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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 再会編
321/340

 3

 ※残酷描写注意。



(相変わらず、レステファルテの町中は汚いな……)


 家の前を綺麗にしないと住民税に響くセーセレティー精霊国と違い、レステファルテ国はその辺に動物の落し物が転がっている。生ごみが落ちていることもあった。


 むわっとした暑さの中、香辛料と香水のきついにおいもするので、普通の人間である修太でも、気分が悪くなる。


 波止場のすぐ傍には、グインジエの海軍要塞(ようさい)があり、町はそのすぐ隣に広がっている。その壁沿いには市が立ち、魚や貝の干物(ひもの)が売られていた。


「へえ、新鮮な魚が並んでるのかと思った」

「生ものを扱うのは、朝市だけだ。こんな時間まで店に並べていたら、役人が没収してそのまま捨てる上に、罰金をとられるぞ」


 独り言のつもりだったが、グレイが教えてくれた。


「その辺はちゃんとしてるんだな」


 衛生観念は悪いが、生ものの扱いは気を付けないと食中毒のもとだ。それで厳しいのだろうか。

 前を行く啓介達についていきながら、グレイが港の傍に建つ堅固な城を示す。


「あれが海軍の要塞だ。まだクビになってなければ、前に会った提督はそこにいるぞ」

「ああ、サマルさん? 元気にしてるかな。リコさんとはどうなったんだろう」

「さあな」


 そのまま要塞の門前広場にさしかかった時、人ごみができているのに気付いた。

 木製の頑丈そうな台の上に、輪になった縄がぶら下がった丸太が置いてある。


「なんだろ、あれ」

「見なくていい。処刑台だ」

「へ!?」


 声が裏返った。

 そういう目でもう一度見てみると、確かに絞首刑(こうしゅけい)の台だ。

 ふと、海賊に捕まり、グレイに助けられた時のことを思い出した。サマルがさらりとこんなことを言っていたではないか。


「船長くらい生かしておいてくれたら、こっちで絞首刑にしといたのに」


 つまり、レステファルテ国では、海賊の絞首刑は当たり前ということだ。

 これから処刑される人は、凶悪な海賊なんだろうか。そこへ、頭に麻袋をかぶせられた男が一人、兵士に連れられてやって来た。集まっていた人々はざわめく。


「あいつだろ。戦闘奴隷となるのを良しとせず、逆に兵士を殺したっていう」

「黒い尾、間違いない」

「荒野の狩人どもめ! あいつらはいつも血で汚すんだ!」


 後ろを通り抜けるつもりだったのに、修太は足を止めた。思わず、台に上がった男を凝視する。ズボンからは確かに犬のような黒い尾が垂れている。黒狼族だ。

 そちらを見ていると、少し先に行っていたグレイが戻ってきて、修太の背を軽く押した。


「シューター、見なくていいと言っただろ」

「でも、あれ……」

「もう手遅れだ。行くぞ」

「良いのか?」


 グレイは一瞬、言葉に迷ったようだった。ゆるく首を振る。


「……良くないが、どうしようもない。前もって分かっていれば、どうにかしてやれたかもしれないが。周りをよく見てみろ」


 グレイにうながされ、修太はさりげなさを装って視線をめぐらす。広場のあちこちに兵士が散らばり、通行人を観察しているのに気付いた。


「ああやって見世物にして、隠れている仲間をおびきだそうって腹積もりなんだろ。怒りを見せれば、あいつらの思うツボだ。それで他の者が死んだとして、あいつは喜ぶどころか怒るだろう」

