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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
旅の終わり
339/340

 7



 グレイはバ=イクの荷台にルインを後ろ向きに座らせ、修太が差し出した縄で、修太とルインをつないで固定した。


「これでいいか。シューター、苦しくないか?」


 簡単には落ちないが、修太に負担がないようにゆるくしてくれているようだ。


「問題ないよ」

「何かあったら、この紐を引けば結びがほどけるからな」

「へえ、それだけで?」

「マエサ=マナでも学ぶが、冒険者ギルドでも、縄の結び方講習があるんだ。しっかり固定しているが、簡単にほどける結び方なんかをな」


 驚く修太に、グレイが説明する。横からハンナが口を挟んだ。


「それ、私達も父さんから教わったわ。ドワーフの間でも学ぶわよ、便利よね」

「なんだ、ハインは息子と娘から嫌われていると言っていたが、生きる術は教えてるんじゃねえか。それだけで充分に親の務めを果たしているだろうに、奴の何が問題だ?」


 グレイは不思議そうに、ハンナを見た。


「でも、厳しいし、急に家をあけるのよ。困るじゃない」

「家に金は入れてたんだろ?」

「それはそうだけど! 同じ家で暮らしていると、いろいろと降り積もるものがあるのよ! 部外者には関係ないでしょ! ――まったくもう、おばさん達と同じようなことを言うんだからっ。『自分の世話をして、家事もして、家に金を入れるのに、たまに留守なんて最高じゃない』ってさぁ。でも私はもっと家にいてほしいんだもん」


 ハンナはぶつぶつと文句をこぼす。


「父さん、よその家庭に口を突っこんだら駄目だよ」


 修太はグレイに小声で注意する。


「意味が分からねえから、訊いただけだ。話を戻すが、バ=イクが転倒しそうだとか、爆発が起きたとか、こいつごと倒れるほうが危険な時は、紐を引いてこのガキを放り出せよ」

「わ、分かった……」


 その妹がいる前で言われると、修太としては気まずいものがある。


「ええっ、君、その人の息子なの? あなたも小さい頃から苦労していたでしょ」

「俺は最近養子になったばかりだから、特にそんなエピソードはないよ」

「それなら、私達のことを理解してもらうのは難しそうね」


 ハンナは肩をすくめると、服についた土ほこりを払う。


「ひとまず進みながら、父さんについて教えてちょうだい。いったいどこで何をしていたのか」

「分かった」


 一行はゆるやかに、大穴を再び歩き始めた。




「嘘でしょう。父さん、レステファルテルテ人の戦闘奴隷にされて、尾まで切り落とされてしまったの? それで相手を殺したから、処刑されそうに? レステファルテ人はどうしてそんなひどいことをするのよ!」


 啓介が一通りを説明し終える頃には、ハンナは大粒の涙を流していた。許せないと騒いで、ダンダンと地面を踏みしめる。


「レステファルテ人は黒狼族を蔑視しているし、そもそも身分が低い者は家畜扱いだから、そんなものだよ」

「まあ、お前らの親父の扱いは、さすがにどうかと思うけどなあ」


 トリトラとシークがのんびりと言い、ハンナはキッとにらむ。


「私はねえ、そういう、『それが常識ですが、何か?』みたいな、意味不明な態度も嫌いなのよ! 他の黒狼族もこんな感じだなんて! はあ。でも父さん、母さんには激あまだったからなあ。……はあああ」


