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グレイはバ=イクの荷台にルインを後ろ向きに座らせ、修太が差し出した縄で、修太とルインをつないで固定した。
「これでいいか。シューター、苦しくないか?」
簡単には落ちないが、修太に負担がないようにゆるくしてくれているようだ。
「問題ないよ」
「何かあったら、この紐を引けば結びがほどけるからな」
「へえ、それだけで?」
「マエサ=マナでも学ぶが、冒険者ギルドでも、縄の結び方講習があるんだ。しっかり固定しているが、簡単にほどける結び方なんかをな」
驚く修太に、グレイが説明する。横からハンナが口を挟んだ。
「それ、私達も父さんから教わったわ。ドワーフの間でも学ぶわよ、便利よね」
「なんだ、ハインは息子と娘から嫌われていると言っていたが、生きる術は教えてるんじゃねえか。それだけで充分に親の務めを果たしているだろうに、奴の何が問題だ?」
グレイは不思議そうに、ハンナを見た。
「でも、厳しいし、急に家をあけるのよ。困るじゃない」
「家に金は入れてたんだろ?」
「それはそうだけど! 同じ家で暮らしていると、いろいろと降り積もるものがあるのよ! 部外者には関係ないでしょ! ――まったくもう、おばさん達と同じようなことを言うんだからっ。『自分の世話をして、家事もして、家に金を入れるのに、たまに留守なんて最高じゃない』ってさぁ。でも私はもっと家にいてほしいんだもん」
ハンナはぶつぶつと文句をこぼす。
「父さん、よその家庭に口を突っこんだら駄目だよ」
修太はグレイに小声で注意する。
「意味が分からねえから、訊いただけだ。話を戻すが、バ=イクが転倒しそうだとか、爆発が起きたとか、こいつごと倒れるほうが危険な時は、紐を引いてこのガキを放り出せよ」
「わ、分かった……」
その妹がいる前で言われると、修太としては気まずいものがある。
「ええっ、君、その人の息子なの? あなたも小さい頃から苦労していたでしょ」
「俺は最近養子になったばかりだから、特にそんなエピソードはないよ」
「それなら、私達のことを理解してもらうのは難しそうね」
ハンナは肩をすくめると、服についた土ほこりを払う。
「ひとまず進みながら、父さんについて教えてちょうだい。いったいどこで何をしていたのか」
「分かった」
一行はゆるやかに、大穴を再び歩き始めた。
「嘘でしょう。父さん、レステファルテルテ人の戦闘奴隷にされて、尾まで切り落とされてしまったの? それで相手を殺したから、処刑されそうに? レステファルテ人はどうしてそんなひどいことをするのよ!」
啓介が一通りを説明し終える頃には、ハンナは大粒の涙を流していた。許せないと騒いで、ダンダンと地面を踏みしめる。
「レステファルテ人は黒狼族を蔑視しているし、そもそも身分が低い者は家畜扱いだから、そんなものだよ」
「まあ、お前らの親父の扱いは、さすがにどうかと思うけどなあ」
トリトラとシークがのんびりと言い、ハンナはキッとにらむ。
「私はねえ、そういう、『それが常識ですが、何か?』みたいな、意味不明な態度も嫌いなのよ! 他の黒狼族もこんな感じだなんて! はあ。でも父さん、母さんには激あまだったからなあ。……はあああ」
何やら思うことがあるらしく、ハンナは額に手を当て、首を振る。
「あ、そういうところ、グレイのシュウへの態度と似ているな。黒狼族って仲間には甘いよね」
啓介がパッと明るい顔をして言う。修太は首を傾げた。
「甘いか?」
「激あまだろ」
「激あまでしょ」
フランジェスカとピアスが口をそろえる。コウまで「ワウン」と鳴くものだから、修太はなぜかばつが悪くなった。
「ねえ、そろそろくたびれてきちゃったわ。休憩しない?」
ピアスがうんざりとため息をついて提案する。
