ」

と、よく分からないことを言った。


「宿はどうするんだ?」


 移動するのかという意味で問う。


「他にすることがあるだけだからな、そのままにしていていいのなら、そうしておこうと思うが」


 問うようにじっと見てくるので、修太は周りを見た。


「俺は別に構わねえけど?」

「男部屋のことは男で決めろ」


 フランジェスカが簡潔に言った。ピアスも頷いている。


「我はどうでもいい」


 サーシャリオンはいつも通り放任主義を貫くようだ。啓介を見る。


「俺も構わないよ。アドバイス求めることあるかもしれないけど、それでも良ければ」


 にこっと人好きのする笑みを浮かべる啓介。対するグレイは感情の見えない顔で、顎を引いた。


「ああ。俺がアドバイス出来るのは、せいぜい百十階層までだが」

「充分だよ」


 話は纏まった。

 食事が終わると、宣言通り、グレイはふらりと姿を消した。


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