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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国編
71/340

 3



 部屋は結構広かった。もっと狭い部屋を想像していたので、修太には嬉しい誤算である。

 ベッドが三台並び、間にはサイドテーブルが二つ置かれている。入口側には丸テーブルが一つあり、椅子が三つあって、そのテーブルの上には説明書が置いてあった。

 他にも、クローゼットが一つと箪笥が二つ置いてあり、窓際には、洗濯用なのか、ロープが壁に埋め込まれた金具に縛られていた。


「居心地良さそうだな」


 部屋を見た印象を、修太は呟いた。

 窓際にはフランジェスカ、扉から近い真ん中にグレイ、壁際に修太という陣取りをした。修太にはよく分からないのだが、出入り口に近い場所にいるのが護衛の位置なんだそうで、窓際は駄目だとよく壁際に追いやられるのだ。

 ベッドはふかふかしていて、シーツからはハーブと日向のにおいがした。眠気を誘ってくる。


「値段にしてはいい宿だ。部屋の立地も悪くない。避難経路もまあまあだな。食事の時間と風呂場の位置を確認し、洗濯のことも訊かねばならんが……。ふむ、私はエターナル語の文字は不得手なのだ、会話はドワーフに教わったから問題ないが……」


 説明書をひらつかせ、フランジェスカは呟いた。


「は? エターナル語?」


 修太は目を白黒させた。何の話か分からない。


「セーセレティーやミストレインは未だにエターナル語を使う、別文化圏なのだ。レステファルテとは違う」


 フランジェスカが何を言っているのか、修太にはさっぱり分からない。


「何か違うのか? 俺には普通に聞こえるし、その文字も読めるぞ?」


「……貴様に文字や言語の違いが分からない理由は知らんが、エターナル語というのは、永久青空地帯(エターナル・ブルー)に浮かぶ霊樹(れいじゅ)リヴァエルが、まだ地上にあった頃から存在する言語らしい。人によっては古代語とも呼ぶ」


「ふぅん」


 霊樹リヴァエルの葉っぱ、すげえな。葉っぱ飲むだけで、読みと会話が出来るって、まるで神話みたいだ。


「ま、書けるかは知らねえけど」

「書けるのではないか? ギルドに登録する際、ケイ殿はすらすら書いていたぞ?」

「へぇ、後で試してみるか」


 それに意識して聞き分け出来るようにしておこう。日本語を区別して話せたのだから、違いも分かると思うのだ。

 そして、修太はフランジェスカがテーブルに置いた説明書を手に取ると、パラパラと捲る。

 さっきフランジェスカが指摘した部分を、声に出して読む。


「食事の時間は、朝は二の鐘と三の鐘の間。夜は六の鐘半から八の鐘半まで。うわ、何言ってるのか意味が分からん」


「鐘で時間を示している。鐘と鐘の間は約二時間だ。たいてい、一の鐘は、日の出に鳴るものだ」

「なるほどね。時計はないのか?」

「時計? そんな高価なもの、王侯貴族くらいしか持たぬぞ」


「そうなのか……。えーと、続けるぞ? 風呂場は、男女別に離れにある。建物を挟んで別々にあるので、看板を見て注意すること。使用料は宿代に込みなので別途にはとらない。共用なので、どうしても一人で使いたい時は、自室に盥を用意するので受付で言うこと。こちらは別料金で50エナかかる。洗濯を頼む際は、クローゼットに入れている袋に入れて従業員に渡すこと。その際、手間賃を一袋100エナとる。洗うだけでなく干して畳んでおくので、四の鐘が鳴る前に出した分は、その日の夕方に受付に取りに来ること。それより後は翌日になる、だそうだ」


 そこまで読んで、グレイに宿代を出してもらったことを思い出した。こっちで出すのが筋だろうと思い、旅人の指輪から、財布や、宝石や天然石が詰まった箱、岩塩を詰め込んだ袋を取り出す。