どこまで行けば掘り神様に追いつくかも分からないのに、延々と暗い道を進むのは神経を削るものだ。フランジェスカが同意した。
「そうだな。休みを入れたほうが、効率がいい」
「俺もちょっと疲れたよ。この状態じゃ、あんまり身じろぎできないし」
「分かった。少し待て」
修太が訴えると、グレイが紐を引いて縄をほどき、ルインをひょいと引き離した。平らな地面を選んで寝かせる。
「ううん……?」
その衝撃で、ルインが目を覚ます。
「兄さん、気が付いた?」
「あ、ハンナ。お前は無事か? うう、痛い」
ルインは起き上がろうとしたが、バタンと地面に倒れた。
「目が回るといったことはありませんか?」
ササラが問うと、ルインは否定する。
「それはないが、動くと傷が痛むんだ。……どちら様だ?」
「まあ、応急処置だからそんなものだな。ハンナ殿、説明はあなたがしてくれ」
フランジェスカは至極当然と返し、ハンナに話題を振る。
「私は大丈夫よ、兄さんがかばってくれたおかげ」
「とっさすぎて、魔法を使う暇もなかった。岩なら、魔法でふせげたのに」
「掘り神様に巻きこまれて、死ななかっただけ幸運よ」
ハンナの言う通りだ。道を分断するようにして、掘り神様が通過したのだから、二人は運が良い。ルインは黄土色の目を細めて、ハンナをにらむ。
「帰ったら説教だぞ、ハンナ」
「もう、道探しはしないわよ。この人たちが言うには、父さんはうちに戻ってくるみたいなの」
静かに驚いているルインに、ハンナは説明した。
「父さん、俺達に嫌われてると思って、出て行ったのか? 好きかって言われるとそうでもないけど、追い出すほど憎んでるわけでもないのにな。むしろ俺は……」
ルインは何か言いかけて、口をつぐむ。
「皆さん、父を助けていただいてありがとうございます。それに俺達のことも。何かお礼をさせてほしい」
「もしドワーフと出くわしたら、お前達が弁護しろ。それでいいな?」
グレイが答え、念のために啓介に確認する。
「いや、だからどうして俺に訊くんだよ」
「お前がリーダーなんだろう?」
「はあ。全然うれしくないけど、ルイン君、それで充分だよ」
啓介はしぶしぶ受け入れ、改めてルインに答える。
「それより、俺達は掘り神様を追いかけているところなんだ。一緒にいる魔女が危ない人でね。掘り神様を刺激して、暴走させているみたい」
「魔女?」
「えーと」
啓介はどう説明すればいいか迷い、ピアスに助けを求めた。地球出身の啓介と修太よりも、エレイスガイアの人間での常識で説明しなければ通じないことだ。ピアスがすぐに応じた。
「太古の魔女っていえば分かる?」
「ええ? おとぎ話の?」
「五百年は生きてるはずよ。とても知識豊富なんだけど、実験好きのマッドサイエンティストなの。ついこの間、ダークエルフの集落にも大迷惑をかけていたわ。それが流れに流れて、ダークエルフが人間の街を荒らしたのよ」
「とんでもない奴だってことは分かった。その魔女の目的は? グランルートをつぶしに来たんじゃないだろうな」
ルインは横たわったまま、冷静に質問を重ねる。
(顔立ちといい、こういう冷静さはハインさんとそっくりだな)
黒狼族と人間のハーフというのは、こんな雰囲気になるのか。修太は興味深く眺める。
「魔女が何をしたいのか、俺達も知らないんだ。ただ、もうすぐ消えないといけないなら、今まで危険すぎるからしなかったことをすると言ってた」
「自死に周りを巻きこもうっていうの?」
「さあ。分からないよ。あの人、とても変わっているからね。変な人は好きだけど、サフィさんは苦手だな」
啓介はあっけらかんとした口調で、サフィのことをそう断じた。
「お前達は魔女を止めに来た?」
「違う。本物の神様に頼まれて、掘り神様を回収しに来た」
ルインはうろんな目で、啓介を見つめる。
「お前達も変人なんだな」
「誉め言葉をどうも」
「……褒めてない」
啓介がうれしそうににっこりするので、ルインは疲れたようにつぶやいた。