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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国編
35/340

 4 



「隊商?」

「そうだ」


 コーラルの出した提案に首を傾げる啓介に、コーラルは頷いた。

 午後、修太達はアストラテ支部の冒険者ギルドの一階にいた。

 冒険者達が自由に使うことのできるテーブルの一つに陣取り、広げた地図を覗きこんでいる。散歩から帰ってきたサーシャリオンもまた、興味深そうに地図を眺めていた。


「さすらってる湖を探すんだったら、隊商についてけば安全だ。赤砂荒野を行き来するし、もし墓場砂漠まで行くってんなら、途中で別れりゃいい。ま、冒険者になりたての初心者じゃ、護衛の依頼を引き受けるのはランク上げするまで無理だからな、金を払って同行させて貰う形にはなるが」


 冒険者にはランク付けがある。

 七段階あり、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫という虹の七色で表され、初心者が赤で、上級者が紫というように昇格していく。


 依頼をこなして成功すればそれだけランクが上がるが、依頼内容次第では一気に昇格することもあるようだ。例えば、庭掃除よりもモンスター退治の依頼のほうが依頼達成が難しいのは道理だろう。依頼を成功するたびに依頼達成ポイントが増えていくのだが、後者を続けて成功すればそれだけポイントが増えてランクが上がりやすいというわけである。


 啓介を気に入ったらしい、この口の悪い老人は親切に言って、テーブルの上に広げた地図の上で節くれだった指を滑らせる。指先は、アストラテより西の一帯に広がる赤砂荒野と、更に西の奥にある墓場砂漠を示した。砂漠より更に西には双子山脈という文字が書かれている。


 今後の話であるからと、修太は体調をおして同席している。仕方ないだろう。啓介に任せておいたら、どんな僻地に連れて行かれるか分からないから不安なのだ。オカルトの為なら、暴走して突っ込んでいくのだから。

 地図を見ていた啓介は、怪訝そうな顔をした。


「なんで陸を通るんだ? 王都に行くんなら、船を使ったほうが楽だし早いと思うんだけど」


 アストラテより西、海岸沿いにノーネムノムという町があり、そのすぐ隣に王都がある。商人なら王都のような大都市を目指すだろうから、わざわざ陸路を選ぶのが啓介には腑に落ちなかった。


「ここ、マエサ=マナを経由して王都に行くからな。陸路になるってわけだ」


 アストラテから見て南西、赤砂荒野を越えた先にある集落らしき名前を示し、コーラルは言う。

 片手が灰皿に伸び、燃え尽きた煙草の燃えカスを、カンと灰吹きを打ち鳴らして灰皿に落とす。そしてすぐに刻み煙草の入った瓶に手を伸ばし、一つまみ取り上げて指先でひねると、雁首(がんくび)の火皿に詰め込み、ジッポライターで火をつけた。煙の濃厚なにおいが充満する。


「小僧、マエサ=マナは賊狩りの野郎の故郷だよ。集落に入れるのは女だけだが、囲いのすぐ外に待機場所があってな、男はそこで泊まれる。ここで交易してから、王都を目指す。マエサ=マナまで行く行商人は少ないが、ここを経由すれば(もう)けが大きいからな。商人がいなくなることはねえ」


 今度はフランジェスカが眉を寄せ、疑問を口にする。


「こんな荒野ど真ん中の集落と交易して、なぜ儲けが出る? 赤字覚悟な気がするが」

「マエサ=マナの特産品は岩塩だ」

「……なるほど。納得した」


 コーラルの返事に、フランジェスカはすぐに心得たように頷く。


(ここじゃ塩は高価なんだったっけ)


 修太は食料事情を思い出したが、だからといって危険を冒してまで荒野を行き来する程の金になるのかと不思議に思った。それに……


「こんな所で岩塩が採れるのか?」


「採れるんだろうな。近くに塩湖は見当たらねえし、山も遠いが。それについちゃ謎だが、誰も問わん。黒狼族の女戦士達を敵に回す馬鹿はいねえからな」


「ふうん。よく分からないけど面倒そうだから、もう言わねえ」

「そうしとけ」


 ひらひらと片手を振るコーラル。あまり取り上げたくない話題みたいだ。


「隊商は、レイクルフォン商会のものだ。出発は明後日。もしついていくんならこっちから話通をしておいてやる」


 どうする? と問うコーラル。啓介は難しい顔をして、修太達を振り返る。


「どうしようか。フランさんのこともあるし、俺はあまり大勢と行動するのは避けるべきだと思う」

「私のことは考慮しなくていい。我々の中に砂漠や荒野の旅に慣れている者はいないから、ついていくべきだと思う。……というか、そもそも、砂漠を目指す方向でいいのか?」


 フランジェスカはきっぱりと言ったが、話が掴めないらしく眉間に皺を刻んだ。


「我はどこへ行くにもついていくから、好きに決めてよいぞ」


 サーシャリオンはサーシャリオンで、決定は丸投げした。

 困った啓介は修太を見た。判断がつかなかったらしい。修太は小さく息を吐く。


「俺が持ってきた情報だ。俺には異論はない。だいたい、本当かどうかも怪しい噂だ。隊商と行動して、偶然出くわしたらラッキーという程度に考えてればいいんじゃないか? 俺らみたいな砂漠や荒野を知らない人間が少人数でふらついてみろ、あっさり遭難するだけだと思うぞ」


 フランジェスカも頷いた。


「そうだな。その程度の気構えでちょうどいいだろう。私は宝石姉妹の情報探しを兼ねて、お前達の護衛をしているのだからな。行き先は好きに決めるといい。余程のことがない限り、異論は挟まない」


