10
啓介達のテーブルに置いてあるチキンがおいしそうで、ちょっとつまんで休憩しながら、修太は街並みを眺める。
白く透き通る巨人が、町の壁からするりと抜け出し、ゆらゆらと揺れながら行進していく。百鬼夜行のようにおどろおどろしいものではなく、神秘的で畏怖を感じさせる光景だ。
だから幽霊嫌いの修太でも、怖さよりも神を前にしたような荘厳さに胸が震えた。
「すごいなあ。精霊って感じだ」
もっと上手いことを言えればいいのだが、あいにくと修太の口から出てきたのは、そんな陳腐な表現だった。
ササラが怒っている間も、町の壁画が動く様子を見ていたが、これは飽きない。
「こういうの、アニメ映画に出てきそうだよね」
啓介の言葉に、修太は頷く。
「アレンが『夢を見る町』と言ってた理由がよく分かるぜ。実際、見てみないと分からねえよ、これ」
町に浮かび上がる壁画が、夜になると夢を見ているかのように歩き出す……なんて。言葉にしたところで、意味が伝わらない。
「なんか、封印するのが悪いなあって気になるぜ。パスリルの聖樹だと、なんとも思わなかったのにな」
「実際に見てないからだろ。俺は罪悪感があったよ。皆の心のよりどころだ」
「でも、オルファーレンの為だからな」
「そうだよ。ここで問題があるんだけど、どこなら人目につかずに回収できると思う?」
啓介が右手の人差し指を立て、質問を投げてくる。
この界隈は酒場や宿屋が多いのでにぎやかだ。
「路地裏とか?」
「夜でも、観光客がうろついてるんだよね」
それは詰んだ。
「人がいない場所を探せばいいのか?」
エールをあおっていたグレイが、ジョッキを置いて問う。
「うん」
「ふうん。お前ら、ちょっと行ってこい。一鐘、遊んでただろ」
グレイはトリトラとシークにぞんざいに命じる。トリトラとシークはひょいと椅子を立つ。
「かしこまりました。シーク、僕は東側を見てくるよ」
「おう。俺は西な。それじゃ、また後で」
二人はこぶしを突き合わせると、反対の方向へ歩き出す。路地裏の影へと、すっと姿が溶け込んで消えた。
「私達も行こうか?」
フランジェスカがグレイに問うが、グレイは否定を返す。
「あいつらに任せたほうが早い。においが薄い場所を探すんだ」
「そういうことなら、確かに黒狼族向きだな。ササラ殿も飲みな」
フランジェスカは果実水をグラスについで、ササラの前に置く。かんしゃくを起こしたことを恥じ入っているササラは、申し訳なさそうにそれを見た。
「ありがとうございます……。しかし……」
「ガス抜きできたのは、良いことだ。グレイ殿にはノーダメージだから、まったく気にしなくていいぞ」
「お前が言うな」
グレイが口を挟んだが、特に否定しなかった。
「ピンと張りつめた糸のほうが切れやすいものだ。適度にストレス解消をして、しなやかな麻縄にならなくてはな」
「フランジェスカさんは、どんなふうにストレス解消を?」
「私か? 私は戦うとすっきりするからな。それ以外だと、ひたすら鍛練だな」
「それは良いですね。今度、手合せしてくださいませ」
「いいとも。スオウの民とは初めてだな」
フランジェスカは楽しげに、唇を吊り上げる。
(同じ武人で、なんでこう印象が正反対なんだ?)
修太は二人を見比べて、不思議に思う。
びっくりするくらい男前な女騎士と、楚々としていて女性らしい元護衛。ササラのほうが意外性があるので、相手は油断しそうだ。
(ササラさん、日本で言うなら、クノイチみたいな?)
潜入調査もすると言っていたから、イメージぴったりだ。
アーモンドみたいな豆がのった小さなチーズパイを一つ食べ終えたところで、出かけた時と同じように、トリトラとシークが猫のようにするりと物陰から現れた。闇夜にまぎれると、狼というより猫と雰囲気が似ている。
「どうだった?」
サーシャリオンが問う。
「東側はやめたほうがいいかな。観光客が多かったよ」
「こっちは良い所があったぜ。墓地」
シークの報告に、修太は固まった。
「……墓地」
「シューター、お前、普段はモンスターと対峙しているくせに。声なき亡者より、生きている者のほうが怖いだろうが」
フランジェスカが口を出すが、苦手なものは苦手なのだ。グレイが啓介をちらと見る。
「ケイ、お前らだけで行ってこい。さっき、あきらめて逃げただろ」
「うっ。分かりました、行ってきます」
バツが悪いと顔に書き、啓介は椅子を立つ。ピアスとフランジェスカも続いた。
「シーク、案内してやれ」
「分かりました」
少し不満げな返事をしたものの、シークは啓介達を連れて酒場を出て行く。いったん先に行ったが、フランジェスカが戻ってきて、サーシャリオンの後ろ襟をつかむ。
「おい、お前も来るんだよ」
「ちっ。置いていけばよかろうに!」
チーズパイを名残惜しげに見ながら、サーシャリオンはしぶしぶ出かけていく。
四人が去ると、トリトラは修太の隣に座った。
「君のさっきの言葉、なかなか気に入ったよ。理解しあわなくていいって、面白いことを言うね」
「無理に仲良くしたって、重荷になるだけだろ。仲良くしなくていいけど、親切ではあるべきだな。――ま、それをお前らには求めねえから、好きにしろよ」
「だから君は好きなんだよなあ。お兄さんって呼んでいいよ!」
「呼ばないって」
にこにこしているトリトラに、修太は面倒くさく思いながら返す。そこでトリトラは保存袋から木製の仮面を取り出した。
「そこのお土産屋で見つけたんだよ。防御力高そうなお面、あげるよ」
真っ赤に塗られた、呪術に使いそうな仮面だ。目の部分に細い穴があいている。面が赤いので、暗闇で見たら血濡れみたいでゾッとする。
「は?」
「これで、フードが脱げてもばっちりだね!」
「いらんわ!」
修太が仮面を押し付け返すと、トリトラは不満げに口をとがらせる。
「ええー、いいと思うのに」
「不審人物にしか見えねえよ!」
このやりとりに、ササラが小さく噴き出す。
「ふ、ふふ、面白すぎますわ」
しょんぼりしていたササラが笑ったのはいいことだが、仮面は断固拒否した修太だった。
それからしばらくして、夜の町を歩き回る壁画の巨人達が強く輝き、すぅっと空気に溶け込んで消えていった。
戻ってきた啓介に豆本を見せてもらうと、オルファーレンが与えた祝福は、「夢」だと記されていた。
町は騒ぎになったが、「精霊が引っ越した」という話に落ち着いたようだった。
夢を見る町編、おわり。
断片回収の回でしたが、ほとんど観光してただけですね。
次はレステファルテのほうに舞台を戻します。
リクエストであったので、グインジエのサマルやリコと再会話に持っていこうかな~と考えているところです。