8
ハインを休ませるために、三日程野宿するつもりだったが、当のハインが断った。
「気遣いは結構。オブリガンテ村に行きたいなら、行ってくればいい。ここで待てばいいだけだ」
「ああ、そっか。黒狼族の皆と一緒に行動しなくてもいいんだね。それなら、俺達で見てくるよ」
啓介は目から鱗が落ちたという様子で、しきりと感心している。
「それが無難か。俺らの問題にこいつらを巻き込むほうが危険だ」
グレイの返事に、トリトラは神妙に応じる。
「そうですね、師匠。僕もここまではないと思ってましたから。正直、エシャトールから戻る時はなめてました」
「防具を作る職人の村ってのがどんなか興味あったのに、残念だ」
シークはがっかりという態度を隠さない。
「そういうことなら、俺が見てきてやるよ。今は尾がねえから、人間のふりができる。助けられた礼をせねばならんしな」
「しかし、ハイン。顔を覚えられてるんじゃねえのか」
グレイの問いに、ハインは皮肉っぽい笑みを口端に浮かべて返す。
「あいつらが覚えてるのは、奴隷として薄汚なくなってる時だよ。俺の髪色が金だってことも知らないだろうぜ」
「おじさん、そんなに長いこと、捕まってたのか?」
修太が果物をかじるのをやめて問うと、ハインは頷く。
「かれこれ半年かな。俺はほとんどノコギリ山脈で暮らしていたんだ。カミさんが死んじまったんで、十年ぶりくらいにあそこを離れたら、こんなことになっててよ。あっさり捕まっちまった。周りが止めてくれたんだが、家にいるとカミさんを思い出してしんどくてなあ」
ハインの口ぶりは、まるでノコギリ山脈に集落があるかのようだ。フランジェスカが挙手する。
「ちょっと待て。あの山脈に村などあったか?」
「ああ。決まりだから場所は教えられねえが、ドワーフの国があるんだよ。地下都市グランルートっていう。俺のカミさんはドワーフの女だ」
意外すぎる告白に、修太達はどよめいた。
「えっ、ドワーフと結婚したの?」
ドワーフの女性は男性に比べれば細身で小柄だが、外見は小人だ。対するハインは背が高い男だから、巨人と小人くらいの差がある。
「カミさんはドワーフと人間のハーフでな。見かけは人間の女に近いぞ。俺が知らずにあの都市に迷い込んだ時、侵入者だとハンマーでガツンとやられてな。あの腕っぷしに惚れたんだ」
「え……殴られて好きになったの? 意味分かんねえ」
「強い女は良いぞ」
「……そ、そう」
修太には理解できなかったが、とりあえず頷いておいた。フランジェスカは思い出す仕草をして、納得をみせる。
「なるほどな。ドワーフのディーおじさんからそんな場所があると聞いてはいたが、ノコギリ山脈周辺にあるのか」
「地下道自体は、パスリルやレステファルテの一部まで伸びているそうだが、俺も詳しくは知らねえよ。ドワーフが神出鬼没なのはそのせいだ」
「しかし、よくドワーフが貴殿を受け入れたものだな」
「俺が武具には多少の目利きがあるんでな。奴らの持っている武器や防具を褒めまくったら、自分のはどうだとあちこち引っ張り回されて、そのうち酒席に呼ばれて、数日飲み明かしていたら、気づいたら仲間として認めてくれていた」
ハインの説明を聞いて、修太達はなんとも言えない顔をする。
「……ちょろいな、ドワーフ」
「はは」
修太の呟きに、啓介が笑いをこぼす。否定できなかったようだ。
「良いですわね、そんなに素晴らしいのでしたら、一度見てみたいものです」
「ササラ殿、私も同意見だ」
ササラとフランジェスカが、武器と防具に興味を見せる。
「カミさんのことも、そんな感じで押しまくったらいけたぞ。ハーフは背が高すぎて、同族にはモテないのも原因だったようだがな。地下道にもモンスターや猛獣は出るから、討伐を担当して、なかなか楽しく暮らしてたんだがよ、カミさん、生まれた時から肺が弱くてな。風邪が流行した年に、肺炎で死んじまったんだ」
「子どもはいねえのか?」
グレイが問うと、ハインはあっさり頷いた。
「ああ、いるよ。息子と娘が一人ずつ。どうも俺の接し方が気に入らんらしく、『自己中』だの『自分勝手』だの、『クソ親父』だのと嫌うから、戻る気もねえな」
「それ、ただの反抗期じゃねえの? セーセレティーに戻る前に、一回帰ったほうが良いって」
「安心しろ、ハイン殿。どこの家でも、思春期の子どもは親を毛嫌いするものだ」
修太とフランジェスカが口々に言うと、ハインは首をひねる。
「そんなもんか? 俺にはよく分かんねえよ。俺なりに鍛えてやってるし、仕事をして家に金を入れてるだけ、マシだと思うんだがなあ。ドワーフの連中は、一つに集中すると他を全部おざなりにするから、ガキのことも家のことも、かなり放置してるぞ。井戸端会議で、女どもが俺のカミさんをうらやましがってたくらいだ」
「ああ、黒狼族は、自分のことは自分でするからな。女からすると、かなり楽だな。世話しなくていい」
フランジェスカが重々しくつぶやいた。
「フランさん、ラゴニスさんはまた違うわよ。あれはほんと……重症?」
