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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国編
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 結論から言えば、喧嘩にはならなかった。

 ただし、フランジェスカとグレイとコウとの迷宮都市ビルクモーレまでの旅は、ものすごく気まずかった。


 修太が魔力欠乏症の影響ですぐにへばるので、ピアス達と別れた境町フェデクからは、徒歩ではなく“貸しグラスシープ”を利用した。グラスシープっていうのは、緑色の毛をした羊で、毛が草みたいに見えるからそんな名が付けられている。日本での牛かサラブレッドの馬くらいの大きさはある羊で、大人しい上に帰巣本能が強いから、セーセレティー精霊国では、よく旅人の移動手段になっているんだそうだ。ただし、逃げ足だけはとてつもなく速いので、元の場所に戻るまでにモンスターに襲われると、その逃げの本領を発揮して、すさまじい勢いで駆けだすらしい。


 そんな羊が一般的に飼われているこの国では、足の速い人のことを「グラスシープの逃げ足のようだ」というらしい。褒めているのかけなしているのか、今一よく分からない言葉だ。


 まあ、羊のことはいいのだ。問題は、貸し羊に乗っているのが修太だけということだ。

 慣れている人は自在に操るそうであるが、フランジェスカは馬には乗れてもグラスシープには乗ったことがないから歩いた方がマシと言うし、グレイはそんなものに乗るより自分で走った方が早いという珍回答をくれたから、つまるところ修太は荷物扱いで羊に乗せられたわけである。


 すれ違う旅人や行商人の微笑ましいものを見る視線の痛いことといったら……!


 背中に布を敷いただけで、ふかふかしてかなり乗り心地が良い上、揺れはあっても振動は羊毛に吸収されてほとんど届かないので、すさまじく快適であったが、とにかく居たたまれなかった。ここに啓介がいたら、あっという間に羊を乗り回して、きゃいきゃい一人で騒いで、微笑ましい視線を全部かっさらってくれただろうに……。


 いつも啓介といるから、視線は啓介に行き、舞台脇の椅子か机レベルの扱いの普段からしたら雲泥の差である。かといって、歩くのは遅いし体調を崩すから駄目だと言われるし。

 ここに来て、これほど自分の体質が嫌になったことはない。

 修太はコウがグラスシープの足元を駆けるのを羨ましい思いで見ながら、心の中ではうめいていた。


 最初は魔動機のバ=イクに乗っていたのだ。だが、エルフしか持たない品だからどこで手に入れただとか、売ってくれないかと、通りすがりの商人がうるさかった。それさえなければ、羊なんかに乗らなくて済んだのに。


 そして、更に修太をいたたまれなくするのが、家族での旅に見られている点である。詳細は簡単だ。グレイが父親、フランジェスカが母親、修太が子どもで、コウがペットの犬。ふふふ。どうだ、分かりやすいだろう。


 グレイはどうでも良さそうに流していたが、フランジェスカはこんなでかい子どもを生んだ覚えはないと不機嫌になった。確かに、二十代に見えるフランジェスカの年齢を考えると十二歳くらいの見た目の修太は子どもにしては不自然ではある。レステファルテでも、姉弟と勘違いされたくらいの年齢差だ。


 つい、何歳なのかと聞いたら、二十二歳だとの返事がきた。二十五くらいかと思っていたと内心で呟いたところ、顔から何を考えたのか分かったのか、拳骨を一つ貰った。女に年齢を問うておいてそれか、と、冷たい声で言われた。

 どちらにせよ、修太が子どもとなるとフランジェスカは十歳かそこらで子どもを産んだことになる。無理だろう、幾らなんでも。しかしここは地球ではない。念の為に結婚適齢期を聞いたら、早くて十五歳だと言われた。ついでに、二十二歳はややいき遅れだ悪かったなと理不尽にもまた拳をもらった。


 相変わらず嫌な奴である。

 とにかく、すれ違った人で勘違いした人にフランジェスカがそう答えたら、連れ子ですかい? とグレイを見て言った。なんてしぶといんだ。だが、グレイの年齢ならいてもおかしくはないので、そう思っても仕方がない。


