表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 再会編
327/340

 9



 話がまとまったので、グレイ達を野宿場に残して、修太達はオブリガンテ村に徒歩で向かった。

 遊撃隊との遭遇を警戒していたが、彼らどころか、他の旅人とも出くわさない。

 パスリル王国との関所があるのは東側であり、こんな西側には荒野ど真ん中には街道もない。当然といえた。


 いったん大回りして街道に入ると、そのうちちらほらと旅人を見かけるようになった。冒険者らしき者から商人まで様々だ。彼らにまぎれれば、オブリガンテ村へ入るのは簡単だった。

 小さなオアシスの側には果樹と畑があり、その周りを日干し煉瓦でできた、四角い家々が囲んでいる。

 ヤギやニワトリみたいな鳥が放し飼いにされていて、自由に闊歩していた。


「なんだ、普通の村だな。サーシャ、どう?」


 オアシスの水を引いているのだろうか、水路が走っているのを横目に眺めながら、修太はサーシャリオンを振り返る。


「残念だが、断片はない。しかし、なるほど面白い。村の周囲は、マユスヘビやクラウドワスプの巣が多いようだな」


 修太には分からない何かを、サーシャリオンは感じ取っているようだ。


(村の周り、低木や岩場は多かったけど、そんなのいたか?)