ピアスがそっと口を挟み、啓介も苦笑する。
「確かに、あの生活能力のなさはヤバイよね。あんまり家事をしたことのない俺でも、もうちょっとできるよ」
「そうそう。ラグのおじさん、家にキノコが生えるレベルだし」
以前、掃除を手伝わされたトリトラも同調した。
「さすがにそこまではねえよ。地下都市の連中は、綺麗好きだからな。というより、汚れを放置していると、地下じゃ、あっという間に病気が流行るから、自然とそうなってるだけだが」
「おじさん、それなら本当に、一回帰ったほうがいいよ。親がいなくなって、初めてありがたみに気付いたかもしれないだろ」
修太が説得すると、ハインは眉を寄せる。
「そうかあ? セーセレティーまで行くつもりでいたんだが」
「ここのほうがノコギリ山脈に近いし、絶対にそうしたほうがいいよ! それでもセーセレティーに行きたいなら、そうすりゃいいんだ」
「坊主がそこまで言うなら、そうしてみるかね。追い返される気がするが……」
「それとこれとは別問題だから断ってくれてもいいんだけど。グレイが話した通り、俺達は神の断片を探してるんだ。その地下都市はまだ行ったことがないから、可能性が高い。良ければ連れてってくれないかな」
「決まりだから、駄目だ。だが、奇怪な現象なら覚えがある。『掘り神様』がそれに近いぞ」
ハインの言葉で、思わぬ情報を得て、修太と啓介は食いついた。
「ホリガミサマ?」
「何それ、詳しく教えてください!」
「教えられるのは、これくらいだからな」
ハインはそう断って、ドワーフが守り神とあがめる存在について教える。
「五百年前に、モンスターが氾濫する大災害があった。その時、ドワーフ達は地下に逃げ込んだんだ。最初は人力で地下道を掘っていたんだが、突然、光り輝く巨大なルグーが現れたんだと」
「ルグー?」
「地下に住んでる動物だ。それが地下道を掘り進め始めた。後をついていくと、今のグランルートがある、巨大な鍾乳洞に出たんだそうだ。以来、ドワーフはそこに都市を築いた。地下道でつながっている、他にも小さな集落があるそうだが、案内人がいないと迷って遭難するんで、俺もよく知らねえ」
ハインは話をまとめる。
「それで、ドワーフは掘りに熟練した神様だということで、『掘り神様』とあがめてるんだそうだ。今でも地下道を拡張し続けてるのは、この神様なんだと。ここ最近は、眠ってることが多いみたいだがな」
「おじさんは、それを見た?」
「いや。『巣』は近づいたらいけない決まりだからな。その神様はドワーフがいようがいまいが動きだすから、穴掘りに巻き込まれて死んだ奴がいたらしい。接触禁止だが、見張り番がいて、たまに確認にいくみたいだぞ」
「啓介、どう考えても断片だな」
「間違いないね。じゃ、オブリガンテ村の次は、そっちを探そうか。サーシャ、知ってた?」
啓介が質問を投げると、サーシャリオンは首を振る。
「いいや。ご近所さんなわりに、まったく知らぬな。ということは、西側のどこかだろう」
「なんだ、ご近所さんってのは」
ハインがいぶかしがるので、グレイが簡単にサーシャリオンの正体を教える。
「あの辺に、神竜の巣なんてもんがあったのかよ。知らなかったぞ」
「我は寝ていることが多いが、侵入者は配下が食べていただろうから、知らぬほうがいいのではないか。その反応、つまり西側なのだな?」
「だから、俺は答えられねえんだよ」
「関所を通らずに砂漠と行き来できるとなると、場所は限られる。我の住処の近くを通らないなら、西側しかない。決まりだな」
サーシャリオンは楽しげに言い、ハインは苦々しい顔になる。
「ヒントはやった。だが、いくら竜だろうが、あいつらに害をなすなら、俺は容赦せんぞ」
「ほう。仲間意識とは珍しい」
「よそ者だってのに、世話になったし、カミさんにも頼まれたからよ」
「悪いようにはせぬよ。オルファーレン様はだいぶ持ちこたえられたが、断片を回収せねば世界が滅ぶ。大きな目で見れば、良いことだ」
ハインはそれ以上を答えるつもりはないようで、口を閉ざす。義理堅いところがあるようだ。
「大丈夫だよ、おじさん。あとはこっちで探すから。情報不足で困ってたから、本当に助かった。ありがとう」
「……ああ」
「おじさん、封印の本を見てみる? これまでもなかなか大変だったんだよ」
啓介が豆本を触ると、ポンッと音を立てて、革張りの本へと変わる。中身を見たハインは「なるほどな」と納得を見せた。
「これなら確かに、『掘り神様』がそうなんだろうな。パスリルの聖樹もそうだったとは……。あの神様がそうだったら、回収するのか?」
「悪いとは思うけど、生活圏はだいぶ広がっているみたいだし、世界が滅ぶよりはましだろ?」
啓介にさとされ、ハインは仕方なさそうに頷く。
「まあ、そうだな。ドワーフはしぶといから、『掘り神様』がいなくなっても平気だろう」
そしてハインは苦笑とともに言う。
「がんばれよ。俺もいったん帰るとする」