「そう、なのか。分かった」


 口ではそう答えたが、理解したとは言い切れない。

 けれど、黒狼族達は、彼ららしい殺伐とした信頼関係で結ばれているのだ。それは部外者には、容易には踏み込めない領域だった。

 修太が啓介達のほうを目で追うと、シークやトリトラも冷静に見えた。シークなんて怒って騒ぎそうなものだったから、意外だ。


「おい、靴ずれでもしたのか? おぶってやろうか」


 急にグレイがそんなことを言い出したので、修太は戸惑った。だが、兵士が近づいてきたのだと知り、急いで演技に乗っかる。


「大丈夫だよ、父さん。ちょっとこの騒ぎにびっくりしたんだ」

「子どもはあんなものは見なくていい。まったく、好奇心をもう少し我慢しろ」


 いかにも聞き分けのない子どもへの説教を口にするので、兵士はわずかに首を傾げ、進路を変えた。


「ごめん。そんなに怒らないでくれよ」


 心臓が口から飛び出そうだったが、修太はぎこちなく謝って、グレイに腕を引っ張られて広場を後にした。

 どう見ても、落ち着きのない子どもを連れ帰る父親のようだったはずだ。

 広場を離れると、兵士の数が一気に減った。

 雑踏の人波に乗りながら、ササラがこちらを心配そうに見た。


「大丈夫でした? はらはらしましたわ」

「父さんが意外と演技派だったから、助かったよ」


 表情はまったく変わっていなかったが、やりとりは完璧だった。


「冒険者ギルドで目的地への道を確認したら、すぐに町を出よう」


 強張った顔をした啓介がそう切り出した。きっと修太も似たような顔をしているだろう。

 その時、遠くからわっと歓声が上がり、処刑が終わったことをさとる。なんとも言えない重苦しい気持ちで、ずーんと落ち込んだ。

 レステファルテ国では、黒狼族は差別されている。いや、すでに迫害という領域だ。


「奴隷だの処刑だの、黒狼族には人権はないのかよ」


 啓介が憤然と吐き捨てると、すれ違った町民が立ち止まった。鬼のような形相で啓介を怒鳴りつける。


「はあ? あるわけないだろ! あいつらは人間じゃねえ、化け物だ。奴隷として飼ってやったほうが、世の中のためってもんだぜ」


 さしもの啓介も、通りすがりの男に詰め寄られ、面くらっている。するとサーシャリオンがへらりと笑って間に入った。


「ああ、すまないね、お兄さん。子どもの言うことだ、勘弁してやってくれ」

「お前がそいつの保護者か? ちゃんとしつけろよ!」

「そうするよ。悪かったね、気を悪くさせて。ほら、行こう」


 サーシャリオンが啓介の肩を押し、修太達はまた歩き出す。

 直後、突然、男が派手に転んだ。


「うわっ、なんだ、何かにすべって……あれ?」


 不思議そうにつぶやくのを背中に聞きながら、急いでその場を離れる。


「サーシャ、さっき、何かしたの?」


 通りに人が少なくなったところで、啓介がひそっと問う。サーシャリオンは悪い笑みを浮かべた。


「はは、まあな。あやつの靴裏だけ凍らせてやった」


 突然、アイスリンクに乗ったようなものだ。地味に効果的な嫌がらせである。


「しつけをされるべきは、あっちだろうに。不愉快だ。あの程度で済ませてやって、喜んで欲しいくらいだよ」

「サーシャ、グッジョブだ」


 修太もムカついたので、胸がすく思いだ。修太が右のこぶしを突きだすと、サーシャリオンもこぶしを突き合わせた。

 そんなやりとりを横目に、グレイが啓介に釘を刺す。


「往来でめったなことを言うなよ、ケイ。ここには、耳ざとい連中が多いからな。余計なことはせず、情報だけ集めてこい」

「分かったよ。ごめん、つい頭に血が昇っちゃって。――気を付けます」


 気を取り直し、啓介は背筋を正す。

 フランジェスカとサーシャリオンが冒険者ギルドに入ると、傍の木陰で休憩しながら、修太は行きかう人々を眺める。


(あそこまでされるほど、黒狼族は悪く見えるのかな)


 差別されているとは聞いていたが、目の前で実際に見ると、胸にせまるものがある。

 グレイがサマルやコーラルにはわずかばかりの信頼を見せるのは、当たり前のような気がした。


(そういえば、俺が普通の人間扱いすると、皆、びっくりしてたよなあ)


 それで名前を呼んでくれた黒狼族の女性もいた。エンラだ。

 元の扱いが低すぎて、まともに相手をする人が貴重だったのだとすると、悲しさがこみあげてくる。

 溜息をついていると、グレイがぼそりと言った。


「また、何か考えこんでいるだろう、お前。いいか、自分のことだけ考えろ。他人のことは放っておけ。だから複雑でややこしいことになるんだ」


「俺だってシンプルでいたいけど、難しいんだよ。急に地に足がついた気がする。とりあえず、レステファルテで暮らすのは無理。イェリさんとアリテはすごいな」


 スラムなんて治安の悪い場所では、不快さを暴力であらわす輩もいるだろう。イェリが冒険者ギルド認可の情報屋を裏稼業にしているのは、薬屋だけでは食べていけないからだろうか。