「そうだ。グレイ、ここの宿代、こっちが出すよ。えーと、6600エナだったよな。白金貨だっけ? 面倒だな、金貨で出していい? 嫌だったらこっちの石でもいいけど」


 黙々とトランクの荷を広げていたグレイは、ちらっとこちらの方を見た。興味を覚えたのか、こっちにやって来る。


「見事なものだな。宝石はともかく、媒介石(ばいかいせき)がこんなにあるのは初めて見た」

「媒介石?」

「この石のことだ」

「天然石のこと?」


 修太からすると、綺麗だけれど宝石に比べればずっと価値の無い石だ。修太が眉を寄せると、無言で修太を見下ろしたグレイは、小さく息をついて、隣の椅子に座った。


「言っている意味が分からん。天然石? 拾えばそんなもの、どの石も天然だろうが」


「……いや、そうだけど。俺の故郷じゃ、こういう、宝石より価値はないけど見た目が綺麗な石のことを、天然石って言って、その辺に落ちてる石ころと区別してたんだ」


 フランジェスカも、残っている椅子に座った。


「待て。ということは、貴様の故郷では宝石の方が価値があるのか?」

「はあ? 当たり前だろ。こういう、透明度の高い綺麗な石は、アクセサリーとして価値が高いんだ」


 なんか混乱してきた。


「う。なんでそんなじっとこっち見るんだよ。こえーんだけど」


 どっちも無愛想なので、眼光が鋭くて怖い。修太は椅子の上で身を縮める。


「……どうも、お前の故郷の物と、ここの物とでは価値観がだいぶ異なるようだな。石鹸がこちらでは高級品なのに対し、お前の土地では10エナ程度で買えると言っていたし」


 グレイが呟くように言うと、フランジェスカが信じられないというように目をむいた。


「そうなのか!?」

「高価な石鹸だと、500エナくらいするようなものもあるけど、庶民はもっぱら30から50エナ程度の石鹸を使うな。10エナくらいのやつは、手を洗う用の安いやつが大半かな」


 シャンプーやリンスの値段を思い浮かべながら、修太は答える。


「手を洗う用の石鹸? なんだ、使用法に区別まであるのか? 信じられん。王侯貴族でもそんな区別はせんだろう」


 フランジェスカの動揺したような声に、修太は落ち着かなくなる。この冷静な女を動揺させる価値観って……。


「ええと? じゃあ何、俺が言った価値観と違うってことなら、こっちは天然石の方が高価なのか?」


 グレイが静かに首肯する。


「宝石は、宝飾品としては価値がある。だが、こちらの媒介石は、アイテムクリエートに必ず必要になるから、高値で取引されているのだ。魔法の媒介にも使われるらしい。特定のモンスターを倒すことで手に入るからな、ダンジョンでなら多く入手しやすいが、それ以外では入手が困難だ。それに比べて、宝石は掘れば入手出来るから、危険度は少なく、価値が低めというわけだ」


 宝石や媒介石を手に取って、比べてみせながら、グレイは言った。静かに元に戻し、指先ほどの媒介石を手に取って言う。


「簡単に言えば、こちらは魔力を多く具有している石で、宝石はそうではないというのが、一番大きな違いと言える。これくらいの大きさで2000エナくらいが相場だな」

「はあ!? なにそのボロイ商売!」


 すっとんきょうな声が修太の口から飛び出た。だいたい日本円にして二万円になるのだ。なんだこの石、こわっ。

 レステファルテ国で、フランジェスカに宝石や天然石入りの箱を見せて、そんな宝の山を見せびらかすなと叱られたことをふと思い出した。あの時は、天然石が宝なんて大げさだと思っただけだったが、価値が分かれば恐ろしく思えた。


「それくらいでなくては、誰も危険なダンジョンに潜ろうなど思わん。危険に見合った利益が手に入るから、潜るわけだ」


 グレイは分かりやすく講釈してくれた。フランジェスカに比べて、なんて親切なんだろう。


「でもさ、幾らダンジョンでも、モンスターを狩ったら絶滅しちまうだろ? 何でこんなに発展してるんだ?」


 修太が根本的に不思議な点を問うと、グレイとフランジェスカがまた押し黙った。フランジェスカが頭が痛そうにしているので、また怒られるのかもしれないと修太は内心で身構える。

 しかし、疲れたような息を吐くだけで、フランジェスカはやや皮肉気味に言った。


「無知というかなんというか……。貴様の世界にはダンジョンはないのか?」


「人間と動物、海の生き物とかそういうのしかいない。モンスターはいないし、ダンジョンなんてものもないし、魔法だって存在しない。そういうのは全部、架空の物語の中のものだ」


