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ドオンと耳をつんざく爆音がして、冷たい風が駆け抜ける。
すぐ後ろにいたグレイが修太の頭を押さえて、地面に飛び込むようにして、一緒に身を伏せたことだけは分かっている。
「うう……。なんだったんだ?」
身じろぎして顔を上げると、ヒノコが空中にいて、青い火を細らせてふるふると震えていた。おびえているようだ。
――クロイツェフさまぁ
ヒノコが今にも泣きだしそうな声で、サーシャリオンを呼ぶ。
どうやらグレイは修太をかばってくれたらしい。上に覆いかぶさるようにしていて、グレイが起き上がると、その背中からパラパラと石片や土くれが落ちた。
「フラン、とっさにしてはよくやった」
「水の防壁では、岩は防げぬからな」
グレイはいったい何を褒めたのかと思えば、修太達の前に、二メートルほどの高さの氷の壁ができていた。フランジェスカがパチンと指を鳴らすと、氷の壁が青い燐光を残して消失する。
フランジェスカは〈青〉だ。普段は水の魔法を使っているところしか見たことがないが、氷も作り出せるらしい。サーシャリオンができるのだから、当たり前だった。
爆破の衝撃を直接的に受けては、修太達はさすがに無事では済まない。フランジェスカの氷の壁と、地面に伏せたことで、跳ね返ってきた石片や土くれをかぶる程度に被害が減ったようだった。
ササラが修太の傍まで来て、修太の顔を覗きこむ。
「シュウタさん、お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫。……いたっ」
「どうしました?」
「地面に手をついた時に、擦りむいただけだよ」
手の平がヒリヒリと痛むが、目の前で爆発が起きてこの程度なら、大したことはない。
「力加減ができなかったか」
「いや、かばってくれただけで充分だよ。ありがとう」
かすかに眉をひそめるグレイに、修太は首を横に振って礼を言う。
「あ、そういえば啓介は?」
「ケイ! どうなったの? 無事なの?」
修太に遅れて、ピアスが叫ぶ。修太は啓介を探すが、なぜか見当たらない。嫌な想像をして心臓をバクバクさせながら、恐る恐るダンジョン内を見回す。血や肉片が飛んでいるというわけでもないので安心した。
「な、なんだ? サーシャもどこに行ったんだよ。――うわあっ」
その瞬間、修太の足元に落ちた影から、ニュッとサーシャリオンと啓介の頭が突き出てきた。修太はびっくりして、尻餅をつく。影の中からサーシャリオンに支えられて現れた啓介は、地面にへたりこむ。
「び、びびった……! 何が起きたんだ」
「防御が間に合わぬと踏んで、我がおぬしを影の道に引きこんだのだ」
「そうなの? ありがとう、サーシャ」
啓介は礼を言ったが、サーシャリオンは聞いていない。
「サフィめ、我の弱点をよく理解しておる」
苦虫を噛み潰した様子で、サーシャリオンはうめく。そのサフィの姿は見当たらず、爆発で強制的に起こされた巨大なルグーが、前脚を振り回し始めた。
修太は眉をしかめる。
「なんなんだよ、サフィの奴。あの断片を起こして、何がしたいんだ?」
「我に分かるのは、これ以上、ここで暴れられると、我のダンジョンが崩れるということだな」
「崩れ……? うわあああ」
ルグーが鋭い爪を地面に突き立て、その衝撃でグラグラと地面が揺れる。二撃目で、ガコンと床に穴が開いた。
「フッ」
サーシャリオンが鋭い息を吐き、吹雪が起きて、修太達のいる床を一瞬にして凍らせる。
しかし無事なのは修太達だけであって、ルグーは下の階へと落ちた。ズドーンとすさまじい音が響き、モンスターの悲鳴や騒ぎ声が下から聞こえてきた。
「な、なあ、サーシャ。あれを繰り返したら、お前の寝床まで行くんじゃねえか?」
「追い出してやりたいが、断片相手ではどうにもならぬ。我に! どうしろと!」
ほぼ万能なサーシャリオンにとって、泣き所を突かれる事態らしい。サーシャリオンは頭を抱えて嘆き、地団駄を踏んだ。ハイヒールのかかとが氷に当たって、カンキンと音を立てる。
「モンスターの魂が還り生まれる地で、なんたる非道を! まさかサフィめ。おのれが消えたくないからと、この塔を滅茶苦茶にして、機能停止に追いこもうというわけではなかろうな!」
「その機能停止になると、どうなるの?」
啓介の質問に、サーシャリオンは首を横に振る。
「知らぬ! そんなこと、一度も起きたことがない。ああああ、これ以上、我の寝床を破壊するなー!」
サーシャリオンは怒鳴りつけると、ルグーを追いかけて、穴に飛びこんだ。
「サーシャ、無茶をするな!」
「冷静になって!」
修太と啓介は口々に叫ぶが、返事はない。
「おい、お前達まで落ちるぞ」
「下がれ!」
フランジェスカとグレイにより、二人は穴の縁から引きずり戻される。ルグーが暴れるたびに、地底の塔はぐらぐらと揺れ、あちらこちらからモンスターの悲鳴が聞こえた。
しばらくして、音と揺れがやみ、辺りはシーンと静まり返る。
「なんなんだよ。静かすぎるのも不気味だ!」
「師匠、上に戻ったほうがいいんじゃありませんか」
シークがうめき、トリトラが提案する。ササラは上を見て、同意する。
「トリトラさんの言う通りですわ。天井が崩れないとも限りませんし……」
「サーシャは放っておいても大丈夫だろう。我らはいったん退避を」
フランジェスカが話をまとめて、階段を振り返った時、地底から吹雪の渦が巻きあがり、黒いドレスをまとったサーシャリオンがふわりと無事な地面に降り立った。かと思えば、その場に膝をついて、両手でダンッと床を叩く。
「くううう、あの断片めっ。さんざん暴れて寝床を荒らしてから、出ていきおった!」
「サーシャ、機能停止になったのか? 大丈夫なのか?」
「ああ、その件は問題ない。我の巣がぐちゃぐちゃになっただけでな」
「……そ、そうか」
それだけで済んで良かったと言いたいが、サーシャリオンの激しい落ちこみように、修太は言葉を飲みこんだ。
「あの断片は、穴を掘りながら、元来た方角に戻っていったぞ。皆、すぐに追いかけるぞ! ケイ、何がなんでもあの断片を封印するのだ! ぜっっっったいに許さぬ!」
怒りと悔しさのにじんだ宣言に、啓介は勢いにのまれて頷いた。
「わ、分かった! がんばるよ!」