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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
エシャトール国 夢を見る町編
318/340

 10



 啓介達のテーブルに置いてあるチキンがおいしそうで、ちょっとつまんで休憩しながら、修太は街並みを眺める。

 白く透き通る巨人が、町の壁からするりと抜け出し、ゆらゆらと揺れながら行進していく。百鬼夜行(ひゃっきやこう)のようにおどろおどろしいものではなく、神秘的で畏怖を感じさせる光景だ。

 だから幽霊嫌いの修太でも、怖さよりも神を前にしたような荘厳さに胸が震えた。


「すごいなあ。精霊って感じだ」


 もっと上手いことを言えればいいのだが、あいにくと修太の口から出てきたのは、そんな陳腐な表現だった。

 ササラが怒っている間も、町の壁画が動く様子を見ていたが、これは飽きない。


「こういうの、アニメ映画に出てきそうだよね」


 啓介の言葉に、修太は頷く。


「アレンが『夢を見る町』と言ってた理由がよく分かるぜ。実際、見てみないと分からねえよ、これ」


 町に浮かび上がる壁画が、夜になると夢を見ているかのように歩き出す……なんて。言葉にしたところで、意味が伝わらない。


「なんか、封印するのが悪いなあって気になるぜ。パスリルの聖樹だと、なんとも思わなかったのにな」

「実際に見てないからだろ。俺は罪悪感があったよ。皆の心のよりどころだ」

「でも、オルファーレンの為だからな」

「そうだよ。ここで問題があるんだけど、どこなら人目につかずに回収できると思う?」


 啓介が右手の人差し指を立て、質問を投げてくる。

 この界隈は酒場や宿屋が多いのでにぎやかだ。


「路地裏とか?」

「夜でも、観光客がうろついてるんだよね」


 それは詰んだ。


「人がいない場所を探せばいいのか?」


 エールをあおっていたグレイが、ジョッキを置いて問う。


「うん」

「ふうん。お前ら、ちょっと行ってこい。一鐘、遊んでただろ」


 グレイはトリトラとシークにぞんざいに命じる。トリトラとシークはひょいと椅子を立つ。


「かしこまりました。シーク、僕は東側を見てくるよ」

「おう。俺は西な。それじゃ、また後で」


 二人はこぶしを突き合わせると、反対の方向へ歩き出す。路地裏の影へと、すっと姿が溶け込んで消えた。


「私達も行こうか?」


 フランジェスカがグレイに問うが、グレイは否定を返す。


「あいつらに任せたほうが早い。においが薄い場所を探すんだ」

「そういうことなら、確かに黒狼族向きだな。ササラ殿も飲みな」


 フランジェスカは果実水をグラスについで、ササラの前に置く。かんしゃくを起こしたことを恥じ入っているササラは、申し訳なさそうにそれを見た。


「ありがとうございます……。しかし……」

「ガス抜きできたのは、良いことだ。グレイ殿にはノーダメージだから、まったく気にしなくていいぞ」

「お前が言うな」


 グレイが口を挟んだが、特に否定しなかった。


「ピンと張りつめた糸のほうが切れやすいものだ。適度にストレス解消をして、しなやかな麻縄にならなくてはな」

「フランジェスカさんは、どんなふうにストレス解消を?」

「私か? 私は戦うとすっきりするからな。それ以外だと、ひたすら鍛練だな」

「それは良いですね。今度、手合せしてくださいませ」

「いいとも。スオウの民とは初めてだな」


 フランジェスカは楽しげに、唇を吊り上げる。


(同じ武人で、なんでこう印象が正反対なんだ?)


 修太は二人を見比べて、不思議に思う。

 びっくりするくらい男前な女騎士と、楚々としていて女性らしい元護衛。ササラのほうが意外性があるので、相手は油断しそうだ。


(ササラさん、日本で言うなら、クノイチみたいな?)


 潜入調査もすると言っていたから、イメージぴったりだ。

 アーモンドみたいな豆がのった小さなチーズパイを一つ食べ終えたところで、出かけた時と同じように、トリトラとシークが猫のようにするりと物陰から現れた。闇夜にまぎれると、狼というより猫と雰囲気が似ている。


「どうだった?」


 サーシャリオンが問う。


「東側はやめたほうがいいかな。観光客が多かったよ」

「こっちは良い所があったぜ。墓地」


 シークの報告に、修太は固まった。


「……墓地」

「シューター、お前、普段はモンスターと対峙(たいじ)しているくせに。声なき亡者(もうじゃ)より、生きている者のほうが怖いだろうが」


 フランジェスカが口を出すが、苦手なものは苦手なのだ。グレイが啓介をちらと見る。


「ケイ、お前らだけで行ってこい。さっき、あきらめて逃げただろ」

「うっ。分かりました、行ってきます」


 バツが悪いと顔に書き、啓介は椅子を立つ。ピアスとフランジェスカも続いた。


「シーク、案内してやれ」

「分かりました」


 少し不満げな返事をしたものの、シークは啓介達を連れて酒場を出て行く。いったん先に行ったが、フランジェスカが戻ってきて、サーシャリオンの後ろ(えり)をつかむ。


「おい、お前も来るんだよ」

「ちっ。置いていけばよかろうに!」


 チーズパイを名残惜しげに見ながら、サーシャリオンはしぶしぶ出かけていく。

 四人が去ると、トリトラは修太の隣に座った。


「君のさっきの言葉、なかなか気に入ったよ。理解しあわなくていいって、面白いことを言うね」

「無理に仲良くしたって、重荷になるだけだろ。仲良くしなくていいけど、親切ではあるべきだな。――ま、それをお前らには求めねえから、好きにしろよ」

「だから君は好きなんだよなあ。お兄さんって呼んでいいよ!」

「呼ばないって」


 にこにこしているトリトラに、修太は面倒くさく思いながら返す。そこでトリトラは保存袋から木製の仮面を取り出した。


「そこのお土産屋で見つけたんだよ。防御力高そうなお面、あげるよ」


 真っ赤に塗られた、呪術に使いそうな仮面だ。目の部分に細い穴があいている。面が赤いので、暗闇で見たら血濡れみたいでゾッとする。


「は?」

「これで、フードが脱げてもばっちりだね!」

「いらんわ!」


 修太が仮面を押し付け返すと、トリトラは不満げに口をとがらせる。


「ええー、いいと思うのに」

「不審人物にしか見えねえよ!」


 このやりとりに、ササラが小さく噴き出す。


「ふ、ふふ、面白すぎますわ」


 しょんぼりしていたササラが笑ったのはいいことだが、仮面は断固拒否した修太だった。



 それからしばらくして、夜の町を歩き回る壁画の巨人達が強く輝き、すぅっと空気に溶け込んで消えていった。

 戻ってきた啓介に豆本を見せてもらうと、オルファーレンが与えた祝福は、「夢」だと記されていた。

 町は騒ぎになったが、「精霊が引っ越した」という話に落ち着いたようだった。





 夢を見る町編、おわり。

 断片回収の回でしたが、ほとんど観光してただけですね。

 次はレステファルテのほうに舞台を戻します。

 リクエストであったので、グインジエのサマルやリコと再会話に持っていこうかな~と考えているところです。

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