 思い返してみたものの、モンスターの影も見られなかった。

 啓介が反応を示す。


「確か、丈夫な糸がとれるモンスターだっけ? マユスヘビは繭状の巣を作るし、クラウドワスプは、雲みたいに見える綿を足にくっつけてる蜂だったよな」


「その糸を紡いで織った布が、防具扱いの服を作る為の材料になるわけだ。もしかしたら、『モンスターに対応する為の祝福』かと思ったが、ただの生態系だな」


 サーシャリオンが断定したことを、フランジェスカは確認する。


「つまり、偶然?」

「そういうことだ。次は青石の魔女か、ドワーフの国を目指したほうが良いだろう」


 ちょうどいいタイミングで、情報を手に入れたようだ。

 あっさりと用事が片付いたので、ピアスが軽く手を上げて提案する。


「調査が必要ないなら、今日は村で一泊しましょ。買い物したいわ」

「わたくしも!」


 ササラも目を輝かせており、フランジェスカも異論はないようだ。


「ハインさんの装備を整えて、居残り組の物もそろえたいな」

「でも黒ばっかりだと怪しまれるかもよ」


 修太に、啓介が心配して言う。すると、ハインが口を挟んだ。


「白か灰色を買っておけば、後で染められるから問題ねえよ」

「なるほどな。じゃ、そうしようか」

「まずは宿をとろう。この様子だと、すぐ満室になりそうだよ」


 小さな村のわりに、よその客が多い。まずは宿に行ってみると、コテージを一軒ずつ貸すスタイルだった。

 食堂はないらしく、台所の食材を自由に使っていい代わり、自分達で作るルールのようだ。


「必要なら、飯炊(めした)きの女や……男をよこしますよ。千エナからになります」


 宿の主人はにやにやしながら、そんなことを言った。


「料理人がいるのか? それなら……」


 サーシャリオンが雇おうと言い出すのを遮り、ササラとハインが声をそろえる。


「お断りいたしますわ」

「必要ねえよ」


 主人は残念そうに肩をすくめる。


「そうですか? 必要ならおっしゃってくださいね。奴隷を貸し出しますから」


 そして自宅のほうへ帰っていった。


「どうして断るのだ? ここの料理を食べられたかもしれぬぞ」


 サーシャリオンが不思議そうに問い、フランジェスカもけげんそうにしている。修太達も謎だった。


「スオウでもそうなのですが、こういったスタイルの宿では、そういう商売もありまして……」


 ササラは言葉をにごし、修太を気にして、顔を引きつらせる。


「なんで俺を見てそんな顔をすんの!?」

「坊主がガキだからだろ。旅人に、所有の奴隷を有償で貸し出す。よくあるこっちゃな」

「んんー? どういうこと?」


 ハインの説明もにごされている。眉を寄せる修太に対し、フランジェスカとピアスはピンときたようだ。


「そういう商売か! 思惑ありげに男と付け足したのは、そういう意味か。なんだ、好き者とでも言いたかったのか、あの親父!」


 顔を赤くして怒るフランジェスカ。ピアスは苦笑を深くする。


「まあまあ、みんなに聞いてるのかもよ」

「何を言ってるの、フランさん」


 啓介がきょとんとして問うと、フランジェスカはたじろいだ。


「ハイン殿、パス! 私は部屋をチェックする」

「わたくしも」


 気まずそうに女性達がコテージに逃げるのを、修太達はぽかんと眺める。


「どういうことじゃ?」


 サーシャリオンがハインに問うと、ハインは面倒くさそうに返す。


「一夜を売る商売って言えば分かるか?」


 ようやく意味を理解し、彼女達が口にしづらそうにしていた理由も納得した。


「レステファルテって、奴隷をそんなふうにも使うのかよ……まじか」

「人権問題、やばいな……」


 修太と啓介は、日本での常識と照らし合わせ、思わずうめく。


「よく分からんが、屋敷の主人が客をもてなす時に、そういった者をよこすこともある。使用人のこともあるから、状況によるな。相手が王族なら、娘を差し出すことすらあるんだぜ。王侯貴族が命じることもある」


 分かりやすい身分差別に、修太と啓介は顔をしかめるが、ハインはそう嫌がるなよと笑う。


「それでも、気に入られれば、第六夫人辺りになれるかもしれねえ。底辺から抜け出すために、好機ととらえる奴もいるよ。この国じゃ、女が自立して生きるのは難しいからな」

「ん? そもそもレステファルテって、一夫多妻なの?」


「そうだぞ。知らなかったのか? ま、妻とした全員を平等に扱う決まりがあるから、甲斐性が無けりゃ無理だけどな。だから庶民では妻はほとんど一人だよ」


 ハインは首を傾げる。


「妻が多いほど、それだけ金があるってことだから、王侯貴族だと妻を多く持つのが良いこととまでされてるよ」

「ふーん、いろんな考え方があるもんだな」

「ハーレムも大変そうだ」


 修太と啓介の感想を聞いて、サーシャリオンが笑い出す。


「ほんに可愛い子らだな! よしよし」

「なんで撫でるんだよ、サーシャ!」

「ちょっ、痛いって」


 修太と啓介は抗議したが、しばらくサーシャリオンに頭をくしゃくしゃとかき回されてしまった。




 コテージの中を物色して、それぞれベッドや荷物置き場を決めると、修太達はそろって村に繰り出した。

 オアシスから一番遠い場所に広場があり、そこに工房や倉庫が集まっている。村にとっての重要地点だけに、武器を持った村人が警備をしている。店はどこかと訊くと、彼らは広場に入ってすぐの家を指さした。


 出入り口のには服の絵が描かれた看板が下がっており、仕立屋も兼ねているようだった。広々とした店内は客でごった返している。出入り口だけでなく、ところどころに警備がいるのは盗みを警戒しているのだろうか


「へえ、仕立屋も兼ねてるんだな」


 店員に言えば試着をして、気に入れば体形に合わせて調整してくれるそうだ。もちろん、有料だ。

 行商人はサイズを気にせず買い込み、戦士らしき旅人は試着室を使っているようだ。


「サイズ合わせくらいならあいつらでもできるから、適当に見繕って買うぞ」


 ハインは遠慮なく店内に踏み込むが、修太と啓介はそんなハインの前に回り込む。


「おじさんが先だよ」

「そうそう。お金は俺達が出すから、好きなのを買って。あそこ、武器もあるよ」


 少年二人にまとわりつかれ、ハインはなんとも言えない顔をする。


「くそ、うちのガキを思い出すじゃねえか」

「きっと心配してるぞ」


 修太達の話し声が聞こえたのか、五十代ほどの店員の男が近づいてきた。


「お客さん、ずいぶんボロボロじゃないか」


 ハインの横顔に緊張が走る。彼はレステファルテ人にされたことを忘れたわけではないのだ。修太はすかさずフォローする。


「盗賊に襲われてすっぴんかんなのを助けたんだよ。店員さん、この店で良い防具をおじさんに見立ててあげてよ」

「なんだい、(ほどこ)してやってんのかい? そんなに上等のもんを無償であげていいのかね」

「そうだよ。砂漠で運良く生き残った者は助けないとな。神様のご慈悲を無視したら、俺達に(ばち)が当たっちまう」


 修太はだてにグレイ達と一緒にいるわけではない。何かの折に雑談で聞いた、レステファルテの迷信を口にした。

 海でも砂漠でも、運良く生き残った者は助けないと罰が当たるんだそうだ。そして、助ければ、運をおすそわけしてもらえる。

 修太の言葉は、レステファルテ人の男には響いたようだった。


「そりゃあ、そうだな。いいだろう、とっておきの品を見繕ってあげるよ。俺も運のおすそわけにあやかりたいからね」

「……よろしく」


 ハインはぼそりと言った。

 きっと口にしたくはなかっただろうに、場を良くするために言ったのだろう。複雑そうに、苦いものを口端に浮かべている。

 それからハインの装備を整え、ハインや仲間達が適当に見繕った防具をあれこれと買い込んだ。


「へえ、エシャトールからの行商の帰りなのかい。それなら、硫黄を持ってないか? 子ども達に皮膚病がはやっていてね、治療薬が欲しかったんだ。くれるんなら、お代から代金を引くよ」


