第十二話 迷宮都市ビルクモーレ 1
常に踊りや歌とともにあるという民が住むセーセレティー精霊国は、緑鮮やかな土地だ。
レステファルテ国が砂漠の国なら、セーセレティーは亜熱帯の国といったところだ。市場には色とりどりの果物が並んでいて、野菜や肉よりも多く見られた。主食はポルケと呼ばれる蒸した芋らしいが、果物メインで過ごす者も多いのだそうだ。
蒸し暑く、レステファルテとはまた違う暑さの国である。
修太はこの国に入ってから、カルチャーショックでくらくらしていた。
(まさか、啓介を不細工呼ばわりする奴に会うことがあるとは……)
セーセレティー精霊国では、ぽっちゃりした容姿――ぶっちゃけ肥満体形の方が“美人”なんだそうだ。
恐ろしいことに、痩せ型で素晴らしい美少女にしか見えないピアスは、ここでは“不細工”になってしまう。痩せ型が揃っている修太達のパーティーは全員揃って“不細工”扱いってわけ。
(なんて恐ろしくて、腹の立つ国だ……)
フランジェスカ曰く、この国は熱帯雨林か荒れ地しかない上、果物の方が多く実る為、消化に良いから自然と痩せ型が多い。だから、太っている者は、たくさん食べる余裕のある金持ちということを示し、それ故に、そういう体型の者が美人と考えられているのだそうである。
その講釈を聞いたピアスは、菫色の目をまん丸にした。
「ええ!? うちの国の“美人”は世界標準じゃないの!?」
「残念だが、極少数例だ。はっきり言おう。私の価値観では、ピアス殿は、最上級格の美少女だ。他国では気を付けるのだな」
フランジェスカの重々しい言葉に、ピアスはよろめいた。白い肌がカッと赤く染まる。
「び、びび、美少女ぉ!? なにそれ。そんなこと、言われたことなんかないわよ! きゃああ、かゆい!」
頬に手を当て、ぶんぶん頭を振りだす。
「ピアスから見て、フランや啓介、グレイはどう見えるんだ?」
修太はこの土地の人間の目で見たらどうなるのだろうと、単純な疑問を覚えた。自分のことは混ぜない。答えを聞いたら褒められても褒められなくてもどっちでも泣きそうだ。
「シューター君からだと、どう見えるの?」
先に訊かれた。
「まず、俺は普通だな。自分の国じゃ、だけど。で、啓介は美形な方だ。とりあえず、俺はこいつが女にもてる余波で色々面倒事に巻き込まれてた。それくらいには容姿は良い。フランは、性格さえ目をつぶっておけば、美人だと思う。グレイはどう見ても格好良い大人だろ。俳優でも食えると思う」
修太の率直な意見に、褒められた三人の空気がぎこちなくなる。啓介とフランジェスカは言われ慣れているのかもしれないが、グレイはやや動揺したようだ。
「……格好良い大人? 俳優? お前、目がおかしいんじゃないか? 俺は怖いとしか言われたことはない」
心から疑うように問われた。
「なまじ顔が良いから、無表情なせいで怖いんだよ。あとは空気? それで愛想良かったらもててるんじゃねえ?」
「シュウ、もうちょっとオブラートに包もうよ」
横からやんわりと啓介が口を出す。
流石にずばずば言いすぎたか。
「う、わりい。別に馬鹿にしてるんじゃねえからな?」
だいぶ上にあるグレイの顔を見上げ、謝っておく。くそう、首が痛い。
「いや、俺が訊いたんだから、それは構わんが……」
苦々しい声だ。信じられないらしい。
ピアスはぽかんと全員の顔を見て、難しい顔をする。
「そうねえ。あたしから見ると、グレイは格好良い男の人で、フランさんは格好良い女の人、ケイは面白い雰囲気の普通の人で、シューター君は目付きの悪い子どもで、今のサーシャちゃんは可愛い!」
そして、ピアスは、未だ十五歳程度の少女姿をとっているサーシャリオンに笑顔を向ける。
「おい、待て。何で俺だけその評価!?」
修太は思わず声を荒げる。
予想よりひどい結果だったんだけど。
ピアスはからから笑いつつ、右手をひらひらさせる。
「実際に目付き悪いじゃない。ぶっきらぼうだけど、意外に親切で優しいとこあるのも知ってるわよ? ケイがフェミニストな態度なら、シューター君は、近所のお兄さんみたい!」
「……さいですか」
近所の兄ちゃん扱いかよ。
「分かりにくく気遣いするでしょー? 花の石鹸買ってきてって頼んだら、あたしのだけじゃなくてフランさんのも買ってきてたし」
うりうりと、ピアスが左肘で修太の肩当たりを小突いてくる。
「女子ってそういう差別は気にするだろうが! 伊達にこいつの面倒事に巻き込まれてねえんだよ、俺は!」
照れもあって、くわっと怒る。
「そんなに言わないでくれよ、へこむから……。気付いてなかったんだよ……」
啓介がずどぉんと影を背負いだした。修太は後ろ頭をかいて困る。
「ああ、悪かったって、落ち込むなよ。お前が気付かないのも無理はねえんだ。雪奈の陰謀が八割で……いや、なんでもない!」
うおっ、なんだ、背筋がゾッとしたぞ!
