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「シュウ、戻ってきたぞ~。途中でグレイさんに会ったから一緒に来……た?」
上着のフードを脱ぎながら薬屋に入った啓介は、店内の異様な状況にあ然と声を漏らす。全員の視線が啓介に集中し、白の法衣姿の男達は啓介をみとめてハッと息を飲んだ。
すぐさまフランジェスカが啓介の腕を引いて後ろに追いやり、腰の剣に手を当てる。
「貴様ら、なんだ! 狼藉者か!」
きっと男達をねめつけた直後、その正体を悟って目を見開く。
「なっ、白教の神官様……? 何故……」
自国で絶対的に信じられている宗教の神官達だ。例え呪いを受けて自国から逃げ、こうして〈黒〉の護衛をしていようと、フランジェスカの心に植え付けられている信仰心はほとんどかげっていない。
神官に剣を向けるなど、フランジェスカには到底侵しがたいことだった。
男達は胸に手を当て、天井を仰ぐ。
「おお、神よ! このような汚らわしい場所に、尊き〈白〉をお示しになられるとは……!」
「あなたの慈悲に感謝致します、聖女レーナ様」
大袈裟に言い放ち、神官達は結界の中にいたままひざまずいて頭をたれた。
「白銀の少年よ、あなたに祝福のあらんことを」
「あなたに会えた幸運に感謝いたします」
「今日は素晴らしい日だ!」
口々にお礼や称賛を叫ばれ、ひざまずかれた啓介はただ困惑してそれを見た。
え? なに? これ、どうなってんの?
大の男達がそろって頭を下げる。異様すぎる光景だ。
「あ、あの……?」
意味が分からないし、熱烈すぎて怖い。
嫌な汗が背中に浮かんだ。
正直に気持ち悪いって言ったら怒りますか。
ちらりとイェリを見ると、先程見えた怒気は消え、不気味なものを見る視線を男達へと向けていた。カウンターの向こうにいる修太とアリテもまた、あっけにとられた顔をしている。
どうやら度肝を抜かれているのは啓介だけではないようで安心する。
「黒狼族のことなど、もうどうでもいい」
「ええ、左様でございますね。司教様」
「このような善き日だ。悪魔を見つけたことですし、アレを処刑すれば尚、素晴らしくなりましょう」
立ち上がった男達は何やら爽やかに言い合うが、さらりと不穏な単語が紛れている。
「悪魔……?」
何の話だ。
目を瞬く啓介の前で、ハッとしたフランジェスカが店の奥に叫ぶ。
「シューター、後ろだ!」
「!」
ぎょっと後ろを振り返った修太の背後に、氷で出来たナイフが五つ、空間から溶けだして現れた瞬間だった。
「悪魔……。ああ、くそ、そういうことか!」
やたら白を強調するのといい、フランジェスカが剣を抜かないのといい、恐らくパスリル王国の国教である白教関係者なんだろう。
いつもより回らない頭に叱咤した啓介が走りだそうとした瞬間、修太が身を強張らせて痛みに耐えるみたいに目を閉じた。
瞬間、修太の眼前に青の魔法陣が出現し、今まさに飛び出した氷のナイフは魔法陣に当たるや、パキンと音を立てて霧散する。氷の破片が光を弾いて消えていった。
不思議そうに目を開けた修太が、きょとんと目の前の空間を見て何も無いのを見て、きょろりと周りを見回す。どうやら無意識に無効化したようだ。それどころか、現れたままの魔法陣を見て、びくっとして後ろに下がった。
「駄目ですよ、白き少年。我々で退治しますから、そこにいて下さい」
「何言って……っ」
好き勝手なことを言ってなだめてくる神官に、頭に血が昇る。
「修太は悪魔じゃない! 俺の親友だ!」
意味不明だが前に立って邪魔をする男達を睨みつける。
だが、生ぬるく微笑んだ司教は、うんうんと頷いた。
「この国はパスリル王国ではありませんから、分かっております。そう勘違いされているのでしょう? 大丈夫、災厄は我らがきちんと払います」
「……もういいっ、そこをどけ!」
我慢が限界だった。
啓介は我慢強くないのだ。結構短気だというのは自分でも分かっている。修太のほうがきっちり反論するから誤解されがちだが、ああ見えて修太のほうが気が長い。本気で怒ることは滅多になかった。それを修太は、啓介が先に怒るから怒る気になれないと言うのだが。
啓介が怒りに任せてフリッサを抜いた瞬間、やはり修太が分かりやすく動揺した。
「なっ。おい、啓介。よせっ!」
ただの牽制だよ、気にするなって。
内心で舌を出しながら、啓介はフリッサをちゃきりと構える。
男達の周囲には何か透明なもので作られている壁がある。たぶん魔法だろう。攻め込めないのが厄介だ。
「ケイ殿、落ち着いてくれ。神官に剣を向けるのは……」
啓介の肩をやんわりと掴み、フランジェスカが珍しく戸惑った様子で言う。
「悪いけどフランさん。俺は友達の安全を取る」
「…………っ」
きっぱり切り捨てると、フランジェスカは息を飲んだ。
啓介がフランジェスカとの会話に意識を向けた隙をつき、水の魔法を操っている男が再び仕掛けた。
狙うのは修太、ではなく、その背後の棚。
水の塊が衝撃をともなって薬瓶や壺の詰まった棚を直撃する。そのうち、重量感のありそうな壺がぐらりと揺れる。
ちっという舌打ちとともに、フランジェスカが指をわずかに動かす。修太とアリテの真上に、一瞬だけ水の盾が作られ、すぐに消えた。
「無効化……!」
フランジェスカが焦りを込めてつぶやく。
無効化の魔法を発動中だったのが災いした。
〈黒〉の魔法、全ての魔法の無効化は、魔法を無効化するだけで、それ以外の物を防ぐことはできない。
棚からばらばらと瓶や壺や本が落ちていく中、棚がカウンターのほうへと倒れていく。
「アリテ!」
「シュウ!」
「きゃああ!」
イェリと啓介の声に混ざり、ピアスの悲鳴が響く。
目を丸くした修太が棚を見上げ、カウンター側に立つアリテの手を引いた。
ズガシャッ!
鈍い音とともに、棚はカウンターへと激突した。




