7
巣に戻ってきた姉鳥のピリカは、丁寧に礼を言った。
――ありがとう、シュー。起こしてくれて、助かりました。ポナもありがとう。最後のは頂けなかったけれどね。
説教をされて涙目だったポナだが、ピリカの言葉にぱああと明るい気配を放つ。
――えへへ~
――だからって調子に乗るんじゃないわよ。調子に乗ったら、お仕置きで羽を抜くからね?
――ううぅ
笑顔一転、ポナは涙目に戻った。
「なんだよ、巣から追い出したくてポナの羽を抜いてたんじゃないのか?」
修太の問いに、ピリカは頷いた。
――それもありますが、この子は物事を深く考えることをしないので、体に教え込んでいるのです。教育的指導です。次の代のボスだというのに、全く、全然、ちっとも学習しないのですから! 私がいなくなったらどうなるかと思うと心配でたまりません。
ピリカはそれはもう心配だと強調し、大袈裟に溜息をついた。しかしその緑の目はポナを優しく見つめている。
一応、ポナが優しいおねーちゃまと言っていたのは本当らしい。
見つめられたポナは言葉の中身を理解していないらしく、照れたように笑っている。
(……おい、まじでこいつがボスで大丈夫なのか?)
修太までものすごく不安になった。
「その言いかただと、すぐにいなくなるみたいだな……」
修太の問いに、ピリカはこくりと頷く。
―― 一年以内には寿命が来るでしょう。先代もそう言っていました。次代が生まれることはすなわち、私の寿命が近いことを意味するのです。小さな人間さん、あまり気にしないで下さいね。私はもう三百年も生きましたから、思い残すこともありませんし……。まあ、この子の支配下につく子分達のことは気になりますけれど、頑張ってとしか言えません。
うん、確かに。
修太は深く頷いた。
頑張れ。
――まあ、私が闇堕ちしたせいで黒狼達に討伐される死よりはマシでしょう。その点では運が良かったと思います。
ピリカは感謝をこめて修太を見つめ、それから肩を落とす。
――ここ十年で、急にレステファルテ国内に毒素が増え始め、子分も多くが闇堕ちしました。本当に、なんなのでしょう。隣国のように戦争ばかりしているわけではないというのに。人間のあなたでしたら、国内に悲しみや憎悪が満ちる理由が分かりますか?
「さあ、俺もここに来たばかりだし、国のことなんか分からないしな……」
修太はそう返しながら、ふと、あの物騒な王子のことを思い出した。しかし、それだけではないだろうと思って首を振る。
――そうですか、でしたらいいのです。ああ、そうでした。クロイツェフ様のもとに行く前に、あなたにお礼をしなくてはなりませんね。
ピリカの言葉に、ポナがパタパタと楽しげに羽ばたいた。強風が起こり、風にあおられた修太は巣の中で尻餅をつく。
――シューさん! さっき羽を抜かれたから、いっぱいお塩があるんですよぉ。これを持ってったらいいですよ! 人間ってお塩を食べないと弱るんでしょう?
「塩?」
修太は眉を寄せ、「何を言ってるんだ、こいつ」とポナを見つつ、ポナが示す場所まで巣の中を歩いていく。木の枝が積み重なった巣だから、少し歩きにくい。
言われてみれば確かに、さっきポナがいた場所に石みたいな形の白いものがごろごろ転がっている。中には青みがかったものもあるが、これは……。
「塩の玉……。岩塩か?」
――そうだよぉ~。あのねあのね、わたしやおねーちゃまは、岩塩鳥っていうモンスターなの。他にも、わたし達より身体は小さいけど、この辺の岩山にたくさん住んでるんだよぉ。
「お前みたいな大きさの鳥がごろごろしてるわけじゃないのか」
修太の問いを、ピリカが肯定する。
――ええ。ボスモンスターだけです、ポナのような大きさで生まれる者は。あとの者は大きくてもポナの三分の一くらいの大きさですよ。さあさあ、たくさん拾っていって下さい。たまに黒狼が拾いに来るくらいで、余っているから気にしなくて大丈夫ですよ。ここにある分で足りないなら私の羽を抜きましょう。
気前よく促すピリカだが、修太の戸惑いは深くなる。
「ええと、何? あんたらの羽が塩になるのか?」
――違うよ、シューさん
ポナが無邪気に嘴を挟むので、修太はじろりとポナを見る。
「正しくは、修太だ。定着させようとしてもそうはいかねえぞ」
――うん、分かってるよぉ。“シューさん”でしょう?
分かってねえ。人の話を聞けや。
――わたし達はね、お塩で出来てるの。死んじゃったら霧になるのはみんなと一緒だけど、生きてる時に羽が落ちたり、血が出たりするとお塩に変わっちゃうんだ。
「ええ……、意味わかんねえ」
――意味わかんなくても、ポナ達はそうなんだもん。
「じゃあ何食べてるんだ? 塩か?」
――違うよぉ。毒素を食べてるよ。
い、意味がわかんねええ。
修太は頭を抱えた。
いくらら、毒素とやらを減らす為にモンスターがいるとはいえ、毒素というものを食べて、塩の身体が作られるのが意味不明だ。
「じゃあ、どうやって繁殖してるんだ?」
――ハンショクってなあに、おねーちゃま。
――ポナ、繁殖っていうのは、人間や妖精や動物などが種を残すために増えることよ。私達モンスターには関係ないわ。母なる闇から生まれるんだもの。
――すごぉい、おねーちゃまって物知りだね!
――まあね。三百年も生きてるんだから当然よ。
キラキラした目で姉鳥を見つめるポナ。ピリカも満更でもなさそうに胸を張る。
「ある日突然、どこかから生まれるってことか?」
修太の問いに、ピリカは目を細める。
――生まれる場所はクロイツェフ様の守護される塔です。あの塔の闇から生まれ、そこから影を伝って、あるべき場所に出ていく。やがて霧に帰ると、また影を通って塔に戻り、オルファーレン様のもとに還るのです。
「じゃあサーシャが言ってた、たまに道に迷う魂を元の道に戻すっていうのは……」
――その影の道のことでしょう。であるからこそ、私達が生まれ還る地を守護されているクロイツェフ様を、私達は心から敬い慕っているのです。
「なるほど、すごいな……」
それで、ポナがサーシャリオンを認めた時に、芸能人のファンみたいにきゃあきゃあと黄色い声を上げていたわけだ。
修太はピリカをじっと見上げる。ピリカなら知っているかもしれない。
「ピリカ、サーシャの性別を知ってるか?」
期待でドキドキしながら問うと、ピリカはきょとんと首を傾げた。
――え? クロイツェフ様は性別をお持ちなのですか?
「…………」
解決するどころか、ますます謎が深まった。モンスターにもどっちか分からないなんて。
両性具有? そもそも性別がない? それともどっちかなのに内緒にしてるだけ?
ああ、気になるーっ!
――わたし達は女の子だよぉ~
ポナが無邪気に笑う。
いや、お前達のことはどうでもいいから!