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この回、なんかキャラが勝手に動きだしちゃっただけなので、読んでも読まなくてもどっちでもいいです。
まあ、ササラとグレイの仲の悪さが決定的になるくらい……かな。
夕食まで温泉プールで遊んでから、名物のチーズをふんだんに使ったフルコースを食べ、修太達は夜の街へとくりだした。
外はすっかり日が落ちて、家々には明かりが灯っている。酒場の前には外にもテーブルや椅子が置かれ、がやがやと楽しげな熱気で満ちている。家族連れやカップルが多く、皆、笑顔だ。
時折、衛兵が見回りをしているので、それさえ気を付けておけば、フランジェスカも顔を隠して出歩けた。よそからの客が多いので、目を隠している人も多い。
「お店はほとんど閉まったけど、あちこちの宿が運営してるお土産屋さんは、もう少し遅くまであいてるんだよ」
宿の隣にある店を示し、啓介が教える。
料理や酒で上機嫌になり、財布のひもが緩んだ観光客が、お土産屋に入っては何か買って帰っていく。
「ほう、いい立地だな」
フランジェスカが感心げにつぶやき、ピアスが賢いと褒めた。
「ここの商人、かなりやり手ねえ」
「港町のほうには、国営のカジノもあるんだそうだ」
サーシャリオンの言葉に、ピアスはしかめ面をする。
「駄目よ、ああいうのは胴元がもうかるようになってるの。遊び以外では近付いちゃ駄目よ」
心配そうに、ピアスは啓介と修太を順に見て警告する。サーシャリオンがそれを笑い飛ばす。
「どうせ、子どもは立ち入り禁止だ」
「おい、俺を見て言うな」
修太が文句を言うと、サーシャリオンは失礼にもこんなことを付け足す。
「ケイなら勝ちそうだが、シューターは負けそうだからやめておけ」
「行かねーっつの!」
言い返したが、サーシャリオンの言うことにも一理ある。エレイスガイアに来てから、修太はさんざんな目にあっているので、そんな大金が運で動くような、不吉な場所には近づきたくない。
「私も、そんな不潔な所に行かんぞ!」
潔癖な騎士らしく、フランジェスカは偏見に満ちたことを言う。
「ああいったものは、ルールをしっかり学べば勝てる頭脳戦もありますわよ」
意外にもササラがやんわりと口を挟む。修太はびっくりして、ササラの顔を凝視した。
「えっ、ササラさん、賭けごと分かるの?」
「ええ。わたくし、南の一の聖殿で、夜神子様のお世話と護衛をしていたでしょう? 〈黒〉のほとんどは赤子の時点で所在が国に分かりますが、中には親が隠していて、借金のかたに売り飛ばす……なんてこともあるのです」
「あんな国でも、人身売買があるのか……」
「〈黒〉以外でしたら、花街などもありますよ。ですが、夜御子様は別です。賭場で商品にするなんて言語道断。噂が入ると、聖殿から人を出して、調査に行くんですわ。ある程度、勝負に勝たなくては近づけませんから、そういったことも学びました」
「へえ、そういう理由だとかっこいいなあ」
修太は心底感動し、パチパチと拍手をする。ササラは頬を赤く染め、照れ笑いを浮かべる。
「褒めていただけて光栄ですわ。もしシュウタさんに何かあっても、このササラ、どこでも乗り込んでまいりますからね!」
「はは、さすがにそんな状況は勘弁して欲しいけど、気持ちはうれしいよ。ありがとう」
乾いた笑いを浮かべ、修太は礼を言っておく。啓介達もなんとも言えない顔になっていた。
そこに、グレイがササラに手厳しく返す。
「そもそも、そんな事態になる前に、情報収集をして、危険を断つべきだろう。とりあえずお前に任せておけばいいなんて、意味の分からない信頼を植えつけるんじゃねえよ。教えるなら、お前がいなくても、危険を回避できるようにする方法だろうが」
「…………」
ササラは固まり、何か言い返そうとして、口を閉じた。ものすごくくやしそうにグレイを見ている。
「だから俺は、お前みたいな、誰かを主人にする奴は嫌いなんだ。依存させて、成長する機会を奪うだろ。シューターだけじゃねえよ、その他にしたって、転ぶのを止めるんじゃねえ。転びかたと、そこからの起き上がりかたを教えるんだ。それが生きていくってことだ」
さすがは四人の弟子を育てているだけあって、師匠としての意見は筋が通っている。修太だけでなく、啓介達もほうと感嘆の息をついたが、ササラはキッと眉を吊り上げて反論する。
「まあ! なんて冷たいんでしょう! 人間は一人では生きていけませんわ。時に協力しあい、助け合って起き上がるんです。わたくしはその一人になりたいだけ。獅子が子を谷から突き落とすような冷酷なこと、ぜっっったいにいたしません!」
力いっぱい否定し、ササラは言い切った。
(なんだろうなあ。二人の間に、決定的な亀裂が入ったような……?)
