3
――クロイツェフ様ー!
ダンジョンの中へ踏みこむと、冷気が足元からはい上ってきた。思わず襟をしっかり押さえた修太は、ふよよんと揺れる青い火の玉を見つけた。幼い男の子の声が、親しげに響く。その火が、暗い塔の中を青白く照らし出す。
――おかえりなさい! 久しぶりにお会いできて、とってもうれしいです!
青い火の玉はうれしそうに空中を跳ねている。
「ヒノコか、久しぶりだな。相変わらず、かわいらしい青い火じゃのう」
――えへへー!
わあ、人間が増えたんだね。ボクが案内するよ。
ヒノコがはりきって言うと、暗いダンジョン内がさらに明るくなった。そんな光源の隅を、何か黒い影が闇へと逃げ去っていく。
「うわ、小さい人間みたいなものがいたよ。何あれ」
トリトラが面白そうに言い、サーシャリオンが答える。
「地の妖精じゃ。おとぎ話によく出てくるであろう? ダンジョンを作った職人だと」
「あれって本当なの?」
「地精が作ったダンジョンもあるぞ。まだ国もできておらぬ古い時代、オルファーレン様が祝福の一つとして、試練の塔を作られたのだ。あの頃はまだ地の妖精は活動的だったから、彼らはそれを真似て、各地で技を競いあったのじゃな。セーセレティー精霊国にダンジョンや遺跡が多いのは、大昔はあの辺りにしか人が住んでいなかったからじゃ」
思いもしないことを教えられ、修太は驚いて足を止める。
「ええっ、あれも祝福なのか? まさかダンジョンまで回収しろなんて言わないだろうな」
「言わぬよ。ダンジョンは断片ではないからな。それに、ダンジョンはあれ一つで小さな世界になっていて、エネルギーが上手く循環しておるゆえ、何も問題ない。魔法を使っても始元素が疲弊することはないが、ダンジョン内で発散されたエネルギーとして回収され、新たな資源となっているわけだな」
啓介がつぶやく。
「つまり、エネルギーのリサイクル工場ってことかあ」
「なるほどな。あれで小さな世界だから、モンスターは疑似生命体で、〈黒〉は効かないわけか」
修太は頷いた。啓介の言うことは分かりやすいが、リサイクルが何か知らない仲間達は不思議そうにしている。
「シューター、後がつかえているから進め」
「あ、ごめん」
修太はすぐ後ろにいるグレイにうながされ、階段を再び慎重に降りていく。凍っているので、気を付けないと足が滑るのだ。
啓介と修太のやりとりに、サーシャリオンも首を傾げる。
「リサイクルとはなんだ?」
啓介が説明すると、サーシャリオンはそれで間違いないと返す。
「うむ、そういうことだ。完結した世界ゆえに、外のルールが適用されぬ。試練の塔をモデルにしておるゆえに、他のダンジョンは、中の様子が違っても、根本的な造りは似たものとなっている」
「サーシャ、その試練の塔って、もしかしてビルクモーレのダンジョンのこと?」
啓介が確信を持って質問すると、サーシャリオンはころころと笑う。
「その通りだ。どうして分かった?」
「そうでないと、最深部に断片が置かれていないだろ?」
「さようじゃ。サランジュリエの〈四季の塔〉も、オルファーレン様の作品じゃぞ。まずはあちらをお造りになったのだが、人にはクリアするのが難しすぎるようだと思われて、もう少し難易度を落とした塔をビルクモーレに造ったのだ」
「その二つだけ?」
「うむ。他は地の妖精らによるものか、人工物もある」
サーシャリンは説明しながら、一瞬、ふわりと吹雪に包まれた。黒いドレスを着たダークエルフの女性の姿をとり、ハイヒールで器用に歩いていく。その姿にはダンジョンの主であり、王の貫禄があった。
「サーシャ、人工物とは?」
興味をひかれたようで、珍しくグレイが質問する。
「宝箱やモンスターがリポップしない塔や地下迷路があれば、たいていは人工物だ。王の墓所を守るためであったり、儀式のためのものだったり、いろいろとあるぞ」
「うわあ……。このたった少しの会話で、ダンジョン研究者の疑問がほとんど解決したようなものじゃないの」
左手で口を押さえ、ピアスがため息をつく。
「しかし、ピアスよ。この話をしたところで、学者が信じるかどうかは分からぬぞ。空想だと笑うのではないか」
「そうね。私達はサーシャが神竜だって知ってるから納得するけど、他の人達は知らないものね」
「それに成り立ちを知っていたからといって、ダンジョンをクリアできるかは別の話だ。ああ、懐かしい。オルファーレン様はこうおっしゃっていた。『塔に挑む勇者には、報われる喜びを味わってほしい』と」
