表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 再会編
329/340

 2



「〈黒〉の女の子か~」

「どうしたもんかな」


 居間でテーブルを囲み、啓介と修太は困っていた。

 独身男に女の子を任せているのを心配したササラとフランジェスカがいったんナナシを預かり、ピアスが身の回りの品を集め、今は女子部屋で世話を焼いている。

 風呂に入れて着替えさせてやると、ナナシは普通の女の子そのものだった。

 伸びっぱなしの黒い髪、黒灰色の目はぱっちりしている。レステファルテ人らしく褐色の肌をしており、痩せぎすで骨が浮いて見えていた。


「まったく、団長は! 本当に最低限の世話だけをしていたんだな。手がかかったぞ」


 フランジェスカは悪態をつきながら、ナナシの髪を拭いてやっている。


「汚れがたくさん落ちて、良かったですねえ、夜御子(よるみこ)様」


 ササラはにこにこと笑みを浮かべ、おかゆを用意してナナシに出した。この痩せ具合では、いきなり重いものを食べさせると胃を壊すと思ったのだろう。


「お前、あの男にちゃんと食べさせてもらってたのか?」


 修太が問うと、落ち着きなくきょろきょろしていたナナシはこくんと頷いた。彼女がパクパクと口を動かすが、何を言っているかまでは分からない。


「親よりずっと親切だって言ってるぞ」


 果物をつまんでいたハインが言った。皆の視線が集中すると、気まずげに眉をはねあげる。


「なんだ? 唇の動きを読んだだけだ」

「おじさん、読唇術(どくしんじゅつ)ができるの?」


 啓介が好奇心をこめて問う。


「黒狼族なら、誰でもできるさ。口の動きだけでやりとりしないと、獲物に逃げられるだろ。狩場でわあわあと大声でしゃべってられるか」


 それが普通の狩人なのかはさておき、納得できる答えだ。


「あなたのお名前は?」


 ピアスがナナシに問うと、ナナシは口を動かす。


「ナナだってよ。なんだ、ほとんど同じじゃねえか」

「まじかよ、そんなことがあるのか!」


 修太だけでなく、一同、この偶然に驚いた。


「いくつ?」

 

 今度は啓介が優しく問う。ナナは九歳だと答えた。


「そうなの? 七歳くらいかと思ったよ」

「痩せてるせいかしら」


 啓介の呟きに同意して、ピアスが悲しげに眉を寄せた。


「それで、ナナよ。そなたは前から口がきけぬのか?」


 サーシャリオンが質問すると、ナナは首を振る。ハインが通訳してくれた。


『国の兵士が来て、村で働ける男女を連れていったの。止めようとしたおじいちゃんやおばあちゃん達は殺されて、小さな子とお母さん達は見逃してもらえたから逃げたけど、私は邪魔だって置いてかれた』


「ナナさん、どうして邪魔にされたんですか?」


 ササラが慎重に訊く。


『ナナ、たまに体調悪くて寝ちゃうから。無駄飯食らいなんだって』


 幼い子どもの言葉に、場に沈痛な空気が落ちる。


「魔力欠乏症か……」


 修太は苦い顔をしてつぶやく。同じ〈黒〉なので、ナナに同情するのは早かった。


『優しくしてくれたおじいちゃんが殺されて、怖くて。そしたら声が出なくなった』


 ナナはにこっと笑う。


『あのおじさんは水や食べ物を分けてくれるし、ナナが動けなくなったら置いてかないで運んでくれるから、良い人。あ! これ、おじさんにもあげなきゃ!』


 おかゆを食べずに、食器を持ってコテージを出て行こうとするので、ササラが止めた。


「あの方には別にご用意しますから、ナナさんは召し上がってくださいね」


 ナナは困った様子で、ササラとおかゆを見比べる。


「体力をつけないと、置いていかれてしまいますよ」

『食べる!』


 慌てた様子で、ナナは食事を始める。手を使って食べようとするので、スプーンを使うのだとササラが教えた。


「レステファルテのお料理は手で食べるものなのかしら」


 ササラは首を傾げ、ハインが鼻で笑う。


「まさか。おい、スープ系の料理はどうしてたんだ?」

『ナナ、いつもパンと具が無いスープだけだよ。働いてないから』

「それでそんなに痩せてんのか。まったく、ひどい親だな」

『お母さんはナナを殺さないでって、お父さんに言ってたもん。ひどくないもん!』

「悪かったよ」


 ハインとナナが言い合いしているが、傍から見ると、ハインが独り言を言っているようだ。内容を教えてもらうなり、フランジェスカがため息をついた。


「団長は貴族だから他人の世話ができないんだ。あのひどさで親切と言う意味が分かったよ。ナナ、食べながらでいいから教えてくれ。お前はどうしたい?」


 ナナは手を止めて、フランジェスカを見る。


「おじさんと一緒に行くか、私達と行って、安全な孤児院で別れるか」

『おじさん!』


 これは通訳されなくても、すぐに分かった。


「あとはユーサ団長次第だが、子持ちでもない男に、こんな幼い子を預けるのは心配だ」

「それ以前に、この子は〈黒〉だぞ。まずいだろ!」


 フランジェスカもそうだったが、ユーサレトもまた、修太を悪魔と言って殺そうとした。あれを思い出すと、認めづらい。


「あのな。パスリルの騎士は、白教の教義に外れることには滅法厳しいが、それ以外はエリートなんだぞ。礼儀と礼節を叩きこまれるし、弱い者には親切にするように教えられる。パスリルでは、団長の評判は高かった。堅物だが、周りには優しかったからな」


 フランジェスカは眉間にしわを寄せる。


「だから余計に、私は気がとがめるんだ」

「ええ、ちょっとは良いと思ってたのかよ」

「そりゃあそうだろ。あの外見で、評判も良くて、高給取りなら女はなびくだろ」


 フランジェスカの口からそんなことを聞くと、修太は尻がもぞもぞしてくる。


「じゃあ、なんで?」


「モンスターに母親を食われた時に、私は重傷を負ったんだ。こんな傷だらけでは結婚できないと思っていたから、恋愛には興味がなかったんだよ。まさか好かれると思わないだろ! 独身のまま生きると決めていたから、気づかなかったんだ。そりゃあ、右腕として認めてくれていたが、そもそも、あの人は部下には手厚いんだ」


 ユーサレトの第一印象が最悪だっただけに、フランジェスカから聞くユーサレトの様子が違いすぎて、修太は目を白黒させた。


「団長は口ではああ言うが、〈黒〉のこの子を放っておかなかっただろ。そういうことだよ」


 苦虫をかみつぶした顔をして、フランジェスカはため息をつく。


「……あの人も少しは変わったのかな」


 フランジェスカが変わったように、ユーサレトも外界を見て、少しずつ変化したのかもしれない。

 修太は苦手だから近づきたくないが、こんな小さな子が純粋に慕っているのだから、少しは信用してもいいのかも。


「どうするかは、その子が決めることだよ」


 サーシャリオンがぽつりと言った。



・2021/1/6 ナナの年齢について加筆。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるーく活動中。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