第四十二話 孤独の騎士は、黒の少女の手を取るか 1
「……フランジェスカ?」
「ユーサ団長!?」
お互いにあ然とした声をこぼした後、フランジェスカは身構えて剣の柄に手を当て、室内では啓介が修太の傍に来た。
「なんだ、そなた、まだフランジェスカに執着しておるのか?」
サーシャリオンが少しの興味をこめて問うと、ユーサレトの表情がこわばる。茶化す問いには答えず、ユーサレトはつぶやいた。
「ここは7番棟かと思ったが」
「8番ですよ。7番はあっちの奥のはずです」
フランジェスカも気まずそうに眉を寄せ、事務的に返す。
その時、ユーサレトの後ろで、フードをかぶった小さな影がユーサレトの服を引き、しゃがみこんだ。
ユーサレトはそちらに視線を向ける。
「なんだ、ナナシ。疲れたのか?」
小さな頭がこくんと揺れる。サーシャリオンが驚きの声を上げる。
「ほほう。子持ちだったか!」
「違う! 私の子ではない。なんだ、貴様。初対面のはずだが、どこかで会ったような気のするムカつき加減だな」
今はリオンの姿をとっているサーシャリオンに、ユーサレトは不愉快をあらわにした。
以前、ユーサレトはサーシャリオンに氷漬けにされて足止めされた。姿は違っていても、覚えがあるようなことに驚く。
「フランに興味がないと言えば嘘になるが、ここに来たのは偶然だ。あの事件で、身分も立場も捨てて、一介の旅人になった。そもそも、お前達が氷竜とともに私の屋敷を壊したから、姿をくらますしかなかったのだぞ! しかもその後に聖樹が消えた。パスリルの民ならば、まったく関係ないことを勝手に関連づけて、私を断罪しただろう」
ユーサレトの恨み言に、フランジェスカだけでなく啓介の顔も引きつった。
「う……。それは確かに悪いことをしましたけど」
啓介がそろりと目をそらす。修太は首を傾げる。
「そもそも、そいつがフランを監禁したのが原因だろ」
「そうだけどさ、シュウ。竜はやりすぎだったんじゃない?」
「いや、あれを目くらましに、断片を回収するって作戦だったんだから……。うーん、でもたしかに、あそこまでしなくても良かったのかな? サーシャの案を採用したからああなったわけで」
だんだん罪悪感が首をもたげてきた。ピアスが笑いながら毒を吐く。
「本当、サーシャって厄介なことばっかりするわよね」
「ちょっと待て。どうしてそうなる」
サーシャリオンは不服げに口を挟んだ。
そこで、ササラがおずおずと手を挙げる。
「あのぅ、聖樹とかパスリルとか、いったいその方はどちら様ですの?」
「パスリルの元騎士団団長さんだよ。フランさんの上司だった人」
啓介が教えると、ササラだけでなくピアスも飛び上がった。
「そうなんですか!?」
「この人がそうなの!?」
そういえば、ピアスはユーサレトに直接会ったことがない。
「シュウタさんの敵になるなら、わたくし、容赦しませんわよ!」
ベルトから抜き取ったクナイを構えるササラを、ユーサレトはうんざり顔で見る。
「その服装、スオウの民か。安心しろ。その連中のことは心底嫌いだが、今は色改めなどしていない」
「うわあ、フランの上司だわ。フランの嫌味とめちゃくちゃそっくり」
修太は違う方向で感動した。
「うるさいぞ、クソガキ!」
フランジェスカはすぐさま悪態を返す。フランジェスカの気がそれたタイミングで、ユーサレトは子どもを腕に抱え上げて背を向けた。
「邪魔をしたな」
だが、フランジェスカはその背に剣先を突きつけた。眼光鋭く脅しをかける。
「団長、お待ちください。もしあなたが遊撃隊を呼ぶなら、ここで行かせるわけにいきません」
「ふ。レステファルテの雑兵どものことか? わざわざ自分の身を窮地に追いやる真似はせん。あの連中、傭兵狩りをしているのだ」
「傭兵狩り?」
フランジェスカは剣を下ろし、鞘に収める。
「王の覚えめでたき兵士というが、実態は盗賊と変わらん。村に行き、傭兵として雇いたいと若者に声をかける。断ると、強制的に徴収するのだ。それに反発したせいで、村を焼かれた場所があった。この娘はそこの生き残りだ」
「娘? 団長に女の子の世話ができるのですか!?」
「疑問に思うのはそこか?」
ユーサレトは呆れを含んだため息をついた。
「元からなのか、よほど怖い目にあったのか、口をきけん。連れていくつもりはなかったが、勝手についてくるから、しかたなしに世話しているだけだ。その辺で死なれると寝ざめが悪いからな」
そこでユーサレトはふとフランジェスカを見つめる。
「お前達、この娘を連れていかないか? 平和な土地で、孤児院にでも預ければいい」
ユーサレトがそう言うと、子どもはユーサレトの肩をベチベチと叩き始める。ユーサレトは迷惑そうに眉を寄せた。
「なんだ、不満か。ナナシ、奴隷にするわけではないんだ、選べるだけぜいたくだと思わないか?」
しかし女の子はユーサレトから離れたくないとばかりに、その肩にしがみついた。フードからのぞく頬がリスみたいにふくらんでおり、すねているのが丸分かりだ。
「その子は団長のほうがいいようですね」
「迷惑な話だ」
「ところで、ナナシというのは、まさか名前が無いという意味ですか?」
「ああ。口をきけないし、字も知らんらしい。だから適当に“名無し”と呼んでいる」
「そ、それはさすがにかわいそうでは……」
フランジェスカは女の子を気の毒そうに見る。
(啓介よりひどいネーミングセンスだな)
修太はちらりと啓介を見て、それから女の子に同情した。
「まさかクロと呼ぶわけにもいかんだろ」
「は? 嘘でしょう。その子、〈黒〉なのですか!?」
驚愕して大きな声を出すフランジェスカに、ユーサレトは頷いた。
「ああ。だからお前達が連れていったほうがいいだろうと思ったのだ。正直なところ、この娘は私の手に余る」
冷徹な横顔に、少しの困惑がにじむ。
ユーサレトは正しく困っているように見えた。
この話は番外編で書くかどうか迷ってた内容です。
ユーサレトって嫌われてるし誰も読みたくないかなと思ってたら、読みたいという感想があったのでねじこんだ形になります。
あの出奔直後には、ユーサと黒の少女が旅しているイメージでした。
なんか義理の親子が好きなのだろうか、私は。
元白教徒と黒の娘というところが、いろんな葛藤がありそうで好きな感じです。
前にもネタバレでつぶやきましたが、最初は修太とフランジェスカでくっつけるつもりで書いてたんですよ。でも、いくら進めても、この二人の仲が悪すぎたのでやめました(笑)
それでフランジェスカをどうしようか迷ってますね。
案外、まわりまわって、ユーサと落ち着いても面白そう。
最初の頃のユーサは無理でしょうけど、旅をして視野が広がったユーサならフランジェスカも受け入れそうよね。
フランの相手は決まってないけど、いつかは誰かと愛のある家庭を築いてほしいなあ。