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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国編
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第七話 さすらいの湖と蛍石の魔女  1 



 乾いた風が、髪やマントをびゅうびゅうなびかせて後ろに吹きすぎていく。

 日が照りつける背中は熱いが、砂埃を避ける為に上空を飛んでいるので風が冷たい。


 ――むううーっ。


 墓場砂漠まで送り届けるというピリカとポナの好意に甘えることにした四人だが、誰もポナの背に乗ることは選ばなかった。墜落されそうで怖いせいだが、そのせいでポナはむくれ、むうむううなっている。正直、鬱陶しい。


「まったく、そなたは容赦がないな。三発も殴るとは」


 どこか呆れたように呟きを零したサーシャリオンは、自身の左頬を軽く手でパチパチと叩いた。


「うるせえ! 俺は危うく死ぬところだったんだ。しかも巣から落ちての転落死だぞ! これだけで済んで、むしろありがたいと思え」


 修太は不機嫌に返す。サーシャリオンはちらりと修太の赤くなった右手を見て、おかしそうに肩を震わせた。


「そなたの手が痛いだけだと言っただろう。くく、痛そうだな」

「痛く、ね、え」


 本当はじんじんする右の拳を握りこんだまま、修太はことさらぶっきらぼうに返した。

 全然効いていなさそうなサーシャリオンの笑みのせいで苛立ちが増す一方である。


(ちくしょーっ、この野郎ぉぉ)


 これでは報復にもなっていないではないか。それどころか修太が返り討ちにあっている気がする。

 サーシャリオンの本来の姿は黒い鱗をもった竜だ。だから、人間の姿でも身体は丈夫に出来ているのだろう。実際、殴った時は固い石でも殴りつけているみたいだったから、皮膚が本当は鱗だと言われても驚かない。


 修太や啓介やフランジェスカがピリカの首周りのふわ毛にしがみつくのに必死なのに対し、サーシャリオンはその後ろであぐらをかいて座り、のんきに後方を眺めている。その余裕に満ちた様も神経を逆撫でする。顔を見ると怒りが助長されるので、しばらくこいつとは話したくない。


 ――見て見て、この華麗な飛びっぷり! ね、ね、わたしにも乗りたいでしょう?


 悠々と空を飛ぶピリカの横で、ポナが表情をてかてかさせて、自慢げに飛行を披露する。

 くるくると旋回してみたり、上から下へ急降下してみたり。

 むくれているのも面倒だが、こっちはこっちで面倒臭い。

 と、その時、ポナの身体がかしいで墜落しかけた。


「おい!?」


 思わず声を上げてしまい、ピリカの背から下の様子を見ようと身を乗り出した時、ポナが再び空に戻ってきた。


 ――あははー、回転しすぎて目が回っちゃったぁ。


 てへっと笑うポナに、修太は耳元でごうごううなる風に負けじと怒鳴る。


「お前、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが、まじで馬鹿だろ! ぜってー、お前の背中にだけは乗らん!」


 ――えええ、なんでぇー!


「お前がアホだからだ、アホ鳥! いっそアホウドリに改名しちまえ!」


 ――意味わかんないけど、馬鹿にされてることは分かるよ! シュー、ひどーい! レディーに向かってひどーい!


 修太とポナが低レベルな愚痴を言い合っていると、フランジェスカが低い声で言う。


「うるさいぞ、シューター。口喧嘩がしたいのなら、あっちに移ればよかろう」


 そして、猫の子にでもするみたいに後ろ襟を掴むや、フランジェスカは修太をぽいっとポナのほうへ投げた。


「えっ」


 一瞬、何が起きたか分からずにきょとんとする。

 こっちを見る啓介があ然とし、すぐにがく然として目と口を開けた。ひどく驚いた顔だ。


「……!?」


 人間、本気で驚くと声が出ないというのは本当らしい。修太は間抜けに口を開けたまま叫ぶ声も出せず風に吹っ飛ばされた。が、すぐにぽさっと音がして柔らかい地面に落っこちる。


 ――へへーん。いらっしゃい、お客さん!


 ポナの声が得意げに響く。

 とっさに手近にあったふわ毛にしがみつきながら、修太はこの世の終わりみたいに青ざめた。心臓がバクバク全力疾走している。やや遅れて頭に血が昇った。


「てめえ、フラン! この最低女! 空に放り捨てるとか馬鹿だろお前!」


 フランはしれっと返す。


「すぐ隣でうるさいからだ。それに貴様にはスノーフラウとかいう魔動機があるだろう」

「うるせー! そういう問題じゃねえんだよ!」


 びびった反動で声を荒げる。

 ああもう、どいつもこいつも! ほんとムカつくな!



      *



 ――では、クロイツェフ様。私達はこれで失礼します。もしご用があれば、近くのモンスターに伝えて下されば、すぐに駆けつけます。


 ピリカが恭しく頭を下げる横で、ポナはえへへと笑う。


 ――ポナもすぐに来るよ! シュー、用あったら呼んでね。


 とても期待をこめたてかてか顔で修太に向けて言うけれど、修太はきっぱり切り捨てる。


「てめえだけは何があっても呼ばん」


 ――ぶー! いいよ、見つけたら勝手に来ちゃうからー!


「お前は押しかけ女房か!?」


 ――違うよぉ、お友達だよ~。


 友達になった覚えは欠片も無い。しかしポナは相変わらず人の話を聞かず、てへてへと自分で言って自分に照れている。


 うぜーっ。まじで天然面倒くさいな、おい。


 修太は目尻をぴくつかせながら、悪態をつきたいのを懸命に堪える。

 面倒だが、ここまで送ってくれたり、なんだかんだと世話を焼いてくれるのがありがたかったのも事実だ。


「友達かどうかはさておき」


 けれどこれは横に置いておく。


「送ってくれてありがとよ」


 ――どういたしまして! 今度来た時も背中に乗っけてあげる。


「頼むからもう少し飛ぶの上手くなってくれ」


 ――毎日練習する!


 修太が仕方なく言うと、やったぁとばかりにはしゃいだ声を上げるポナ。幼稚園児を相手にしているような気分だ。まあ幼稚園児にしちゃあ図体がでかいが。


 ――この辺の岩場でしたら、きっとそんなに暑くないでしょう。骨のある地点は安全ですが、砂だけの場所は流砂があったり、蟻地獄のモンスターがいることがありますから、くれぐれもお気を付け下さい。


 ピリカは最後にそう忠告すると、ポナとともに東の空へと飛び立っていった。

 次に会った時、ピリカはもういないかもしれない。

 修太はピリカの背中を見つめながら、あの真面目そうな姉鳥を忘れないように目に姿を焼き付けた。


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