 ただの護衛だとグレイが答えたら、すれ違った人は、無愛想な感じがお二人にそっくりなのにと失礼なことを言って去っていった。

 お陰で、またフランジェスカが不機嫌になったわけであるが。

 そんなこんなでビルクモーレまで一週間かけてやって来た三人と一匹は、町に入る際にも門番と似たようなやり取りを繰り広げる羽目になった。


「だから、俺をにらむなっての」

「うるさい。貴様が悪いんだろう。まったく、これだから〈黒〉は……」


 フランジェスカは苛立ち紛れについというように零して、ハッと口を押さえた。パスリル王国での差別用語が、無意識に出てしまったらしい。

 ちらっとグレイがフランジェスカを琥珀色の目で一瞥する。


「お前、もしやパスリル王国の出か?」

「…………」


「別に、そうだと分かったからといって、レステファルテに突き出したりはせん。だが、この国にはそういう差別は存在しないし、この都市では特に差別は禁止されている。ダンジョンで稼いでいる町だ。冒険者なら身分も種族も問わん。だから気を付けろ、町を追われたくなければな」


 淡々とした注意に、フランジェスカは僅かに眉間に皺を寄せる。


「……すまん。今のは、ただの言葉の綾だ。私は認識を改めている。以後、気を付ける」


 どうやら修太に向けても謝ったらしい。一瞬、フランジェスカの視線がこっちを捉えた。

 喧嘩にならなくてほっとした修太は、迷宮都市ビルクモーレの町並みを眺める。グラスシープは町の前で解放したので、今は歩きだ。

 遠くから見えた町は防壁に囲まれていて、中に入ると道の両側にびっしりと家が建ち並んでいた。まっすぐに伸びた大通りは、白い石で舗装されている。この辺りでは白い石が採れやすいのかもしれない、防壁も白い石製だった。


「すごいな。全部商店なのか?」


 まっすぐに続く道の両側が全て商店のように見えるので、修太は感心して声を漏らす。ここだけショッピングモールみたいだ。


「通りに面している家だけだ。あっちの方は、牛や羊などの放牧地と畑と、ずっと奥に住宅地がある」


 グレイが低くかすれ気味の声で、ぼそぼそと言った。その指先が左を示す。

 商店の向こうは、放牧地と畑ということか。それは見てみたい。


「じゃあ、こっちも?」


 右――方角で言うなら東を示すと、グレイはすぐに答えた。


「門の側が倉庫街になっていて、それ以外は住居区だ。ただ、この道をまっすぐ行った先にあるダンジョンの入口付近の右手側は、まるまる冒険者ギルドの区画だ。緊急時の治療師(ヒーラー)薬師(くすし)、医師も常駐している」


「ほう、面白い造りの街だな」


 フランジェスカがしきりに頷いている。


「宿ってどこにするんだ? 冒険者ギルドの宿舎を使うのか?」


 境町フェデクで宿泊する時はそうしていたのを思い出し、修太が問うと、グレイは首を振った。


「この町のギルドには、宿舎はない。町に金を落とせと、そういうことらしい」


 端的だが分かりやすい理由だ。

 そして、三人と一匹は、商店に入ることはなく、〈円月亭(えんげつてい)〉という名の宿に入った。




「十四年ぶりだが、まだあるとはな」


 グレイが、どこか感慨深げに呟いた。


(十四年ぶりにこの町に来たってことか? イェリが、グレイにとってはタブー扱いしてた町だ。何かあったのかな?)


 憶測をしてみる修太だが、必要なら話すだろうと思って、特に何も訊かないでいる。フランジェスカもだ。フランジェスカにも聞かれたくないことがあるからか、あら捜しをするような真似はしないみたいだ。無理に訊いて薮蛇になる方が面倒ということなんだろうと推測しておく。

 宿の扉を開けて中に入ると、左手にカウンターがあった。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの向こうに腰掛けた四十代くらいの女性が、愛想の良い笑みを浮かべて挨拶した。ぱっちりと茶色い目をしたぽっちゃりした人で、セーセレティー人に多い銀髪をお団子に結っている。それに、あちこちにじゃらじゃらとアクセサリーをつけているから、やはりこの国の人間なんだろう。

