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※
たくさん泣いて、食事をとるなり眠ってしまったナナを引き取ったユーサは、八番棟までの道をフランジェスカと並んで歩いていく。
人生とは不思議なものだ。
騎士団での右腕として、女として愛し、思いが砕けて二度と会わないはずだった人と、どうしてか隣で歩いている。
「そういえば、フラン。お前、呪いはどうしたのだ」
夜になるとポイズンキャットになったのを、当時、ユーサはこの目でしっかりと見た。
ナナのことでそれどころではなかったが、どうして夜なのに魔物に変身しないのだろうか。
フランジェスカは分厚い紙の束を持ったまま、「ああ」と自身に視線を落とした。
「エレノイカの占い通りでした。彼らについていったおかげで、私はあの魔女と会うことができ、他の魔女の協力を得て、呪いは半端に解けました」
「半端……?」
太古の魔女と会えただけでも驚きだが、呪いを解く手がかりは得たらしい。
「ええ、自由意志で変身する呪いになりました。夜になるたびにポイズンキャットになることはありませんが、私は完全に呪いを解きたいので、今でも彼らと共にいます」
「自由意志で姿を変えられるなら、便利そうだが」
「私は絶対に呪いを解きます!」
ユーサのつぶやきに、フランジェスカは反発した。大きな声を出してしまったのをばつが悪そうにして、ナナの様子を見る。
「起きました?」
「いいや。ぐっすりだ」
「ナナはユーサ殿を慕っているんですね」
「自分のこともままならぬのに、こんな幼子の面倒をずっとは見られまい」
「とりあえずこの書類を見て勉強しておいてください」
こんなところで、右腕としての力量を発揮しなくてもいいのに。
ユーサはふっと口端で笑う。
「お前は変わらんな」
「変わりましたよ。ユーサ殿、外は広いですね」
まぶしげに目を細め、フランジェスカは感慨深くつぶやく。
「私はいろんな常識をくつがえされました。醜いものもたくさんみましたが、その汚れさえ、この世界の美しさには必要なのだと思います」
凛として前を見るフランジェスカは、昔と変わらず……いや、以前よりもトゲが消えて、より魅力的になった。
ユーサは努力してフランジェスカから視線を外し、前を見てため息をつく。
「……そうだな」
そして八番棟につくと、フランジェスカは書類の束をユーサの手に押し付けた。
「あなたの居場所を奪ったことは、心から謝罪します。――どうかお元気で」
深々と頭を下げて謝ると、フランジェスカはきびすを返す。
「フラン」
どうして呼び止めたのか、ユーサにも分からなかった。
フランジェスカが足を止める。
「もし……もし……また、偶然に出会うことがあったら」
――また愛を告げてもいいだろうか。
そんなことを言って、どうなるというのだろう。
ユーサはぐっと言葉を噛み殺し、違うことを口に出した。
「共に酒でも飲もう」
フランジェスカの強張った肩から力が抜け、ゆるりとこちらを振り返る。
「ええ、団長。もし、たまたま会うことがあったら」
月光の下でフランジェスカはかすかに笑い、もうこちらを見ることもなく立ち去った。
その背を、ユーサはじっと見送る。
彼女に抱くような気持ちは、きっともうユーサには訪れない。
「変わっていくものもあれば、変わらないものもある」
冷えた夜風につぶやき、ユーサもまた、フランジェスカに背を向けた。
※
どうやら朝の早いうちに、ユーサは村を出て行ったらしい。
ナナの様子を見に行ったササラが落胆して戻ってきた。
「傭兵狩りを撃退したんだ、身の安全のためには村を離れるべきだろ。むしろ残っているほうが馬鹿だ」
ハインがさもありなんとつぶやき、パンを噛みちぎる。
「さすがは元騎士団長だけあって、実に鮮やかな手際だったぞ。ノコギリ山脈では手加減していたのだろうな」
サーシャリオンが含みを持たせた視線をフランジェスカに投げる。フランジェスカはついだばかりのスープが入った椀を、サーシャリオンの前から取り上げた。
「なんだ、私をからかっているのか?」
「滅相もない。ほら、それを返せ」
サーシャリオンが下手に出たので、フランジェスカはスープを元に戻す。
「あの時は啓介もいたからじゃないか? 〈白〉を神聖視してるから、あいつら」
修太が思ったことを言うと、フランジェスカが同意する。
「それもある。団長は信仰心が篤いほうだったからな」
「失恋の打撃とともに、信仰心も薄れたか」
くくっと笑い、サーシャリオンはスープを飲み干す。フランジェスカの鋭い視線が飛んだ。
「振った相手とねんごろになるのは悪いという法律はないぞ、フランジェスカ」
「なんなんだ、しつこいぞ!」
「年長者が真面目にアドバイスをしているのに」
「余計な世話というんだ!」
サーシャリオンのせいでフランジェスカが怒るので、啓介がなだめる。
「落ち着いて」
啓介の声で、フランジェスカは憤然と自分の席につく。啓介が気をきかせて、フランジェスカに果物ジュースをついでやった。
おのおのが好きな場所で、朝食をとる。
修太はいつも通り、椅子でピシッと姿勢よく食べている。
「まあでも、話を聞いて安心したよ。あいつがちゃんと探しに行って助けたんだ。孤児院に預けるまでは、ナナちゃんは大丈夫そうだ」
ピアスもうんうんと頷いた。
「あのまま保護者になってくれたらいいわよね。あの子、大人の様子をうかがってたわ。小さな子が顔色をうかがってるのを見ると、胸が痛むもの」
そういえば安全圏を探すネズミみたいにきょろきょろしていたなあと、修太はナナの態度を思い返す。
「残念ですけれど、あとはあのお二人の問題ですわ。傭兵狩りが傍まで来ていたなら、わたくし達も危ないですわよ。早めに村を出ましょう」
ササラは不安そうに、暗い表情をしている。修太は別行動をしている黒狼族達がいる方向を見た。
「ああ、グレイ達が心配だよな」
「まさか! グレイさんより傭兵狩りのほうが心配なくらいですわ! わたくしが不安なのは、皆さんが目をつけられることです。お忘れのようですけど、こんなにカラーズがそろってるんですもの、傭兵にしたがりますわよ」
「それはササラさんも同じだろ」
修太はそう言ったものの、ササラの言う通り、仲間は傭兵としても大活躍しそうな人材がそろっている。
「断片も無かったことだ。グレイらと合流次第、すぐにノコギリ山脈に向かおうではないか。我も久しぶりに寝床の様子を見てくるとしよう」
「戦場になってないといいけどな」
パスリル王国とレステファルテ国の国境は、まさにそのノコギリ山脈だ。
一抹の不安を抱えながら、修太達は次の目的地に向かうことにした。
なんだかあっさり終わったので、首をひねりつつ。こちらで第四十二話は終わりです。
昨年は体調もですが、不調すぎて文章も下手くそでしたが、なんだかこの数日の文章はわりかし良いほうな気がしてます。
今年もぼちぼちまいります。