4
※
――どうしたら、ユーサはナナを連れていってくれるんだろう。
八番棟のコテージで、ナナは椅子に座って、ちらちらとユーサの様子をうかがっていた。剣の手入れをしていたユーサは、ナナの視線に耐えかねて、剣を置いて立ち上がる。台所のテーブルに置いてあった果物を持ってきて、ナナの前に置いた。
「腹を空かしているのなら、食べるといい」
『ありがとう』
ぺこっと頭を下げると、ユーサはまた剣の手入れに戻る。
ナナはそんなユーサの優しさに、胸がほっこりした。
ナナは邪魔になるからと、生き残った村人達はナナを置き去りにした。ただ飯くらいだと殺そうとする父からかばってくれた母も、赤ん坊の弟を抱え、泣いて謝りながら立ち去った。
一人になるのは怖くてしかたなかったが、ナナがついていこうとすれば、母と弟の立場が悪くなるのだと幼心にさとったのだ。
だからナナは祖父の死体の傍に座って、村に残った。
(お母さん、チト、元気にしてるかな)
父は怖くて嫌いだったが、母と弟のことは大好きだ。あの別れの日みたいな星空を見ると、いつも彼らを思い出す。
ふと、父が働かないナナが邪魔だと怒っていたと、記憶がよぎった。
(ナナが何か仕事をしたら、おじさんは連れていってくれるかな)
邪魔でなければいいのなら、役に立てばいいのだ。
(確か、この村の周りには、素材がとれるモンスターがいるんだよね)
村で聞いた話を思い出す。
マユスヘビというモンスターの巣を一部持ち帰るくらいなら、ナナにもできるかもしれない。
椅子をぴょんと降りて扉に向かうと、ユーサが声をかけた。
「あまり遠くまで遊びに行くんじゃないぞ」
こくんと頷いて、ナナはコテージを出る。近いから大丈夫だろう。
※
日が落ちた頃、七番棟をユーサが訪ねてきた。
「ええっ、ナナちゃんがいなくなった?」
用件を聞いた啓介が、戸口で声を上げる。
「宿に泊まると、あの子どもが遊びに行くことはよくあったから気にしていなかったんだが、今日は珍しく戻ってこない。村の中を見て回ったが、村人も見ていないそうだ。ここに来ていないか」
「いえ、来ていませんよ!」
フランジェスカが椅子を立つ。
フランジェスカはナナの世話のためにと、ササラと念入りに書類作成をしていて、まだ作り途中だ。簡潔にまとめようと、ああでもないこうでもないと話し合っているうちに夜になったのだから、感心するほどの熱の入れようだ。
「近辺にはモンスターの巣が多いと聞きます。私も探します」
「わたくしも!」
「皆で手分けして探そうぜ」
ササラと修太もやる気を見せたが、サーシャリオンが口を挟む。
「それなら、においをたどったほうが速い。ハイン、行ってやれ」
「さらっとこき使うなよ」
相手が誰だろうと態度を変えないサーシャリオンは、ハインにもあっさり無茶ぶりする。
「におい? どういうことだ」
「あんまり詮索すんなって。探し物が得意なだけだよ」
ユーサに手を振って返し、ハインはしかたがなさそうに立ち上がる。
「大勢で行ってもしかたがねえ。そこの三人だけ行くぞ。あとは留守番だ。食事でも用意しておいてくれよ」
ハインは啓介、フランジェスカ、ササラを示し、サーシャリオンと修太には居残るように言う。
「む。それならば我が行くから、ササラが残るがいい。最悪、奥の手を使ってやろう」
「ああ、そのほうが速そうだな」
フランジェスカが同意した。奥の手とは、モンスターの力を借りることだろう。
「おいしいお食事をご用意しておりますわ」
「気を付けて行ってこいよ」
ササラと修太に見送られ、啓介達はナナを探しに出かけることにした。
*
ナナはしくしくと泣いていた。
マユスヘビの巣を見つけて、綿の一部を手に入れるまでは良かったが、巣の持ち主に見つかって追い回された。そして逃げるうちに砂漠に出てしまい、岩陰で途方に暮れていると、馬に乗った四人の男達に囲まれた。
「迷子か?」
「そこの村の子どもだろう」
「あの村は職人が多いから手出し厳禁との命令だが、村の外だから、この子どもは奴隷にしてもいいのではないか」
