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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国編
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 8 



 巣に落ちていた分の岩塩でも小さな山になるくらいはあったので、全部旅人の指輪にしまった。恐らく一年は困らないくらいの量だ。これで、気にせず料理に濃い目の味付けができると、修太はほくほくとした気分だ。ただ、この岩塩をどうやって料理に使うかは分からないので、後でフランジェスカに問うつもりだ。


 元々、ポナの羽だった岩塩だということは考えない。理屈を考え始めると頭が痛くなる。さすがはファンタジーな世界だ。理屈が通用しない。


 まだいるなら羽を抜くと言うピリカに礼を言って丁重に断り、修太はピリカの背に乗せて貰ってマエサ=マナに戻ることになった。


 再びポナの背に乗りたいとは思わない。自殺行為に等しいからだ。また着地と同時に結界にぶつかったら、修太なら簡単に死ぬ。想像だけでも恐ろしい。


 ピリカはポナよりも大きな鳥だから、その背の上は安定していて乗り心地が良い。更に、ピリカが気をきかせて魔法で風を和らげてくれたのでもっと良い感じだ。そういえばピリカもポナも緑色の目をしている。鳥だけに、風の魔法を扱う〈緑〉のようだ。


 ――これはまた、濁った毒素がたちこめていますね……。


 マエサ=マナの上空から集落を見下ろしてピリカがうめく。


 ――シューさん、どうか私が闇堕ちしないように、鎮静の魔法を使って頂けますか。


「分かった、落ち着かせればいいんだろう? あと、俺は修太な。シューじゃない」


 ――はい、シューさん。


「…………」


 お前もか、お前も人の話を聞いてないのか。似てないと思ったけど、ポナの姉だな、確かに。

 イラついていても仕方が無いので、修太はぶつぶつと落ち着くように声をかける。


「どう? 効いてそう?」


 一応確認を取る。やっぱり使えているのか分からない。感覚的に分かればいいのだが、疲労感があるだけで使用している感覚はないのだ。


 ――ええ、これなら大丈夫です。ありがとうございます。では、しっかり掴まっていてください。下りますよ。


 ピリカは声をかけると、降下を開始する。一瞬、腹に違和感を覚えた後は、風圧と落下する感覚を同時に覚えた。

 そして、結界地のすぐ隣に難なく着地した。ポナもピリカの隣に着地したので、結界にぶつかる真似はしなかった。


「よ! お帰り!」


 背を低くするピリカの背から苦労して降りようとしていると、目敏く見つけた啓介が駆け寄ってきた。


「ただい……ま!?」


 地面に着地しようとしたが、思いがけず膝が落ちてバランスを崩す。


「あ、れ?」


 立ちくらみだろうか、一瞬、目の前が暗くなった。うおお、クラクラして気分悪い。

 ピリカを支えにして座り込んでいると、ポナが顔を出す。


 ――どーしたの、シューさん。



「なんでもねえよ」


 修太は眉間に皺を刻んで、ポナに手を振る。今度こそ足に力を入れて立ち上がる。

 十分も継続して“落ち着かせ”ていたことがないから、その反動だろう。今までは巣で立ったままとかピリカの背に座ったままだとかでほとんど動いていなかったから気付かなかったが……。本当に忌々しい体質だ。


「啓介、サーシャは? あいつ連れてこい」


 不機嫌に言うと、ほとんど近くまで駆け寄っていた啓介がビタッと足を止めた。慌てて後ろを振り返る。


「サーシャ! 早く来い! シュウが怒ってるから急げ!」



「そう急かすな。怒っているのは見れば分かる」


 悠々と歩いて来るサーシャリオンに心の底から腹が立つ。

 サーシャリオンの後ろからは族長夫妻や護衛の兵士達が十人程じっとこっちを見ていた。あれだけ騒いだのだから、何かごたついたんだろう。敵意が見えないところを見ると、啓介達がどうにかしたのかもしれない。


 ――クロイツェフ様! ご機嫌麗しゅう。お手を煩わせて申し訳ありませぬ。


 感涙で目を潤ませ、頭を垂れるピリカ。サーシャリオンも目元を緩ませる。


「久しぶりだな。ふむ、なかなか毒素に侵されているようだ」


 サーシャリオンは診断を下し、ピリカの頭にそっと手を乗せる。その手から白い光が溢れ、ピリカの身体を包み込み、一瞬後、黒い光の玉がぶわりと弾き出て、空中でしゃぼん玉みたいに弾けて消えた。


「浄化完了、だ」


 ――ありがとうございます! 身に余る光栄でございます! 