 どうやら男は店の責任者のようで、そんなことを言いだした。

 他にも、エシャトールから持ち込んだ品を見せると、この辺では手に入らない品を前に目を輝かせ、村長を呼ぶから取引したいと切り出した。

 修太達もいくらでも路銀があるわけではない。ありがたく商談に乗ることにした。




「良い買い物ができたな~」


 ほくほく顔で店を出ると、啓介はにんまり笑う。


「サーシャ、手助けありがとう」


 レステファルテの商人相手に、サーシャリオンは一歩も引かない見事な商談をしてのけた。フランジェスカも珍しく褒める。


「こういったことは、サーシャに任せるのが一番上手くいくな」

「だてに年はとっておらぬからな」


 そしてコテージに戻ると、ササラが張り切り出した。


「料理ならわたくしにお任せくださいね。負けてられませんわ!」

「私も手伝うわ、ササラさん」


 ピアスも装備を新調したので、ご機嫌だ。足取り軽く台所に向かう。


「俺も……。おじさん、変な顔をしてどうしたんだ?」


 修太も続こうとして、ハインの様子に気付く。


「人間だと思われているだけで、こうも待遇が違うとはな。あいつらにも良いところがあるのか」


「ああ、いろんな人がいるよ。おじさんも、良い人だって分かってもらえたら良かったよな。でも、ここはそういう土地だから仕方ない。平穏に暮らすなら、もう場所を変えたほうが早いと思うぜ」

「坊主は達観してるな。しかし、こんなに大盤振る舞いしてもらって良かったのか?」


 新品の衣類に、背負っている大ぶりの弓と、腰に下げた短剣。そのほか、旅に必要ないろんな道具や日用品もそろえた。

 過剰な親切ではないかと、ハインは気にしているようだ。


「いいよ。俺達は余裕があるし、おじさんはグレイの仲間だからな。困った時はお互い様だ」

「そうそう。それに、ドワーフの国について教えてもらったから、その情報代もあるよ。神の断片について、情報が無くて困ってたんだ」


 修太と啓介がそれぞれなだめると、ハインは渋々といった様子で頷く。


「そうか。そういうことにしておこう。もし再会したら、今度は俺が助けるよ。あの場所について教えられないが、なんだかお前らとはあそこで会いそうな気がする」

「うん、自力で見つけてみせるよ!」


 啓介がガッツポーズをして、胸を張る。

 修太は椅子を指して、ハインをうながす。


「おじさんは座っててよ。昨日の今日だぜ? もう少し休んでいたほうがいい」

「いや、体がなまっちまうから、稽古をしたい」

「駄目駄目!」


 まったく、黒狼族というのは戦闘馬鹿そろいなのだから。

 修太は即座にNGを出し、ハインを椅子に連れて行く。


「じいさん扱いをするなよ、坊主」

「残念だったな。これは病人扱い!」

「しかたねえなあ」


 反論しても無駄だと悟ったようで、ハインは武器を下ろして椅子に座ろうとし、腰を浮かせる。サーシャリオンも扉のほうを見た。

 コンコンとノック音が響く。

 室内に緊張が走る。もしや遊撃隊かと身構え、フランジェスカが扉に向かった。薄く扉を開け、外を確認する。


「はい? どちら様ですか。……え」


 気の抜けた声とともに、ノブをつかむ手がゆるむ。扉はギィと音を立て、内に向けて開いた。

 玄関の外では、客も驚きをあらわにしている。

 薄汚れた旅装をした男は、水色の髪と銀の目を持っていた。鼻筋の通った怜悧(れいり)な容貌は、冷静という言葉がよく似合う。


「……フランジェスカ?」

「ユーサ団長!?」


 お互いにあ然とした声が、間抜けに落っこちた。




 読者さんがユーサレトとの再会話を読みたいとおっしゃってくれたので、次話はそちらの再会話にします。

 でも、次話はユーサレト視点が多めになりますよ。


 思わぬ再会に警戒する修太達だが、ユーサレトの連れが〈黒〉の少女だと気付くや、さらに驚愕する。

 隣のコテージに泊まるというユーサレトと、その夜、フランジェスカは外で酒を飲みながら話すことに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるーく活動中。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