第六話 マエサ=マナ 1
レイクルフォン商会の隊商は、なかなか圧巻だった。
栗毛や灰色の馬が十頭ほどと、鉄で補強された木製装甲の馬車が三つ、それから装甲馬車を一羽で引くでかい鳥。
クルクル~
赤い羽根をしたでかい鳥は、強靭な黄色い足といいダチョウに似ていたが、黄色い鶏冠や顔は鶏に似ているという、なんともちぐはぐな鳥だった。丸い黒目はぎょろっとしていて気味が悪いのに、全体を通して見ると可愛いように見えなくもない曖昧さ。身の丈は180cm程の身長の者と並ぶ程だ。首と足の部分で身の丈を稼いでいるのは一目瞭然である。
クルクル~と涼しげな声で鳴くでかい鳥に、啓介は目を輝かせてさっそく突進していった。
「うわ~、もふっとしてる! 可愛いな~」
羽をなでて頬を緩ませる啓介。修太はそれを離れた所から見ていた。得体の知れない動物に飛びついていける啓介は本当にすごいと思う。
「こらこら、クルクルはこれで気性が荒いんだから、刺激しないでくれたまえ」
レイクルフォン商会の代表にして、隊商の頭であるもっさりした茶色い口髭が印象的なレナス・レイクルフォンは、啓介の後ろ襟を掴んでべりっと引きはがす。名残惜しげにでかい鳥を見る啓介。でかい鳥も頭を下げて啓介に近付ける。表情を明るくした啓介が手を伸ばして頭を撫でると、でかい鳥はクルクルと嬉しげに鳴いた。
……すげえ。懐いてやがる。
驚いたのは修太だけではなくレナスも同じようで、呆気にとられた顔で啓介の後ろ襟から手を放した。
「ほう、クルクルに懐かれるとは珍しい」
「レナスさん、クルクルって?」
修太の問いに、レナスは答える。
「この鳥の名だよ。クルクルは力が強いし暑さに強いんだが、その分、気性も荒くてね。普通は根気強く親交を深めた御者の言う事しか聞かないものなんだがなあ」
もさっとした顎髭を手で撫でながら、不思議そうに呟くレナス。ターバンを巻いたこげ茶色の髪はちりちりと癖になってはねている。手入れしていないようでしているようなもっさりした髭と、木綿の裾の長い衣服を纏った恰幅のいい体といい、どう見ても五十代にしか見えないのだが、これで三十というから驚きだ。アストラテに本拠を構えるレイクルフォン商会の次期当主だそうで、今は行商をして見識を深めているのだとか。
とりあえず、修太はレナスの言葉を聞いて、自分は近付かないと決めた。
啓介が人間だけでなく動物にも好かれやすい人間だというのは知っている。そして啓介に懐く動物が、修太には懐かない場合が多いのも知っている。つまり甘く見てるとこっちが痛い思いをするのだ。
「頭領! こっちの荷は積み終わりました! 確認お願いします!」
「ああ、分かった! ケイ、くれぐれもクルクルを怒らせないようにな。クルクルの嘴は、岩を砕くほど固いから、気を付けないと大怪我するぞ」
レイクルフォン商会の者が呼び、レナスは一言注意してからそっちへ行った。「はーい」と返事する啓介は、わしゃわしゃとクルクルの頭を楽しそうに撫でている。
微笑ましい光景だ。美形と動物って絵になると思う。
「ああいうのが子どもらしいってことなのかねえ」
首をひねっていると、横に立ったフランジェスカが鼻で笑った。
「ふん。貴様が動物と戯れていても不気味なだけだ」
「うるせえよ。嫌な想像させんな」
言葉につられてそんな自分を想像してしまう。気持ち悪さに寒気がした。
鳥肌のたった腕をさすりつつ、修太は言い返す。
「あれが可愛いのか? 我にはよく分からぬな。確かにあの鳥は美味いが……」
おいおい、サーシャ。よだれを袖でぬぐうな。
サーシャリオンの捕食者の視線を察知して、クルクルが怯えたように一歩退いた。
「可愛いというのは、ヒノコのような熱くない青い火の玉のことだろう。あれは可愛いぞ」
にっこりとする青年姿のサーシャの笑みを、修太は疲れの混じった目で見る。
「そっちのほうが俺には分からん」
「ははは! そなたも可愛いぞ。なにせ我らの大事な灯だ」
「お前、灯関連ならなんでも可愛いのか? つーか、重い。どけよ」
修太の頭にのしっと腕を乗せて、からからと笑っているサーシャリオン。体重をかけてくるので重い。
「はあ、女の姿をとれないのがつまらぬぞ。男物の服はどうしてこう簡素なのだろうなあ。どうせ着るならひらひらがいい」