「アリテがどうした?」


 シークが能天気に口を挟む。


「お前、アリテのことになると地獄耳かよ」

「ジゴクミミ? 何それ、モンスターか?」

「俺の故郷での、耳ざといって意味」

「ふーん。で、アリテが?」

「そこしか興味がねえのかよ、お前は」


 しっかり言い返してから、修太は疲労たっぷりに返す。


「この国で生活ができるって、すげえなって話だよ」

「そうか? これが普通だから、気にならねえぞ」

「君の故郷はずいぶん平和なんだね~」


 シークの横から、トリトラも口を出す。修太は腕を組み、うーんとうなる。


「エルフが人間を嫌うのは、こういうところかな?」

「え? あの連中も、たいがい排他(はいた)的じゃない? 身内主義で、外見至上主義だろ。君、あの花畑エルフにぶち切れてたじゃないか」


「……まあ、そうだな」


「別にいいんじゃないの? 善悪、いろいろあるもんだよ。いちいち反応してたら、キリないじゃん。面倒だから、僕は好きか嫌いかで分けてる。ほら、これも差別だ。誰でもやってることなんだって。ここはそれを国規模でやってるだけ」


 トリトラの言うことも分かるのだが、修太はやっぱり考えが合わない。


「どうやったら、仲良く暮らせるんだろうなあ」


「そんなの、無理に決まってるじゃん。昼と夜が同時に来るくらい、無理。それはそれで置いておくしかないよ。でも、君みたいに、理解できなくても、そこにいることを認めるなんていう考え方をする人が増えたら、いつかはそうなるかもね。千年くらいは先かなあ。その前に国が滅ぶかも」


 想像したのか、トリトラのフードからのぞく口元が、皮肉っぽい笑みを描いた。

 修太はまじまじとトリトラの横顔を見る。


「何?」

「いや、トリトラって、俺とまともに議論してくれるなあって」


 そういえば、グレイもそうだが、変なことを言うと笑いはしても、頭ごなしに否定することはない。これって当たり前ではないのではないだろうか。


「ん? これはただの会話でしょ。思ってることを言っているだけだよ」


 トリトラはわずかに首を傾げる。


「まあ、ともかく、君はあれこれと考えすぎじゃない? そんなに気にしてると、背が伸びないよ」

「うるさいなっ、これから伸びるんですー!」


 たぶん。おそらく。

 蓄積時間を落とすなんて初めての体験だから、また成長するのだろうかと心配はしているが。

 雑談しているうちに時間が過ぎ、サーシャリオンとフランジェスカが戻ってきた。メモ書きを手にしている。


「ここから北西に行った、小さなオアシスが点在している辺りの村だそうだ。観光名所になっているらしく、一般人も入れるんだと」

「良かった! ありがとう、フランさん、リオン」


 啓介が笑顔で礼を言い、メモを預かって旅人の指輪に入れる。


「さっそく行こうか」

「そうね。ここにいるとはらはらするもの」


 静かに黙り込んでいたピアスが、ほっと息をつく。

 そして、グインジエの西門前に着くと、白い軍服を身に着けた兵士がずらりと並んで待っていた。


「全員、顔を見せろ」


 町に入る時は厳しいチェックがあるが、出る時はそうでもない。そのはずだったのに、まさかの検問所があった。

 修太はひやりとした。

 逆らうわけにもいかず、修太達はフードを下ろす。兵士はグレイの顔を眺めると、大きく頷いた。


「間違いない、賊狩りグレイだ。まったく、このご時世で、のこのこと町にやって来るとはな」


 呆れたようにつぶやくと、兵士はグレイに近づいて、何かをささやいた。グレイの眉が寄ったので、不愉快なことでも言われたのかもしれない。

 兵士は一歩離れ、部下に指示を出す。


「国王陛下の名において、黒狼族とその仲間達を捕縛せよ!」


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