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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 再会編
324/340

 6



 グレイはハインをじっと見据える。


「本気か?」

「ああ」

「そうか。分か……」


 グレイがあっさりと受け入れようとするので、修太は思わず割り込んだ。


「ちょっと待ったーっ!」


 ハインの前に飛び出してきた修太に、ハインはあっけにとられた顔をした。


「おじさん、話は聞いたよ。これまで大変だったんだ。きっと疲れてるんだと思う。せっかく生き延びられるんだから、思いつめたら駄目だ」


 修太に続いて、啓介も説得を始める。


「そうだよ。それに、こんな暗い場所で悩むのも良くないよ。考え事は朝にしないと」

「明るい場所に出て、お腹いっぱいごはんを食べて、体を清潔にして、ぐっすり寝てから決めたほうが良いって! しばらく俺達と一緒に行こうぜ」


 少年二人に励まされ、ハインは眉を寄せる。


「そうだろうか」

「そうだよ。疲れていて、つらい目にあったら、誰でもネガティブになるもんだよ。とりあえずもう一週間だけ、がんばって生きてみないか? それでも死にたいなら、止めないから」

「一週間……」


 ぼそりとつぶやき、ハインは究極の選択に悩むように沈黙する。

 先ほどは頷きかけたグレイだが、修太達の意見を聞いて考えを変えたのか、賛同を見せる。


「こいつらの言う通りだな。ここの提督が、危険をおかしてお前を生かした。その分だけ生きてみたらどうだ?」

「…………」


 ハインは生気の無い目で、瞳を揺らす。

 ずいぶんひどい目にあったようなのは、ボロボロの衣服からのぞく皮膚に怪我が残っていることと、なんともいえない臭気からも分かる。奴隷として扱われた間、風呂にも入れなかったようだ。


「おじさん、一緒に行きましょ」

「そうですわよ。わたくし、おいしいものをお作りしますわ」

「私は怪我の手当てをしよう」


 ピアス、ササラ、フランジェスカも同調し、トリトラやシークも励ます。


「僕らで獲物をとってきてあげるよ。肉を食べれば元気が出るさ」

「マエサ=マナまで戻ったら、墓場砂漠を抜けて、セーセレティーに行くといいぜ。あっちには黒狼族への差別はねえからよ」


 シークの言葉に、ハインは興味を示す。


「差別がない場所があるのか?」

「セーセレティー精霊国のダンジョン都市はそうだぞ。援助するから、迷宮都市ビルクモーレ辺りに行ってみるといい」


 グレイの説明が後押しになったようで、ハインはゆるゆると頷いた。


「そうか。そんな場所があるなら、もう少し生きてみるか……」


 ハインがそう言ったので、修太はほっとした。


「良かった。これ、俺のなんだけど、良かったら使って。砂漠の日差しはきついから」


 修太は旅人の指輪からマントを出し、ハインに手渡す。


「すまねえな、坊主」

「後でちゃんとしたのを買おう」


 丈が合っていないので、村で着替え一式を手に入れようと思った。


「ふむ。では、この抜け道の先に、モンスターを呼んでおくか。遊撃隊とやらが待ち伏せしていたら、あやつらに蹴散らしてもらっておこう」


 サーシャリオンのつぶやきに、ハインはけげんそうにする。何を言っているんだろうと言いたげな彼を、オドが不憫そうに見やる。


「ハイン殿、彼らは良い人ですが、ものすごく変わっているので、その……お気を付けて」


 オドの言葉に、ハインはわずかに首を傾げた。




 砂煙をあげて疾走するサンドタートルの背に乗り、最後尾のシークが手を上げる。


「完全にまいたぞ!」


 抜け道から外に出たはいいが、オドが心配していた通り、グインジエの周りで遊撃隊がうろついていた。モンスターとの交戦になって混乱している隙に、サンドタートルに乗って脱出したはいいが、骨がある兵士が追いかけてきたのだ。

 追っ手をかわすため、一度、オブリガンテ村よりも西へ、砂漠に逃げ込まなければならなかった。


「よし、では適当な所で野宿をしてから、オブリガンテ村まで引き返すとしよう。頼んだぞ、おぬしら」


 サーシャリオンが声をかけると、サンドタートルは「ヴォウ」と低い笛の音のような声を出した。

 後ろのほうを見ると、ハインが間の抜けた顔をしている。グレイが傍で支えてやっていなかったら、亀の背から転げ落ちていそうだった。


 それから岩陰で野宿場を作り、修太はハインが湯浴みできるように、岩の反対側に旅人の指輪から大きなたらいを取り出した。フランジェスカが魔法で水を張り、啓介が〈白〉の魔法で電磁波を使い、バチッとお湯にかえる。