現在の保護者と、保護者志望をそれぞれ眺め、修太は冷や汗をかく。
グレイは前からササラを嫌っていたが、ササラはグレイを苦手にしていただけだ。それが、ササラがグレイを敵視するような事態に変化した気がする。
「シュウタさんにひどい真似をなさったら、わたくし、全身全霊をかけて、その親権を奪いに行きますからね!」
「はあ? 誰がいつ、そんなことをすると言ったよ。意味が分からん女だな」
「わたくし、あなたみたいな人、大嫌いです! 嫌い嫌い、きらーい!」
ぶち切れたササラの子どもみたいな罵声に、グレイは無表情ながらあ然としているようだ。
ササラは修太をひしっと抱きしめる。
「シュウタさん、わたくしはずっと味方ですから!」
「え? ええっ、何これ、どういう状況?」
あたふたして離れようともがきながら、修太も思い切り混乱している。
よく分からないが、理屈で話しているグレイの言葉を、ササラが感情で押し切った感じだろうか。
(まあ、ササラさんにしてみれば、生き方を全否定されたようなもんだし、そりゃあ『大嫌い』にもなるかな……?)
グレイの正論は切れ味が良すぎて、ササラが逆上したんだろう。……たぶん。
どっちもどっちというか。どちらの言うことも正しいので、修太はどうしたものかと頭を悩ませる。ちらりと啓介のほうを見ると、啓介らは「無理」と言いたげに、ぶんぶんと首を振る。サーシャリオンは面白がってにやにやしているだけだ。誰も役に立たない。
「何かと思えば、痴話喧嘩かよ」
「子どもの教育方針でもめてんのか~? 酒がまずくなるから、あっちでやれ!」
近くにいた酔客達は好き勝手に言って、ブーイングを飛ばしてくる。
頭の後ろで腕を組み、トリトラが不思議そうに言う。
「っていうかさ、師匠が一番過保護なのに、シューターに何かするわけないじゃん」
「なあ?」
シークもそれにうんうんと頷く。
そんな二人を、ササラが恐ろしい目でにらみ、二人はぎくりとして両手を上げる。
「はいはい、部外者はどこかに行きますよ」
「こわっ」
二人はあっさりと場を離れ、啓介も恐る恐る声をかける。
「そこの店にいるから、落ち着いたら来てくれよ」
「お、おいっ」
この裏切り者! と内心で慌てる。ササラは離れたが、修太の肩をガシッとつかんでいる。くそう、逃げられない。そのまま、ササラはグレイをぎろりとにらんだ。
「そもそも、初対面からのあなたの態度、気に入らなかったんですよね。なんですか、礼儀知らずですか。それでもいい年した大人? わたくしより年上?」
ササラのジャブに、グレイも心底面倒くさそうに返す。
「なんなんだ、初対面? 文句があるなら、最初から言えばいいだろうが。後から意味の分からないことをぐだぐだと言いやがって、くそ面倒な奴だな」
「そういうところですよ!」
ササラは怒気をまとわせて、ビリビリと空気を震わせて怒る。
(うわぁ。今のはグレイが悪い)
頭を抱えたくなった。口が悪いのはいつものことだが、こんなにあおらなくてもいいのに。
「わたくし、今まで我慢していましたが、おおいに傷つきました。謝ってください」
「断る。我慢すると決めたのはそっちだろ。つまり、お前の責任だ。なんで俺が謝るんだ? 人間はたまに意味の分からねえことを言う」
「謝れって言ってるんですよ! 謝って!」