最悪なことに、奴隷狩りに見つかったようだ。
あまりの怖さに固まって泣くしかないナナの後ろ襟を、一人の男がむんずとつかむ。宙にぶら下げられて、息がつまった。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
ナナが口をパクパクさせると、山賊のようにむさい男が首を傾げる。
「怖くて口がきけないってよ」
「隊長は顔が怖いからなあ」
どっと笑いが起き、地面に放られた。
「こんな女のガキなんて連れて帰っても、戦場じゃ邪魔だぞ」
「途中の町で売って、金にすりゃあいい」
「それもそうか」
「しっかし、こんなにやせてるんじゃあ、酒代くらいにしかならなさそうだな」
勝手なことを言い合って、男達はため息をつく。
「ったく、あの黒狼族ども、この辺りまで来たのは確かだってのに、とんと姿を見せねえ」
「相手は荒野の狩人だぞ。砂漠の移動はおはこだろうさ。深追いすれば、俺達が砂漠にのまれる」
「黒狼族ならガキでも戦闘奴隷にすれば優秀だ。連れ帰れば報酬がいいぜ。もう少しねばろう」
そんな話をしているのを、ナナがじっと聞いていると、急に男達が振り返った。
フードを目深にかぶった男が、剣を手に歩いてくるところだった。
「ナナ、遠くに行くなと言っただろう」
ナナはパッと顔を上げる。この声はユーサだ。
「どちら様か知らないが、迷子を保護してくれたようだ。礼を言う」
怪しい連中だというのは知らないふりをして、ユーサが言った。
ヒュウッと口笛の音がする。男の一人がユーサを眺め、仲間達とにやにやと笑いあう。
「こりゃあいい。傭兵として使い物になりそうだ」
ユーサが少し先で立ち止まり、男達をじっと見る。
「傭兵狩りか」
「ご名答。安心しろ、この娘っこも一緒に連れていってやるよ」
ナナの背筋におぞけが走る。
傭兵狩り。村を襲って、男達を連れ去った悪魔のような兵士達だ。
『駄目! おじさん、逃げて!』
殺された祖父を思い出して、ナナはユーサに逃げてほしかった。
だが、ナナの動揺とは正反対に、ユーサは静かなものだ。フードの下で、口元が弧をえがく。
「面白い。お前達のような有象無象が四人程度で、私を狩るつもりか?」
一瞬にして、空気が殺伐となった。
「なんだと、貴様!」
「骨の一本くらいはいい。そこの勘違い男を黙らせてやれ!」
ナナのことなど忘れ去り、男達は馬を走らせてユーサに向かっていった。
次の瞬間、深い夜闇に銀光が走る。
ユーサの手から雷の魔法がさく裂し、男達は一瞬にして敗北した。馬ごとしびれさせられて、地面にどうっと倒れる。
「ぐうっ」
「馬の下敷きになって、足が折れたのか? 骨の一本で済んで良かったな。安心しろ、無駄に命はとらない。眠ってもらうだけだ」
どちらが悪役か分からないことを言って、もう一度、ユーサは雷の魔法を使う。
ナナは地面にへたりこんだまま、鮮やかな一幕をぽかんと眺める。
旅の間、賊やモンスターを撃退した時もこうだった。光とともに、敵は倒れている。時には落雷の轟音とともに。
冷たい月みたいな男。まるで神様みたいに、誰にも平等に慈悲がない。
ナナは安心すると同時に、こんな面倒をかけるから置いていかれるのだと、目に涙を浮かべた。ポケットに大事に押し込んでいた綿を突き出して、ううっと泣く。声が出ないのどは、獣のうめき声みたいな音を出すだけだ。
「分かっただろう。住所不定無職の旅人なんていたら、近づくんじゃない。そういうのは、たいてい悪い人間だ」
見当違いの注意をして、ユーサはナナを腕に抱き上げる。綿のことには気づかなかったようだ。
『でも、おじさんは良い人でしょ』
そう言ってみたところで、ユーサには届かないのだが。
ぐずぐずと泣きながら、ナナは少し離れた所でこちらを眺めるフランジェスカ達を見つけた。彼らも一緒に探しにきてくれたようだ。
(変なの。村の人も家族も私の手を離したのに、見つけにきてくれる)
やっぱり、ユーサは間違っている。
住所不定無職の旅人にも、良い人はいるのだ。