「はい、ハインさん、お湯が沸いたよ」

「タオルとか、これを使って。遮るものがなくてごめんね。サンドタートルにいてもらう?」

「い、いや……」


 修太と啓介に声をかけられ、ハインは顔を引きつらせる。


「たいしたものはないが、俺の着替えを貸してやる。湯が冷める前に入っちまえ」

「ああ、ありがとう、グレイ。お前は驚いてないんだな」

「何が」

「だって、おかしいだろ! なんでモンスターを従えてるんだ。それに、どこからあんな荷物を出して……」

「おいおい説明してやるから、まずは風呂だ。においがひどいし、その怪我にもさしさわる」


 修太はそれもそうだと思った。


「フラン、ケイ、あの汚れだとお湯が足りないだろうから、もう一つ分用意するぞ」

「ああ、それがいい」

「俺が持ってるたらいを出すよ」


 大きなたらいをもう一つ用意し、お湯をなみなみに張ると、手桶も傍に置いた。


「おっさん、その怪我じゃ動きにくいだろ。手伝ってやるよ」

「そうだね、シーク。まったく、ひどいことをするもんだ。本当に、レステファルテ人の黒狼族への家畜扱いはどうにかなんないかな」


「つってもよ、貴族どもは、下々への扱いがだいたい似たようなもんじゃねえか」

嗜虐(しぎゃく)趣味の貴族に買われた奴隷って、最悪だって言うもんなあ。クソだよね」


 シークとトリトラは悪態をつきながら、呆けているハインを連れて岩陰に向かう。汚れがたまっていたのか、かなり悪戦苦闘し、お湯はさらに二杯追加した。

 一時間もすると、ハインが戻ってきた。


 それがかなり様変わりしていたので、修太達はどよめいた。

 黒茶だった髪は、くすんだ金髪を取り戻している。ぼさぼさだった髪を手入れしたようで、短く整えている様は精悍だった。目鼻口のはっきりした美丈夫である。血と泥に汚れていた肌は小麦色になり、鋭い目は緑色だ。


「さっすが黒狼族。イケオジってやつか」


 修太の呟きに、ピアスがこくこくと頷いて同意する。


「ね! おじさまって感じね」

「ああ、そのような意味の言葉なのですね、イケオジ。勉強になります」

「ササラ殿、そんな単語は覚えなくていいぞ。いやしかし、見違えたな」


 ササラにフランジェスカがそう言って、珍しく褒めた。


「先に手当てをしてしまいましょうか」


 ササラが切り出すと、修太は日陰でごろごろしているサーシャリオンのほうに行く。


「サーシャ、少し診てやってくれよ」

「俺からもお願い」

「しかたないなあ」


 修太と啓介のお願いに弱いサーシャリオンは、しぶしぶ立ち上がり、ハインの傍に来る。〈青〉の治癒魔法で、ひどい怪我を治していった。


「これで良かろう。さすがに、失ったものまでは戻せぬぞ」

「構わん。だいぶ楽になった、感謝する。やけどだけは痛みがひどくてな」


 ハインが左脇の後ろを手でさすっているので、そのあたりにやけど痕があったみたいだ。


「ささ、お料理を召し上がってくださいな。胃がびっくりするといけないので、スープにしましたわ」

「さっきその辺で狩ってきた、トカゲ肉入りだ」


 ササラが座るようにすすめ、グレイが獲物をさばいた後の残骸を示す。修太からしても、良い香りが漂っている。ハインは急に空腹を思い出したようで、腹がグウと音を立てた。ばつが悪そうに、眉を寄せる。


「いいじゃないか、体が生きようとしてるんだ」

「坊主にさとされるとはな」


 修太の言葉に、ハインはますます所在なげにしたが、シークに誘導されて敷物に座った。

 具沢山のスープを五杯たいらげると、その間に用意しておいた寝床に向かわせる。


「おい、さっきの話を聞こうと思っていたのに」

「話なんかいつでもできる。寝ろ」


 どうも、ハインはグレイにさとされると弱いようで、ぶつぶつと文句を言いながらも寝床に入った。ややあって、いびきが聞こえてくる。


「おっさん、師匠のほうが強いって分かるんだな。あっさり命令を聞くんだもんよ」

「まあ、良かったじゃないか。おかげで、こんなに知らない人間ばかりなのに、安心して寝ちゃったよ」


 シークとトリトラがそんなことを言いあうので、修太はグレイのほうを見る。グレイは少し離れた所で煙草を吸っていた。


(黒狼族同士だと、何か分かるもんなのかな)


 修太にはよく分からない感覚だ。


「はー、腹減った。俺らにも食べさせろよ」

「本当だよ。ああいう世話って、戦うより疲れるんだね」


 慣れないことをしたせいか、シークとトリトラが空腹を訴えるので、ササラはにこやかに食事を用意してあげていた。


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