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赤みがかった砂塵が舞う空から、太陽が殺人的な光を地上へと降り注ぎ、白い壁が光を反射して輝いた。
王都オルセリアンを形作る巻貝の化石は白く、表面が風化しているせいで本物の貝のような光沢はないが、それでも光を反射する姿に、修太は眩しくて目を細めた。
渦を巻いて三段に見える貝の内側には家がいくつか建ち並び、ところどころに緑が見える。白と緑のコントラストが鮮やかであり、一番上の段にある白亜の宮殿は壮麗だ。
修太の貧相な想像力を駆使したサザエとは段違いの美しさである。だが、形だけは似ていて、上から半分を斜め上に向けてスライスしたような巻貝で、ところどころの突起は外に向けて突き出ていた。
貝の周囲を囲んだ地面には平民が生活する外殻があり、その更に周囲をモンスターや盗賊などの外敵から町を守る為の防壁が囲んでいる。
その防壁、最外壁には門が三つあり、修太達はそのうちの西南にある第二門から外殻へと入った。
一歩中に入ると、そこに広がっていたのは雑多な町並みだった。四角い形をした日干し煉瓦の家が軒を連ね、屋上では洗濯物が風に揺れている。
人が多く行き交い、レステファルテ国民だと一目で分かるアラビアンな服装をした人々や、ピアスによく似た格好の人、パスリル王国民かと思われる中世ヨーロッパに似た服装の人などが見かけられた。
グインジエみたいに、香水や香辛料のにおいや家畜のにおいがしていて、やはりお世辞にも綺麗とは言いがたい。時折、道の端にゴミが落ちていたり、馬などの家畜の落し物らしきものがあったりして、何とも言いがたいにおいがする。
遠くから見えるのは内殻の美しい外観だけだから、どんな綺麗な町並みだろうと想像して膨らんだ期待が、しゃぼん玉のごとく儚く消えた。それどころかがっかりしすぎてテンションがた落ちである。
その様を隣で見ていたジェロモ爺さんは大笑いしていた。
……あれだけ楽しみにしろと言っていたのに、ひどい。
流石は何十人も家族がいるだけあって、子どものからかい方が板についている。
王都に入る前に、何故か黒狼族の三人は膝下まで覆うマントをすっぽりと被った。何か目立ちたくない理由でもあるのだろうか。しかし、周りの人間はそれが普通という態度なので、聞くに聞けない。
そういえば、第三王子が来た時に、ギルドでは人種差別をしない決まりだってコーラルが言っていたし、もしかして黒狼族という人達は差別をされているのだろうか。
(あの王子様、ひどいことを言ってたよな。えーと、荒野の残飯食らい、だったっけ?)
残飯食らいって、ハイエナかよ。
聞いていてあんまり気分の良い表現ではない。
だが、ここのことを詳しく知らない修太は、あまり深く突っ込むこともできず、様子見をしている。
やがて隊商は、小ぢんまりとした店の軒先で止まった。入口の看板に「レイクルフォン商会」と書かれていることから、ここが支部だと分かる。本部はアストラテにあるという話だから、支部が小さくても問題ないのだろう。
とはいえ、どっしりとした感じの造りなので立派に見える。
隊商が止まると、店の中から人が何人か出て来て、門を開け、馬車を中へと招き入れた。庭先は広く、馬車が三台は余裕で入るスペースがあり、そこに馬車を止める。
ここまでで護衛の仕事は終わりらしく、レナスが馬から下りて、護衛に雇った人達に礼を言った。修太達も同行させてくれたことに礼を言い、隊商と別れた。
どうしても片付けておきたい用事があったので、修太は啓介達に声をかける。
「悪いけど、ちょっと待ってて」
「ん? 分かった。迷子になるなよ」
「な……らねーよ!」
ちょっと自信がなかったが、この人混みをさかのぼって戻ってくるくらいはできるはずだ。
レナスから報酬を貰い、雑踏へ歩きだしていた黒狼族三人の所に修太は駆けていく。
「グレイ、ちょっと待ってくれ!」
グレイが足を止めると、黒狼族の女戦士であるエンラとリンレイも足を止めた。
「……なんだ?」
けげんな声で問うグレイに、渡そう渡そうと思っていた物をポンチョの下から取り出す振りをして指輪から取り出す。野営の時に、袋別に仕分けしておいた砂漠の悪魔の鱗だ。
「これ、あんたが貰うべきだと思うからやるよ。レナスさんがいる手前、なかなか渡せなくてな。こんな所で悪い」
