5
※作中、少し暴力的な表現を含みます。注意。
数秒のことだったのか、数時間のことだったのか。
木の葉の旋風に巻き込まれた時間が短かったのか長かったのか判然としない。
「!」
ハッと気付くと、修太達は薄暗い森の中、木の葉の絨毯の上に座っていた。
すぐさま立ち上がるフランジェスカを見て、修太も立ち上がる。隣にいる啓介もまた、遅れて立ちあがった。フランジェスカは辺りを警戒するように油断なく視線を彷徨わせている。
「どこだ、ここ……。暗いな」
啓介が周囲を見回して呟く。
確かに暗い。
鬱蒼と草木が生い茂る森は元々薄暗かったが、ここはほとんど日の光が漏れていないようだ。
――〈黒〉の子ども、こちらです。
ボコッと音を立てて目の前の地面が盛り上がり、人面つき巨大蕾が顔を出した。
「ひっ!」
腰を抜かしかけた修太に、人面つき巨大蕾は謝る。
――驚かせて申し訳ありません、〈黒〉よ。
緑色の薔薇の蕾のような葉の間から、白粉でも塗ったかのように白い顔に、適当にペイントしたかのような不気味な目鼻口が乗っていて、それが覗いている。
(うっ。近くで見るとまじで怖い)
まるで昔見た怪談もののTVに出てきたピエロのお化けのようだ。
しかし彼(彼女?)には悪気はないのだ。好きでこんな顔をしているわけでもないだろう。修太はごくりと唾を飲み込んで言う。
「あ、ああ。驚いてすまん。なんていうかその、個性的な顔すぎて……。うぁ、ごめん……」
フォローしようとして逆に墓穴を掘った。顔をしかめて手を当てる修太と違い、啓介は興味津津の体で人面つき巨大蕾の前にしゃがみこむ。
「ふんふん、すっげえなあ、蕾に顔ついてるなんて。人面蕾と名付けよう!」
楽しげに言って、壊滅的なネーミングを口にする。
うっわ。流石にそれは怒るんじゃないか?
内心でぎょっとするが、対する人面つき巨大蕾の反応は意外だった。
――申し訳ありませんが、わたしの名はオデイルというのです。
特に申し訳ないと思っているとは思えない口ぶりで、天然発言をかましている。
「そっかあ、名前あるんじゃ仕方ないよな」
啓介、お前も大概おかしいよな。
修太はとんちんかんな遣り取りをしている二人を交互に見比べた。
「化け物よ。ここは、クラ森の奥にあるという茨のあるフィールドか?」
フランジェスカの鋭い声が問う。
――パスリル王国の民は、真に失礼だ。最低限の礼儀もわきまえておらぬと見える。わたしは名を名乗った。なれば、それを口にするものではないか? 呪われた騎士よ。
無邪気な子どもの声で、辛辣な言葉を吐くオデイル。
「なっ!」
フランジェスカの顔が一瞬憤怒に染まるが、すぐにそれは驚愕に変わる。
「何故それを」
――何とは、異なことを。お前からは夜の匂いがぷんぷんしておる。
オデイルの感情の薄い顔に、薄らと笑みのようなものが浮かぶ。
――呪いか。我らは夜の力にしか干渉出来ぬ。なれど、それは我らには両刃の刃。余程のことをしでかしたな、愚かな騎士よ。
「黙れ! あの魔女と同じことを言うな! 貴様など剣の錆びに……む!?」
フランジェスカが剣を抜こうとした瞬間、足元から伸びてきた蔦がいっせいにフランジェスカの動きを封じた。柄に当てた右手ごと蔦で封じられ、更には足首にも蔦が巻きついている。
「く……!」
舌打ちし、添えた指を僅かに動かす。
瞬間、フランジェスカの周囲に水が浮かび上がった。それは鋭い刃となり、蔦を切る。
「おお、すげえ!」
啓介が感動の声を上げている。
――感動してる場合か。
修太はそう思ったけれど、不思議な力の応酬には正直ついていけない。唖然と事態を見守るしか術はなかった。
「!」
フランジェスカはしかし、更に圧倒する蔦によって再度動きを封じられた。今度は指も動かせない程に手をかんじがらめに縛られる。
――血の気の多いこと。話も聞かず、逆上し暴力に走るか。真、愚かだ。
クスクスと笑うオデイル。声が幼児のようなだけに、更に不気味さを増す。
――お前は神域を血で汚した。それも、我らの待望の〈黒〉の血で。のう、なんと罪深いのだろう。
「神域だと……ぐうっ」
誰何しようとしたフランジェスカだが、絡まった蔦に首を絞められて二の句を継げなかった。
蔦をどけようにも、両手は塞がっていて身動きが取れない。苦しげに歪んだ顔から、徐々に血の気が引いていく。
修太はそれを目にして顔色を変えた。
「ちょっ、何してんだよ! やめろ!」
――何故、止めるのです。あなた様を害そうとした輩ではありませぬか。木が申しておりましたよ。
オデイルは心から不思議そうに問う。
「何故って、首絞まったら死ぬだろ! そんなことも分からないのか!」
修太はオデイルの頭であるバスケットボール大の人面つき巨大蕾に飛びかかる。フランジェスカの方には背が足らなくて手が届かないから、植物を操っているだろうオデイルを止めることにしたのだ。
「啓介!」
「ああ!」
一方で啓介はフランジェスカの助けに入る。首に巻きついている蔦を掴み、思い切り引っ張った。
「げほっ」
とりあえず隙間を作ることに成功し、フランジェスカが空気を求めてあえぐ。
「やめろって! 今すぐやめろ! オデイル!」
蕾を掴んでガンガン揺さぶる。
――わ、分かりました! 揺さぶるのはやめて下さい!
