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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 再会編
323/340

 5



「ヨウシ? え? 紙じゃないよね」

「それは“用紙”です、提督。会話の流れから、どう考えても義理の息子のことかと」


 混乱しているサマルに、オドもまた呆然と返す。言葉は冷静だが、信じられないと顔に書いている。

 グレイはきっぱりと頷いた。


「そうだ。俺がシューターの義理の父親になったということだ」


 ようやく気を取り直したサマルは、声に心配をにじませる。


「何かあったの? 例えば、そこの彼の身を守るために必要だったとかで」

「ああ。魔法の使いすぎで、発作を起こすようになってな」

「病気!? いや、僕が言ったのは政治的なトラブルのことで……。そうなのか、君、体を壊したのか」


 サマルは事態を理解すると、修太のほうへ不憫そうな目を向けた。


「リコの妹を見ているから分かるよ。〈黒〉は体に負荷がかかりやすいからなあ」

「そういえばサマルさんって、リコさんとどうなったんですか?」


 修太が思い出して問うと、サマルは急ににまにまとし始めた。


「え? 聞いちゃう? よし、良いだろう。あれは君達と別れた後――」


 なんだか話が長くなりそうだなと思ったタイミングで、オドがさっくりと暴露する。


「提督はリコと結婚しました」

「ちょっと! これから僕とリコの壮大なラブストーリーが始まるっていうのに、思い切りはしょらないでくれよ!」

「長話をしている時間はありません」

「手厳しい!」


 容赦のないオドに、サマルは大げさに嘆く。


「尊敬している上司に、そんな態度はないんじゃないか」

「敬愛している上司の友人がたのために、時間を有効活用しているのです」

「ぐぬぬ。まったく言い返せない」


 サマルとオドがそんなやりとりをしていると、騒々しい足音がして、バンと扉が開いた。


「サマルさん! ねえ、お友達を捕まえたってどういうことなの?」


 灰色の髪の半分をヴェールで隠し、淡い黄緑色のロングワンピースに身を包んでいるのは、ちょうど会話に上がったリコその人だった。以前よりも雰囲気が大人びて見えたが、騒がしいところは変わっていない。

 何やら彼女は憤然としていたが、誰がいるのか気づくと、目と口をぽかんと開ける。


「あら、あなた達」

「可愛い奥さん、扉を閉めてくれるかな?」

「そうね。ごめんなさい!」


 サマルの呼びかけで、リコは急いで扉を閉め、鍵もかけた。


「本当に結婚したんだ。おめでとう、リコさん!」


 啓介が拍手をすると、フランジェスカも感慨深げに口を開く。


「提督と結婚なんて、玉の輿(こし)じゃないか。良かったな」

「ありがとう。でも、誤解しないで。お金目当てじゃないのよ。そりゃあ、妹を保護してくれることにぐらついたのは、否定はできないんだけど」


 リコは少しの引け目をあらわして、サマルのほうを見る。サマルのほうはまったく気にしていない。


「それで君が奥さんになったんだから、僕としては全然構わないよ」

「お前のことだから、逃げられないように妹を利用して外堀を埋めたってところか」

「グレイの旦那、人聞きの悪いことを言わないでよね! 嫌われたらどうしてくれるんだよ」


 サマルの慌てように、グレイがわずかに口端を引き上げる。ブラックジョークのようだ。二人の気安いやり取りに、リコが唇を尖らせる。


「ああ、ずるいわ。グレイさんは、サマルさんの仮面を簡単にはがしちゃうのよね」

「俺には嘘は通用せんからな。お前だってそうだろう」

「まあ、そうだけど。私もサマルさんを慌てさせてみたいわ」

「お前の知らない所で、そいつはお前のことで、ずいぶん右往左往していたぞ。なかなか見ものだったがな」

「私も見たい!」


 リコの主張を聞いて、サマルはじーんと感動している。


「見てよ、オド。僕にモテ期が来た。リコが……あのものすごくにぶかったリコが……」

「はいはい、提督。本気で感動するのはおやめください」


 そういえば、サマルはリコに何度もプロポーズしていたのに、リコが天然で全てかわしていたのだ。

 ようやく結婚できて、サマルの感激はひとしおだろう。

 オドにたしなめられたサマルは気を取り直し、オドのほうを見る。


「僕の新しい家族を紹介できて、良かったよ。さあ、ぐずぐずしていられない。そろそろ脱出してもらおうか」

「え? そのためにここに連れてきたの? なんだ、私ったら誤解しちゃったじゃない。ごめんなさい」


 リコはばつが悪そうに首をすくめる。この言い方だと、サマルが悪いことをしようとしていると思い、止めに来たみたいだ。


「僕の部屋からは、町の外へ通じる脱出路があるんだ。オドに案内させるから、彼と一緒に出ていってくれ。いいか、グレイ。情勢が落ち着くまで、都市に近づいては駄目だよ。せいぜい村までだ」

