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話がまとまったので、グレイ達を野宿場に残して、修太達はオブリガンテ村に徒歩で向かった。
遊撃隊との遭遇を警戒していたが、彼らどころか、他の旅人とも出くわさない。
パスリル王国との関所があるのは東側であり、こんな西側には荒野ど真ん中には街道もない。当然といえた。
いったん大回りして街道に入ると、そのうちちらほらと旅人を見かけるようになった。冒険者らしき者から商人まで様々だ。彼らにまぎれれば、オブリガンテ村へ入るのは簡単だった。
小さなオアシスの側には果樹と畑があり、その周りを日干し煉瓦でできた、四角い家々が囲んでいる。
ヤギやニワトリみたいな鳥が放し飼いにされていて、自由に闊歩していた。
「なんだ、普通の村だな。サーシャ、どう?」
オアシスの水を引いているのだろうか、水路が走っているのを横目に眺めながら、修太はサーシャリオンを振り返る。
「残念だが、断片はない。しかし、なるほど面白い。村の周囲は、マユスヘビやクラウドワスプの巣が多いようだな」
修太には分からない何かを、サーシャリオンは感じ取っているようだ。
(村の周り、低木や岩場は多かったけど、そんなのいたか?)
思い返してみたものの、モンスターの影も見られなかった。
啓介が反応を示す。
「確か、丈夫な糸がとれるモンスターだっけ? マユスヘビは繭状の巣を作るし、クラウドワスプは、雲みたいに見える綿を足にくっつけてる蜂だったよな」
「その糸を紡いで織った布が、防具扱いの服を作る為の材料になるわけだ。もしかしたら、『モンスターに対応する為の祝福』かと思ったが、ただの生態系だな」
サーシャリオンが断定したことを、フランジェスカは確認する。
「つまり、偶然?」
「そういうことだ。次は青石の魔女か、ドワーフの国を目指したほうが良いだろう」
ちょうどいいタイミングで、情報を手に入れたようだ。
あっさりと用事が片付いたので、ピアスが軽く手を上げて提案する。
「調査が必要ないなら、今日は村で一泊しましょ。買い物したいわ」
「わたくしも!」
ササラも目を輝かせており、フランジェスカも異論はないようだ。
「ハインさんの装備を整えて、居残り組の物もそろえたいな」
「でも黒ばっかりだと怪しまれるかもよ」
修太に、啓介が心配して言う。すると、ハインが口を挟んだ。
「白か灰色を買っておけば、後で染められるから問題ねえよ」
「なるほどな。じゃ、そうしようか」
「まずは宿をとろう。この様子だと、すぐ満室になりそうだよ」
小さな村のわりに、よその客が多い。まずは宿に行ってみると、コテージを一軒ずつ貸すスタイルだった。
食堂はないらしく、台所の食材を自由に使っていい代わり、自分達で作るルールのようだ。
「必要なら、飯炊きの女や……男をよこしますよ。千エナからになります」
宿の主人はにやにやしながら、そんなことを言った。
「料理人がいるのか? それなら……」
サーシャリオンが雇おうと言い出すのを遮り、ササラとハインが声をそろえる。
「お断りいたしますわ」
「必要ねえよ」
主人は残念そうに肩をすくめる。
「そうですか? 必要ならおっしゃってくださいね。奴隷を貸し出しますから」
そして自宅のほうへ帰っていった。
「どうして断るのだ? ここの料理を食べられたかもしれぬぞ」
サーシャリオンが不思議そうに問い、フランジェスカもけげんそうにしている。修太達も謎だった。
「スオウでもそうなのですが、こういったスタイルの宿では、そういう商売もありまして……」
ササラは言葉をにごし、修太を気にして、顔を引きつらせる。
「なんで俺を見てそんな顔をすんの!?」
「坊主がガキだからだろ。旅人に、所有の奴隷を有償で貸し出す。よくあるこっちゃな」
「んんー? どういうこと?」
ハインの説明もにごされている。眉を寄せる修太に対し、フランジェスカとピアスはピンときたようだ。
「そういう商売か! 思惑ありげに男と付け足したのは、そういう意味か。なんだ、好き者とでも言いたかったのか、あの親父!」
顔を赤くして怒るフランジェスカ。ピアスは苦笑を深くする。
「まあまあ、みんなに聞いてるのかもよ」
「何を言ってるの、フランさん」
啓介がきょとんとして問うと、フランジェスカはたじろいだ。
