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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国王都編
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 2 

(ほんとに貝なんだなあ……)


 古代の巨大な巻貝は、近くで見ると巨大な白い岩山にしか見えない。貴族や王族しか入れない内殻はどうなっているのだろう。

 通りから巻貝を見上げ、しみじみと感心していると、横合いから青年の威勢のいい掛け声がかかる。


「おっ、そこなる少年! ジャックの豆占いはいかがかな? 一つ試していかないかい?」


 白い麻の衣服に、白いターバンを巻いた青年は、褐色の肌をしていて髪と目の色は金色だ。色の対比が目に眩しい。見た目が犬っぽい印象で、人懐こそうな笑みを浮かべている。


(ジャックの豆? なんか『ジャックと豆の木』を思い出すな……)


 思わず足を止め、まじまじと青年を見る。極彩色の絨毯の上で胡坐をかいており、その前には空豆みたいな緑色の豆を十個ほど並べている。他には革袋が三つあり、その袋の紐は青年の腰に繋がっている。


「お兄さん、ジャックっていうの?」

「そうだぞぉ、少年。俺が改良に改良を重ねた、性格占いの出来る豆を売ってるんだ。お一つ、どうだい? なんと一個50エナだ!」


 だいたい五百円か。日本での都市部の祭りに出ている屋台の値段と同じくらいだ。


「へえ、面白そうだな! やってみようぜ、シュウ」


 いつの間にか隣にいた啓介が、興奮気味に身を乗り出す。そのことにびくりとする修太。完全に気付いていなかった。


「我も我も」


 啓介の後ろから、興味津々なサーシャリオンがひょこりと顔を出す。

 青年・ジャックはにやりとする。客が集まって嬉しいらしい。


「性格占いの豆? うさんくさい……」


 渋い顔をするのはフランジェスカだ。


「初めて聞いたわ」


 恐らくアイテムクリエーターとして興味を覚えているピアス。

 啓介とサーシャリオン、修太達三人は、金と引き替えに空豆くらいの大きさの豆を貰う。フランジェスカやピアスは買わずに様子を見ている。


「両手で包みこんで、息を吹きかけるんだ。そうしたら育つ」


 ジャックの言葉に促されるまま、修太は豆を両手で包みこみ、ふっと息を吹きかけた。

 ぼわん!

 豆は白煙とともに姿を変えた。


「え。小石?」


 修太は愕然と豆だった石を見つめる。

 ただの黒い小石だ。どこから見ても変哲の無い、その辺の石。

 だが、豆が石に変わること自体がおかしい。とにかく変だ。

 混乱して周りを見ると、啓介の手の中に白い小鳥が、サーシャリオンの手の中には小さな黒い竜がいるのが見えた。


「ふんふん。これによると、少年の性格は石のように我慢強い。そっちの少年は、自由な性格。で、お嬢ちゃんは……竜か。なんだろうな。化け物並みの大物?」


 ジャックが診断したところで、豆はぼろぼろに崩れた。風に飛ばされて消えてしまう。


「……それ、性格とは違うだろ」


 修太が突っ込むと、その通りだと思ったのか、ジャックはしばし考える。


「怠惰で寝るのが好きで、綺麗なものが好きな性格、とか?」

「おお、当たりだ!」


 サーシャリオンは目を輝かせて即答する。


「怠惰は否定しとけよ」

「何を言う、シューター。否定などせぬ。その通りだからな」

「…………」


 変な所で素直な奴だ。

 サーシャリオンはにこりと親しげにジャックに笑いかける。


「面白いものを開発したな、そなた。有望な魔法使いになりそうだ」

「お褒めの言葉をどうも、お嬢様」


 にやりとするジャック。慇懃に礼をして見せた。


「そちらのお二人もいかがかな?」


 ジャックの問いに、興味を惹かれたのか、試してみるフランジェスカとピアス。結果、フランジェスカはライオン、ピアスはウサギが出た。


「ライオンは、誇り高い性格。ウサギは、警戒心は強いが、好奇心も強い性格を示す」

「ふん、悪くはない」

「へ~当たってる。面白い」


 フランジェスカは満更でもなさそうに鼻を鳴らし、ピアスは面白がって手を叩く。


「これはきっとうけるわよ。豆占いさん」


 ピアスの言葉に、ジャックは胸を反らす。


「そうでしょうとも。開発資金代くらいは稼ぐよ、俺は」


 確かに、元をとらなくては商売にならないだろう。しかし、この青年、何をもってこんなのものを作ろうと思ったのだろうか。変な人である。


「こんな風に分かりやすく魔法っぽくて面白いの、初めて見たよ。よし、他にも面白いものがないか探そうぜ!」


 突然やる気を出した啓介が、屋台巡りの続きを促しだす。


「兄ちゃん、それなら魔具屋や骨董市を見てくるといいよ。見てるだけでも面白いもんだ」


 ジャックは愛想良く歯を見せて笑う。


「ほんとか? ありがと、じゃあ探してみる!」


 啓介は笑顔で礼を言い、浮き浮きと雑踏を歩きだす。

 それを追いかける四人と一匹。


「お買い上げどうも! またおいでなー!」


 ぶんぶん手を振るジャック。


(気安い性格の兄ちゃんだな……)


 感じが良いけれど、ちょっとうさんくさい。修太はやや呆れつつ、豆占いの結果に溜息を漏らす。


(……よりによって小石とか)


