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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 再会編
330/340

 3



 ナナはユーサレトのもとに戻ることを選んだ。

 修太達が連れ立って八番棟にナナを連れていくと、ナナに飛びつかれたユーサレトは、正しく困惑している。


「お前、ナナというのか」


 ナナがこくこくと頷いた。

 フランジェスカがユーサレトに、ハインから通訳してもらったナナの事情を話す。


「というわけなので、団長」

「私はもう団長ではない。だが、家名も本名も名乗るには不都合だ。ユーサと呼べ」


 フランジェスカの言葉を途中でさえぎり、ユーサレト改めユーサは言った。少し呆れを混ぜて、フランジェスカに問う。


「まさかと思うが、フラン。お前、パスリル本国に追われる身なのに、本名を名乗っているのか?」

「同姓同名など、どこにでもいるものです」


 ちょっとだけ気まずそうにして、フランジェスカは言い訳する。ユーサは首を振り、あきらめた顔をした。それ以上、余計なことは言わず、続きをうながす。


「ですから、ユーサ殿。彼女のことはよろしくお願いします」

「本当に連れていく気はないのか?」

「そんなになついている子どもを引き離すなんて、かわいそうでしょう?」


 その指摘がユーサには驚きのようだった。


「あの程度の世話でなつくなんて、この子ども、情緒がまずいんじゃないか。だがレステファルテの教育環境は良くないからな……。しかたがない、ここよりはましだろうから、セーセレティーまで連れていくか」


 ユーサはナナの保護者になるつもりはないようだ。それを感じ取ったのか、ナナはしょんぼりと頭を下げる。ユーサはナナに言い聞かせる。


「いいか、よく聞け。こんな住所不定無職、自称旅人なんて男、普通は怪しいのだから、子どもの……それも女の子がついていってはいけない」


 それを言われると、修太達も痛いのだが、真顔でそんなことを言うユーサがおかしくてしかたがない。フランジェスカも口端をピクピクさせながら、ユーサに告げる。


「とりあえず、ユーサ殿。もう少し風呂に入れてあげてください」


 買いそろえてきた荷物を押し付けられたユーサは、やっぱり困った顔をして荷物を見下ろす。


「わ、分かった。善処する」

「ああ、駄目だ。心配すぎる! 必要なことを書類にまとめてきますから、後でまた顔を出します!」


 フランジェスカは我慢できないと叫ぶように言い、身をひるがえして、自分達のコテージへ向かっていった。


「それならわたくしもお手伝いしますわ!」


 ササラも駆け出した。彼女は〈黒〉を夜御子と慕っているので、世話焼きの魂に火がついたようだ。


「それじゃあ」

「ユーサさん、よい旅を」


 修太と啓介があいさつして、取って返そうとすると、ユーサに呼び止められた。


「おい」

「え?」

「なんです?」


 ユーサは財布を取り出したところだった。


「いくらだ? 代金くらい払う」

「ナナちゃんにあげたものですから、構いませんよ」


 啓介がさらりと返し、金の受け取りを拒否する。だが、ユーサはずいっと啓介の手に金を押しつけた。


「余計な世話は嫌われるぞ」

「そこまで言わなくてもいいだろ」


 修太が言い返すと、ユーサにじろっと見られた。修太もにらみ返す。


「馬鹿にするなよ。お前達からほどこしなど受けん。私からいろいろなものを奪っておいて、さらにみじめな気分にさせるのか?」


 鋭い怒りは、肌を突き刺すようだ。


「ほどこしって……」


 啓介だけではなく、修太も絶句する。


「ただの助け合いだろ。ナナちゃんの世話を焼いたのはお節介だ。物を買いそろえたのだって勝手にしたことで、あんたへのあてこすりじゃねえよ」

「まあまあ、坊主。そういう(すさ)んでる時は、恵まれてる奴がにくたらしいもんなのさ。そうカッカとしなさんな」


 ハインが修太の頭にポスッと手を置いて、ユーサの弁護をした。


「兄ちゃんも、あんな子どもを連れているんじゃ、金はあったほうがいいだろ。俺はレステファルテの連中に捕まって、戦闘奴隷としてひでえ目にあってたのを、同じレステファルテ人に助けられて、そこからこいつらの世話になってる。いろんな奴がいるんだ。こいつらは世話を焼くのが趣味なんだよ」


「奴隷だと?」


 けげんそうにするユーサの手に、ハインは啓介の手から取り上げた金を押し付けた。


「いいか、レステファルテ人は金を持ってる奴にはわりかし親切だ。それは生き延びるのに使え。あんたが思ってるほど、この国の状況は楽観視できない。早いとこ、スオウかセーセレティーに逃れるんだな」


 修太達には反発的だったが、ユーサはハインの言うことはしぶしぶ聞いた。


「だが」

「あの子どもを、無事に送り届けてやれよ。今、奴隷にされたら悲惨だぞ」


 金を見下ろして、ユーサは黙考する。


「俺は白教徒のことは嫌いだがね。信念を持ってる奴は好きだよ。騎士だろうが、戦士だろうが、旅人だろうがな。パスリルを捨てても、あんたの性根は騎士なんだろ」

「守る相手もいないのに、何が騎士だ」


 ユーサの顔が苦渋にゆがむ。


「今はいるだろう、そのちびすけが」

「…………。――お節介ならば、礼は言わんぞ」


 ぼそりとつぶやいて、ユーサはこちらに背を向けた。ナナを腕に抱き上げて、自分のコテージに入っていった。バタンと扉が閉まる。


「青い奴だねえ。まあ、男の意固地ってやつは厄介だが嫌いじゃねえな」


 ハインはにやりと笑い、修太と啓介の背を軽く叩く。


「ただの皮肉屋だろ」


 修太がけっと毒づくのを、ハインは笑う。


「あっはっは。一丁前に反抗期かあ、ガキんちょ」

「なんでそうなるんだよっ」


 修太の噛みつきなど、ハインには笑って流された。


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