あんまりあっても邪魔だろうから、二十枚だけ入れている袋をグレイに押し付ける。グレイは袋の中を覗きこんで、首肯する。
「? ……ああ、あれか。わざわざ届けに来たのか? そうだな、せっかくだし貰っておく。気遣い感謝する」
「ああ、貰ってくれてありがとう。あの蛇、グレイが戦ってたやつだからさ、俺達が持ってるのも変な気がしたんだ。あ、お姉さん達もいる? まだあるぜ」
エンラとリンレイは目を丸くし、顔を見合わせ、何だろうとグレイの手に持つ袋の中を覗き込む。
「これはなんだ?」
エンラの問いに、修太は大蛇の鱗だと答える。
「ここじゃ、こういうのが素材になるんだろ? 俺達は特に使わないし、使うんなら貰ってくれよ。サーシャが面白がって鱗をはがしまくったせいで、まだあるんだ」
またポンチョの中から取り出す振りをして、鱗の残りから二十枚を取り出し、エンラに纏めて渡す。一枚は薄くて軽いが大きさが大きさなのでそれなりに重いのだが、エンラは片手で受け取った。女戦士の名は伊達ではないようだ。
「……いいのか?」
リンレイがわずかに首を傾げて問う。一つに括られた三つ編みが揺れた。
「ああ。女の人がこんなのを貰っても嬉しくないかもしれないけど」
修太の返事に、エンラとリンレイは再び目を丸くした。
二人は表情が豊かだから、分かりやすい。どうやら意表を突かれたらしい。
エンラは口元に手を当て、たまらないというようにクスクスと笑いだす。
「我らをただの女人扱いか。面白い奴だ。惜しいな、あと五年先に言われていたら、とりあえず交際を申し出ていたぞ」
「は!?」
なんで!?
修太は意味が分からなくてぎょっとする。
「我らは、集落の外で子供を作って、集落に戻って暮らすからな。いい男というのはなかなか得難くてね」
「……エンラ、あまりからかってやるな」
疲れたようなトーンでグレイが口を出す。
「全く、同胞の女達ときたら、結婚のこととなると目の色を変えてかなわん」
「グレイ殿、その同胞の女の目の前で堂々と言うな」
「そうだぞ。なんなら、貴殿がめとってくれても構わぬのだぞ?」
エンラが口を尖らせ、リンレイが面白げに目を細めて言う。リンレイはからかう口調の割に、捕食者のような目つきでグレイを見ていた。狙う気満々ですか。
「……そういう話に持っていくなら、ここでほっぽりだすぞ。お前達がイェリの奴に会いたいと言うから、同行してやっているのに」
さりげなく一歩引いて二人から距離を取り、グレイがかすれ気味の声ではっきりと言う。
するとリンレイは快活に笑った。
「ははは、冗談だよ! 頼むからイェリ殿の所に案内してくれ。せっかく“外出”したのだ、家族に会いたいんだよ。イェリ殿でないと同胞の行き先を知らぬからな」
「…………」
グレイの表情はぴくりとも動かなかったが、疲れたように肩をすくめた。仕方ないなあというような空気を漂わせている。
「お前、名は何というのだ?」
エンラに問われ、修太は顔をそちらに向ける。
「塚原修太だ。修太でいいよ」
「シューターか。覚えておこう。鱗をありがとう、路銀の足しにするよ」
エンラはにこりと男勝りに微笑んだ。
「私も、ありがとう。エズラ山のボスモンスターを鎮めてくれたし、本当に世話になった。道中、気を付けて」
リンレイも明るく笑った。
修太は若干照れてしまう。あの時はかなりサーシャリオンを恨んだものだが、役に立っているなら良かったのかもしれない。まあ、二度目は御免だが。
「三人も気を付けて。じゃあ、もう行くよ。さよなら」
僅かに笑い、修太は片手を軽く上げると、そのまま身を翻した。目深に被ったフードを指で摘まんでずり落ちないようにして、雑踏を啓介達の元まで駆けていく。
「……ふぅむ。あれは将来、良い男に育つぞ。間違いない」
駆け去る修太の後姿を見送りながら、エンラが腹の底からうなった。
グレイはちらりとエンラを見る。
「……本気だったのか?」
呆れたようなトーンでの言葉に、エンラは口端を持ち上げる。真面目な顔だ。
「私はいつでも本気だ」
間違いなく真剣だった。
なんだか面倒臭そうな空気を感じ取ったグレイは、小さく息を吐き、雑踏へ歩きだす。
「……行くぞ」
その後ろから、エンラはぶうぶう口を尖らせる。
「もう、なによー。グレイの兄さんはノリ悪いんだからぁー」
「兄さんと言うな。気持ち悪い喋り方もよせ」
「…………」
きっぱり返されたエンラは黙り込み、むっと眉を寄せてグレイの背中を睨みつけた。その横で、リンレイが楽しげに笑っていた。