その辺に啓介の妹・雪奈が隠れているのではないかと思い、修太は腕を押さえて、きょろきょろと通りを見回した。いそうで怖い。
「雪奈がどうかしたの?」
「いや、なんでもない、なんでもないって! あんま訊くな、俺が呪われる!」
「え? あ、うん? 分かった」
必死に言うと、啓介は戸惑いつつも頷く。
奴ならやりかねん。自分の悪い点を大好きな兄に知られるくらいなら、世界が違かろうと呪ってくるだろう。出来そうで怖い。
修太は大急ぎで話を変える。
「ええと、そうだ。啓介が普通っていうのは分かるとして、なんでこの二人は格好良い?」
「簡単だよ。兵士職は格好良いになるの。だって、鍛えてるんだから太るわけないでしょ? 筋肉ついてれば、それだけでも印象変わるんだから。ケイは見た目が優男って感じだから、人によっては不細工かもね? シューター君は、そのまま成長したら完全に不細工かな!」
そんな快活な笑みで言わないでくれ。泣くぞ。
「ケイ殿が不細工……。それはない。どう見てもそれはない。なんていう国だ、ここは」
何やらフランジェスカがぶるぶる震えている。ショックを隠せないようだ。
「あはは、あたしだってびっくりしてるんだから、そんなにびびらないでよぉ。さて、と。じゃあ、話しておいた通り、あたしはここ、境町フェデクで一旦別れるわね? 一度アリッジャの街にいるおばばに荷物を届けて来ないと。それに旅に出ることも伝えなきゃ、心配かけすぎて怒られるからさ」
そうなのだ。双子山脈の東側を抜ける街道を抜け、国境を越えてすぐの町、このフェデクで、ピアスは修太達と一度別れて、西の方にある街に行くと言っていた。後から迷宮都市ビルクモーレに来るから、冒険者ギルドで落ち合おうという話で纏まっていたのだ。
そして、ピアスだけ単独行動が心配という啓介や、モンスターを使えば移動が楽だからついていくというサーシャリオンの三人で、別行動をとることになった。
全員でアリッジャまで行っても良かったが、修太達は先に行って情報収集した方が便利が良いということになったのだ。流石は軍人だけあって、その辺の合理的な考えはフランジェスカは頼りになる。
フランジェスカは〈黒〉である修太の側にいないと夜になった時に困るし、鉄狼のコウは修太から離れないし、グレイも今のところ名を呼ぶまでに“認めて”いるのが修太だけなので、自然とこうなった。正直、不安なメンツだ。フランジェスカとグレイが喧嘩したらどうしよう。修太が止めようとしたら、きっと巻き添えくらって死にそうな気がする。
場のムードメーカーたる三人がいないのは不安でしかないが、仕方がない。先に行こう。
「じゃ、啓介、そっち任せた」
「おう。シュウも無茶しないでのんびり行けよ」
修太と啓介は、右の拳を軽く突き合わせて健闘を称え合う。
そして、ちょうど十字路になっている道で、啓介達は左に行き、修太達はまっすぐに北を進んだ。
「とりあえず、今日はここで一泊だ。宿を探すぞ」
「ああ」
「………」
「オン!」
フランジェスカの言葉に、修太は返事し、グレイは相槌をして、コウは元気良く吠えた。