 そんな後押しのお陰で踏ん切りがついたらしい。じっと話に耳を傾けていた啓介は、一つ頷いて結論を出す。


「それじゃあ、隊商についていくってことで。よろしくお願いします、コーラルの旦那」

「承知した。明日にでも隊商の頭に会わせるから、その心積もりでいろ」


 コーラルの言葉に、修太達四人はそれぞれ分かったと返事する。

 場はお開きとなり、修太はコーラルの部屋に戻ろうと席を立つ。啓介達のいる宿に移るつもりでいたのだが、惨状に見舞われたアストラテの宿屋はどこもほぼ満員であり、移る余裕がなかったので、まだしばらくコーラルの部屋に泊めて貰うことで話がついていた。


「小僧、後で賊狩りに礼言っとけ。てめえの薬代はあいつが出したんだからな。オレへの子守りの駄賃で、報酬は使い切ってんだ。意味は分かるだろ?」


 修太は瞬きをした。

 サマルがグレイに払ったという護衛金が幾らか知らないが、こう言うのだから結構な金額だったのだろう。そうすると、コーラルの酒代が幾らなのか気になる。


(あの琥珀色の酒、そんなに高いのか?)


 前にグレイを遣いに走らせて、コーラルが買ってこさせた酒のことを思い出し、よく分からんと首をひねる。

 それはともかく、グレイが自腹を切って修太の薬代を出してくれたというのは分かったので、修太は神妙な顔をして頷いた。


「うん。後で礼を言っとく。教えてくれてありがとう、コーラルの旦那」


 言われなければ、いろいろと問うのも面倒でスルーしていた自信がある。教えてくれたのは助かった。

 感謝をこめて礼を言ったのに、当のコーラルは腕を抱えてぶるりと震えた。


「おおう、寒っ。ほんと薄気味悪いな、お前」

「……旦那、いい加減しつこい」


 いつまでもうるさいコーラルに、修太は苦い顔をして文句を言う。修太に子どもらしさを求めるのは、そろそろやめて欲しいものだ。


     *



「グレイ……の旦那?」


 リコが戻った時点で修太の護衛の仕事は終わったらしいが、グレイはまだアストラテに滞在中だという。夜にはたいてい、ギルドの一階の端で酒と煙草を飲んでいるとコーラルに教えてもらったので、夕食後に一階を覗いてみた。


 部屋の端、一つのテーブルを陣取って、グレイは煙草の煙をくゆらせながら、朱色の酒の入ったグラスを傾けている。木綿の白い衣服か、極彩色の衣服を着た男女が多い中、漆黒の衣服を身に纏ったグレイは異様だが、影に溶け込んでいるせいか存在感が薄い。


「グレイで良いと言っただろう。……もういいのか?」


 感情に乏しい顔で問うグレイ。

 グレイに近づくのは、やはり少し勇気がいる。緊張で肩に力が入るのに気付いて、修太は内心で苦く笑いつつ、端のテーブルへ向かう。視線が向くと思わず構えてしまうのは、グレイに喜怒哀楽の感情が全く見つからないせいだろう。


「おい、あの坊主、賊狩りの旦那に声をかけたぞ……」

「ひええ、紫ランクの大物じゃねえか。勇気あるな、あのガキ」


 テーブルを通り抜けざま、他のテーブルで酒や茶を飲んで話し合いをしていた冒険者達がひそひそと言うのが聞こえてきた。「知り合いか?」「どういう関係だ?」と問いが飛ぶ中、「コーラルの旦那が……」と聞こえる。

 噂話を耳が拾った瞬間、回れ右して逃げるか他人の振りでもしようかと思ってしまった。人気のある啓介に関わってきた為についた処世術だ。触らぬ神に祟りなし。面倒くさそうな人間には関わるな。


「ああ、まあな」


 逃げては話が始まらないので、ぐっとこらえ、修太はグレイの問いに答える。

 まだ頭痛はするし、だるいけれどそれは言わないでおく。


「薬代を出してくれたってコーラルの旦那に聞いたよ。ありがとう。薬代、いくらだ? 返すよ」


 テーブルの真横に立ち、グレイに礼を言ったが、グレイは無表情のまま首を振った。


「はした金だ。子どもが気を回すな」


 修太は顔をしかめる。


「あんたもコーラルの旦那に影響されてるのか? 子ども子どもって、……はあ。まあいいや、そう言うんならありがたくもらっとく。でも、ほんと助かったよ。あの王子のことといい、薬といい。護衛のほうも」


「護衛と王子の件については仕事だから気にするな」


 グレイはぼそりと言って、手にしたグラスを揺らす。朱色の酒が揺れて、ランプの明かりを反射して幻想的に光った。


「んー、それなら海賊船のことを言っとく。助けてくれてありがとう」


 なんとか感謝を口にしようとひねりだすと、グレイはやや呆れたようなトーンで言う。


「そんなに礼を言いたいのか? 仕方ないから、それについてはとっとくことにする」


 その返事で、修太は満足した。助けてもらって礼を言わないでいるのは気持ちが悪い。心がすっと軽くなった。


「じゃあな。余計な世話だろうけど、気を付けて」

「お前も、もう海賊に捕まらないように気を付けろ」


 相変わらず表情がぴくりとも動かなかったが、修太は気にならなかった。挨拶をしてその場を離れる。


 できればサマルにも一言礼を言いたいところだが、もう会わないだろう。アストラテを出れば、グレイやコーラルに会うこともないと思う。


 修太は、アストラテを出る時にはコーラルにも礼を言わなくてはと思ったが、同時に子どもらしくしろと言われるだろうと踏んで、軽く礼を言うにとどめようと考えた。


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