「サマル、俺達はオブリガンテ村とやらを目指している」


「あの職人の村? 観光客を装えば大丈夫だろうけど、巡回の兵士に気を付けてくれよ。絶対に尾を見せないように」


 サマルはしっかりと念押しし、執務室の奥、仮眠室へ続く扉を開ける。


「さあ、行って」


 サマルに促されて、オドについて仮眠室へ向かう。本棚がスライドし、階段が現れた。オドが火を灯したランプを持って降りていき、修太達が全員階段を降りると、サマルが呼びかけた。


「気を付けて。また会えるか分からないけれど、君の幸福を願っているよ」


 サマルがそれを誰に向けて言ったのかは、皆、分かっている。


「あなた達に、風の祝福がありますように」


 リコの声も続いて、通路は闇に閉ざされる。

 遅れて、要塞に鳴り響く警鐘が聞こえた。


「皆さんが逃げたというシナリオですよ。提督ときたら、自分が無能のレッテルを貼られてもいいと言うんですから、お人好しですよね。だから我々もついていくのですが」


 オドがしかたなさそうに呟く。


「無能って?」


 修太が問うと、トリトラが返す。


「自分の城の中で、罪人を取り逃がすんだよ。評判が落ちるに決まってる。ひそかに助けるわけにはいかなかったの? 門から普通に出すとかさ」

「実は、城門の外で、遊撃隊(ゆうげきたい)の隊長が待ち構えていたんですよ。ああするしかなかった」


 オドの説明に、今度はフランジェスカが口を挟む。


「遊撃隊? パスリルとの戦の準備は、もう始まっているのか?」


「すでに第三段階です。第一段階は、(たみ)から兵を招集(しょうしゅう)。第二段階は、黒狼族を戦闘奴隷として集めること。そして今は、各都市や部族から食料を供出(きょうしゅつ)させています。冬までにパスリル王国内に陣地を築きたいと、陛下はお考えのようですね」


 暗い階段を慎重に降りていきながら、修太は首をひねる。


「どうして冬が関係するんだ?」

「シュウ、砂漠に寒暖差はあるけど、雪は降らないだろ。そういうことだよ」


「ああ、そうか。慣れない気候で戦なんてできないから、負けるかもしれないってことだな」

「民から招集って言っていたから、ほとんどは戦士として鍛えられて育った人じゃないってことだろ。犠牲になるのはその人達だろうね」


 啓介の声が、暗く沈む。フランジェスカがふんと鼻を鳴らす。


聖樹(せいじゅ)がなくなったことで国は揺れているが、パスリルは一筋縄ではいかんぞ」


「それでも、均衡が崩れたのが問題なのです。にらみ合いで済んでいたのに、あちらがつけ入る隙を見せた。嫌っている隣人にちょっかいを出すなら、まさに好機(こうき)でしょう」


「あとは神のみぞ知る、か」

「そういうことです」


 やがて階段を下りきって、平坦な通路に変わった。道幅に余裕ができ、歩きやすくなる。


「そういえば、グレイ殿。あの馬鹿王子を殺してくれたのでしょう? おかげでだいぶやりやすくなりました。少なくとも、あの王子の八つ当たりのせいで、提督が死ぬ危険はなくなった。ありがとうございます」


「王族を殺して、礼を言われるとはな」


 グレイは皮肉っぽくつぶやく。


「あの王子には皆が辟易(へきえき)しておりましたので」


 オドもその一人だったようだ。


「しかし、今度は遊撃隊ができてしまった。黒狼族を捕えるのはもちろん、王家に不利になりそうな(やから)や反発する民を逮捕するために、目を光らせているのです。治安維持を名目に、王家の後ろ盾をかさに着て、時に横暴な真似をする連中ですよ」


「サマルは苦労にたえんな」

「そうなんですよ。平民上がりなので、当たりもきつくて。リコが結婚してくれて、本当に良かった。私はあの方の過労死を心配しているんです。しかし、リコは提督を問答無用でベッドに叩き込みますからね」


「あんな女のどこが良いんだか」

「親身に心配してくれるところが、お好きだそうですよ。ハハハ」


 オドはサマルののろけを聞かされているのか、乾いた笑いをこぼす。


「あなたがたが注意すべきは、おもに遊撃隊です。そして、報奨金ねらいの民ですね。怪しい者を告発すれば、褒美がもらえるんですよ」


「そんな真似をしていると、いずれ疑心暗鬼で、混乱におちいるんじゃねえか?」

「ええ。互いに見張りあって、ぎすぎすした嫌な世の中になりそうです。しかし、提督ならばそんな状況も利用するので、大丈夫ですよ。あの方、策略家なので」


 グレイはふっと鼻で笑う。


「嘘つきで、腹黒いからな」

「仲間想いで優しい方でもあります。必要だから、そうするだけです」


「そいつらと同じになるんじゃねえぞ。闇を追いかけるうちに、闇に染まってたってのは、よくある話だ」

(きも)(めい)じておきますよ。さて、そろそろですね。ハイン殿、お待たせしました」


 オドが声をかけると、通路の壁にもたれかかって座っていた男が、のそりと立ち上がった。

 修太は彼の様子にぎくっとする。

 疲れきって生気のない目が、まるで幽霊じみていたのだ。

 尾を切り落とされたという黒狼族の男ハインは、グレイをひたりと見据えて言った。


「俺はもう駄目だ。同胞よ、俺を殺してくれ」


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