 小物と言われてるみたいで地味にへこむ。




 五人連れの客を見送ると、ジャックは面白げに口元を歪める。


「うーん、あんな珍客、初めて会ったなあ」


 カラーズでないとジャックの店は見えない仕掛けになっている。五人と一匹、全員が認識していたので驚いた。

 変わった品を蒐集し、アイテム作成をするのがジャックの趣味であり仕事だ。


「旅人の指輪保持者が二人に、あの白い少年のネックレスもなかなかの逸品だぞ」


 古代遺産の蒐集も、ジャックの仕事だ。高値で貴族や王族に売りつけるのである。


「交渉してみっかなあ。無理なら強奪っと。いつものようにな」


 ジャックはにやりと楽しげに笑い、豆から得た情報をメモ帳に書きつける。

 そして、次の客が引っかかるのを、椅子に腰かけ、のんびり待つのだった。



     *



「さあー始まりました、本選二日目! 本日の第一試合は、可憐な大斧使いリオナと、風走りのイツガです!」


 拡声の魔法を使う司会の男の、やたらテンションの高い声が響く中、観客達はわっと囃したてた。

 司会の言う通り、今日は本選二日目だ。


 舞台上では、サーシャリオンと、細身の体躯をした槍使いの青年が対峙している。司会の言った“リオナ”とはサーシャリオンのことだ。サーシャで冒険者ギルドに登録しているので、区別したくて付けた名らしい。サーシャリオンから“リオン”をとり、それを女名に変換しただけだそうだ。


(あ。あの人、昨日の……)


 舞台上の青年を見て、修太は昨日のサーシャリオンの後の試合を思い出した。魔法使い(カラーズ)相手に槍だけで奮闘していた人だ。どうやら勝ったらしい。


「両者とも、準備は宜しいですね? では―――試合開始!」


 司会の声が反響する。

 その瞬間。槍使い――イツガが動いた。

 先手必勝とばかりに地を風のように駆け、サーシャリオンに迫る。


 ガキィン!


 白刃の煌めきとともに、金属と金属のぶつかりあう高音が響いた。

 サーシャリオンに届いたかに見えた刃は、しかしサーシャリオンの持つ斧の柄でとめられていた。

 驚きに動きを止めたイツガの腹に、サーシャリオンの蹴りが直撃した。




(浅いか……)


 蹴りとともに後方に跳んで勢いを殺したイツガに、サーシャリオンは愉快そうに口元を緩める。


(人間にしてはなかなかの使い手だな)


 面白い。

 竜であるサーシャリオンには全てが弱者に見えるけれど、こうして人の姿を取っている時に対峙する強き者には血が沸き踊る。


 サーシャリオンは面白いものが好きだ。そして、強い者もまた好ましい。


 だから、今は共に行動しているフランジェスカのことを気に入っている。面白き者として啓介を、精神が強靭であることで修太を気に入っている。ではピアスはどうか? 銀の髪が目に寒々しくて気に入っているが、あの娘は面白いというよりは、同じヒラヒラ愛好者として気に入っている。


(楽しいな)


 氷漬けのダンジョンにこもってだらけているのも大好きだが、たまには外に出るのもいい。砂漠なんて暑い場所、断片の使徒たる二人の少年に会うまでは来ようとも思わなかったから、楽しい場所だったのだと知って意外だ。においが変なことだけは気に食わないけれど。


「はあ!」


 さっきの一撃でサーシャリオンの力量を掴んだのか、イツガの攻撃から遠慮が消えた。

 槍の穂先が急所以外を狙ってくるのを、サーシャリオンは、紙一重で全てかわす。

 ひらり、ひらり。まるで踊っているかのように、ヒラヒラと。

 鋭く速い、雨のような攻撃の中、重い斧を持って、蝶のように舞い、かわす。

 やがてイツガが疲れてきたところで、サーシャリオンは斧を一閃する。


(おや)


 槍の柄を叩き折るための攻撃は、イツガが槍ごと地に伏せて刃先をかわしたことで無駄になる。


「もらった――!」


 イツガの口元に笑みが浮かぶ。

 完全にサーシャリオンの胴はガラ空きで、そこに攻撃を加えようと、イツガは膝に力を入れて踏み出そうとし――


「甘い」


 即座にサーシャリオンが斧を返し、刃の反対側をイツガの背に振り落としたことで望みはついえた。


 ごしゃっ!


 斧のぶつかる音と、イツガが地面に叩きつけられる音はほぼ同時だった。

 衝撃で気絶したイツガはぴくりとも動かない。


(む。手加減したが、もしや肋骨が折れて肺に刺さったりしてはおらぬだろうな)


 サーシャリオンがわざわざ少女の姿を選んだのは、可愛い服が着れることもあるけれど、まずは手加減しやすいからだった。青年の姿に比べれば幾らか腕力が劣るし、少女だから体裁きにもそれなりに限度がある。とはいえ、元々が竜なので、無茶をしようと思えばどんなことでも出来るのだが。


 少し不安になった。

 殺してしまうと、失格になる。それは困る。


 じっとイツガを見下ろしていると、審判が駆けてきてイツガの容態を診た。ただの気絶とみて、片手を上げて司会に合図する。

 サーシャリオンはほっとした。


 これだから小さき人間の相手は難しい。とはいえ、世界の終末が迫る中、大事な使徒たちをこんな戦いに出すわけにもいかないから、この程度の面倒事ならいくらでも負ってやるつもりだ。


 カンカンカーン!


 鐘の音が鳴り響き、試合の終了を告げる。


「イツガの気絶により、勝者、リオナ―――!」


 司会の声がわんわんと反響する。

 それに続いて、観客達の歓声が降ってくる。

 ちらりと観客席を見れば、同行者達がガッツポーズをしたり拍手したりしていた。

 サーシャリオンは口の端を僅かに上げて笑い、黒いワンピースの裾を翻し、舞台を後にした。



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