サーシャリオンはしみじみとつぶやく。
修太は、白い花畑にたたずむオルファーレンを思い出した。その言葉はかの神にふさわしい、創造主の慈愛だった。世界の理といい、上手いことできている。
「オルファーレン様は、まこと素晴らしき慈悲の方じゃ」
サーシャリオンがほうっとため息をこぼし、白い息がふわりと漂って消える。そして地下に向けて五階ほど降りたところで、サーシャリオンは足を止めた。
「ああ、まったく! 我の住処に、派手に穴を開けてくれおって。まさかここまでひどいとは!」
サーシャリオンが大げさに嘆いて、額に手を当て、天井を仰ぐ。
白く光り輝く巨大な生き物が、大穴から上半身を突き出して眠っている。
「ルグーって、モグラのことかよ!」
テレビや図鑑でしか見たことがない生き物と照らし合わせ、修太は思わず声を上げた。啓介もそれに同調する。
「わあ、本当だ。モグラだ。俺も見たことないよ。あの爪、すごく鋭そうだね」
ドラゴンのような巨体をした、光り輝くモグラ。
ドワーフが「掘り神様」と呼びたくなるのも納得の姿だ。
「あんなのが動いている時に傍に行ったら、そりゃあ巻き込まれて死ぬだろうな」
シークがうかつに近づこうとするのを、トリトラがシークの左腕をつかんで止める。
「こら、近づくんじゃない! シークってば、なんでそう危機意識が低いんだよ」
「うっ、そんなに怒らなくてもいいだろ」
気にせず近づくのはサーシャリオンだけで、修太達は五階の入り口付近にたたずむ。
――クロイツェフ様ぁ、危ないよぅ。ボク、怖いよぅ。
「それはそうだろう、ヒノコよ。オルファーレン様の断片だから、モンスターには怖いだろうな」
――それだけじゃないよ。ドーンって音がして、怖かったんだ。このお部屋、氷スライムの寝床だったのに、みんな、逃げてっちゃった。
「もう大丈夫だ。ケイが封印するからな。ほら、ケイ。こちらに来い」
「その巨大モグラ、動かない?」
「オルファーレン様の加護が薄らいだせいで、エネルギーが不足しているのだろう。今は眠っているようだ。動いたとして、我がおるから問題ない」
「分かったよ」
啓介は恐る恐るサーシャリオンのほうへ向かう。
「啓介、気を付けろよ」
「うん」
そして啓介がほとんど目の前まで着いた時、突如、ルグーのはまっている大穴から、サアーッと霧が湧きだした。
「お邪魔します、クロイツェフ様。ごめんね、使徒様。今、掘り神様を回収されちゃうと困るんだよね」
「へ」
啓介がぽかんとしたつぶやきをし、いつの間にか背後にいたサフィに、後ろからハグされた。その首筋に、ナイフの刃先が光る。
「啓介!」
修太は思わず駆け出そうとしたが、それはグレイに止められた。
「青石の魔女……。そなた、双子山脈といい、ふざけた真似ばかりしおって」
サーシャリオンの青や緑、銀に輝く不可思議な目も、ギラリと光る。啓介は両手を上げて、恭順を示す。
「ええと、青石の魔女さん? 初めまして。落ち着いてくれるかな」
「おやおや、こちらの使徒様は、白銀の綺麗な目をしているんだね。黒と白が対で現れるとは、オルファーレン様も運が良いことだ」
サフィはヒュウと楽しげに口笛を吹く。
「今度は地底深い場所に身を隠していたか。オルファーレン様へ無礼を働くならば、お前の事情など気にせず、今すぐ捕らえるぞ?」
サーシャリオンの脅しに、サフィは首を傾げる。
「ただ、運が良いと褒めただけじゃありませんか。短気ですね。私はまだまだ知りたいことがたくさんある。けれどそろそろタイムオーバーのようなので、しかたがないから、どうせ消えるなら、今まで危険すぎてしなかったことをしてみようかと思ったんです」
「そのルグーで、我の住処に穴を開けることか?」
「まさか! そもそも私はオルファーレン様の断片です。他の断片を感知できても、干渉はできませんよ。あなたもよくご存知でしょうに」
あいている左手で眼鏡のブリッジを押し上げ、サフィは不遜に笑いかける。
「まあ、干渉はできなくても、刺激することはできるんですけどね?」
その左手をするりとポケットに突っこんで、サフィは赤い水晶を取り出した。
「お目覚めの時間ですよ! 掘り神様!」
「え、それ……投げ込み型爆晶石じゃ」
啓介の顔が引きつり、サーシャリオンの顔に焦りが浮かぶ。
次の瞬間、サフィが投げた爆晶石がルグーの体にぶつかり、カッと閃光を放った。