 続けて言う。


「フランには言っただろ。俺やケイが違う世界から来たって。バイト帰りに肝試しに行くっていう啓介に付き合う羽目になってトンネル歩いてたら、たまたまこっちの世界に迷い込んだんだ。双子月が重なる時って、ときどき異界からの迷子が来るんだってさ。オルファーレンが言ってた」


 ここまで言うと、なんだか愚痴りたくなって、修太はうだうだと続ける。


「次に繋がるのは三百年後だから、俺らはもう帰れない。その上、この世界は滅びかけてて、啓介は面白不思議現象が見たいって手伝い買って出た。お陰でこうして旅をしてるわけだけど。オルファーレンには色々と物をもらって、言葉も通じるようにしてもらって、最終的には霊樹リヴァエルのうろに突き落とされて、あの森で目を覚ましたらあんたがいたわけだけど」


「そういえば、そんなことを言っていたな」


 フランジェスカが思い出すかのように斜め上を見上げる。


「俺達がエルフ族だったら、三百年待てば帰れたんだろうけどな。そんなに長生き出来る人種じゃねえから仕方ない。医療技術が発達してるから、平均寿命は百歳程度か? 長いと百四十歳まで生きる奴もいるが、貴重な例だな」


「ほう。ここは七十まで生きたら長生きな方だがな。モンスターに殺されるか事故死か疫病か、時には旱魃で餓死することもある。まあ、モンスターに殺害される確立の方が高いな。その次が盗賊で、次が疫病ってところか」


「うん、まあ、これだけ衛生面が悪いとな、そりゃ疫病で死ぬよ。往来に家畜の糞なんか落としとくくらいなら、掃除して、畑の肥やしにしちまえばいいのにな。汚物も一箇所にまとめて焼却するとかさあ。石鹸で手を洗って、殺菌するのも大事だよな。やっぱ加熱殺菌しないと危ないよな……。つーか下水道くらい作れっての」


 ぶつぶつ呟いていると、また二人が黙っているのに気づいた。うろんな目を向ける。


「今度は何だよ?」

「疫病は呪いの一種だろう?」

「は?」


 大真面目にグレイが言うので、修太はぽかんと口を開けた。


「そうだ。死者の魂が天に行く時、身体から魂が抜け出る苦痛が呪いになって、それが満ちて、病を起こすと聞くが」

「はあああ?」


 フランジェスカまでもが言うので、あんぐりとする。

 疫病が呪いって、意味わかんねえ。


「なんだ、白教でもそういうのか?」

「その辺はどこも同じだろう。〈白〉崇拝が基本だ」

「なるほどな」


 二人はしたり顔で言い合っているが、修太は頭を抱える。


「何だよその原始的な考えは。魔法とかあるくせに、意味わからねえ。いや、そういうのがあるからこその弊害か? いいか、疫病っていうのは、ウィルスが引き起こすんだ。人から人へ感染したり、ネズミや蚊から人へ感染したりする。俺はその辺は詳しくはないけど、ワクチンがあれば、たいていのものは治るようになった。そういうのが撲滅されたのは、最近だけどな」


「ふむ?」

「さっぱりだな」


「いいから聞け! 疫病は、ある程度は予防出来るんだ。まず、衛生面を整える。通りに糞があるなんてのは駄目だ。不潔すぎる。汚水用の水路も別に作るべきだ。そして、ゴミは一箇所に集めて、廃棄するようにする。生ゴミなんかを適当に積んでてみろ、におうしやっぱり不潔だ。そして、風呂には出来るだけ毎日入る。汚れを落とすってことだ。部屋の掃除や、洗濯もしなくちゃいけない」


「うむ」


 フランジェスカは興味があるのか、真面目に頷く。


「それでも病気にはかかる。その時は、病人は病人で固めて、健康な人間は出来るだけ近寄らせないようにしなくちゃいけない。別に閉じ込めるわけじゃなくて、対処する人間を少なくして――出来れば、軽度の症状の人間が当たるといいんだが、そうして看病するんだ。窓を開けて換気して、衣服やシーツもこまめに洗う。滋養にいいもの食わせておけば、それだけでも違うはずだ」


「しかし、家族なら病人を見舞うし、家族全員で看病に当たるものだろう? でなくては冷たすぎやせんか?」


「そんなことしてみろ、一家全員、まとめて病にかかって全滅だ。健康な人間の役目は、病人のサポートで、病人が復帰した時に、生活できるように基盤を維持しておくことだ。ここで言うなら、せっかく治ったのに、畑が死んでましたじゃあ、今度は飢え死にしちまうだろ? 見舞いに来るのが悪いわけじゃないが、人から人へ感染する病の時は控えておくべきだ。でないと、移動時に他の町にも病を撒き散らすことになって被害が増す」


