3
ナナはユーサレトのもとに戻ることを選んだ。
修太達が連れ立って八番棟にナナを連れていくと、ナナに飛びつかれたユーサレトは、正しく困惑している。
「お前、ナナというのか」
ナナがこくこくと頷いた。
フランジェスカがユーサレトに、ハインから通訳してもらったナナの事情を話す。
「というわけなので、団長」
「私はもう団長ではない。だが、家名も本名も名乗るには不都合だ。ユーサと呼べ」
フランジェスカの言葉を途中でさえぎり、ユーサレト改めユーサは言った。少し呆れを混ぜて、フランジェスカに問う。
「まさかと思うが、フラン。お前、パスリル本国に追われる身なのに、本名を名乗っているのか?」
「同姓同名など、どこにでもいるものです」
ちょっとだけ気まずそうにして、フランジェスカは言い訳する。ユーサは首を振り、あきらめた顔をした。それ以上、余計なことは言わず、続きをうながす。
「ですから、ユーサ殿。彼女のことはよろしくお願いします」
「本当に連れていく気はないのか?」
「そんなになついている子どもを引き離すなんて、かわいそうでしょう?」
その指摘がユーサには驚きのようだった。
「あの程度の世話でなつくなんて、この子ども、情緒がまずいんじゃないか。だがレステファルテの教育環境は良くないからな……。しかたがない、ここよりはましだろうから、セーセレティーまで連れていくか」
ユーサはナナの保護者になるつもりはないようだ。それを感じ取ったのか、ナナはしょんぼりと頭を下げる。ユーサはナナに言い聞かせる。
「いいか、よく聞け。こんな住所不定無職、自称旅人なんて男、普通は怪しいのだから、子どもの……それも女の子がついていってはいけない」
それを言われると、修太達も痛いのだが、真顔でそんなことを言うユーサがおかしくてしかたがない。フランジェスカも口端をピクピクさせながら、ユーサに告げる。
「とりあえず、ユーサ殿。もう少し風呂に入れてあげてください」
買いそろえてきた荷物を押し付けられたユーサは、やっぱり困った顔をして荷物を見下ろす。
「わ、分かった。善処する」
「ああ、駄目だ。心配すぎる! 必要なことを書類にまとめてきますから、後でまた顔を出します!」
フランジェスカは我慢できないと叫ぶように言い、身をひるがえして、自分達のコテージへ向かっていった。
「それならわたくしもお手伝いしますわ!」
ササラも駆け出した。彼女は〈黒〉を夜御子と慕っているので、世話焼きの魂に火がついたようだ。
「それじゃあ」
「ユーサさん、よい旅を」
修太と啓介があいさつして、取って返そうとすると、ユーサに呼び止められた。
「おい」
「え?」
「なんです?」
ユーサは財布を取り出したところだった。
「いくらだ? 代金くらい払う」
「ナナちゃんにあげたものですから、構いませんよ」
啓介がさらりと返し、金の受け取りを拒否する。だが、ユーサはずいっと啓介の手に金を押しつけた。
「余計な世話は嫌われるぞ」
「そこまで言わなくてもいいだろ」
修太が言い返すと、ユーサにじろっと見られた。修太もにらみ返す。
「馬鹿にするなよ。お前達からほどこしなど受けん。私からいろいろなものを奪っておいて、さらにみじめな気分にさせるのか?」
鋭い怒りは、肌を突き刺すようだ。
「ほどこしって……」
啓介だけではなく、修太も絶句する。
「ただの助け合いだろ。ナナちゃんの世話を焼いたのはお節介だ。物を買いそろえたのだって勝手にしたことで、あんたへのあてこすりじゃねえよ」
「まあまあ、坊主。そういう荒んでる時は、恵まれてる奴がにくたらしいもんなのさ。そうカッカとしなさんな」
ハインが修太の頭にポスッと手を置いて、ユーサの弁護をした。
「兄ちゃんも、あんな子どもを連れているんじゃ、金はあったほうがいいだろ。俺はレステファルテの連中に捕まって、戦闘奴隷としてひでえ目にあってたのを、同じレステファルテ人に助けられて、そこからこいつらの世話になってる。いろんな奴がいるんだ。こいつらは世話を焼くのが趣味なんだよ」
「奴隷だと?」
けげんそうにするユーサの手に、ハインは啓介の手から取り上げた金を押し付けた。
「いいか、レステファルテ人は金を持ってる奴にはわりかし親切だ。それは生き延びるのに使え。あんたが思ってるほど、この国の状況は楽観視できない。早いとこ、スオウかセーセレティーに逃れるんだな」
修太達には反発的だったが、ユーサはハインの言うことはしぶしぶ聞いた。
「だが」
「あの子どもを、無事に送り届けてやれよ。今、奴隷にされたら悲惨だぞ」
金を見下ろして、ユーサは黙考する。
「俺は白教徒のことは嫌いだがね。信念を持ってる奴は好きだよ。騎士だろうが、戦士だろうが、旅人だろうがな。パスリルを捨てても、あんたの性根は騎士なんだろ」
「守る相手もいないのに、何が騎士だ」
ユーサの顔が苦渋にゆがむ。
「今はいるだろう、そのちびすけが」
「…………。――お節介ならば、礼は言わんぞ」
ぼそりとつぶやいて、ユーサはこちらに背を向けた。ナナを腕に抱き上げて、自分のコテージに入っていった。バタンと扉が閉まる。
「青い奴だねえ。まあ、男の意固地ってやつは厄介だが嫌いじゃねえな」
ハインはにやりと笑い、修太と啓介の背を軽く叩く。
「ただの皮肉屋だろ」
修太がけっと毒づくのを、ハインは笑う。
「あっはっは。一丁前に反抗期かあ、ガキんちょ」
「なんでそうなるんだよっ」
修太の噛みつきなど、ハインには笑って流された。