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「だいたい噂をしていると、そうなるんだよなあ」
サーシャリオンの魔法によって氷漬けにされた巨大なミミズを眺め、修太は首を横に振る。サーシャリオンはミミズをしげしげと観察し、結論を出す。
「この辺りには昆虫型のモンスターはあまりいないゆえ、これは砂漠からまぎれこんだサンドワームだろうな」
「サンドワーム? 滅多と姿を見せない、臆病な虫だろ」
グレイが指摘すると、サーシャリオンは気の毒そうに返す。
「まさかこんな場所で、人間と出くわすと思わぬだろう。ちょっとの振動でも逃げ出して、地中深くで一生を終える虫だ。逃がしてやればよかったな。反射的に片づけてしまった」
「これだけでかけりゃ、そのうち土の栄養になるだろうし、放っておけばいいんじゃねえか」
「そなたな、もしやそれでなぐさめているつもりなのか?」
「ただの事実だ」
グレイのその至極あっさりした答えを聞いて、サーシャリオンはグレイとの相互理解をあきらめたようだった。おおげさにため息をつく。
「はあ、やれやれ。こやつとは、たまに会話ができぬ……」
サーシャリオンはぼやいた。その意味が、修太には分かる。黒狼族とは根本的なところで感覚が違うため、どうしても意思疎通できないことがたまにあるのだ。
どうやらサーシャリオンはあきらめる方向で処理することにしたようで、洞窟の先に目を向ける。
「しかし、だいぶ進んだのに、断片に追いつかぬものだな」
「サーシャ、断片を感知できるんだろ? どれくらい先にいるんだ?」
「あちらのほうにいるようだ……という程度のものだ。今は止まっているように思うが……」
修太の問いに答えたものの、サーシャリオンは鼻をすんっと鳴らして、首を傾げる。
「おかしいな。こんな土中だというのに、何者かのにおいがする」
「血のにおいもするぞ」
後ろのほうから、シークが言った。啓介がぎょっとして問う。
「ええっ、あの断片、とうとうドワーフの国にぶち当たったんじゃない?」
「それにしては人数が少ない。とりあえず行ってみよう」
そして進んでいくと、横穴とぶつかるような小さな道があり、そこには十代半ばくらいの男女が座りこんでいた。ドワーフではなく人間のようだ。
「ルイン兄、しっかりして!」
「うう……」
セミロングの赤いふわふわ髪の少女が、金髪の青年を介抱している。どちらも薄汚れているが、青年は頭から血を流してうめいていた。
「うっうっ。なんでこんなことに。掘り神様が暴れ出すなんて……」
少女は泣きじゃくりながら、兄の怪我を止血しようと、必死に手で押さえている。
「大丈夫か?」
物おじしない啓介が声をかけると、少女はビクンと肩をはねさせた。
「ぎゃあっ。ごめんなさいごめんなさい! 勝手に横道に入ったのは私なの。兄さんは私を連れ戻しに来ただけで……! って、誰よ、あんた達!」
慌てて謝り始めたかと思えば、少女は修太達に気づいて、ぎょっとした。
「俺は春宮啓介だよ。後ろは仲間達。その掘り神様を探しているんだよね」
少女はじろじろとこちらを眺める。
「どうして部外者が掘り神様のことを知っているの?」
「そこは秘密なんだけど、知り合いの家を突き破って現れた掘り神様がどこかに行っちゃったから、追いかけてきたんだよ」
啓介は怪しすぎる言い訳をした。
「嘘は言ってないんだけどな。こんなことを聞いても信じないだろ」
「ね。でも、そうなのよね……」
修太は荷台に座るピアスと、こそこそと言い合った。
知り合いの家というのが、神竜のダンジョンというあたりがまた……。
「家ですって? 嘘をつくなら、もっとましなことを言ったらどうなの?」
少女は呆れかえっているが、青年がうめき声を上げたので、そちらに気をとられた。
「ルイン兄!」
「おい、頭を打ったのなら、そんなに揺さぶるな。悪化するだろう。ほら、診せてみろ。応急処置くらいならばできる」
フランジェスカは少女をいさめる。どうやら少女は兄が怪我をしてパニックになっているようだ。再び泣き始めた。
「ううっ、ぐすっ。兄さんを助けてくれるなら、多少、怪しくてもいいわ。お願い……」
「ああ」
フランジェスカは〈青〉の魔法で治療しながら、カンテラをかざして、他に怪我がないかを探す。ルインという少年の体を軽く触って様子を確かめる。
「よし、他にないな。これで大丈夫だが、しばらく安静にしないといけない。あなたに怪我は?」
「ルイン兄がかばってくれたから、大丈夫なの。私はハンナ・ベア。こっちは兄のルイン・ベアよ。ありがとう、命の恩人ね。村に連れていってあげたいところだけど……」
ハンナは困った様子で、掘り神様が通った大穴の向こうにある、横穴の続きを見た。そちらは崩落して、土砂に埋まっている。
「私も戻れそうにないわ」
「俺達は掘り神様を追うつもりだけど、君達も一緒に来る? そのうち、無事な横穴を見つけるかもしれないし……」
啓介が提案すると、ハンナはしばし迷ったものの、あきらめたように頷いた。
「ええ、そうさせていただけるとありがたいわ。私、外に出る通路を探していただけで、この道の先がどうなっているか知らないの。今はレステファルテとパスリルが戦争しているから外は危険だって、みんなが外出を止めるんだもの……」
しょんぼりして、ハンナは両手を握りしめる。
「えーと、つまり、君は集落のルールをやぶって、ここにいたってことかな?」
「そういうことになるわね……」
気まずそうに首をすくめ、ハンナはごにょごにょと返す。啓介は困った顔をしたものの、結論を出す。
「君の事情は分からないけど、怪我人を放置できない。スノーフラウなら揺れないだろう。シュウ、この人を後ろに乗せてあげてよ」
「害はないだろうが、この調子だと、奴からどんどん引き離されるんじゃねえか」
グレイがぽつりと言った。
「あ!」
すると、ハンナの目が輝いた。
「あなた達、黒狼族ね。父さんが言っていた通り、皆、黒い服を着て、黒い尾を持っているのね。私達の父も、黒狼族なのよ」
「……ん?」
修太は思わず、ハンナを凝視した。妹がハンナで、兄はルインというらしいが……。
「まさかと思うけど、その父親の名前って、ハインじゃないか?」
「知っているの?」
ハンナは前のめりで問う。
「私、父さんを探しに行こうと思って、通路を探していたの。兄さんは、父さんは家族を捨てたんだって言ってたけど、父さんはたまに訳が分からなくて、話が通じないところはあるけど、そこまでひどい人じゃないはずだもの!」
完全に信頼しているわけではないようだが、少なくともハンナは父親を慕っているようだ。
「ハインとはつくづく縁があるようだな」
グレイがぽつりと言い、ふいにルインに近づいて、ひょいと腕に抱えた。ピアスが荷台から降り、入れ替わりに、ルインを座らせる。
「落ちないように、紐かなにかで縛っておくか」
「珍しいね、グレイ。親切だな」
旅人の指輪から縄を取り出しながら、修太は驚きをこめて言う。
「同胞のガキどもなら、保護しねえと」
「そういうところは立派だよなあ、黒狼族って」
「それに加え、ドワーフに出くわした時に、こいつらがいると便利だろう」
「……まあそういう面もあるよな」
善意なんだか、思惑ありきだか分からないが、この少女に怪我人連れで道探しをさせるのも酷だろうから、とりあえず聞き流しておいた。