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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国編
34/340

 3 



 人間不信になりそー……。


 何度目かになる、見知らぬ天井を見るはめになるパターンで目が覚めた修太が、起きるなり思ったのはこれだった。

 エレイスガイアに来て最初に会った女騎士には殺されかけ、次に出くわした騎士団長にはやはり殺意を向けられ、その次は海賊にさらわれるときて、意味不明に乱暴な王子様ときた。


 ……うん。我ながら遭遇率悪すぎ。


 溜息をつきたいのをこらえる。これ以上、幸せを逃してなるものか。


「よ。起きたか? 具合どうだ」


 能天気な声と表情で片手を上げる啓介の姿が視界に割り込み、修太は思わずまじまじと啓介の顔を見た。


「……本物?」

「偽物だったら面白いな。ドッペルゲンガーなら見てみたいかも」


 想像したのか目を輝かせる啓介。

 この反応は本物だ。間違いない。


「……ドッペル見たら死ぬだろ」

「もしそれが世界に三人いるっていうそっくりさんだったらどうするんだ?」

「……もういい。寝起きにお前と話すと疲れる」


 宇宙語の翻訳は専門外だ。余所へ行け。

 しっしっと追い払うように手を振る。


「えー」


 啓介は不満げな表情をしたが、長椅子の背に腕を乗せていた姿勢からまっすぐと立ち、身軽にきびすを返す。


「水と食べ物をもらってくるよ」

「ああ、私が行くからケイ殿はここにいろ」

「いいよいいよ、俺が行ってくる」


 啓介は快活に笑ってフランジェスカの申し出を断ると、さっとコーラルの部屋から出て行った。

 向かいの長椅子に座っているフランジェスカは、無愛想な顔のまま眉を寄せる。


「シューター、お前、二日も寝込んでいたのだぞ。魔法を使うにしろ、限度というものを知れ」


 起きて早々説教かよ。

 修太は内心でげっそりする。


「どうやって使うか分からないもんのことで、そう言われてもな。というか、お前ら、いつからここに?」


 喉がからからで、かすれ気味の声しか出ないが、長椅子に寝たままで問う。自分の体格だと、長椅子でも寝台並みだから不便には感じない。


「昨日だ。正直、疲れた。ケイ殿だけでなくリコまで猫好きとは思わなくてな……」


 ハスキーな声には確かな疲れが滲んでいる。啓介だけでも大変だろうに、リコまで猫好きでは大変が倍増で逃げるのに苦労したのだろう。


「サーシャは?」

「散歩に出かけた。それと、リコのことは船まできっちり送ったから安心しろ」


 安心するのは修太ではなくサマルや船員達だろうと思ったが、修太は余計なことは言わないことにした。


「シュウ、ほい水。あとパネの実と、パンと、スープだ。香辛料はひかえめにしてもらったぞ。胃が弱っているだろうしな」


 食事の乗った盆を持って、啓介が戻ってきた。目の前のローテーブルに置いてくれる。

 元々準備してくれていたのだろうか。やけにすぐに出てきた食事に目を丸くする。空腹がひどかったので助かる。


 力の入りにくい体を無理矢理起こし、盆を引き寄せて、食事にありつく。まず水を飲んで喉の渇きを癒し、スープを飲む。薄めの味付けの、野菜を柔らかく煮込んだ塩味のスープだ。スプーンですくって口に運び、パンはスープに浸して柔らかくして食べた。