「なるほどな」


 修太の言葉はフランジェスカには目からウロコのような話な上、今までの考えを打ち砕かれて衝撃を覚えたが、理屈としては通っているので、感心した。

 ここまで喋った修太は、普段が寡黙なので疲労を覚え、ため息を吐く。


「で、なんでこんな話になったんだっけ?」

「確か、ダンジョン内のモンスターの絶滅を心配していたな」

「そうだよ、それそれ」


 ついついここに来た経緯の愚痴など始めてしまったので、だいぶ反れた。


「ダンジョンの内部にいるモンスターは、外のモンスターと性質が異なる。擬似生命体というやつで、いわばモンスターの皮を被った、核石といったものだ」


 グレイが説明してくれたが、修太はよく分からなくて、眉を寄せた。

 仕方ないなあというように、フランジェスカが付け足す。


「貴様、熊と熊の縫いぐるみでは違うものだというのは分かるな?」

「分かるに決まってるだろ。そこまで馬鹿じゃねえよ」


 むすっとして返す。


「つまり、そういうことだ。熊の形をした縫いぐるみに、生命の代わりとなる石が入っている。熊の形をしているだけで、それは熊ではない」


「おお、なるほどな!」


 それは分かりやすい。


「あのジャックとかいう商人が、ダンジョンは地の精霊が作ったと言っていただろう? 世界の箱庭をどれだけ本物に似せて作れるかを競ったものだという話がある。地下にも関わらず、草原が広がっていたり、溶岩が流れる上の橋を通ることになったりと、色んな仕組みになっている。そして、モンスターは次から次に生まれる。どうも、一定量が減ると、その分が生み出される仕組みらしいな」


「ここのモンスターは、異物を襲うようでな、ここでは〈黒〉も役に立たん。そんな時に結界として使うのは、この、黒輝石(クローレ)だ」


 グレイは天然石の詰まった箱の中、正方形に切られた黒い石を示す。


「正方形になるように置くことで、結界になるんだ」

「マエサ=マナにもあった?」


「ああ、あれもそうだ。あそこで採れる石の表面に、黒輝石を砕いた粉末を塗布している。それだけで、結界になる」

「何で正方形?」


「俺は詳しくは知らんが、前に、結界を意味する魔法記号が正方形だと聞いたことがあるな」


 グレイはちらっとフランジェスカを見た。


「その通りだ。子どもに持たせる魔除けのお守りにも、よく刺繍されている」

「へ~」


 それは面白い。


「結界に使うってメモがあったけど、どう使うか分からなかったから助かるよ。じゃあ、これは迷宮で使えばいいわけだ?」

「ああ。ただし、お前は留守番だがな」

「何でだよ!」


 フランジェスカにくってかかるが、鼻で笑って一蹴された。


「冒険者ギルドは十五歳から登録出来る。ダンジョンには冒険者でなければ入れない。つまり?」

「俺は冒険者じゃないから入れないってことか!?」


 ずぉーんと落ち込んで、修太は肩を落とした。


「なんだよそれ、やることなくて暇すぎなんだけど。つか、完全にお荷物だろ、俺……」

「何を今更。最初からそう言っているだろうが」


 悪びれなく肯定するフランジェスカを、どぎつい目でにらんでおく。少しは慰めろよ、大人げない奴!


「そもそも、体調を崩しやすい人間を連れて行けるほど、ダンジョンは甘い場所ではない。こればっかりは諦めろ、シューター」

「グレイまで……」


 なんか、フランジェスカよりグレイに言われる方がダメージがでかい気がする。フランジェスカの悪態には慣れてきているようだ。


「とりあえず宿代を払っとくよ……」

「今回は俺が出しておく。次回からはそちらで持て。どうせ使わなくて貯まるばっかりの金だ」


 グレイは平然と言い、支払いを退けた。

 おお。やっぱり格好良い大人だ。


「その代わり、これを少し見させてくれ。あまり目にしないから、珍しくてな……」


 グレイが媒介石や宝石を示すので、修太はどうぞご自由にと箱を手で押した。

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