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三十分ほど休憩すると、ルインはようやく動けるようになった。
ルインとハンナはバ=イクを初めて見たようで、スノーフラウ・改を囲んで、興奮気味に騒ぐ。
「わあ、これ、どういう仕組みで浮いているんだ?」
「これがエルフの英知なの? すごい! 図録本でしか見たことがないわよ」
鍛冶や細工を得意とするドワーフの間で育ったせいか、ルインとハンナは未知の技術に目を輝かせている。
「全部済んだら、ゆっくり見せてやるから、行くぞ。魔女を放っておくと危ないんだって」
軽食もとって元気を取り戻した修太は、まとわりつくルインとハンナを追い払う。
「約束だぞ」
「約束よ」
兄妹がつめよるので、修太はこくこくと頷く。本気すぎて怖い。
「エルフの浮遊技術を、ドワーフが使えるようになったらいいのに。上手くいった試しがないのよ」
「鉱石や重い荷物を運ぶ時、便利なのにな」
二人はそんなことを言いあって、残念そうにしている。修太はエルフが非力すぎて、浮遊技術を作り出したことを知っているので、微妙な気持ちにさせられる。
「ルインは後ろに乗れよ」
「え、いいのか?」
「さっきまで動けなかったんだから、無理をしないほうがいい」
「ありがとう」
ハンナはうらやましそうな顔をしたが、ルインが怪我をした原因がハンナをかばったことなので、何も言わない。バ=イクを起動させると、ふわりと宙に浮く。仲間達も歩き始めた。
「そういえば、皆さんはどちらから地下に迷いこんだんですか?」
ルインが思い出したように質問した。修太達は返事に困り、サーシャリオンを見た。サーシャリオンはむすっとして、嫌そうに答える。
「我の家からだ。掘り神が穴をぶちあけた」
「掘り神様、地上に出たんですか?」
「いいや。我の家は、地下へ伸びる塔ゆえな」
「はあ。ダークエルフの家って変わってるんだなあ。そんなものがノコギリ山脈にあったとは知らなかった」
神竜のダンジョンだと真実を告げるわけにもいかず、修太と啓介は気まずく思いながら視線をかわす。
それからしばらく黙々と歩いていくと、ふいにルインが険しい声を出した。
「まずいな。大穴がこのまま進んでいるなら、グランルートに当たるぞ」
まるでルインがそう言うのを待っていたかのように、大穴の先から悲鳴や怒号が聞こえてきた。
グレイが耳元に手を当てながらつぶやく。
「心配が当たったようだな。これくらいなら、そこまで遠くない」
「急ごう! ドワーフの人達が危ない!」
啓介がダッと走り出し、修太達も移動速度を上げる。
そして進んだ先で、先導していたグレイがスッと右手を横に出した。
「止まれ」
「うわっと、なんだこれ。崩落してる!」
啓介が大穴の先を覗いて、大きな声で言う。
どうやら掘り神様の開けたトンネルはどこかにつながり、崖になっているようだ。
「ここ、グランルートだわ! よりによって、一番大きな地下都市に掘り神様が来るなんて!」
さらに啓介の傍に並んだハンナが悲鳴を上げる。
修太も皆に遅れて、バ=イクで宙に浮かんだまま崩落地点に近づく。
一瞬、状況も忘れ、修太は目の前の景色に息を飲んだ。
地下都市と呼ぶのも当然だ。広々とした鍾乳洞は、町がすっぽりとおさまるほどの大きさだ。空はない代わりに、岩肌の天井にはヒカリゴケが淡く輝き、あちらこちらに置かれた人工光はまばゆいばかりである。そんな場所に、石でできた家がひしめいている。階段状の集合住宅になっているものもあれば、畑や家畜も見られる。
「わあ……。って、驚いている場合じゃなかった。掘り神様はどこだ?」
地下都市は明るいが、ここからは修太には遠すぎてよく見えない。
グレイの足元にしゃがんだトリトラとシークは、目の上に手でひさしを作って、地下都市を見回す。
「あ、あれだ。低いほうに向かってる」
トリトラの指さすほうには、でかい図体のわりに静かに素早く進んでいく巨大ルグーの姿があった。
「速すぎだろ」
まるで水中を泳ぐように、地面をえぐりながら進むルグーの姿には、恐ろしささえ感じられる。幸い、大きな通りや広場を進んでいるが、目の前にあるものはなんでも破壊している。ドワーフが悲鳴を上げながら、逃げ惑っていた。
「なんとか重傷者は出ていないようだが……」
「あの方々が化け物だと叫ぶのも分かりますわ」
フランジェスカがつぶやき、ササラは理解を示す。
掘り神様には限られた者しか近づけないルールだと、ハンナが言っていた。自分の目で見たことがない者からしてみれば、掘り神様はモンスターのように見えるのだろう。怒って魔法をぶつけている者までいるが、掘り神様はびくともしない。
掘り神様が進む先に気づいて、ルインがわっと声を上げる。
「まずいぞ、掘り神様、採掘坑のほうに進んでる!」
「兄さん、黄色い旗が出てる。皆、仕事に行ってるのよ。このままだと、大惨事だわ!」
サーシャリオンが後ろから声をかける。
「ふう、やれやれ。我は先に行く」
「え?」
修太が振り返った瞬間、サーシャリオンの姿が影の中に沈んだ。