 無言でがっついていると、部屋の主が顔を出した。


「おう、小僧。随分長々と寝てたじゃないか」


 修太はパンを嚥下し、コーラルを見上げる。


「おはよ、コーラルの旦那」

「それを言うなら、こんにちは、だ」

「こんにちは、コーラルの旦那。悪いな、結局二日も泊まったらしい」


 コーラルは前と同じように顔をしかめる。


「だから、子どもらしくしろっつってんだろうが。何度も言わせるんじゃねえよ、本当に可愛くねえガキだな」


 修太はコーラルを睨む。


「何をしたら子どもらしいんだ? 悪いけど、俺はこれが普通でね」


「子どもってのはあれだ、元気とか明るいとかの言葉が似合う笑み浮かべてるもんだろ。それがお前はどうしたい、くたびれた老犬みてえな空気しやがって」


 コーラルの言葉を聞いた啓介が吹き出し、腹を抱えて笑いだす。


「はははっ、それは無理だよコーラルの旦那。シュウに元気とか明るさ求めたら、それはシュウじゃなくて別人だ。き、気持ち悪っ!」


 あんだと、この野郎。

 修太は啓介をじっとりと刺々しい目で睨んだが、なかなか啓介の笑いの虫は治まらない。

 このままだと癪なので、少し考え込み、とりあえず笑う努力をしてみる。


「……こう、とかか?」


 そうして苦労して作った笑みが、滅多と見られない穏やかな笑みそのものだったので、啓介の笑いはぴたっとやんだ。フランジェスカは目を丸くし、コーラルも驚いた顔をした後、満足げに頷く。


「及第点だな。だが、落ち着きすぎだ。もっと子どもらしくしろ。子どもでいられるうちは子どもでいろってな」

「分かんねーよ。俺は俺だ。それ以外にはなれない」


 むすりと言って、目の前の食事の制覇に集中する。薄味だが、パンはカリッとしてて美味い。最後にパネの実を食べて、人心地がつくとほっと息を吐く。


「ふう、食った食った。ご馳走さん」


 両手を合わせて軽く礼をする。


「あれ。そういやコーラルの旦那。あの後どうなったんだっけ? あのおっかねえ王子様が来た後……」


「ああ。お前が魔法の解除をできねえで顔色の悪さが倍増してくもんだから、賊狩りの野郎が気絶させたんだよ。そしたら、完全に休息モードに入ったみてえでずっと目ぇ覚まさなくてな。医者には診せといたから安心しろ」


 そう言うや、薬の入った袋を放られる。

 両手で受け止めると、どこかでかいだ嫌なにおいが袋からした。エルフの村で飲ませられた薬草ジュースに似たにおい。袋の中身を恐る恐る覗いてみると、草団子が入っていた。飲むか食うかの違いだろうか。


「魔力の吸収を助ける薬だと。パネの実を食って、それも食えってさ」

「わ、わかった……」


 意を決して一丸だけ手に取る。ビー玉くらいの大きさの草団子だ。


「ちゃんと噛んで飲め、だとよ。そうしないと効き目がないそうだ」

「う……」


 飲み込もうと思ったのに、先手をとられて顔をしかめる。

 とりあえず右手に水入りのグラスを構え、草団子を思い切って口に放り込む。微妙な感触とともに噛み砕くと、懐かしくも二度と味わいたくなかった雑草の味がした。急いで咀嚼し、水で流しこむ。そして、無言で口を覆った。


 不味い。不味すぎる。なんだこの、苦いような青臭いような変な味はっ。


 無言でもだえている修太を、啓介はとても気の毒そうに見てくる。


「そ、そんなに不味いのか?」


 恐々とした問いに、ぶんぶんと首を縦に振る。


「ケイ殿の魔力の多さなら、あれを飲むことはあるまい。安心するといい」


 フランジェスカは気持ちいい程さっぱりと笑って啓介に言った。それで啓介がハッとする。


「そうだ、シュウ! 俺、魔法の発現方法がやっと分かったんだよ。ほら」


 そう言って人差指を立てた啓介の指の先には、光の玉が浮かんでいた。

 驚きの余り、口の中の苦みがどこかへ行った。ずさっと身を引き、長椅子の背にへばりつく修太。


「おどかすなよ! ……まじか。うわあ」


 確実に目で見て分かる魔法が現実にあり、修太はおっかなびっくり光の玉を見る。フランジェスカの操る水より不思議な感じがした。


「熱くないのか?」

「熱くない。色々研究中だから、また今度な」


 そう言って、啓介は光の玉を消した。


「へー、すげえな」

「シュウだって魔法使ってるじゃないか」


「いや、俺は使うつもりで使ってるんじゃねえから。どうやって使ってるのか分からなくてさ。分かってきたのは、“落ち着かせる”ことくらいだ」


 あれは落ち着けと頼めばいいからそれだけだ。リコの教え方はひどすぎると思ったが、実際その通りなのでそうとしか言えない。しかし、無効化はどうやって使っているのか今一よく分からない。