 ピリカはますます目を輝かせ、それから困ったように首を傾げる。


 ――何かお礼を差し上げたいのですが、私の羽などでよろしゅうございますか


「ふふ、それは秘密としてしまっておくがよい。礼ならば、そうだな。さすらいの湖を探しているのだが、何か知っていることがあれば教えて欲しい。墓場砂漠での出現率が高いということしか知らぬのだ」


 ピリカは少し考える仕草をする。


 ――あの湖でしたら、姉月か妹月が半月の夜に墓場砂漠に現れることが多いですよ。そうですねえ、次は三日後ではないでしょうか。気まぐれな湖ですから、確実とは申せませんが……。


「三日後か。ふむ……、それならば行ってみるか?」


 サーシャリオンが啓介と修太に問うので、修太はちらりと啓介を見る。


「行くか?」

「なんで俺に訊くの? これって新手の(いじ)め?」


 いつも決断を任せられるので、啓介は頭が痛そうに額に手を当てる。


「だってお前、リーダーだろ」


 修太が言うと、啓介が目をむいた。


「はっ!? 初耳だぞ、それ!」

「そうだろう。今、決めたからな」

「おい!」


 修太は面倒くさくなって啓介を軽く睨む。


「元はお前が手助けするって言い出したんだろう。俺はそれに何故か巻き込まれる形になってるだけだ」

「う……」



「何をしょぼくれた顔をしてやがる。俺がお前に巻き込まれるのなんか今更だろ。何年腐れ縁をしてると思ってんだ。フォローくらいならしてやるから、好きにしろよ」


修太がそう言って啓介の肩を右手で軽く小突くと、しょんぼりと肩を下げていた啓介が表情を明るくする。銀の目に強い光が宿った。


「サンキュー、シュウ。自信を失くしかけてたけど、元気が出てきた。俺、頑張るよ!」

「……? ああ」


 俺がいない間に、自信を失くすようなことがあったのか?


 首を傾げて返事しつつサーシャリオンやフランジェスカに視線を向けると、どういう訳だかフランジェスカがにっと口端をもちあげた。


 なんすか、その「よくやった」と言わんばかりの笑みは。

 好意的な笑みを向けられたことが無い身としては、薄ら寒くて気味が悪い。


「どうでもいいけど、あんま頑張りすぎるなよ。こっちにとばっちりくるから」

「ああ、程ほどに頑張るよ」


 なんとも謎なことだが、啓介はどこか安堵じみた笑みを浮かべている。


「???」


 なんなんだ。意味分からん。

 啓介はサーシャリオンを見る。


「行こう! 断片を回収しなくっちゃな!」


 サーシャリオンもまた、ふっと表情を緩める。


「そうこなくてはな」

「私も忘れるなよ?」


 ふふんと胸を張り、フランジェスカがずいと存在を強調してくる。


「……何があったんだ?」


 一人、置いてきぼりな修太は、三人を見回して、この疎外感をどうしようかと困惑した。



      *



 修太は本当に良い奴だ。


 本人はあまりよく分かっていないけれど、啓介がくすぶっている時に背中を押してくれる、本当に貴重な友人だと思う。だから、なんだかんだで幼馴染として上手く付き合っていけている。修太は無意識に啓介に必要な言葉をくれるところがあって、押しつけがましいところがないから、啓介も気兼ねなくいられて動きやすいのだ。


 覚悟を決めなくてはと思いつめていたが、頑張りすぎるなと言われた。啓介が巻き込んだと文句を言いながらも、フォローはしてくれるという。見捨てる気はないと言われたようで、心が軽くなった。


「……そんなことがあったのか」


 修太がモンスターと出かけていて留守中だった時の出来事を話したら、修太は無愛想な顔のまま眉間に皺を寄せた。苦々しい顔だ。


 そうだろう。聞いて気持ちの良い話ではない。

 啓介も苦い顔をしていると、なんの脈絡もなくサーシャリオンが声をかけてきた。


「ケイ、そなた、ここの毒素溜まりを浄化してみよ」

「――え?」


 不意打ちの言葉に、啓介はきょとんとした。唐突過ぎて理解が追いつかなかったのだ。


「毒素溜まり?」

「うむ。サマンサ達の死と、何人もの犠牲でこの集落一帯が毒素溜まりと化しつつある」


 サーシャリオンの言葉に、看過できないと族長が低い声で口を挟む。


「なんだ、それは」


「毒素とは、精霊の疲弊や人の悲しみや憎しみなどの負の感情が形をなしたもののことだ。すごいぞ、この場所の毒素は濃すぎる」


 感心したようにうなるサーシャリオンを、族長の旦那がちらりと見て問う。


「なんのことか分からんが、放置しているとどうなる?」


「モンスターは毒素を餌にしているからな、そのうちモンスターの群れに襲撃されることになろう。それに、あまりにも濃い毒素は人体に悪影響を及ぼす。病気になる者が増えよう」


 族長は眉を寄せ、旦那を振り返る。意味ありげに顔を見合わせる二人を見ると、何か思い当たる節があったらしい。


「この集落にも〈白〉はいるのだろう? 目に見えずとも、定期的に浄化するようにすれば、ここまで酷くなることはあるまい。今回は、ケイに浄化の練習をさせることにする」


 あっさりと言うサーシャリオンに啓介は動揺し、族長は練習台かと苦い顔をする。

 サーシャリオンはぽんと啓介の肩に手を置き、何でも無いことのように言う。


「モンスターを助けるのと同じだ。助けたいと思う気持ちが、毒素を光へ変える。簡単だろう?」

「……やってみる」


 断れる雰囲気ではないことだけは分かった。

 啓介は一つ頷き、前に森の主を浄化した時のことを思い出す。あの時は、森の主の手を握り、助けたいと思うことで魔法を使うことができた。

 今回も助けたいと思えばいいらしい。


 助ける?