「ハイン殿、パス! 私は部屋をチェックする」
「わたくしも」
気まずそうに女性達がコテージに逃げるのを、修太達はぽかんと眺める。
「どういうことじゃ?」
サーシャリオンがハインに問うと、ハインは面倒くさそうに返す。
「一夜を売る商売って言えば分かるか?」
ようやく意味を理解し、彼女達が口にしづらそうにしていた理由も納得した。
「レステファルテって、奴隷をそんなふうにも使うのかよ……まじか」
「人権問題、やばいな……」
修太と啓介は、日本での常識と照らし合わせ、思わずうめく。
「よく分からんが、屋敷の主人が客をもてなす時に、そういった者をよこすこともある。使用人のこともあるから、状況によるな。相手が王族なら、娘を差し出すことすらあるんだぜ。王侯貴族が命じることもある」
分かりやすい身分差別に、修太と啓介は顔をしかめるが、ハインはそう嫌がるなよと笑う。
「それでも、気に入られれば、第六夫人辺りになれるかもしれねえ。底辺から抜け出すために、好機ととらえる奴もいるよ。この国じゃ、女が自立して生きるのは難しいからな」
「ん? そもそもレステファルテって、一夫多妻なの?」
「そうだぞ。知らなかったのか? ま、妻とした全員を平等に扱う決まりがあるから、甲斐性が無けりゃ無理だけどな。だから庶民では妻はほとんど一人だよ」
ハインは首を傾げる。
「妻が多いほど、それだけ金があるってことだから、王侯貴族だと妻を多く持つのが良いこととまでされてるよ」
「ふーん、いろんな考え方があるもんだな」
「ハーレムも大変そうだ」
修太と啓介の感想を聞いて、サーシャリオンが笑い出す。
「ほんに可愛い子らだな! よしよし」
「なんで撫でるんだよ、サーシャ!」
「ちょっ、痛いって」
修太と啓介は抗議したが、しばらくサーシャリオンに頭をくしゃくしゃとかき回されてしまった。
コテージの中を物色して、それぞれベッドや荷物置き場を決めると、修太達はそろって村に繰り出した。
オアシスから一番遠い場所に広場があり、そこに工房や倉庫が集まっている。村にとっての重要地点だけに、武器を持った村人が警備をしている。店はどこかと訊くと、彼らは広場に入ってすぐの家を指さした。
出入り口のには服の絵が描かれた看板が下がっており、仕立屋も兼ねているようだった。広々とした店内は客でごった返している。出入り口だけでなく、ところどころに警備がいるのは盗みを警戒しているのだろうか
「へえ、仕立屋も兼ねてるんだな」
店員に言えば試着をして、気に入れば体形に合わせて調整してくれるそうだ。もちろん、有料だ。
行商人はサイズを気にせず買い込み、戦士らしき旅人は試着室を使っているようだ。
「サイズ合わせくらいならあいつらでもできるから、適当に見繕って買うぞ」
ハインは遠慮なく店内に踏み込むが、修太と啓介はそんなハインの前に回り込む。
「おじさんが先だよ」
「そうそう。お金は俺達が出すから、好きなのを買って。あそこ、武器もあるよ」
少年二人にまとわりつかれ、ハインはなんとも言えない顔をする。
「くそ、うちのガキを思い出すじゃねえか」
「きっと心配してるぞ」
修太達の話し声が聞こえたのか、五十代ほどの店員の男が近づいてきた。
「お客さん、ずいぶんボロボロじゃないか」
ハインの横顔に緊張が走る。彼はレステファルテ人にされたことを忘れたわけではないのだ。修太はすかさずフォローする。
「盗賊に襲われてすっぴんかんなのを助けたんだよ。店員さん、この店で良い防具をおじさんに見立ててあげてよ」
「なんだい、施してやってんのかい? そんなに上等のもんを無償であげていいのかね」
「そうだよ。砂漠で運良く生き残った者は助けないとな。神様のご慈悲を無視したら、俺達に罰が当たっちまう」
修太はだてにグレイ達と一緒にいるわけではない。何かの折に雑談で聞いた、レステファルテの迷信を口にした。
海でも砂漠でも、運良く生き残った者は助けないと罰が当たるんだそうだ。そして、助ければ、運をおすそわけしてもらえる。
修太の言葉は、レステファルテ人の男には響いたようだった。
「そりゃあ、そうだな。いいだろう、とっておきの品を見繕ってあげるよ。俺も運のおすそわけにあやかりたいからね」
「……よろしく」
ハインはぼそりと言った。