修太の言葉を無視し、サーシャリオンは頭上でぶうぶう文句を言っている。
「サーシャ、お前って結局どっちなんだ?」
修太の問いに、フランジェスカが食い入るようにサーシャリオンを見る。どうやらフランジェスカも気になっていたらしい。
「どっちとは?」
「だから、男か女か。扱いに困るからはっきりしろよ」
サーシャリオンは修太を上から覗きこむように見下ろして、にいと歯を見せて笑う。その笑みに被るように、本当の姿である黒い竜の姿が修太の脳裏に浮かんだ。あの竜が牙を見せて笑っているように見え、修太の心臓がはねる。心に警戒がじわりと浮かんだ。
だが、サーシャリオンはただ心から楽しそうに笑っただけのようだった。
「どちらにもなれるぞ」
返ってきた返事に、修太はがっくりする。フランジェスカも目に見えて落胆した様子を見せた。
「……なんだそりゃ」
はあと溜息を吐く。答えに対する期待が大きかったからこそ、余計に落胆も大きい。
サーシャリオンは悪戯っぽく笑うだけで何も答えない。教えてくれる気はないらしい。
「一つ言えば、我は女の姿をとるのが好きだ。オルファーレン様に近しいからな」
憧れの存在の真似をしたがるところは人間と同じらしい。
「それはそうと、そなた。あの輩はそなたの知り合いではないか?」
「ん?」
いい加減、鬱陶しくなってきた。無愛想な顔をしつつ、サーシャリオンが指差すほうを見る。
最前列の装甲馬車の隣に、黒衣の青年の姿が見えた。ハルバートの柄を肩にかけ、馬車にもたれて煙草を吸っている。ただのんびりしているのではなく、装甲馬車の御者の男と会話しているようだ。
「……なんでいるんだ?」
グインジエに戻るのではなかったのか?
黒狼族の集落に行くのと関係性があるのだろうかと内心で疑問を呟いていると、荷を積み終えて準備を終えたらしいレナスがパンパンと手を叩いた。
集合するように言うので、そちらに行く。その際、サーシャリオンの腕は払い落し、クルクルと親交を深めている啓介を連れ戻す。放っとくといつまでもクルクルと遊んでいそうだ。
全員を集めると、レナスは今回の隊商のメンバーを紹介し始めた。
商会の人間は御者を含めて十人だ。そのうち三人が奴隷らしい。そして、冒険者ギルドで雇われた護衛が六人。修太達を含めると二十人という大所帯になっている。
護衛がいる理由は、モンスターへの対策もあるが、一番は王都に近くなると現れる盗賊対策である。マエサ=マナ帰りの隊商は特に狙われやすいのだそうだ。
御者と奴隷三人がそれぞれ装甲馬車に乗り込み、武器を携えたレナスや商人三人は馬上の人となる。そして、冒険者達は残った馬に乗った。
修太達は金を払って随行させてもらっている立場なので、装甲馬車に乗せてくれることになっていた。修太はバ=イクに乗っていっても良かったが、お前が一番体調を崩しやすいんだとフランジェスカに睨まれ、仕方なく乗ることになった。
ちなみに、〈黒〉が一緒である為に割安で同行させて貰えることになったらしい。フランジェスカの呪いについて説明したが、コーラルの紹介だし、〈黒〉がいるから無害ならそれで構わないと受け入れてもらえたそうだ。
(あれ、あの子って商人じゃないのか?)
最後尾の装甲馬車に乗り込む前に、両脇を固めている護衛の一人に目をとめて、修太は首を傾げる。
冒険者六人は、四人が男で二人が女だ。商人達は前方にいるのに対し、冒険者は後方にいる。その中の女の一人が、今の啓介とそう年齢が変わらない少女だったので、てっきり商人の子どもだろうと思っていた。踊り子みたいな服装だから余計に。
「馬車に乗るなど初めてだ。わくわくするな」
装甲馬車は屋根の形になっているが、後ろ側に扉は無い。幌馬車の幌の布部分が木で作られているという違いだ。荷台によじ登って、荷物の隙間、壁を背にして座ると、向かい側に座ったサーシャリオンが楽しそうに言った。
啓介とフランジェスカは前の装甲馬車に乗っている。
「俺も初めてだよ」
修太はそう返しながら、やや疲れ気味に外を見る。なんでそんなに楽しそうなんだろう。常にテンションの低めな修太には、常にハイテンションを維持できるのが不思議でならない。
こういうところが爺臭いと言われる由縁だとは、修太自身はさっぱり気付いていないのだった。