「そりゃそうと、お前、結局、幽霊船には行けたのか?」

「まあね。幽霊にも会えたし、魂まで見ちゃったし面白かったよ。シュウも来れば良かったのに」


 にこにこと邪気の無い笑みを浮かべて空恐ろしいことを言う啓介に、ひくりと頬を引きつらせる。


「絶対にごめんだ!」


 詳しい話は後で聞くとしよう。窓辺に座ったコーラルが、奇妙なものを見る視線を啓介に向けているから余計に。


「あと、シュウが寝ている間に、俺とフランさんとサーシャは冒険者ギルドに所属してみたよ」

「は!?」

「シュウは無理だぜ? 十五歳からだから。どう見ても十一か十二だもんな」

「いや、お前はともかく……えええ」


 修太は能天気な笑みを見ながら頭を抱える。

 確か正規の兵士には冒険者は劣って見られるのではなかったか? よくフランジェスカが所属する気になったものだ。というか、モンスターのくせしてギルドに入るなよ、サーシャ……。


「旅をするには便利だしな。ついでに言えば、旅費を稼ぐ必要がある。たまに町にいる間くらいは仕事をしないと腕もなまる」


 しかつめらしく語るフランジェスカの真面目くさった顔を、唖然と見やる。


「あ、うん。あんたが良いなら何も言わねえけど。つーか、サーシャ……。あいつが冒険者って」

「面白そうだからって言ってたよ。俺ら、ちゃんと試験もパスしたんだ」


「寝てる間にか」

「うん。言おうにも寝てたし」

「……まあそうだな」


 もういいや。考えると頭痛くなってくる。

 そもそも啓介と常識を語りあおうってのが無駄な話なんだ。ときどき恐ろしく会話がかみ合わない上、天然ぶりを発揮するのだから。


「あ、啓介。そういや、あの龍の爺さんから聞いたんだけど。この国にはさすらいの湖っていうのがあるらしいぜ」


 啓介を見ていたら、龍の言っていた話を思い出した。修太が簡単に説明すると、啓介の銀の目が星を宿したかのような輝きを持つ。拳を握り、興奮気味に身を乗り出す。


「突然現れる湖!? すっげー! 神秘だ! 不思議だ! 俺、見たいっ、絶対に見るっ!」


 啓介の反応に、コーラルがげらげらと笑いだす。


「ぶっははは。小僧、そんな伝説信じてんのかい? どこに現れるかも分からんようなへんてこな湖、探すだけ時間の無駄だ」


 うん、俺もそう思う。

 修太は内心で同意したが、啓介はむっと唇を引き絞る。


「噂があるってことは、誰かが見たってことだろ。だったら否定するほうがおかしい!」

「へん。生意気に言うじゃねえか。ケツの青いガキが」


 口端を引き上げ、コーラルはけけっと笑う。神経を逆撫でするには十分な笑いだった。

 思わず修太は啓介の様子を伺ったが、啓介は怒ったりはせず、にやりと笑い返した。


「信じないなんてつまらないよ。そこに行けば面白い物を見られるかもしれないのにさ、人生損してるんじゃない? おじーさん」

「オレのことは、コーラルの旦那と呼べと言っただろーが」


「人生楽しむもんだって言ってた口で、不思議な噂を笑うんだ。そんな人のこと、俺は尊敬できないね。筋が通ってない」


 強気に言い返す啓介を、コーラルはぎょろりとした赤茶色の目でじっと見た。

 今度こそ怒ったかと修太が肝を冷やしながらコーラルの一挙一動を見守っていると、予想に反し、コーラルは膝を叩いて笑いだした。


「ちげえねえ! こりゃ一本取られたな!」


 大笑いしているコーラル。啓介はふふんと満足げに胸を反らしている。


「愉快な小僧だね、全く。そこの陰気なガキとは大違いだよ。いやあ、気に入った! よし、お前にはオレの秘蔵の酒を飲ませてやろうじゃねえか!」


 カカカと笑い、いそいそと部屋の奥の戸棚から酒瓶を取り出すコーラルだったが、フランジェスカの冷やりとした声にぎくりと動きを止める羽目になった。


「―― 子どもに酒をすすめるな。この酒ぼけ爺が」


 あんまりな言いようであったが、フランジェスカの表情はやけに迫力があり、コーラルは怒るどころか即座に謝っていた。


 なんだか気があっちゃったご老人と啓介君。

 第五話はもう少し続きます。タイトル変えるか少し悩んだけど、このまま続行!

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