きっと口にしたくはなかっただろうに、場を良くするために言ったのだろう。複雑そうに、苦いものを口端に浮かべている。
それからハインの装備を整え、ハインや仲間達が適当に見繕った防具をあれこれと買い込んだ。
「へえ、エシャトールからの行商の帰りなのかい。それなら、硫黄を持ってないか? 子ども達に皮膚病がはやっていてね、治療薬が欲しかったんだ。くれるんなら、お代から代金を引くよ」
どうやら男は店の責任者のようで、そんなことを言いだした。
他にも、エシャトールから持ち込んだ品を見せると、この辺では手に入らない品を前に目を輝かせ、村長を呼ぶから取引したいと切り出した。
修太達もいくらでも路銀があるわけではない。ありがたく商談に乗ることにした。
「良い買い物ができたな~」
ほくほく顔で店を出ると、啓介はにんまり笑う。
「サーシャ、手助けありがとう」
レステファルテの商人相手に、サーシャリオンは一歩も引かない見事な商談をしてのけた。フランジェスカも珍しく褒める。
「こういったことは、サーシャに任せるのが一番上手くいくな」
「だてに年はとっておらぬからな」
そしてコテージに戻ると、ササラが張り切り出した。
「料理ならわたくしにお任せくださいね。負けてられませんわ!」
「私も手伝うわ、ササラさん」
ピアスも装備を新調したので、ご機嫌だ。足取り軽く台所に向かう。
「俺も……。おじさん、変な顔をしてどうしたんだ?」
修太も続こうとして、ハインの様子に気付く。
「人間だと思われているだけで、こうも待遇が違うとはな。あいつらにも良いところがあるのか」
「ああ、いろんな人がいるよ。おじさんも、良い人だって分かってもらえたら良かったよな。でも、ここはそういう土地だから仕方ない。平穏に暮らすなら、もう場所を変えたほうが早いと思うぜ」
「坊主は達観してるな。しかし、こんなに大盤振る舞いしてもらって良かったのか?」
新品の衣類に、背負っている大ぶりの弓と、腰に下げた短剣。そのほか、旅に必要ないろんな道具や日用品もそろえた。
過剰な親切ではないかと、ハインは気にしているようだ。
「いいよ。俺達は余裕があるし、おじさんはグレイの仲間だからな。困った時はお互い様だ」
「そうそう。それに、ドワーフの国について教えてもらったから、その情報代もあるよ。神の断片について、情報が無くて困ってたんだ」
修太と啓介がそれぞれなだめると、ハインは渋々といった様子で頷く。
「そうか。そういうことにしておこう。もし再会したら、今度は俺が助けるよ。あの場所について教えられないが、なんだかお前らとはあそこで会いそうな気がする」
「うん、自力で見つけてみせるよ!」
啓介がガッツポーズをして、胸を張る。
修太は椅子を指して、ハインをうながす。
「おじさんは座っててよ。昨日の今日だぜ? もう少し休んでいたほうがいい」
「いや、体がなまっちまうから、稽古をしたい」
「駄目駄目!」
まったく、黒狼族というのは戦闘馬鹿そろいなのだから。
修太は即座にNGを出し、ハインを椅子に連れて行く。
「じいさん扱いをするなよ、坊主」
「残念だったな。これは病人扱い!」
「しかたねえなあ」
反論しても無駄だと悟ったようで、ハインは武器を下ろして椅子に座ろうとし、腰を浮かせる。サーシャリオンも扉のほうを見た。
コンコンとノック音が響く。
室内に緊張が走る。もしや遊撃隊かと身構え、フランジェスカが扉に向かった。薄く扉を開け、外を確認する。
「はい? どちら様ですか。……え」
気の抜けた声とともに、ノブをつかむ手がゆるむ。扉はギィと音を立て、内に向けて開いた。
玄関の外では、客も驚きをあらわにしている。
薄汚れた旅装をした男は、水色の髪と銀の目を持っていた。鼻筋の通った怜悧な容貌は、冷静という言葉がよく似合う。
「……フランジェスカ?」
「ユーサ団長!?」
お互いにあ然とした声が、間抜けに落っこちた。
読者さんがユーサレトとの再会話を読みたいとおっしゃってくれたので、次話はそちらの再会話にします。
でも、次話はユーサレト視点が多めになりますよ。
思わぬ再会に警戒する修太達だが、ユーサレトの連れが〈黒〉の少女だと気付くや、さらに驚愕する。
隣のコテージに泊まるというユーサレトと、その夜、フランジェスカは外で酒を飲みながら話すことに。