 茶色い目は、人間でいう魔力を持たない者、つまりノンカラーに分類されている。この人もそうらしい。

 なにげなく客を見た女性は、目と口をぱかっと開けた。信じられないというように、グレイの顔を凝視する。


「……もしや、グレイ……かい?」

「久しぶりだな、ヘレン」


 グレイがあっさり返すと、ヘレンはがたたと椅子を蹴立てて立ち上がる。そしてカウンターを回ってくるや、グレイに抱きついた。


「ああ、グレイ! 生きてて良かった! あんたの親父さんがあんな死に方した後、いきなり宿を出てくなんて言い出すんだもの、あたしはてっきり、荒野で自殺でもする気なんじゃないかと、ずっと気に病んでたんだ」


 目から丸い水の粒が次々に零れていく。

 グレイは無感動にそんなヘレンを見下ろす。


「ただの客を覚えているとは思わなかったが、気を使わせたのなら悪いことをした」

「そうだよ! もっと甘えてくれて良かったのに。ほんとこの子は!」


 グレイから身を離すと、ヘレンは太い手をグレイの頭に伸ばし、ごしゃごしゃと黒い髪をかき回した。


「図体もでかくなっちゃってさぁ。何、家族の紹介にでも来たの?」

「「違う」」


 グレイの声と、フランジェスカの不機嫌声が被った。


「俺はこの子どもの護衛だ。この女もそうだ。この犬はこいつの手下だ」


 簡潔に説明するグレイ。

 いや、コウが手下って何。せめてペットでとめといてくれませんかね。


「ええ? この子ども、貴族の子か何かなのかい?」

「違う。後から三人人数が増えるが、そいつの連れだ。俺がこいつらのパーティーにくっついている形になる」

「仕事かい?」


 ヘレンは見定めるように、フランジェスカと修太を見る。


「そんな感じだが、迷宮に用がある」

「あんたが“認めてる”人はいるのかい?」


 ヘレンはどこか心配そうだ。黒狼族の風習を知っているらしく、確かめるように訊いてきた。


「この子どもだな」


 グレイが迷いなく答え、ヘレンは目をパチパチさせた。


「ええ? この子? そんなに強いのかい?」

「ふふ、まさか。弱いにも程があるぞ」


 フランジェスカが辛抱たまらんというように、笑い交じりに口を挟んだ。


「うるせえよ」


 修太はフランジェスカをにらんでから、ポンチョのフードを外し、挨拶する。グレイが信用している人だから、危険はないと判断した。


「初めまして。俺は塚原修太だ。修太と呼んでくれ」

「私はフランジェスカだ。どうぞよろしく」


 苗字までは名乗らず、フランジェスカはそう言って軽く会釈した。フランジェスカもフードを引き下ろしている。


「藍色に近い〈青〉に、漆黒の〈黒〉。なるほどねえ。あたしはここの店主の妻、ヘレン・ロブランだよ。旦那はルコッツで、息子はロディだ。――グレイ、勿論泊まっていくんだろ? 何泊だい?」


 ヘレンは自分も名乗り返してから、グレイの方を見た。


「さてな、分からんが……。とりあえず一週間としておこう。その頃には連れが増えるかもしれんからな、部屋を移すかもしれん」

「その時は言っておくれ。部屋はどんな感じにするの?」

「三人部屋で、仕切りを一つ置いておいてくれ」

「男女で部屋を分けなくていいのかい?」

「護衛だから必要ない」


 グレイの返答に、ヘレンは確認をとるようにフランジェスカを見た。フランジェスカが迷いなく頷くのを見て頷く。


「分かったよ。じゃあ三人部屋で一週間ね。朝と夕のご飯がついて、三人分で一泊900エナだから、6300エナだよ。前払いで宜しくね。途中で出る時は、最終日から三日前までは残りの代金は払い戻すけど、三日以内は返金しないから気を付けておくれね」


 グレイが支払うと、ヘレンは鍵を出す。


「じゃあ、はい、これ、鍵。一応、部屋に簡単な利用説明書を置いてるけど、口頭での説明がいるなら、部屋に荷物置いてからまたおいで。仕切りは後で持っていくよ」

「分かった」


 部屋の鍵を受け取ると、グレイは行くぞとだけ言って、奥の階段を上り始めた。修太やフランジェスカも続き、コウも続こうとして、ヘレンが呼び止める。


「ちょーっと待った。犬連れなら、300エナ追加だよ。掃除が大変だからね」

「すまん、忘れていた」


 戻ってきたグレイが、また支払った。

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