 ……何を?

 マエサ=マナの人々を? 疲弊した精霊を?


(いや、違う……)


 ちらりと結界地内の隅に寝かせられたサマンサとルドの死体を見る。


 違う。

 ――救うのなら、彼らの心だ。


 無念で死んだ二人の。

 今までの犠牲者の、報われない魂の。


 サマンサの死に際を思い出す。

 自然と思った。


(あの人達が成仏して、天国に行けますように。来世は幸せに生きられますように)


 助けたいなんて高尚な気持ちではない。これは祈りだ。そうであって欲しいという願いだ。


 天国を見たことはないけれど、オルファーレンのいる花畑のような、穏やかで綺麗な場所に行けるように。


 気付けば、啓介の手から温かな白い光が溢れていた。いや、よく見れば全身から光が出ている。

 ぼんやりと手の平を見つめ、ゆっくりと顔を上げる。


「……!」


 驚いた。

 集落全体の地面から白い光が次々にしゃぼん玉みたいに湧いてきて、ふわふわと空へ浮かんでいく。そして空気に触れて黒に滲み、やがてパチンと宙で弾けて消える。

 幻想的な光景に呆然としている間に、光に黒が滲むことは無くなり、やがて発光現象は自然と収まった。


「ほら、簡単だっただろう?」


 楽しげに問うサーシャリオンの声が、余韻に浸る啓介の耳にはどこか遠くからのものに聞こえた。



      *



 奇跡のような光景だ。

 流石は〈白〉だと、フランジェスカは呆然と眼前の光景に見とれる。優しい光が心の奥を感動で震わせる。


「おお、すげえな」


 だから、すぐ側で本当に感動しているのかと疑わしいような無感動な声で呟く修太に少しイラッとした。


「感動に水を差すな」


 むすりと言うと、修太はこっちを見もしないでふんと鼻を鳴らす。


「すいませんね、俺はもう驚くのも疲れたもので」


 そんなことを言う修太。だから爺臭いというのだ、このガキ。

 フランジェスカは啓介を見る。


 随分落ち込んでいたけれど、修太に励まされて少し持ち直したようで良かった。


 励ました当人は意味が分かっていないようなのが、なんとなくフランジェスカには腹立たしいし悔しいものがある。フランジェスカだって啓介の力になりたいのに。この少年は〈白〉というだけでなく、話し方も行動も見ていて気持ちが良いから、落ち込んでいる時くらい力になれる大人でいたいのだ。


 啓介はぼんやりと光の消えた空を見ていたが、ややあって両手を合わせて拝む仕草をした。祈るような、頼むような、そんな仕草に胸をつかれる。


「それは祈っているのか?」


 思わず問うと、啓介は頷く。


「成仏するようにって」

「じょうぶつ……」

「昇天するっていえば分かるかな?」

「ああ、なるほど」


 フランジェスカは理解した。啓介は浄化させようとしたのではなく、サマンサ達の魂の救済を祈っていたのだと。

 確かに、助けたいという気持ちは同じだろう。

 それを聞いていた、簡易牢に入ったままの冒険者の男二人は涙ぐんでいた。


「坊主、ありがとうなぁ」


 すすり泣く男の言葉に、啓介は驚いた顔をし、銀の目に戸惑いを浮かべて牢を見る。


「なんか……うん……救われた気がするよ。こいつらも、俺達も」


 もう一人の男は泣きだしそうな顔で笑う。

 啓介は困ったように微かに笑みを浮かべ、何も言葉を返せないようだった。


 じりじりと肌を焦がすような太陽の光と、地から発せられる熱。乾いた風が心までも乾かそうとしているかのようなのに、ここには確かに清々しい空気が満ちていた。それは恐らく毒素とやらを浄化しただけではないからだろう。


 心が軽くなったのだと、フランジェスカは思う。


 先程の事件で沈んでいた空気ごと、全て光に変えてしまった。

 それに。


 フランジェスカはちらりと黒狼族の女戦士達を見る。

 あれだけ険しい態度だった彼女達の目が穏やかになったように見えるのは、きっと気のせいではない。


 啓介の優しさに、フランジェスカは目を細め、なんとなく空を仰ぐ。乾いた風が吹き、荒野を駆ける甲高い音が聞こえた。


 第六話完結。


 啓介が目立って良かった……。

 モンスターを助けるのが修太で、人を助けるのが啓介、という感じでしょうかね。まあ啓介は人が良いので、人間だけ助ける人じゃないですけれども。

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