修太からすると、ササラの怒りももっともだ。だが、グレイは実に黒狼族らしい正論を言っている。文化の違いが発端で、どっちが悪いとは言えない。
(泥沼……)
どう仲裁したものか、さっぱり分からない。
とりあえず、ササラは溜めこむタイプみたいだから、この調子でガンガン吐き出したほうが良いのではないだろうか。グレイは何を言われたところでまったく傷つかないだろうから、ちょっとだけ言葉のサンドバックになってもらっても問題ないだろう。
静観を決めた修太は、特に口も挟まず、じっと様子を見守る。
二人の舌戦を聞いていた誰かが通報したらしく、衛兵が駆けつけたが、彼らも落としどころが見つからず、とりあえず暴力沙汰になったら止めるからと言って、修太と一緒に傍観者に徹していた。
結局、あれから一鐘くらい、ササラは怒っていた。
グレイは絶対に謝ろうとはしなかったが、意外にも、淡々とした態度でずっと話を聞いている。
しゃべりすぎてぜいはあと肩で息をしているササラに、腕を組んで返す。
「満足したか? そろそろ飽きたんだが」
「ほんっと腹が立ちますわね!」
ササラは顔を引きつらせたが、もう気力がないようで、あきらめた様子で首を振った。
「くうう。負けましたわ!」
「はあ。いつ、勝ち負けになったんだ?」
けげんそうに零し、グレイはあごに手を当てる。まったく疲労もない、余裕しゃくしゃくの態度である。
「あ、終わった?」
修太はというと、途中から衛兵と地面に座って、お茶と菓子を分け合っていた。話は聞いているが、完全に野次馬状態である。
ササラは今更になって顔を赤らめる。
「恥ずかしいところをお見せしました」
「まあ、いいんじゃないか? ストレスたまってたんだろ」
「……幻滅しました?」
「なんで?」
不安げにもじもじしているササラに、修太は首を傾げる。
「ササラさん、我慢しないで、そんなふうに怒ったほうがいいよ。そうじゃないと、黒狼族にはまったく伝わらないから。グレイを見ていたら、分かるだろ」
「はあ。感情をあらわにするなどみっともないとおっしゃるかと思いきや、あらわにせよとは。スオウとはずいぶん勝手が違いますのね」
「不満があるなら言うって思ってるんだよ。グレイ達も好き勝手に言うだろ? 俺は慣れたから平気だけど、ササラさんにはつらかったんだな。もっと話してくれていいのに」
「シュウタさん……」
ササラの目がうるみ、すぐに涙が決壊した。それを恥じるように、ササラは顔を手で覆う。
「うう。駄目ですわ。わたくし、シュウタさんを守れる大人になりたいのに」
「いいじゃん、泣いても。弱いことにはならないよ。ササラさん、いろいろとあったんだしさ。いつも困惑って感じだったから、心配だったんだ。心の整理がついたんじゃないかな」
それがグレイに怒鳴り散らすことだったのだとしても、踏ん切りがつくのは良いことだ。
「優じいぃぃぃ。そこの冷血漢とは大違いぃぃぃ」
「――おい」
グレイがイラッとした様子で口を挟んだが、ササラは無視して泣いている。グレイはため息をつく。
「ところで、この女、何をそんなに怒ってたんだ?」
グレイの問いに、衛兵二人は息を飲む。
「えっ、そこからですか! ずっと聞いてたのに?」
「うわあ、これだから黒狼族は……」
頭を抱えている衛兵達に、修太が代わりに頭を下げる。