オデイルは悲鳴じみた声を上げる。それと同時に蔦が地面へとしゅるしゅると戻った。フランジェスカの身体が傾ぎ、地面にどさりと崩れ落ちる。そして、うずくまるようにしてゲホゴホと咳をし、必死に空気を取りこもうと息をする。
そんなフランジェスカの背中を啓介はさすってやる。心配そうな顔をしている。
――なにゆえ、自分を害そうとした輩を助けるのか、わたしには理解出来ませぬ。
「今のところは大丈夫だからいいんだよ。それに、俺は人殺しなんか見たくない。遺体を見るのも真っ平だ。親の葬式で十分だ、そんなの」
いつの間にか悲壮な顔をしてしまっていたらしい。オデイルはハッとしたように息を呑み、やがて申し訳なさそうに謝る。
――それは、申し訳ありませんでした。あなた様の前ではかのようなことは致しますまい。我が名にかけて、お約束致します。
修太は苦い顔をする。
「悪い。あんただって、ここを守ろうとしてるだけなのにな。それくらいは分かるんだ。……でも、ありがとう」
それでも心遣いは嬉しかったから、修太は礼を口にする。
――いいえ。ですが、再びそこの女が妙な真似を致しますれば、その女だけ森の外に転移させます。宜しいですね?
それにはパッと表情を明るくする修太。
「まじ? おう、いいぞ。どんどんやってくれ!」
むしろ今すぐ飛ばしてくれても構わない。
「……貴様、どれだけ私を邪魔扱いするつもりだ」
地面にうずくまっていたフランジェスカは、射殺さんばかりの鋭い目で修太を睨んだ。心から忌々しげだ。
しかし、その苦情には構わないことにする。助けてやったのだから、睨まれる云われはない。
それにこの態度もないだろうと思ったから注意しようと思ったが、修太より早く啓介が動いた。
「フラン……なんとかさん」
「フランジェスカだ」
「フランジェスカさん、そんなに突っかかる態度ばっかとるもんじゃないよ。初対面でそんな態度取られて、不機嫌にならない奴がいるか?」
「…………」
フランジェスカは地に座り込んだまま、むすりとした顔をする。だが、やがてぼそぼそと口を開く。
「私、いや、パスリル王国の人間にとってモンスターは害悪であり、敵だ。敵に友好的な態度を取る者はいまい?」
「じゃあ、敵の国に行って、偉い人と会う時もそんな態度取るの?」
「まさか! 表向きは落ち着いて対応しておく」
ここで表向きという分、フランジェスカは正直者といえた。愚かな程の真っ直ぐさでもある。
「じゃあさ、こう考えればいいよ。敵の根城の、王様の補佐っぽい人と話してるってさ。オデイルさんの言う事を聞いてると、オデイルさんはそんな感じっぽいし」
「…………」
啓介の説得に、フランジェスカは嫌そうにしかめ面をしていたが、ややあって渋々と頷く。
「〈白〉の言葉なれば、従おう。……済まなかったな、オデイル殿」
形ばかりではあったが殊勝に謝るフランジェスカに、オデイルはふんと笑う。
――まあ良い。だが、ここが聖域であることをゆめゆめ忘れるな。お前達王国の民は、ここが魔の森だと思っているようだが。
「だが、ここは魔の森のはずだ! モンスターどもの巣であり、ここに入った人間はモンスターに襲われて怪我をすると聞く!」
――剣や槍をもった人間がやって来て、我らが森の主を殺すと騒ぐ。排除して当然ではないか。お前達は、聖なる森を泥のついた靴でどかどかと無遠慮に歩き回っているようなものだ。怒るに決まっているだろう?
言葉を失くすフランジェスカに、オデイルは続ける。
――第一、我らが森の主がモンスター達を集めているお陰で、周囲ではモンスターが少なくなっているのだぞ。お前達がしようとしていることは、猛獣の入った檻を、大勢の人間の中で開けるのと同等だ。愚かとしか言いようがない。
容赦なくこきおろすと、オデイルはフランジェスカから修太へと視線を据えた。
――〈黒〉よ。さあ、行きましょう。森の主はこちらです。
そして、オデイルは一度地面に引っ込んだ。かと思えば、左手の方の地面に顔を出す。
ボコッボコッとプレーリードッグが地面から顔を出すみたいにして突き進んでいくオデイルを修太は唖然として見、ややあって我に返ると後を追いかける。その後を、啓介が楽しそうに目をキラキラさせてついてきた。更に、渋面一色のフランジェスカも後に続く。
少し歩くと、やがて、茨が密集する地帯へと切り替わった。
オデイルの顔は、赤鼻ではないピエロ顔を想像して下さい。