 何やら思うことがあるらしく、ハンナは額に手を当て、首を振る。


「あ、そういうところ、グレイのシュウへの態度と似ているな。黒狼族って仲間には甘いよね」


 啓介がパッと明るい顔をして言う。修太は首を傾げた。


「甘いか?」

「激あまだろ」

「激あまでしょ」


 フランジェスカとピアスが口をそろえる。コウまで「ワウン」と鳴くものだから、修太はなぜかばつが悪くなった。


「ねえ、そろそろくたびれてきちゃったわ。休憩しない?」


 ピアスがうんざりとため息をついて提案する。

 どこまで行けば掘り神様に追いつくかも分からないのに、延々と暗い道を進むのは神経を削るものだ。フランジェスカが同意した。


「そうだな。休みを入れたほうが、効率がいい」

「俺もちょっと疲れたよ。この状態じゃ、あんまり身じろぎできないし」

「分かった。少し待て」


 修太が訴えると、グレイが紐を引いて縄をほどき、ルインをひょいと引き離した。平らな地面を選んで寝かせる。


「ううん……?」


 その衝撃で、ルインが目を覚ます。


「兄さん、気が付いた?」

「あ、ハンナ。お前は無事か? うう、痛い」


 ルインは起き上がろうとしたが、バタンと地面に倒れた。


「目が回るといったことはありませんか?」


 ササラが問うと、ルインは否定する。


「それはないが、動くと傷が痛むんだ。……どちら様だ?」

「まあ、応急処置だからそんなものだな。ハンナ殿、説明はあなたがしてくれ」


 フランジェスカは至極当然と返し、ハンナに話題を振る。


「私は大丈夫よ、兄さんがかばってくれたおかげ」

「とっさすぎて、魔法を使う暇もなかった。岩なら、魔法でふせげたのに」

「掘り神様に巻きこまれて、死ななかっただけ幸運よ」


 ハンナの言う通りだ。道を分断するようにして、掘り神様が通過したのだから、二人は運が良い。ルインは黄土色の目を細めて、ハンナをにらむ。


「帰ったら説教だぞ、ハンナ」

「もう、道探しはしないわよ。この人たちが言うには、父さんはうちに戻ってくるみたいなの」


 静かに驚いているルインに、ハンナは説明した。


「父さん、俺達に嫌われてると思って、出て行ったのか? 好きかって言われるとそうでもないけど、追い出すほど憎んでるわけでもないのにな。むしろ俺は……」


 ルインは何か言いかけて、口をつぐむ。


「皆さん、父を助けていただいてありがとうございます。それに俺達のことも。何かお礼をさせてほしい」

「もしドワーフと出くわしたら、お前達が弁護しろ。それでいいな?」


 グレイが答え、念のために啓介に確認する。


「いや、だからどうして俺に訊くんだよ」

「お前がリーダーなんだろう?」

「はあ。全然うれしくないけど、ルイン君、それで充分だよ」


 啓介はしぶしぶ受け入れ、改めてルインに答える。


「それより、俺達は掘り神様を追いかけているところなんだ。一緒にいる魔女が危ない人でね。掘り神様を刺激して、暴走させているみたい」

「魔女?」

「えーと」


 啓介はどう説明すればいいか迷い、ピアスに助けを求めた。地球出身の啓介と修太よりも、エレイスガイアの人間での常識で説明しなければ通じないことだ。ピアスがすぐに応じた。


「太古の魔女っていえば分かる?」

「ええ? おとぎ話の?」

「五百年は生きてるはずよ。とても知識豊富なんだけど、実験好きのマッドサイエンティストなの。ついこの間、ダークエルフの集落にも大迷惑をかけていたわ。それが流れに流れて、ダークエルフが人間の街を荒らしたのよ」


「とんでもない奴だってことは分かった。その魔女の目的は? グランルートをつぶしに来たんじゃないだろうな」


 ルインは横たわったまま、冷静に質問を重ねる。


(顔立ちといい、こういう冷静さはハインさんとそっくりだな)


 黒狼族と人間のハーフというのは、こんな雰囲気になるのか。修太は興味深く眺める。


「魔女が何をしたいのか、俺達も知らないんだ。ただ、もうすぐ消えないといけないなら、今まで危険すぎるからしなかったことをすると言ってた」

「自死に周りを巻きこもうっていうの?」

「さあ。分からないよ。あの人、とても変わっているからね。変な人は好きだけど、サフィさんは苦手だな」


 啓介はあっけらかんとした口調で、サフィのことをそう断じた。


「お前達は魔女を止めに来た?」

「違う。本物の神様に頼まれて、掘り神様を回収しに来た」


 ルインはうろんな目で、啓介を見つめる。


「お前達も変人なんだな」

「誉め言葉をどうも」

「……褒めてない」


 啓介がうれしそうににっこりするので、ルインは疲れたようにつぶやいた。


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