「ええと、付き合ってくれてありがとうございました。もう大丈夫そうなので、お帰りください」
「あ、ああ、そうするよ。お茶とお菓子、ごちそうさま」
「休憩してただけだった気がするが、まあ、いいか」
衛兵達は首をひねりながら、詰所のほうに戻っていった。
グレイは質問の矛先を修太に変えた。
「シューター」
「グレイ、とりあえずお疲れ様。ありがとう。なんで今回は話を聞いてたんだ? いつもなら、すぐにいなくなるよな」
「お前が言ったんだろ。この女に、少しは優しくしろ、と」
「ええっ、それだけで?」
「お前な、俺は話をまったく聞かないわけじゃねえ。言い分があるなら聞く。それでも、何が問題なのか分からなかったがな」
「はは……」
修太は笑うしかなかった。
「だからさ、グレイが言ったことが、ササラさんの生き方を全否定して、ササラさんがショックを受けたってことだよ」
「それでどうして俺が謝るんだ? 俺は俺の考えを言った。そいつは違う考えがあるだろう。それが当たり前だ。違うことを指摘して、なんの問題がある?」
「俺もササラさんが怒った理由を話しただけだよ。二人は別に、分かりあわなくてもいいんだって。言ってることはそれぞれ正しいし、ここに悪い人はいない。『違う』だけ。互いに理解できないんだろ? じゃあ、もう、ほうっておけば?」
片方に――この場合はササラに相手を理解してやれと負担をかけるのは、違うと思うのだ。
ササラがびっくりして、目を真ん丸にする。
「え? 分かりあわなくていいんですか!? 一緒に行動してるのに?」
修太は深く頷いた。
「いいよ。ただ尊重して、そこにいるのを認めるだけでいいんだ。仲が悪くても、別にいいよ。俺、ササラさんとグレイの仲が悪くても、二人とも好きなのは変わんねえし。啓介も似たような感じだと思うぞ」
「シュウタさん……なんて懐の広い方でしょう。ササラ、感動で胸が熱いです」
「でも、いじめとか嫌がらせとか、味方につけとかは無しだからな。そういうのは嫌いなんだ。ササラさんはグレイが嫌いなら、距離を置いておけばいい」
修太達の旅の仲間は、少し変わっていると思う。仲が悪い者がいても、互いに信頼はしあっている。
「そんな人付き合いのしかたがあるのですね……今までで一番のカルチャーショックです」
「まあ、ササラさんが俺達から離れて、誰かとパーティを組むんなら、ちゃんと信頼できる人と組んだほうがいいだろうけどね。俺達の間ではって意味。俺達、ササラさんに俺らに合わせろとか変われとか、何も言ってないだろ? ササラさんも自由にしていていいんだよ」
「自由……ですか。奥深いですわ」
「俺達と一緒にいてもいいし、いなくてもいいんだ。もし離れたとしても、俺はササラさんを仲間だと思ってるよ。ササラさんは故郷に帰れなくなったけど、ここにつながりはあるから、心配しないでいいんだ」
「はいぃぃぃ」
なぜだか、ササラは顔を赤くする。
「もう大丈夫そう?」
「は、はい、大丈夫です」
「良かった」
「……わたくし、こんなに格好いい方、初めて会いましたわ」
「え? 急に、なんの話だよ」
修太は面くらい、どういうことかとグレイのほうを見る。
「お前は俺達に変われと言わないから、楽だな。さて、話は済んだろ。行くぞ」
グレイがさっさときびすを返す先では、外に置かれたテーブルで、啓介達が手を振っていた。近くで待っていたようだ。